月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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47. 嘘と覚悟と


 涼月と空母ヲ級改flagship(グレイゴースト)が交戦を続ける海域に向かうため、増援部隊は出撃準備の真っ只中。その僅かな時間を利用して、俺と涼月は状況と作戦概要を共有すべく通信を繋ぎ、ようやく落ち着いて涼月の話を聞く事ができた。

 

 邂逅あるいは待ち伏せ、いずれにせよ涼月達輸送艦護衛部隊( TF1)はヤツと鉢合わせた。単艦で佇む敵を仕留めようと秋月を中心とした部隊の多数が攻撃に向かったが返り討ち。

 

 「そう、なんだ……」

 

 そして接近してくるグレイゴーストに奇襲を仕掛けたのは、雲間に潜んでいた所属不明の航空隊……彼等のお陰で涼月達ひいてはグレイゴーストの位置を特定でき、さらに直撃弾一の戦果を上げたという。だがーー成し遂げたのが涼月の元司令官と彼に寄り添う軽空母娘と知り、俺が口にできたのは何とも締まらない言葉になった。人は驚き過ぎるとかえって淡々とした反応になるのかも知れない。

 

 その後矢矧がグレイゴーストを抑えるため単騎で殿(しんがり)を務め、涼月と神鷹の守る輸送艦は懸命に離脱中。

 

 「秋月や矢矧……それに他のみんなは!?」

 

 涼月から答はない。それが答なのだろう。一旦涼月との通話を保留にし、牧島大将に連絡を取る。状況の共有と戦闘捜索救難隊(CSAR)の派遣を依頼した。

 

 戦線は縦に長く伸び北へと向かい移動中。戦場は生き物とはよく言われる言葉だが、だとすれば相当に気紛れな性格だと思う。二転三転する戦況の中、戦い続ける涼月……いや、彼女だけじゃない、長10cm連装砲達(レンとソウ)、護衛部隊の皆、そしてグレイゴーストを痛撃した航空隊ーーーー戦傷をきっかけに折れた心に流されて、戦いを忌避し隠棲していた涼月の元司令官と、彼に寄り添う軽空母娘。そんな事に心を乱している場面ではないが、どうしても、な……。

 

 彼等が窮地に陥った涼月を救ってくれた。海軍の要職にある者が、最高機密ともいえる存在の艦娘を伴い逃亡していたのだ、この行動が早晩所在を明らかにして、運命を大きく変えるのは彼等自身わかっているだろう。それでも前を向いて立ち上がった。

 

 俺が超えたいと願った男は、例え多少どこかが崩れひび割れたとしても、やはり大きな壁だった。肝心な時に涼月に手を差し伸べたのが自分ではなく、選りによって……。

 

 忘れていた、飲み込んでいたはずの苦い思いは、俺にしばらくの間言葉を失わせた。

 

 「……いけね、保留にしたままだった」

 

 通信機の保留を解除し涼月に呼びかけるが返事がない。何度か名前を呼び、俺もL-CACに乗り込んでそっちに向かうから、と告げたところでようやく反応があった。彼女は、いかにも待たされ続けて拗ねているような、ぷうっと頬を膨らませているのが目に浮かぶような声で言葉を重ねてゆく。

 

 「……安曇さんが直接? そんなに……会いたい、ですか?」

 「す、涼月?」

 

 目的語のない会話でも成り立ってしまう。涼月には珍しい悪戯な口調と内容に、ごにょごにょと言葉を飲み込んだ俺が意を決するより早く切り出した。

 

 「こうやって……安曇さんの名前を呼ぶ時の私の気持ちを、きっと安曇さんは知らないのでしょうね?」

 「え……?」

 「何があっても、どこにいても必ず帰る海がある、頬を埋めるだけで安心してしまう胸がある……それはとても……とても嬉しい事……」

「す、涼月……?」

 

 「だから……待っていてください。神鷹さんが守る輸送艦は今そちらに向かっています。必ず……必ず帰ります……」

 

 まるで自分に言い聞かせるような口調の涼月に覚えた言い知れぬ違和感。だが再び、問い糺す間を与えないように言葉が重なる。

 

