月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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53. A View To A Kill


 「だから言わんこっちゃない……いや、言わなかったけど……」

 

 髪を掻き上げるような仕草の右手が頭を抱え、その拍子に黒いパーカーがずり落ちる。潮風に晒された顔は戦艦レ級のもので、元々真白い顔色がさらに青褪めている。

 

 呉の連合艦隊に手痛い敗北を喫した戦艦レ級が南へと逃れたのは、ともかくグレイゴースト(彼女)との合流を目指してのこと。だが徐々に増えてきた雲に邪魔され哨戒機が居場所を特定できずにいた。

 

 そして突如巻き起こった轟音と空間ごと破壊するかのような衝撃波が空気を震わせる、ひと艦隊分の大口径砲と中口径砲を纏めて叩き込んだ一斉砲撃。差し向けた哨戒機が発見したのは、海面に白い髪を広げ横たわる彼女の姿。原型は……辛うじて留めているが……これじゃぁ、もう……。

 

 

 ギリッ。

 

 歯噛みをしつつ目を伏せる戦艦レ級は、意味が無いと知りつつ、自らの脳裡に哨戒機からもたらされるその姿から目を背けようと首を左右に振ってみる。

 

 

 「自業自得……いつまでも安曇少佐と涼月(あんな連中)に必要以上に関わるからでしょう……」

 

 卓越した技量の航空隊を荒々しく、そして華麗に、自在に操る暴風のような航空攻撃が彼女の真骨頂だ。その気になればいつでも蹂躙出来た相手に、何の理由か知らないが執着し、わざわざ最前線で直接対峙した結果がこの状況……だからこれは彼女の自業自得。

 

 

 「……ふ、ふふふふ……」

 

 彼女は轟沈寸前だが、戦艦レ級の被害は酷いもののまだ何とかなる。無理に絞り出したように戦艦レ級は乾いた笑いを溢すが、矢の貫通した胴体に痛みとして響いた。

 

 呉の連合艦隊を襲撃し母艦に大きな損害を与え、さらに総旗艦・加賀を大破に追い込んだレ級だが、本来航空機に転化させる矢の艤装をそのまま”矢“として射込む加賀の反撃を受け、二筋の矢が胴体を貫通、顔を掠めたもう一本の矢に深々と頬を抉られていた。

 

 敵が彼女に集中している今こそ、無事逃げ切る大きなチャンス。そもそも合流しようと思ったのも彼女が健在である前提に立っていたからだ。それがこの有り様では……そこまで考え、戦艦レ級は気が付いた。健在である前提とは、彼女が負ける筈がない確信。正しくは……負けてほしくないという願い。

 

 

 --想う相手も帰る場所も無くして、その上負けたら……何が残るというのか。

 

 

 深海棲艦()艦娘()が重ならないなら、自分()は何者なのか――――?

 

 在りし日の温もりに手を伸ばして、返ってきたのは砲弾と魚雷、そして嫌悪と恐怖の視線。悔しくて悲しくて切なくて、願いはやがて呪いへと変わり、目に映るもの全てを壊して壊して壊して……それでも満たされることはなかった。そして自分は体に全てを合わせようとした。

 

 グレイゴースト……いつの頃か敵が彼女をそう呼んでいるのを知ったが、なかなか悪くないと思い、内心羨ましかった。名前があるということは、一人の確立した『個』として、かつての仲間達(艦娘達)に認知されていること。

 

 

 その彼女自身はどう思っているのか? 誰にどんな風に呼んでほしいのか? 部分的とはいえ艦娘だった頃の記憶を持ち、基本無口で自分から喋る事は少ないから何を考えているのか、正直よく分からない。いつも探している何かを求め……いや、自分が何を探しているのかを探している、そんな雰囲気。彼女が探している『何か』を見つけた時、何を選ぶのだろうか? 探している『何か』を見つけられなかった時、それでも自分と一緒に戦い続けてくれるのだろうか?

 

 自分を重ねてしまうから嫌い。嫌いだから……目を離せない。

 

 

 「ほんっと……無様ね。そこに転がってるといいわ」

 

 吐き捨てるように言いながら、ぼきりと鈍い音をさせ、胴体に刺さった矢を、まずは腹筋側で折る。次に取り出した砲弾から信管を外し、火薬を右手に塗し傷口に塗り込むと……着火! 機銃弾を受けた程度の衝撃と黒煙、そして肉の焦げる臭い。前側が済めば、背中側から残りの矢を引き抜いて、同じように火薬で傷口を焼き塞ぐ。口の裏まで上がってきた悲鳴は唇を噛んで耐えた。

 

 

 「そんなにボロボロになって……そうまでしないと見つからない物なら、いっそ忘れてしまえばいいのに……」

 

 無理矢理傷口を塞いだとはいえ、内部の出血を完全に止められた訳ではない。腹腔内に内出血が溜まらないよう排液路として、塞いだ傷口の近く……無傷の肌に人差し指を突き刺し、穴を穿つ。左手で右肩を押さえ、腕を伸ばしながらぐるぐる回し一歩前へ。

 

 戦線は南北に伸びている。北からの並びで言えば、後詰で姿を見せた機動部隊、水上打撃部隊とその直掩に当たっている空母部隊だが、幸いなことに補給のためだろう、直掩機の半数以上を収容している。そして彼女……グレイゴースト。さらにその南にいるのは見慣れないL-CAC(特大発)。ということは何かしらの指揮を執る人間がそこにいる、ということ?

