※今回は深海翻訳機能をONにしてお届けします。
46. ファイナル・カウントダウン
「……次は必ず……」
譫言のような口調で同じ言葉を繰り返しているのは戦艦レ級elite。
目深に被った黒いフードは右側の中ほどで切り裂かれ、剥き出しの白い右頬には抉られたような傷があり、顔にはべったりと出血の乾いた跡がある。体の動きも鈍いが当然だろう、胴体には二筋の矢が刺さっている。
正面から射られたそれは体をほとんど貫通し、絶え間ない激痛がレ級を苛むが、これを抜けば大出血になる以上我慢に我慢を重ねるしかない。行き場を失い腹腔に溜まった出血は、息をする度、言葉を漏らす度、唇から溢れ出してくる。
戦略的撤退や戦術的後退ではなく、掛け値無しの敗北を呉の連合艦隊の前に喫したレ級はただ一人逃走中。
前哨戦で敵の母艦に損害を与え、空母勢にも打撃を与えた。とりわけ旗艦と思われる空母娘も中破させた。その相手が猛追撃を仕掛けてきたのだ。ならば……自身の航空戦力も消耗しているが、
不意に頭をもたげたうねりに足を取られつんのめるレ級。ばしゃりと海面に両手を突いて四つん這いの姿勢でしばらくいたが、ぐらりと体を倒すように横たわり、仰向けになって空を見上げる。
ーー貴女が失くしたからって、他の人から奪ってもいい事にはならないわ。
最後にやり合った、
「……次は必ず……」
必ずどうしようというのか……答のないまま、レ級は
◇
「で?」
「急ピッチで進めています」
レ級と配下の部隊にようやく引導を渡した牧島大将率いる呉連合艦隊は、ついに安曇少佐の特務艦隊と合流を果たす事に成功、艦隊の立て直しに取り掛かった。挨拶も無しで始まった主語も目的語もない短い会話が成り立つのは、互いに今現在の優先順位を共有出来ているから。この点、安曇少佐の成長ぶりが伺えると内心牧島大将は満足していた。
だがーーーー。
戦艦レ級eliteと配下の部隊を退けた代償として双方の母艦……特務艦隊のあたごと呉艦隊のかがは大損害を被った。
降り注ぐ急降下爆撃を躱し続けたあたごだが、涼月の救援に向かおうと方向転換したところに浴びた至近弾がよくなかった。遅延信管付きのこの爆弾が水中で起爆し、強烈な水中衝撃波で艦首左側が圧壊、大量浸水してしまったのだ。必死のダメージコントロールで撃沈は免れたがこれ以上の作戦行動は不能。
一方のかがは、レ級との砲雷撃戦に通常艦艇ながら参加し、直撃弾を受けアイランドを消失した。それ以前の戦闘で艦上入渠設備に損害を受けており、艦体は辛うじて無事だが母艦としての機能を完全に喪失している。
設備は無事だが動けないあたごと、動けるが母艦機能を失ったかがーーあたごから艦上入渠設備を始めとして各種設備を急ピッチでかがに移設し艦隊機能の復旧を図る……それが現在の最優先事項。たとえ安曇少佐がどれほど涼月の元へ向かいたくとも、今は打つ手がない。修復を終えた正規空母娘に、航空隊を緊急発艦させ送り込んだのが精一杯だった。
「あん
航空隊が呉艦隊に、打撃部隊が特務艦隊に、その対戦ならーー彼我の選択肢とそれに伴う分岐、そして結末を、紫煙を薫せながら振り返る牧島大将だが、あちこちに巻かれた包帯も痛々しく車椅子に乗っている。どんな状態でも手放そうとしない葉巻を咥え、薄く開いた唇から煙を吐き出し、戦いを振り返るーーーー。
◇
戦いの最中、戦艦レ級eliteは訝しみすぅっと目を細める。
真正面から最大戦力で突入してくる
「ふ、ん……そういう布陣?」
