中央に輸送艦を配置した輪形陣が静かに描く幾条もの
私……涼月がこの部隊を率いていますが、それも陰に日なたに支えてくれる秋月姉さんあってのこと。
明るい笑顔を絶やさない朗らかさに、さり気ない気遣いと優しさ、それでいて戦闘になれば勇猛果敢に敵を討つ……大和撫子を形にしたら秋月姉さんになるのかな、って以前言った時は、盛大に照れてましたね。
「前方に小さな岩礁ですって……どうする、涼ちゃん?」
「そうですね……
小さな岩礁との報告でしたので、上陸したり飲み水を補給したりはできそうにありません。ですが民間人のみなさんは外の空気とお日様の光を補給した方がいいのかな……。私達が機械ではないのと同様に、あの方々も積荷ではありません。ここまで敵影はなく、なら一〇分……せめて五分でも気分転換の時間を取ってあげたい。きっと安曇さんも同じようにすると思うので……。
接近しすぎると輸送船が浅瀬で底を打つ恐れがあるので沖合に停泊し五分休憩、ということになり、部隊は進路を微修正。オープンチャンネルからは少し弾んだ
ほぅっと安堵の溜息を零した私に、秋月姉さんが苦笑いで応えます。え? どうして?
「安曇さんも同じように、かぁ。分かり合ってるんだね、涼ちゃん」
「えぇっ!? わ、私は、きっと安曇さんならこうするだろうな、って思っただけで、分かり合うなんて、そんな……。で、でも……もっと……もっと深く安曇さんのことを知りたい、とはいつも……思って、ます……」
遮るもののない海の上で陽光に照らさられているせい、そう、頬が熱いのは、そのせい……。ぱたぱたと両手で顔に風を送りますが、熱は引いてくれません。
「哨戒機より入電、進路上オールクリア。……え? 岩礁に座るひとか……げ?」
索敵・直掩・対潜警戒と、持てる力の全てで私達の守りに当たってくれる神鷹さんからの報告が不審げな声に変わり、緊張に包まれた部隊は急減速します。海に立つ人影、それは私達艦娘か深海棲艦以外あり得ません。でもこの海域に展開している艦娘の部隊は私達だけ。ならそれは深海棲艦、しかも人型ということは姫級か鬼級の可能性が高い―――――。
お互いを視認できるギリギリの距離になり、岩礁に腰掛けていた
頭の上にカブトガニのような形状の巨大な帽子様の艤装を載せ、真っ白な体を黒いマントで覆い、右手に握るステッキで海面に何やら文字というか紋様を描く、
間違いなく空母ヲ級改flagship、そして妖気にも似た禍々しさを纏い周囲の大気を歪めるこの圧力……グレイ……ゴースト? で、でもなんで……なんでここに……? 安曇さんは
「グ……レイ、ゴーストぉぉぉっ!!」
私が茫然自失に陥り混乱している間に、血を吐くような、憤怒そのままの咆哮が響き、その声で私は我に返りました。視線の先には、左右の自律稼働式一〇cm連装砲高角砲を置き去りにするような勢いで突進する秋月姉さんの背中。
ああ、そうだった――――。
秋月姉さんこそ、元泊地からの撤退戦で、元司令官の座乗する旗艦が沈むのを目の当たりにしていた。
これまで姉さんの口から、不思議な程元泊地や元司令官の話を聞いたことがありません。ひょっとして姉さんの中ではもう整理がついていて、悲しいけれどただの思い出の一つになってしまったのだろうか……朗らかな笑顔を見る度、そんな思いが胸を過ぎったりもしました。けれど私は……とんでもない勘違いをしていたと、今更気付きました。
秋月姉さんの胸には、決して抜けない棘として、口に……言葉にできないほど痛みも悲しみも生々しく、触れれば血を噴き出すような傷として残り続けていたんでしょう。だから口に出せずにいた。あの戦いは、秋月姉さんにとって、いつまでも
秋月姉さんに釣られるように、部隊の大半がただ一人の敵に向かって疾走を開始します。多少航空攻撃を受けたとしても相手は単艦、一気呵成に勝負をつければプラマイでプラスになる……そう考えたのでしょうか。
『なにぼんやりしてるのさ、
『早く止めないと! 安曇にも知らせなきゃだしっ』
ポカスカと
「安曇……さん……」
無意識に唇から出たのは、離れた場所で戦い続ける人の名前。指揮官は命を背負う重圧に耐えながら、状況を把握して果断に決断しなければならない……安曇さんが一人で耐えていた重圧が、そのまま私の肩の伸し掛かります。私は……あの人と全て分け合うんだ……このくらいの事で!! で、でも……できればその……手を……握ってほしいというか……。
視線を前に向けると、ここではないどこかを見つめるようなグレイゴーストは、急速に自分に近づいてくる艦娘達を意に介することなく、無造作にとん、と海面にステッキを突きたてました。
思いがけず手に触れる感触。え……安曇さん?
……な筈もなく、視線の先には神鷹さん。元々色白の顔から血の気が完全に失せ、縋るように私の手を掴んでいます。彼女が震える声で告げた内容に、私も顔色を無くしてしまいました……。
「そんな……哨戒機も電探も何も発見していないのに……」
突如として現れた艦爆の大群が迫ってきます。左右からの挟撃を目論んでいるのでしょう、
神鷹さんの哨戒機も私達の電探も発見できなかったグレイゴーストの攻撃隊。機体の上面を暗緑色に塗られた爆撃機は、上空から見れば完全に海面に溶け込み視認は困難。そして海面すれすれを進む敵部隊は、急降下爆撃を警戒し上空を指向した対空電探と敵艦隊に備えた水上電探の監視網を嘲笑うように巧みに網を張っていた……。
バリバリと音がしそうなほど歯噛み、視線の遠くで悠然と佇むグレイゴーストを睨み付けます。私は……安曇さんに託されたんだ、必ず、必ず守ります!!
「合戦、開始……」
とにかく初撃を躱して体勢を立て直す……安曇さんと連絡が取れず指示を仰げないのは気がかりですが、もう一刻の猶予もありません。砲撃開始、の号令が唇の裏まで届いたところで、脳を直接揺さぶるような声が響きました。
『水底に……還る海が……ある』
海の底から響くような、恐ろしくもあり、同時にどこか悲しげなグレイゴーストの声が、私達を苛烈な戦いへと誘います。