 

 

 「なら狙うのは……」

 

 首を左右に傾けるとこきんこきんと音がする。多いとは言えない数だが航空隊はまだいるし、特殊潜航艇もあと一回は撃てる。弾薬残もあとひと暴れするには足りる。ざばりと海水を持ち上げて、先端に顎門と集中配備した砲を備え、背骨に沿うように飛行甲板を貼り付けた、白く巨大な蛇のような尻尾を擡げる。後は、この戦線を最も効果的に混乱させるポイントを狙い突っ込んでゆく。ただ、そこに辿り着くには敵陣を一直線に突っ切ることになる。

 

 多勢に無勢でも、成否が明らかでも、自らを顧みるよりも今しなければならない事がある――――言葉にすればそういう思いだが、戦艦レ級は珍しく柔らかい微笑みを浮かべ目を閉じる。

 

 

 「さて、と……上手く逃げてよ」 

 

 

 呟いた後再び目を開けた戦艦レ級は、禍々しい赤いオーラを纏い不敵にニヤリと笑うと速度を上げ始めた。

 

 

 

 難しく考える必要は何もないんだ。だって手元の戦力(カード)はもう決まっている。ならどうやって場に見せてゆくか、それだけのこと。

 

 とにかくまずグレイゴースト(彼女)への砲撃を中断させなければ。そのために虎の子の特殊潜航艇で、砲戦の指揮を執っている長い黒髪にダークグレーのコートを着た戦艦娘を黙らせる。おお、でかい水柱……けっこういい所に刺さったみたいね。ふ、ふふ、ふふふ……慌ててる慌ててる。

 

 間髪入れずに次の手を打たなきゃ。とにかく空母娘の動きを封じないと多勢に無勢、包囲殲滅戦になる。彼女の真似するみたいで癪に障るけど、そんなこと言ってられない。厚く低く垂れこめてきた雲を最大限利用しなきゃ。低空からの急降下爆撃、しかも突如雲間から姿を現して()()()()()()突入してくる攻撃なんて、躱しようがないでしょ? これで展開中の空母娘の大半の甲板は潰せた。全部なんて欲張る場面じゃない。とにかく先を急がないと。

 

 あ、そうそう、加賀さ……じゃなくて呉の総旗艦、矢を射込んでくれたお礼、ありがたく受け取ってくれたようね。

 

 

 残った航空隊には、投弾後自分の直掩兼敵の妨害に当たらせる。こういう時戦闘爆撃機ってのは使い勝手がいいと思う。艦娘を沈めることはできないけど、行動を阻害するには十分な働きをしてくれるし、それに……目標のL-CAC(特大発)、というか人間達が今乗っている軍艦には装甲らしい装甲がないから(それを知った時の驚きといったら!)、機銃掃射だけで十分。

 

 北から南へと、遮二無二突入し続け、北からの砲撃では特大発が艦娘達の砲撃の射線に入るように動き続けた。案の定、明らかに途中から砲撃が散発的になり、自分を追走し取り押さえるのに艦娘達の方針が切り替わった。ここまでの突入で大小問わない砲で滅多撃ちされ、損害の度合いは流石に猶予を許さないところまできている。それでも……行かないと。

 

 ついてきなさいよ、いい加減グレイゴーストのことなんて忘れたでしょ?

 

 

 

 本来なら涼月の電探と高射装置から共有される情報を元に高精度の照準で砲撃を行う長一〇cm砲達(レンとソウ)だが、いわば司令塔の涼月は満身創痍、やむを得ず直接照準で対空戦闘を続けL-CACを守る二体には、周囲を警戒する余裕などなかった。相手取る敵機は低空から突如雲を切り裂いて突っ込んでくるのだ。ひたすら空を見上げ敵機の動きを警戒し予測しながら、ぎりぎりまで引き付けて砲撃を叩き込むしか対処のしようがない。

 

 『あぐぅっ!?』

 

 そんな状況で――――背後から無造作に突き通された右の貫手を躱す術をソウは持たず、砲塔基部(胴体)を貫通した戦艦レ級の手を信じられないものを見るように眺め、一瞬遅れて悲鳴を上げるしかできなかった。

 

 無言のまま右腕を持ち上げた戦艦レ級は、大きく振り下ろしソウを海面に叩きつける。

 

 『こいつっ!! よくも……!!』

 

 そして異変に気付き急速接近してくるレンをちらりとみて、距離を取ろうと方向転換した――ように見せかけ、海面下に隠していた長い尻尾の先端を唐突に突き出し集中砲撃。予期せぬ角度から無防備に砲撃を受けたレンも沈黙。

 

 

 「はぁ……はぁ…………やっと……」

 

 大きく肩で息をし、途切れ途切れの言葉を漏らす戦艦レ級だが、ここまでくれば――――。

 

 特大発を回り込むと、閉められた後部の乗降口を尻尾で叩き割り、もう一度振り回し先端の巨大な(あぎと)を開いて噛みつく。これで振り切ることはもうできないだろう。そのまま尻尾を動かし、ふわりと空中に浮いた戦艦レ級はL-CACの全通甲板後部に乗り移る。すでに上部構造物の大半は機銃掃射で破壊され、構造物の残骸がちらばる甲板の奥――前部側に見える二つの人影。銀髪の艦娘が即座に男を背中に庇うのが見えた。

 

 

 「ハロー」

 

 

 フードを右手で外しながら、海水と汗と血で乱れに乱れた髪を軽く整え、軽く首を傾げ満面の――――禍々しいオーラを纏い歪めた口からいたって気軽そうに呼び掛ける。

 

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