月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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50. スピード

 「うぉっ!?」

 「大丈夫か安曇っ!? 舌噛んでないか?」

 

 衝撃と共に一瞬だけ制御を失ったL-CAC。突然のうねりに乗り上げたか、予期せぬ突風で艇が浮き上がったか……海面を滑るように横っ飛びに吹っ飛んだものの、すぐさま体勢を立て直し疾走を再開する。これまでも何度か同じような事はあったが今回のは激しく、シートベルトをして航法士席に座る俺でさえ席から落ち飛ばされそうになった。

 

 操縦席からこちらを気にかけながら操艇を続けるのは初月、秋月型四番艦にして涼月の妹。本来は佐世保鎮守府所属だが、牧島大将の要請でグレイゴーストとの戦いに参戦してくれている。

 

 現在のシーステートなら本来三〇ノットでの走行が求められるが、今は七〇ノットかそれに準じた速度を維持している。高速で波に乗り上げれば艇が持ち上げられ、最悪波の戻りに合わせ艇底が海面に叩きつけられ破損する。かといって波を迂回するのに速度を落とせば時間がかかり過ぎる。初月は海面の状況を見極め、不規則に立ち上がる大小の波やうねりの中から戻る波を狙ってほぼ直線に近いコースを瞬時に選定、フットペダルでラダー制御を、二本のレバーでプロペラのピッチ変更を行いながら速度を極力殺さない、卓越した操縦でL-CACを前に進め続ける。自分から操艇は任せろと言っただけあって大した腕前で本当に脱帽した。

 

 「……聞いても、いいか?」

 「うん?」

 

 不意にインカム越しに初月の声がして反射的に彼女の方を見たが、初月はこちらを見ることもなく、絶え間なくラダーとレバーを操作しながら操艇に集中している。疾走を続けるL-CACのガスタービンエンジンの咆哮は止む事なく、艇後部にマウントされる二基の巨大なプロペラは回転を続けている。蜿り波立つ海面を力付くで押さえつけ、吹き荒ぶ向かい風の潮風を切り裂く艇の内部は激しい騒音に支配され、隣の席でもインカムを使わないと会話が成り立たないほどだ。

 

 姉妹と言いながら涼月とは外見の印象が大きく違う初月の横顔を、つい眺めてしまう。制服の基本的なデザインはほぼ同じだが白と黒で対照的なカラーリング、髪色も銀と黒に近い濃い茶、二人とも細身でバランスのよいスタイルだが初月の方が……小さいのか? ゴ、ゴホン……面差しも優しい笑みを絶やさない涼月と少しつり目でクールに見える初月……でもよく見ると顎のラインや耳の形なんかは良く似ている気がするし、タイプは違うにせよ、二人ともこんな時世でなければ人気アイドルでも不思議じゃないほど整った容姿をしている。

 

 「本題に入る前に、言っておくぞ。僕のが小さいんじゃない、涼月姉さんのが大きいんだからな、誤解するなよ?お前は……その、なんだ……考えている事を無意識に口に出している事があるぞ、気を付けるんだな」

 

 ……あの、どの辺から……? 恐る恐るの問いに答えはないが、初月は僅かに頬を赤らめているようにも見える。そして動き出す彼女の口元ーー唇は言葉の形に動くが声はインカム越しという奇妙な状況だが、初月の問い掛けが始まった。

 

 「牧島大将がここまで出張ってきたのも驚きだが、あの方はそれでも母艦に座乗し後方にいる。なのにお前ときたら、この L-CAC(特大発)に乗り込んで最前線に切り込んで……艦娘のためにこんな事をする指揮官なんて、聞いたことがない。佐世保の……僕の提督もきっとそうだろう」

 

 俺の沈黙に対し初月は言葉を重ねてゆく。

 

 「無任地(居候)特務少佐(臨時雇い)、見た目だけは格好良い男に、ウブな涼月姉さんが誑かされて身も心も捧げて入れ込んでる……最初はそう疑ってたんだ。済まない、怒るなよ? けれどお前はグレイゴーストとの一連の戦いで優秀な指揮能力を遺憾なく発揮して、さらに涼月姉さんのために文字通り命を賭けてくれている。妹として、こんなに嬉しい事はない」

 

 一瞬だけ申し訳なさそうな視線をこちらに向けた初月と目が合って、慌てて逸らされる……えらい言われようだけど、まぁ……いいや。

 

 「お前達軍人と僕達艦娘の間には特別な絆が生まれて、それが戦力に繋がるのは分かっている。使用者と兵装、上司と部下、そういう事だろう? いや、そうじゃないと……」

 

 そう言って初月は言葉を一旦切り、ふうっと息を吐いて意を決したように言葉を繋いだ。

 

 「……戦えない。思いを、想いを残したまま、帰れないかも知れない海に乗り出すのは…………僕には、できない。だからこそ、何がお前をそうさせるのか、知りたいんだ」

 

 空を圧して攻めてくる深海棲艦の艦載機を迎え撃つ艦隊の守護者、託された願いや祈りを力に変えて成長する兵器……それが艦娘としての涼月。

 

 けれどーーーー俺が出会ったのは、守れた命を慈しみながら守れなかった命に心で詫び、グレイゴーストに立ち向かうための命と自分を殺し、孤独に押し潰されそうになりながら必死に生き抜いてきた、柔らかな微笑みと静かな涙が同居した、料理好きで優しい涼月というただの少女なんだ。

 

 この戦いがあるから俺と涼月は出会い、戦いはこれからも続くだろう。だからこそ涼月は独りじゃないと、常に伝え続けたい。だからこそ何があっても、俺は彼女の帰る海であり続ける。

 

