「あ……あ…………」
目の前で起きた事実はそれ以上でもそれ以下でもありません。ですが……受けいれるにはあまりも……。
「そん……な……」
僅か一合で決着するなんて……。
爆撃機が低空侵入してきたのはこちらの電探を避けるためで、攻撃態勢に入るため急上昇して再度急降下で突入してくる……そう思いました。突入した秋月姉さん以下九人の仲間達も、真っ直ぐにグレイゴーストを目指しつつ、低空から迫る敵を撃ち払う猛烈な対空砲火で火線を左右に走らせています。同時に何人かは高角砲の仰角を上げ撃ち漏らした敵の急降下爆撃に備える構え。
対するグレイゴーストの爆撃隊は味方の対空砲火に動じることなくさらに速度を上げつつ距離を詰め、海面すれすれだった高度をやや上げると、右や左に旋回しながら
かつての戦争で、米艦艇と比較すれば対空防御が弱かった帝国海軍の艦艇を、虎の子の輸送船団を襲い甚大な被害を与えた
轟沈は辛うじて免れていますが、全員大破だなんて……。
圧倒的な攻撃力を誇示した後に、悠然と、それでいて強烈な加速でグレイゴーストがこちらへ向かい動き出しました。
無意識に飲み込もうとした唾、動かした喉がひっかかるように動き何も飲み込めない。気づけば口の中がカラカラに乾いている。それでも視線は輪郭を鮮明にしながら近づいてくる灰色の魔女――私がいた泊地を壊滅に追い込み、元司令官の心と身体に消え難い傷を残した過去。そして今、私と安曇さんが未来へと進もうとする航路に立ち塞がる仇敵――の姿から逸らさない。
TF1で今動けるのは私を含めて神鷹さんと矢矧さんの三人だけ。背中に神鷹さんを庇っていた矢矧さんが、長い黒髪をまとめるポニーテールを結い直しながら私の前に進み出ます。
「さて、と……。どこまでやれるか分からないけど、私が食い止めるわ。涼月達は早く逃げてね。大丈夫、数発の被弾で私が沈むわけないじゃない、知ってるでしょ?」
くるりと私を振り返りウインク、鮮やかな笑顔を見せて走り出そうとする矢矧さんを慌てて引き留めます。
私たちが軍艦だった時の記憶……地形を変えるほどの激しい砲爆撃で沖縄を襲った米軍に一矢報いるべく立ち上がった大和さんと、彼女を守る私たち。勝ち負けで言えば戦には既に負けていた。でもそんな事は問題じゃなく、敵の攻撃に苦しむ罪なき沖縄の人々を守るためなら、この身など惜しくない……矢矧さんの笑顔は、あの時と同じ匂いがします。
たとえこんな局面でも、いいえ、こんな局面だからこそーーーー身を捨てて敵と刺し違えるのは一番簡単で……一番しちゃいけないこと。安曇さんと出会う前の私なら、矢矧さんと同じように……いえ、秋月姉さんより早く突入していたでしょう。でも、今は違う。私たちの背中には輸送艦が、守られなきゃいけない命があって、私には帰る海が……安曇さんがいるから。戦うなら、生きるために、守るために!
「安曇さん…… お願い、力を貸してください」
はっきりと口に出し、肩に羽織っているお守り代わりの第一種軍装の上着にそっと手を添えます。きっと私は場違いな程柔らかく微笑んでいたと思います。
僅かに重心を前に掛け、膝は柔らかく、いつでも動き出せるよう身体を準備。
遥か上空を旋回する一機の航空機。
細い胴体……彩雲でしょうか? 私が気づいたのとほぼ同時に、一定範囲内にいる艦娘や艦娘運用母艦の通信に最優先で受信される強制通信が入りました。繰り返し伝えるのは座標と……グレイゴーストの名。まさにこの場所、戦う相手を指し示す情報が発信されています。
グレイゴーストも異変に気付いたようで、ちらりと上空を見上げると、すぐさま直掩機を差し向けました。上空の彩雲は巧みな機動で、続々と数を増やし襲い来る敵機の銃撃を必死に躱し続け、通信を続けています。
「涼月、通信は聞いたな? 航空隊を発艦させる! 増援も送るからな、待ってろよ!!」
間髪入れずに通信に飛び込んできたのは……安曇さんの声。私の声が……想いが……届いた、の? 目頭が一気に熱くなり、唇を噛み締めます。そうしないと涙が零れてしまいそうで……。敵主力との大規模水上戦闘を繰り広げながらも、私達を守ろうとしてくれる……。
安曇さんからの攻撃開始の連絡を聞き届けるのを待っていたように彩雲は撃墜されましたが、入れ替わるように、きらりと太陽を反射させた数機の九十九式艦上爆撃機が雲間から飛び出してきたと思うと、急角度でグレイゴースト目掛けて全速で突入を開始しました。え……? 安曇さんの攻撃隊にしては、到着があまりにも……早すぎる?
慌てて反転した敵の直掩隊が九十九式艦爆に襲い掛かり、グレイゴーストも黒いマントを翻しながら方向転換、上空に向け激しく対空砲撃を始めます。
『真上……直上!?』
一機、また一機と撃ち落とされ、唯一残った機も被弾炎上しましたがグレイゴーストに文字通り体当たりを成功させました。轟音と爆弾の炸裂する炎と黒煙が立ち上る光景を見ながら、私は堪えていた涙が零れるのを止められませんでした。
九十九式艦爆の垂直尾翼に描かれた、三筋の稲妻を模った部隊章、それは……私がいた元泊地のもの。そして今、その所属機を操る事のできる艦娘は一人しかいなくて、その子が一緒にいたのは――――。
「……司令官……」
元泊地からの撤退戦で行方不明になっていた元司令官と龍鳳さんは、私と安曇さんが民間人の救出のため赴いた島で身分を隠して暮らしていました。軍人であったこと、艦娘であったこと……戦傷により戦いから背を向けた元司令官に寄り添い続けた龍鳳さん。牧島大将からは『気が済むまで逃げるがええ』と言われ、そして今回、輸送艦の乗員には元司令官と龍鳳さんの姿はありませんでした。それはあの島にお二人が残留したことを意味しますが……。
――どこまで行っても自分からは逃げられんのじゃ。
逃げてもいいと仰った牧島大将ですが、同時にそう仰ってました。それは元司令官を突き放したのではなく、必ずいつか立ち上がってくれると信じていたから。元司令官は……その思いに応えたんですね。それに応えた龍鳳さんも、あの島からこの海域まで、九十九式艦爆の航続距離では往復できないと分かっていても、矢を放ってくれた。
前に踏み出すと決め安曇さんと共に歩き出したけれど、忘れる事も気付かない振りもできない思い出。
「ありがとう……ございます、司令官」
きっと私と元司令官の航路が重なることは無いでしょう。けれど、ようやく今、あの日々を過去として穏やかに振り返る事ができるようになる……そう思います。
「行ってくるね、グレイゴースト、絶対……逃がすもんか!」
「
あとは――――帰りを待つ人たちの元へ救出した民間人の皆さんを送り届けるため、傷付いた仲間を守るため、私を待つ人の胸に帰るために戦うんだ!