 「ただの涼月とただの安曇さん……私達は元泊地でそうやって時を重ねましたよね」

 「……ああ」

 「安曇さんはいつの間か、私の心の……一番深くて一番大切な所にいたんです。それはとても暖かくて……知ってしまった今は、知らなかった頃には……戻れない、戻りたくない、そう思うんです」

 

 俺の返事を待たず、いや、まるで俺に口を挟ませないように涼月は話し続ける。まるでーーーー。

 

 「かぼちゃプリンとかかぼちゃぜんざいとか……ほんとはもっといろんなのを作ってあげたかっ()んです。あっ……そ、その……元泊地では、満足な材料も道具もありませんでしたから」

 「……これからいくらでもできるだろう?」

 「これから……そう、ですね……。だからお願い……私を……待っていて」

 

 最後に囁きのような小さな声で残した言葉を最後に、通信は打ち切られた。俺に聞かれていないと涼月は思っているんだろうな。だから俺も、聞こえないのを承知で言葉を溢す。

 

 「……嘘が下手だな、涼月……ま、お互い様、か」

 

 

 

 「安曇少佐、その……なんだ、報告してもいいか?」

 

 待ち兼ねていたようにL-CACの操縦席に座る俺に声が掛かる。くるりと振り返ると、黒髪をハーフアップにし、それを前に向けて二箇所括った髪型の彼女……初月が、半ば呆れたような口調で問いかけてきた。首から下を黒のインナースーツで覆う彼女の出立ちは白を基調とした涼月と対照的だな……などとさっきまでの余韻に囚われる俺を、んんっと軽い咳払いをして現実に引き戻してくれる。いや……申し訳ない。

 

 「もちろんだ、話を進めてくれ」

 「作戦参加の艦娘、全員乗艇完了して配置についている。ただ……当初1だった風浪階級(シーステート)は現在3、だ。突入速度は当初予定通りにいかないと思うが……?」

 

 最大七〇ノットを超える速力を発揮するL-CACでも、足元……つまり海面の状態が速度に影響し、シーステート3なら三〇ノットが目安となる。ただそれは俺が望む速度ではない。とはいえ波立つ海面で高速力を出そうとすれば、水切りの石のように艇は跳ねまわりかねない。

 

 「そうだな……それでも最大速力で突入する。乗艇した皆にはしっかり体を支えるように伝えてくれ」

 

 明らかに不審げな表情に変わった初月だが、畳み掛けられた俺の言葉に息を飲み大きく目を見開いた。

 

 「手遅れになってからじゃ……俺は自分を一生許せない。一分一秒でも早く……」

 

 それ以上初月は何も言わず、強引に俺を操縦席から退けると操縦桿を握り、不敵なまでの笑顔で投げかけてきた。

 

 「なら尚更操艇は僕に任せてくれ。艦娘の感覚器と運動神経には、少佐がどれだけ鍛えていようと足元にも及ばないさ」

 「……任せた……負担を掛けるが、頼む……早く……」

 

 彼女の肩に置いた俺の手は震えている。一瞬息を飲み大きく目を見開いた操縦席の初月は、さっと紅潮した頬で大きく頷くと、俺の視線から逃れるように操縦席に向き直ると、操作を始める。

 

 「そ、そういうのは……涼月姉さんにだけすればいいじゃないか……ぼ、僕はそんなんでキラ付けされないぞ、まったく……任せておけ、絶対に最短で送り届けるさ」

 

 何か言っていたようだが、四基のガスタービンエンジンが轟音を響かせると徐々に回転を上げるプロペラの風切り音が激しくなり、隣にいる相手との会話でさえ、耳元に口を寄せ叫ぶかインカムを使わないと成立しないような騒音に操縦席は支配される。

 

 

  ーー……帰りたい、な……。

 

 

 涼月が最後に囁いた声は優しく、それでいてどこか泣き声にも似ていて……。思い返せば、通信を再開してから、涼月は俺と会話をしているようでしていなかった。半ば一方的に彼女の中にある想いを伝えてきた。まるでこれが最期かも知れない、そう言わんばかりに。

 

 

 細かい事はどうでもいい、ただ彼女にそう言わせるほどの危うい状況だと俺は確信した。

 

 

