「えげつない攻撃をするもんだねぇ。怖い怖い」
顔の中ほどまでを隠していたパーカーのフードを右手で無造作に後ろに送る小柄な少女――戦艦レ級eliteだが、偵察と奇襲のため先行させた特殊潜航艇から届く情報にほくそ笑むあたり、言葉ほどに怖れていないのが明らかだ。
彼女の言う『えげつない攻撃』とは、グレイゴーストの航空攻撃。戦艦棲姫率いる味方の水上打撃部隊で敵を足止めした所に、味方を巻き込んで叩き込んだ飽和航空攻撃による雷撃。敵艦隊も空母を展開していたようだが、母艦の防御が精一杯で、到底止められるものではなかった。
とはいえレ級eliteも内心歯噛みせざるを得ない。本来なら目の前の相手程度の戦力を蹂躙するのに十分な戦力だった自分の部隊だが、ここに到着する前に襲撃した呉の連合艦隊との戦闘で、敵の旗艦と思われる空母娘の指揮する精強な航空隊のせいで自分の戦闘爆撃隊は大きな被害を受けてしまい、しかも猛追を受けている。
「そんなに私とヤりたいのかよ、お盛んだねぇ。けど、目の前のやつも捨てがたくて、ね?」
撃沈には至らなかったが、敵の母艦には確実に損害を与えた。なのに自分を追いかけて来る。足を止めて撃ち合うのは勿論可能だが、そうしていると折角捕捉した
「どっちも喰っちゃえばいいんだ。欲求不満でさ……
安曇少佐の部隊は、甚大な被害を受けた仲間の護衛と救援に集中している。猛威を振るっていた敵の超弩級戦艦は完全に沈黙、他の艦娘も到底動ける状況ではない。青系の洋上迷彩塗装の施された大きな艦橋構造物が特徴的な母艦の守りは最小限、大きさから見て駆逐艦娘だろうか? それが数人と、あとは明るい茶髪をポニーテールにまとめた、ダークネイビーブルーのノースリーブワンピースを着た背の高い艦娘。飛行甲板を備えているから、こいつが空母娘か。
軽い音を立て首を鳴らしたレ級eliteがにやりと微笑み右手を高く上げると、斜め後ろから巨大な海蛇のような白く太い尾が海面を持ち上げながら姿を見せ、同時に配下の部隊もざわざわと動き出す。
「さて、と……。大人しく待ってろよ、あっちをすぐに
右手が振り下ろされたのと同時に、甲高い笑い声を響かせながらレ級の背後に控えていた群れ――PT小鬼群、それに続いで重巡棲姫と軽巡棲姫が牧島大将率いる呉の連合艦隊に向かい速度を上げる。レ級は自身の航空隊を安曇少佐の部隊に差し向けつつ、先行する部隊を追いかける。同時に遥か前方、安曇少佐の座乗する母艦のあたりでは、満を持して忍び寄った特殊潜航艇からの先制雷撃により大きな水柱が立ち上がった。
◇
「なるほど、ね……ここまで緻密な連携攻撃、か……」
より安全な場所へとCICへの移動を強く勧める妖精さん達を振り切って、安曇少佐は母艦あたごの艦橋に陣取りながら、立場で言えば自分と同じく艦隊を率いるグレイゴーストの連続的で多彩な戦術に舌を巻くしかなかった。
第一ラウンドは激烈な防空戦。低く垂れこめた厚い雲からランダムに突入してくる灰色に塗装された急降下爆撃機を何とか食い止めた。輸送艦を守りながらの戦闘に限界を迎え、
突如として加えられた雷撃で味方の正規空母娘はいきなりの大破。水上打撃部隊の護衛と救援に向かわせるはずだった駆逐艦娘達は大慌てで対潜制圧のため爆雷攻撃をしている。そこに入る急報――敵航空隊の出現。
ふぅっと大きな溜息を吐き席を立った安曇少佐は、決意する。
「母艦あたご、全速前進。打撃部隊の前に出て敵を引きつける。いいか、全弾回避してくれ」
淡々と、いっそうっすらと微笑みさえ浮かべながら、安曇少佐は操艦を担当する妖精さん達に指示を出す。
――いざとなれば盾となる。
特務を拝命し呉を抜錨した時に、確かにそう腹を括り涼月を守ると決めていた。帰る海があると訴えた自分に涼月は応え、今ではその海は自分の胸だとまで言ってくれるほどに想いを育ててくれた。それは一人の男として、守らなければならない約束。
だが……部隊を預かる指揮官としては?