敵艦隊は欧米艦娘の戦艦と重巡洋艦で構成され、かなり正確な照準で砲撃を加えてくる。そりゃそうよね、とレ級の顔が憎しみに歪む。圧倒的に高性能の電探を駆使した砲戦には、
「指揮官先頭、ってヤツ? 死にたがりはどこにでもいるのね」
まぁいい、十分に引きつけて砲撃で弱らせてから、PT小鬼達を突っ込ませて雷撃で仕留める……ひたすらに前進してくる呉艦隊の母艦に皮肉な冷笑を浴びせ、向かってくる敵艦隊を握り潰すように、前に差し伸ばした右腕の先、開いた右手をぎゅっとにぎる。それを合図に、重巡棲姫と軽巡棲姫を中心とする麾下の部隊が少しずつ進路をずらし滑らかに単縦陣から梯形陣へと移行、先行艦を射線から外しつつ応射を始める。
ノーガードの撃ち合いで、双方に被害を出しつつ距離はさらに縮まるが、敵に引く気配はない。なら頃合い……とレ級はPT小鬼群の部隊を前進させる。それを確かめるように、敵が動き出した。
充分にPT小鬼達を引き付けた所で、かつての正規空母にも匹敵する敵の母艦が横転スレスレに艦体を傾けながら大回頭を見せたのだ。巨艦に押しやられた大量の海水は大きなうねりとなりPT小鬼に襲いかかった。小さな艇体の小鬼達はあっという間に波に呑まれ押し流され、雷撃どころでは無くなった。
そして巨艦の陰に隠れていたスナイパー達……三人の重雷装巡洋艦に軽巡や重巡を加えた部隊から一斉雷撃が加えられた。
立て続けに巻き起こる轟音と林立する水柱、爆炎と黒煙が収まった頃には、混乱を突いて突入してきた駆逐艦娘たちによって小鬼達も掃討されていた。
配下の重巡棲姫も軽巡棲姫も、PT小鬼群も全て失った。自分も無傷とは程遠い。そして自分を押し包むように包囲網が出来つつある。それでもレ級はニヤリと凄絶な笑みを浮かべる。
「邪魔だ……どけえぇぇぇぇぇぇっ!」
水中に隠してあった白く長い尻尾を鞭のように振り回す。尖った顎をもつ魚類のような爬虫類のような顔のついた尾の先端には集中配備した砲、それを砲身が真っ赤になるまで撃ち続ける。敵の包囲網を切り裂き艦娘達をなぎ倒し、吶喊開始。狙いは勿論ーーーー。
ーーお前らの事はよく知ってるからね。
提督と艦娘ーー様々な関係性で語られるが、一貫しているのは艦娘は自分の指揮官に混じり気のない思いを寄せる点。今回のように母艦を伴う艦隊戦でも基地攻略の対地攻撃でも、目の前で指揮官を失った艦娘は茫然自失、悲嘆の涙にくれたり棒立ちになったり、ともかく格好の的になってくれる。だからレ級はいつも敵の司令官を真っ先に狙う。今回だってまだ逆転はできる。
ーー何でお前達だけ持っているのよ、不公平じゃない?
撃ち撃たれ、轟音と爆炎を切り裂き駆け抜けた先に見えるのは、あちこちの損傷も痛々しい敵の母艦。立ちはだかるのは黒髪をサイドテールにし、弓道着に青いミニスカートの出立ちの空母娘。肩に装備していた飛行甲板は残骸を残すだけで胸当てもなく、袖を纏めていた襷で出血を抑えるため胴をぐるぐる巻いている。前哨戦で二、三発急降下爆撃を叩き込んでやったからな、動くのもやっとだろうに。
「主砲、よく狙って……いっったぁーっ!!」
焼けるような痛みが鋭く体を貫き、レ級は体をクの字に曲げ、何とか踏み止まる。……何をされた? 中破した空母娘に攻撃の手段はないはず。見ればレ級の脇腹に突き立った一筋の矢。腹筋を貫通し背中に矢が突き通っている。脇腹に向けていた視線を持ち上げると、次の矢を番える空母娘の姿。本来艤装であり航空機に転化させる矢を、文字通り“矢”として撃ち込んでくるなんて!
