月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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52. こたえあわせ

 『どしたの?』

 『ん……上空敵影なし、って』

 

 問いかけたのはソウ、答えたのはレン。

 

 秋月型駆逐艦の主兵装となる自律行動型長一〇cm連装砲で、本来固有名称は持たないが、涼月の装備するこの二体には安曇少佐が名を付け(元々は二体を区別する便宜上の呼称として)、涼月もすぐに倣うようになっていた。当の二体(二人)も、当初は呼ばれる名に個体識別以上の意味を感じなかったが、今は自分の名として、例え命名方法が連装砲に由来する安直なものだとしても、愛着を持って受け入れているようだ。

 

 『砲戦部隊は上手くやってるみたいだし、ようやく……ほんとにようやく、終わるんじゃない?』

 『そうだといいんだけど、ね』

 

 ソウの言う通り、空母ヲ級改flagship(グレイゴースト)との戦いは大詰めを迎えたが、それでもレンは空を見上げている。

 

 安曇少佐の采配で展開した直掩隊は敵の航空隊を駆逐し民間人の乗る輸送船を守り切り、その間に大きな被害を被りながら粘り強く戦った涼月と、入れ替わりで参戦した照月の強襲によって、配置に付いた砲戦部隊の砲撃圏にグレイゴーストを追い込み、集中砲撃を成功させ大損害を与えたようだ。現在の指揮権は牧島大将に返上され、呉の連合艦隊からは後詰として空母機動部隊が急速接近中。

 

 いくら強力な個体とはいえ、現在の戦況で敵はグレイゴースト一体、これ以上何があるというのか?

 

 ソウの指摘に、短い腕で腕組みをして考え込んでいる態のレンだが、気持ちを切り替えるように話題を変え、ソウにもこれから自分の取ろうとする行動への同意を求めた。

 

 『ま……そう言われると、ね……。じゃぁさ、後部から乗艇して、妖精さんに予備砲身に交換してもらおうよ』

 『……いいけど。でもどうして後部から? 周りこむの面倒じゃない?』

 

 グレイゴーストとの戦闘で損傷した砲身はまだそのままの状態であり、砲身交換はレンの言う通りだ。でもどうしてわざわざ遠回りして後部から乗り込もうとするのか? 砲塔(小首)を傾げたソウがその点を質すと、両手を砲塔()の後ろで組むような姿勢でレンが答える。

 

 『涼月(お嬢)が乗り込んだのは()()でしょう……。少しくらい二人きりにしてあげようとかいう気遣いは?』

 『案外ロマンチストなのね。そういうのは無事に帰ってから好きなだけすればいいと思ってたけど?』

 『いや、本格的なのはそうだろうけど……』

 『本格的なのって、何考えてるのよ、え、えっち……。 ご、ごほん……戦場じゃリアリストに徹しないと死んじゃうんだからね?』

 

 だからでしょ、と歪んだ砲身をぽんと叩くレンに頷くソウは、二人並んでL-CACの後部へと向かい始め、同時に思っていることを口にした。そして視線を合わせた二人――ソウは唇を尖らせ、レンは肩(と思われる箇所)を竦め、これまた同時に右手と左手をお互いに差し向け、無言でグータッチを交わす。

 

 『敵の航空隊(無粋な連中)がもし来るようなら、こっちで相手しとくから(居留守使っとくよ)

 『よかったね、涼月……帰りたい場所にちゃんと帰れたね。少しの間、甘えてもいいから』

 

 

 

 帰りたい場所に帰った――――辛うじて全通甲板の前部に乗り込んだ涼月は安曇少佐に圧し掛かるように体全部を預けていた。

 

 今がどんな時で何をしなければならないか、涼月も安曇少佐も分かっている。分かっているが……疲労困憊に加え、骨折の右腕に脱臼で痛みの残る左腕、両膝には鈍い痛みが走る涼月は動けなかった――いや、動きたくなかった、という方が正解だろう。

 