 「つらつらと喋ったけど……初月に、他の艦娘の皆に分かってもらえるかどうか、正直良く分からない。まして俺と同じ立場の軍人なら、指揮官が艦娘のために前線に赴くなぞ狂気の沙汰と言うだろう。けどな、俺にとって涼月なしで司令官になっても、意味がない気がするんだ。そういう思い自体軍人として抱くべきではないのだろうが、自分でもどうしようもない」

 

 照れ臭すぎて、涼月本人にもここまで話した事はないが、初月にはつい言ってしまった。誤魔化すように照れ笑いを向けると、釣られたように初月も柔らかく微笑んだ。そうやって笑うと、やっぱり姉妹なんだな、涼月によく似ている。

 

 「正直、指揮官としては愚かな振る舞いだと、話を聞いた後でも思う。けれど……姉の伴侶としてはお前以外いない、それはよく分かった。その点では、涼月姉さんに見る目があったと言わざるを得ないな」

 

 ……訂正。この笑顔で斬るスタイルのツッコミは涼月とは違う。笑顔から苦笑いに俺の表情が変わった時、初月の表情も一転して真剣なものに変わり、俺に向かい「待て」という調子で手を向けた。

 

 「空母娘から入電だ。グレイゴーストの位置特定、だが……状況は芳しくない。交戦中だが……涼月姉さんが押されているようだ」

 

 

 

 元々この作戦は、俺達の到着まで涼月が持ち堪えて、増援部隊が砲雷戦に持ち込み決着させる事を想定していた。L-CACは、艦娘の最大戦速の倍以上の脚で戦力を強行投入する鍵。

 

 戦域が広範囲になりグレイゴーストに主導権を奪われがちな航空戦を避けつつ民間人の乗った輸送船を守るため、随伴させた正規空母娘の艦載機は、偵察用の部隊を除いて全て艦戦にし奴の航空隊の無力化を図った。そして奴と対峙する涼月の砲雷同時(カットイン)攻撃が決まれば、上手くすれば撃沈を狙えるし、悪くともダメージは与えられる。

 

 だがその渾身の攻撃も寸での所で躱され、むしろ涼月が追い詰められている。ならやはり決着はーーーー。

 

 「さて、愚かな指揮官にして最良の伴侶殿、あと数分で涼月姉さんとグレイゴーストの交戦海域に到着だが、どうする?」

 

 分かっている内容を確かめるように、初月が殊更軽めの口調で確かめてきた。俺は通信のチャンネルをオープンに切り替え……あれ? 既にオープンになってる? 俺、またやっちゃいました? さっきまでの会話が部隊に筒抜けだったかも知れない悪寒を無視して、指示を出す。

 

 

 「全員傾聴っ! 距離一五〇〇〇で砲戦部隊を投下する。着水後全速で突入、包囲陣形形成!! L-CACは突入続行し涼月を救助後全速で離脱する、その後一斉砲撃開始だ。各員準備に入れ!」

 

 その間にもL-CACは波と風を切り裂いて前進を続け、水平線に立つ二つの人影ーー涼月とグレイゴーストの輪郭を鮮明にし始める。砲戦での有効射程距離は最大射程の半分と言われるので、最も射程の短い砲を基準に設定した距離で部隊を投下。L-CACはさらに前進、旋回半径約一八〇〇mの先で涼月を捕まえられるよう旋回開始。時間にすれば一分前後で行われる慌ただしい動きの中で、砲戦と救助の間の隙間をどう埋めるのかーーーー。

 

 「全員、後一〇秒で投下距離、カウント開始! 五、四、三、ニ、一……ゴーッ!!」

 「じゃぁ私は後少ししたら行くね♪」

 「なっ!?」

 

 俺の号令に続くように通信に飛び込んできた明るい声ーー秋月型二番艦の照月、涼月の姉。話をする機会はあまり多くなかったが、明るい性格でぐいぐい来るタイプなのは認識している。その彼女にも砲戦参加を命じていたのだが?

 

 「砲戦開始と離脱までの間、時間稼がなきゃ、でしょ? それにね……妹を酷い目に合わせた相手に、姉としてきちんと()()()しなきゃねーって思ったの」

 

 にひひ、という悪戯っぽい笑い声と同時にパシッと拳を掌に叩き付けたような音がスピーカーから聴こえてきた。思わず初月をみると、操縦桿を器用に押さえながらかちゃかちゃとシートベルトを外し、くるりと体の向きを変えて操縦席横のドアを無造作に蹴破った。激しい風が吹き込む中、事もなげに初月が言い放った言葉に、俺は慌てて席を立たざるを得なかった。

 

 「照月姉さんは言い出すと聞かないから、仕方ないよ。さあ、何をしてるんだい? お前はこっちに来て操縦席に座ってくれ。僕も出るから。何、後はラダーもプロペラピッチも固定で構わない」

 

 俺の返事を待つ事なく艇外に身を踊らせた初月が風に乗り遠ざかり、右旋回に入ったL-CACの艇体をさらに外側へ向けるように強い衝撃が後部に加えられた。強引に鼻先を内側に向けられたL-CACは、ほとんど横転スレスレになりながら最短回転半径のさらに内側を回り込むように旋回を強要されている。ドアを蹴破られた右側は上部構造物が海面スレスレまで迫り吹き込む激しい風で目を開けているのも辛い。

 

 それでも必死に操縦を続けフロントウインドウから周囲を見れば、回転半径のピークで艇後部を踏み込んで飛び出した照月が空中を舞い、グレイゴーストに向かい猛烈な速度の踵落としを浴びせた光景と、涼月を背中に庇う初月の姿と、そしてーーーー空色の瞳と一瞬視線が絡み合う。

 

 「涼月っ!!」

 「安曇さんっ!!」

 

 聞こえるはずのないお互いの叫びが、確かに届いたように思えた。

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