「……加賀、さん」
思わず口に出してしまった。往時の軍艦としての、そして艦娘としての記憶を全て持ち、それでいて打ち明ける相手を誰一人持たないレ級が、初めて過去と現在を繋ぐ言葉を口にした。
「近づけば空母は何も出来ないと思ったのかしら?」
相手の声が聞こえる距離まで来た。レ級の体にはもう一筋矢が突き立っているが気にしない。ねぇ、ひどくない? 自分だけ……そんなになっても守りたい相手が傍にいるなんて? 私には……もう、姉様も提督も……何もないのに。
「貴女が失くしたからって、他の人から奪ってもいい事にはならないわ」
その言葉でレ級の頭は真っ白になった。怒りが脳の芯を焼く。白い尻尾を遮二無二振り回して空母娘を横薙ぎに吹っ飛ばして、砲撃! 艦体を狙ったはずが敵母艦の艦橋を吹き飛ばしていた。
吹き飛ばされ海面を転がった空母娘が素早く体勢を立て直し放った三の矢が、レ級の頬を強かに抉り、顔面を強襲されたレ級の狙いは完全に狂ってしまった。致命傷は辛うじて免れたレ級が次の攻撃に備え周囲を見渡す。視界の隅に捉えたのは……空母娘が海面を必死に這い、司令官の名を叫びながら、濛々と黒煙を上げ炎上する母艦へ戻ろうとしている。
レ級はもう一度尻尾をもたげ空母娘に照準を合わせ……力無く尻尾を下ろす。そしてくるりと背を向けると、戦場を後にした。
◇
「で?」
「連絡は取れています。追われているも健在、と」
再び始まった、主語も目的語もない短い会話。艦隊の立て直し、レ級eliteの無力化、そして残る話題はーーこの点、安曇少佐の返答に牧島大将はほろ苦い表情に変わってゆく。
大きな意味で間違いはない受け答えだが、軸足をどこに置くかで様相が異なってくる。
安曇少佐は涼月の、そして護衛対象の輸送船の無事を。
牧島大将は
もちろん牧島大将が冷淡という話ではない。民間人を乗せた輸送船と護衛の艦娘の無事は喜ぶべき知らせに間違いはない。だが直接的な脅威を齎すグレイゴーストをこの機会に屠らねば、潜在的な危機は増すばかりだ。
だが、安曇少佐は他でもない涼月に、グレイゴーストと対峙しているTF1の救援に向かうと言ったのだ。とはいえ状況は嫌と言うほど分かっている。とりあえず正規空母娘は涼月たちの救援のため艦載機を緊急発艦させてくれたが、気持ちはどうであれ、現実に動く足がないのだ。目の前に立ち、苛立ちや焦りを必死に押し隠そうとしている若き少佐に向け、牧島大将は紫煙に紛らせた溜息を零してしまう。
ーーそもそもコイツはそういうヤツじゃけぇ。
「……では、いかがしましょうか?」
「準備は出来とる。行けや」
攻守を変えた形で、安曇少佐から問われた言葉に、牧島大将の答えた準備ーーLCAC-1。空荷状態で七〇ノット以上、つまりあたごの倍以上の速度を誇る上陸用舟艇を使え、が大将の回答という訳だ。
海上自衛隊時代はヘリ空母として活躍していたかがだが、艦娘運用母艦として大改装を受けた際に装備品も大きく変更されている。深海棲艦の艦載機とやり合えば的になるだけのヘリは全て下ろし、空いた格納庫を艦娘運用設備やウェルドックに改装しLCAC を搭載した。おおすみ型輸送艦を大型化かつ高速化し、さらに重防御を施したような設計と言える。
「要るヤツは連れてけ、じゃが入渠待ちの列が出来とるからの、動けるヤツは多くないで。じゃぁの、儂も忙しいんじゃ。加賀が入渠を済ませた後、無事なツラぁ見せてやらんと」
牧島大将は笑いながらきいきいと軋み音を立てながら車椅子を回し向きを変え、その場を立ち去った。巨体を揺らしながら去りゆく大将の背中を、安曇少佐は無言のまま万感を込めた敬礼で見送ると、艦後方のウェルドックへ向かい走り出した。