 身体の具合ももちろんだが、それよりも身を預けている場所……安曇少佐の胸板は、細身ながら鍛えられた筋肉の弾力と自分とは違う骨太の骨格がもたらす安心感、何より血の通った体温の暖かさはずぶ濡れになった涼月の体に心地良過ぎた。抱き着いているせいで安曇少佐の制服が濡れ大きな染みを作り、自分から滴る海水が少佐の顔に滴っているのも知っている。それでも離れたくなかった。

 

 ふと深い吐息が自分の頬を撫でたのに気付いた涼月は、一瞬にしてさっと頬を染めて、身体の痛みに顔を顰めながら反射的に上体を起こしていた。乙女的にはどうしても譲れない一線――――。

 

 「あ、あの……お、重かった、ですか……?

 「いや……涼月の顔を見たら言おうと思っていたことが全部吹っ飛んで『おかえり』しか言えなくて……」

 

 不意に安曇少佐が上体を起こす。ちょうど少佐の腰のあたりに跨っている涼月は釣られて後ろに倒れそうになってーーならなかった。素早く背中に回された安曇少佐の右腕が力強く涼月を支え、引き寄せる。本当なら自分も同じように抱き返したいが動かない右腕と痛みの残る左腕がもどかしく、ただ少佐にされるがままに身を預ける。

 

 

  こつん。

 

 

 軽く触れあった互いのおでこ。

 

 そのまま俯いて何も言わない安曇少佐に、見えないと承知で涼月が柔らかく微笑む。ああ……ようやく笑えるようになった、安堵が実感として胸の中にじんわりと広がる涼月だが、すぐに異変に気付いた。安曇少佐の肩が小刻みに震えている。

 

 顔をずらして表情を確かめようとした涼月を押しとどめる、短く、やや鋭い声を安曇少佐が発した。感情が溢れるのを堪えているような震えた声に、涼月は動きを止めるしかなかった。

 

 「動かないで! ……頼む、から」

 

 ぽたぽたとこぼれる熱い雫が胸のあたりに降りかかる。なみ、だ……? 痛みなどどうでもいい、と動く左腕を少佐の背中に回して少しだけ力を込めて抱きしめ返す。やがて肩の震えが収まった安曇少佐が、訥々を言葉を零し始めた。

 

 「……軍として艦娘を戦場に送り込むのは当然のこと、今回の戦いでは民間人を守る盾……そう思って堪えていた、けど堪え切れずL-CACで前線突入(こんなことまで)して……軍人失格、かもな……」

 

 恐らくは指揮官として口に出すべきではない思い。兵士であり兵器であるのが艦娘で、戦うことが存在意義……それは涼月も安曇少佐も分かっている戦時の事実。

 

 グレイゴーストを追い込んだ卓越した作戦指揮と、指揮官が最前線までやって来る、ある種の冷徹さを欠いた振る舞い。

 

 指揮官という職務への適正を考えれば向いていないと軍の偉い方々は考えるかも知れない……涼月の理性がそう訴える。一方で、自分達が使い捨ての兵器ではないと行動で示す安曇少佐の姿は、艦娘や妖精さんにとって得難い性根で、この人のためなら喜んで命を賭けられる……涼月の感情が理性の訴えを掻き消してゆく。

 

 「けれど……怖かったん、だ……。もし涼月を失うようなことになったら、俺には……司令官になる意味が……いや……涼月がいない事なんて……考えられない、考えたくない」

 

 

 途切れ途切れながらも吐露された、一人の青年としての想い。兵士でも兵器でも、ひょっとしたら艦娘でもなく、ただ涼月を涼月として求めている――自分()()のために命を懸けた、そう言われてるのだ。

 

 自分がこの男性に心惹かれているのは否定しようがない。もちろん否定するつもりもないが。同じように、この男性が自分に想いを寄せてくれているのも分かっていた。いや……分かっていたつもりだった、と、抱きしめ返す腕に力を加えながら、涼月はもうどうすることも出来なかった。

 

 

  ――あぁ……私はこんなにも……。

 

 