 ふぅっと大きく息を吐き目を閉じる。指揮官として部隊全体に目を配る事、気が付けば自然と涼月を目で追ってしまう事、無事を確認しなければならないのは涼月だけではない事、涼月が胸を張って帰って来れる母港になる事、その彼女が元司令官に対して抱いているだろう複雑な感情が気にならない訳がない事……相反しながら俺の中で混じりあっている思いは、確かにある。

 

 だから? つまりは単純で、()()()()()()()()()()

 

 「……涼月」

 

 彼女の名を呼ぶ俺の声は、自分でも聞き取れないほど激しい騒音にかき消され、同時に背中側から引き倒されたような強烈な加速でL-CACが疾走を始めた。

 

 

  ーー君が帰れないなら、俺が迎えに行くだけだ。

 

 

 

 秋月姉さん達を倒し、殿を務めてくれた矢矧さんをも倒し、ついに私達に追いついたグレイゴースト。安曇さんが守りたいものは、私の守りたいもの。渋る神鷹さんを急き立て、輸送艦と共に退避させます。次の殿はーーーーだから、どうしても安曇さんの声が聞きたかった。

 

 必ず帰る、私には帰る海がある……心からそう信じています。けれど……思いだけで乗り切れるほど生易しい戦いでは……ない。

 

 私と安曇さんが話している間、不思議と何もせずに待っていたグレイゴースト。深海棲艦にも武士の情け、みたいのがあるのかしら? 安曇さんと……あれが最後かもしれない会話。

 

 いいえ……違う。

 

 たとえこの身が朽ちて、この想いだけになっても……安曇さんさえ無事ならーーーー私は必ず安曇さんの元へ帰る。

 

 「気は済んだ、涼月(お嬢)?」

 「はい……安曇さんを戦場から遠ざけられました。これで……守りきれます」

 

 そう言い切った私を、長10cm砲ちゃん(レン)はぽかんとしながら見上げています。度重なる激しい戦いの傷を癒す間もない私達……レンの砲塔基部()にも真新しい深い傷がいくつも増えてしまいました。もう一人の長10cm砲ちゃん(ソウ)は、傷つき動けない秋月姉さん達の護衛に置いてきた今、目の前にゆらりと立つ相手ーーグレイゴーストに私とレンで立ち向かう。

 

 ほっそりとしていながら女性らしい起伏に富んだ白い肢体を黒いマントで覆う姿。表情は無いけれど、敵ながら美しいと思わされる顔貌……その至る所が私達艦娘の返り血に染まっている。

 

 けれど頭の上に載るカブトガニにも似た形状の、巨大な帽子様の艤装に二つある大きく窪んだ目のような箇所は、一つが大きく抉れ潰れている。元司令官の、私がかつて所属していた泊地で戦没したみんなの思いが込められた一撃は、確実に届いたんですね……。

 

 「あのさ、涼月(お嬢)? ひょっとして……さっきのは安曇をここに来させないための話だったの?」

 「……聞いてたでしょう、レン?」

 「安曇はヘタレだけど馬鹿じゃないから、あそこまで熱い告白をされたら全速でかっ飛んで来るんじゃない?」

 「えぇっ!?」

 「ほらアレだよ、『押すなよ、押すなよ』みたいな感じ」

 

 どこでそんなの覚えたのかしら、レン? で、でも……だって、安曇さんは待ってるって……とは確かに言ってなかったような……。

 

 はぁっと大きなため息を一つ。そう言えば……元泊地から撤退する時も、今回の戦いで部隊を分けた時も、私は安曇さんに何も言わなかった。だって……きっと安曇さんならそうするって分かっていたから。ならそれはきっと安曇さんにも同じことなのでしょう。

 

 そんな時の言葉は心を隠すヴェールにしかならない。でも私も安曇さんも、心に掛けたヴェールは殆ど透明だったみたい。

 

 不意に強烈な思念を叩きつけられました。耳には『ヲヲ……』とくぐもった唸りにしか聞こえませんが、強烈なまでのグレイゴーストの意思が頭に飛び込んできます。

 

 『銀の艦娘……あの男を呼ぶ贄……』

 

 「合戦、準備!!」

 

 私と安曇さんの最後の戦いが、始まるーーーー。

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