自分の立てた作戦を信じて従い死力を尽くして戦い、傷ついた艦娘達が目の前にいる。そんな彼女達は、涼月を守ることを民間人達を守るのと同じ意味として、例え自分がここで戦線を離脱して涼月の元に向かったとしても理解してくれるだろう。だからこそ……一人の男として、海軍少佐として、自分の下そうとする次の命令が私情に引き摺られていないか、彼女達の信頼に、命に見合うものなのか、逡巡してしまう。
「涼月……」
安曇少佐の唇から零れた名前を掻き消すように、機関を全開にしたあたごは強烈な加速で最前線へと割って入ろうと、船体を震わせながらひたすら前へと進む。
◇
現用戦闘艦艇として、大戦期のそれと比べればあたごの機動力、とりわけ加速と旋回能力は群を抜いて高い。そして操艦する妖精さんの腕の冴えもあって、上空から降り掛かる急降下爆撃をことごとく空振りさせ、爆弾が虚しく着水する水柱の間をあたごは掻い潜り続けている。牧島大将にはこちらの状況と俺が何をしているのかだけを伝えてある、そして涼月からは何度もTF1の状況を知らせる連絡が届いているが、悪いな、対応できる状況じゃないんだ……。
爆撃を空振りさせられた戦闘爆撃機は身軽な戦闘機へと代わり、かつての軍艦に比べれば紙のようなあたごの艦体に絶え間無く機銃掃射を撃ち込んでくる。いくら紙装甲とはいえ機関砲で沈められるほど脆くはないが、ダメージは徐々に、そして確実に蓄積されあたごを蝕んでいる。爆撃は執拗に続き、流石に全ては躱せず至近弾が増え始めてきた。そこに飛び込んできた涼月からの悲鳴のような通信で、俺は絶句してしまった。
「な……よりによって……」
グレイゴーストと邂逅し、反跳爆撃によって部隊は大きな被害を受けたというその内容。今すぐにでも助けに……いやだが……。涼月に返事をしようとしたその時に、牧島大将からの通信が割り込んできた。
「遅れてすまんのう、こっちも立て込んどってな。
「呉鎮守府総旗艦・加賀よ、これより私達が突入します。……安曇少佐、身を呈して私達艦娘のために戦ってくれる貴方を誇りに思うわ。でも……貴方が思う以上に貴方は想われているのを、決して忘れないで。大将、それは貴方もよ」
牧島大将と、彼の秘書艦・加賀の言葉が胸に沁みる。現実はどこまでも非情だけど、こんな時なのに、いや、こんな時だからこそ、間違ってはいけない、心の羅針盤が示す先があるのだ。ぎゅうっと拳を握り締め歯を喰いしばる。けれど……ここに来て母艦が反転南進するのは皆は……と思っていた所にさらなる連絡――強制通信が割り込んできた。このコールサインは? 聞き覚えないそれが繰り返し繰り返し入電するのは、グレイゴーストの名と座標。こちらの虎の子の正規空母娘の入渠は終わり、再出撃の準備に入ろうとしている。
もうこれ以上迷う必要はないーー俺の言葉を受けて操艦担当の妖精さんはあたごを大回頭でUターンさせ、再び機関を全開にして速度を上げる。
「涼月、通信は聞いたな? 航空隊を発艦させる! 増援も送るからな、待ってろよ!!」