 軍人としての立場を超えてでも、出来る全てで自分を守ろうとしてくれた人が、堪え切れず零す涙。思うように動かせない両腕がもどかしいが、それでも押しのけるように少しだけ距離を取った涼月は、安曇少佐の顔を正面から見据え、再び距離を詰める。

 

 「す、涼月……?」

 

 唇の間から差し出された涼月の舌が、安曇少佐の目の下をぺろりと舐め涙を拭う。動揺をはっきりと表に出した安曇少佐を意に介さず、涼月はそのまま顔を動かし、明確な意思でお互いの唇の距離がゼロになるように近づけ――――ゼロに出来なかった。

 

 

 「見ているこちらも気分がかなり高揚しましたが……グレイゴーストは現在沈黙、決着をつける最大の好機なの、悪く思わないで。よく持ちこたえました、涼月。そしてよく辿り着きました、安曇少佐。あなた方は早くL-CAC(特大発)を発進させて後方退避、牧島大将と合流して」

 

 

 呉鎮守府秘書艦・加賀の声がスピーカー越しにカットインし、涼月と安曇少佐は磁石の同極のように反射的に距離を取った。お互いを抱き締めるのに忙しかった二人は全く気付いてなかったが、見上げれば頭上を周回する彩雲の姿がある。

 

 先んじて生起した戦艦レ級との戦いで重傷を負い緊急入渠していた加賀だが、高速修復材を併用した入渠が終了し意識を取り戻すや否や、後詰の必要性を牧島大将に訴え、自ら機動部隊を直卒し現場に急行していた。

 

 

 強制的に冷静さを取り戻した安曇少佐は、立ち上がり両頬をぱんぱんと叩いて気合を入れなおすと妖精さん達に指示を出す。すぐさまガスタービンエンジンの轟音が響き渡り、甲高い吸排気音とともに全周に巡らされたディープスカートに圧縮空気が送り込まれ、涼月を乗り込ませるため水面近くまで下がっていた艇体が振動とともに上昇し発進準備を整える。

 

 「俺たちも操縦席に移動しよう。さぁ……」

 「ふあっ……あ、あの……み、耳は……」

 

 激しい騒音に支配される全通甲板上では、大声で叫んでも声が届かないことを理解している安曇少佐は、涼月の耳元に口を寄せて言葉を伝えたが、反応は彼が期待したようなものではなかったようだ。耳たぶと頬を真っ赤に染めた涼月は、ぺたりと女の子座りで甲板に座り込み、身体に力が入らないような風情である。

 

 「見た目以上に怪我が深刻なのか……一刻も早く入渠が必要だな」

 

 『深刻なのは安曇の頭だと思うけど……』

 『激しく同意……』

 

 予備砲身の交換を終えたレンとソウは、いつの間にか甲板前部に移動していて、上部構造物の物陰から二人の様子を興味津々で見守っていた模様。

 

 「掴まってくれ、すずつ、き……?」

 

 肩を貸そう、そのためには立ち上がらせなければと手を差し出した安曇少佐だが、視線の先の涼月の様子に語尾が乱れていた。無言のまま潤んだ瞳の涼月は、ぺたりと座り込んだ女の子座りのまま、吊っていて動かせない右腕はそのままに、動く左腕を真っすぐに差し出している。

 

 『もうっ! ほんとバカなんだからっ! 涼月はお姫様抱っこしてほしいのっ』

 「えっと……? ええっ!?」

 「ソ、ソウッ!? そ、そんなこと……あ、あるけど……

 『そこまでストレートに罵倒するのもいっそ清々しいよね……』

 

 堪忍袋の緒が切れた、と言わんばかりに物陰から飛び出して安曇少佐にダメ出しをしたソウ、出会い頭にバカ呼ばわりされた安曇少佐、さり気なく姿勢で示したつもりの要望をど真ん中直球で言葉にされ慌てる涼月……そんな様子を砲塔()を振りながらやれやれと言いたげに後から姿を見せたレンだが、ふと見上げた空に言い知れぬ不安を覚え、ぽつりと呟いた。

 

 

 『そろそろ夕暮れ時(逢魔が時)か……このまま終わってほしいよ、うん』

 

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