月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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55. 僕等の今が途切れないように

 『ねぇ安曇、聞こえる? てか聞いてる?』

 「ああ……どうした、レン?』

 

 叩きつけられる突風と礫のような水飛沫、壊れそうなほどに猛り狂うガスタービンエンジンと後部プロプラの生みだす暴力的な騒音に満たされるL-CACの甲板上では、普通の会話なんて全く成り立たない。けれど俺の場合は事情が異なる。

 

 兵学校での総合成績ではトップグループに届かなかった俺だが、殆ど唯一連中を大きく上回っていた『妖精さん達とのコミュニケーション能力』。艦娘の艤装や基地航空隊などに宿る妖精さん、あるいは長一〇cm連装砲(レンとソウ)のような自律型兵装との意思疎通に物理的な声の大きさは関係ない。むしろ無言でも、対象を明確にした指向性のある思考はダイレクトに伝わる。だからこんな悪条件でも俺とレンは会話ができる。

 

 『母艦のかがを目指してるんだけどね、このフネ結構やられてて……』

 

 嫌な予感しかしないが、続きを聞こう。

 

 『プロペラピッチが殆ど変えられなくてさ、変えられる幅も左右で違うし……。それに舵も効いたり効かなかったりでさ……』

 

 つまり?

 

 『放っておいたら猛スピードでどこにかっ飛んでくか分からない、って事。ま、そのうちかがに着くから。絶対……絶対に辿り着かせるから……安曇、持ち堪えて!

 

 呑気そうな言い様に紛れ込ませた、小さな声の真剣なレンの思い(言葉)。……ありがとうな。

 

 

 

 「ふふ……生意気ね」

 『うるさいっ! 舐めるなっ!』

 

 連続して響く甲高い砲撃音、至近距離から集中打を叩き込まれたレ級が爆煙を掻き分け涼しい顔を見せる。

 

 L-CACの後方で続くソウと戦艦レ級の戦闘ーー連装砲こそ無事だがソウの砲塔基部(胴体)には深く穿たれた傷があり、動きも万全には程遠い。それにソウが戦うL-CAC後部には推進用プロペラがある。そこを含めフネの推進に影響を出さないよう戦うソウには制約が大きい。何より最大の武器・六五口径長一〇cm連装砲では、いくら至近距離からの砲撃でも戦艦に致命傷となるダメージを与えられない。

 

 「度が過ぎる生意気にはキツいお仕置きが待ってるけど?」

 

 ひょっとしてそちらが本体かも、と疑いたくなるレ級の長蛇の尾が頭をもたげソウに咬みつこうと迫る。ソウは僅かに下がっただけでほぼ躱さず、レ級の尾の先端にある巨大な顎の中で、牙が砲塔を割り砕き、金属のひしゃげる音ともに砲身が折れ曲がる。

 

 『……掛かった! 口の中にまで装甲はないでしょっ!』

 

 勝ち誇ったようにソウはそのまま砲撃、腔発……砲身内部での砲弾破裂を意図的に敢行した。外側から貫けないなら内側からーーレ級に至近距離でまとわり付き、蛇の尾で仕留めに来る所を狙う、ソウの相打ち前提の作戦は見事成功した。主砲が集中配備された尾の先端の内部で誘爆を巻き起こし、倒せないまでも主兵装を使いものにならなくしたのだ。

 

 『酷い口内炎、お大事にっ! レンッ、あとお願いっ!!』

 

 爆風で吹き飛ばされるソウの砲塔(頭部)は半壊、砲身は二門とも縦に幾筋も裂け広がっている。酷い有様だが、それでも健在か……よかった、ほんとによかった。派手な水飛沫を立ててL-CACの後方に落水したソウの姿がみるみる遠ざかるが、ありったけの思い(言葉)が響いてきた。

 

 『安曇っ、そんな怪我くらいで死んだら許さないからっ!! 涼月が泣くよっ! ……わ、私も、だし……』

 

 

 ソウの心の叫びは俺にも、操縦席のレンにも確かに届いた。だが……進路を維持していたL-CACの挙動がどうも怪しい。

 

 『安曇、舌噛まないように。ちょっと色々……あれがそれな感じでさ……』

 

 振動が徐々に激しくなり、L-CACは右に左に水面を滑り始めた。これがこのフネの実際の状態とするなら、操縦を続けるレンの努力は並のものじゃない。速度は相変わらずトップスピードに近く、海面状況に合わせた調整が出来ない以上いつ転覆することか……。そんな事態を避けるためレンはカウンターを当てながらL-CACを辛うじて制御している。というか君、スゴいね……。

 

 

 レ級の強行乗艇から僅かな時間しか経っていないが、それでも目まぐるしく変わる状況下、涼月は俺の首筋に顔を埋め抱きついている。だがレンの声を聞き、俺の背中に回している左腕に一瞬力を込めると距離を取った。密着していた二人の間に籠る熱を逃すように風が入り込む。

 

 「貴重な補給……ありがとうございました」

 

 小さく舌を出してイタズラっぽく微笑むと肩を竦め、涼月は立ち上がる。右腕を吊っていた包帯代りのスカーフを解くと、あっという間に風に乗り飛び去ってゆき、涼月の銀髪も激しく風に踊り出す。

 

 「レンとソウの頑張りに応えなきゃ……今度こそレ級を海に落とします」

 

 レ級はソウの決死の戦いで主兵装に大きなダメージを受け、航空戦力も既に使い切っている。それでも俺達にはレ級を倒す力がない……だがこの局面では、海に落としさえすれば勝ちだ。ヤツが全開で走るL-CACの脚に追いつく事はできない。フネの後部で怨嗟にも悲鳴にも聞こえる叫び声を上げレ級がのたうち回っている今が最後の機会、だろう……。

 

 動けず甲板に座り込む俺に合わせ涼月は膝を屈め、左手で顔に掛かる髪を後ろに送ると、すっと目を閉じながら近づいてきて……唇を接点に二人の距離を一瞬だけゼロにした。そしてもう一度、涼月は立ち上がる。満身創痍とは思えない凛々しさで、彼女が普段よく口にする言葉に、確かな決意を紡いで駆け出した。

 

 

 「……心配しないでください。私は……涼月は必ず、帰ります……貴方のもとに」

 

 

 

 現状ではレ級も涼月も武装を使えず、物理的に相手を取り押さえる事になる。人型ならではというか、艦娘の中には近接戦闘で敵を仕止める武闘派もいるというが、涼月からは一応訓練は受けたもののむしろ苦手な方だと以前聞いた事があったような……。

 

 見た目の背格好では両者にさほど大きな差は無い。だが片や駆逐艦娘、片や戦艦、明らかに”力“が違う。レ級の攻撃を一撃でもまともに受けたなら、涼月はただでは済まない。それでも、ぼろぼろの体でも前に進む涼月。だけど……破れ被れとか死を覚悟したとか、そういうのとは違う……瞳に宿る強い意志の色を今は信じるしかない。

 

 二人の距離が縮まり、涼月の動きに気づいたレ級が迎え撃つ。だんっと甲板を軋ませ左足を大きく一歩踏み込んで、斜め下から横薙ぎに左の拳を振るう。折れている涼月の右腕ではガード出来ない。卑怯……とは言えないな、お互い命懸けだ。

 

 「涼月っ!!」

 

 

 堪らず叫んだ俺の声に被せるように、どだんっ!! と鈍い音が甲板に響く。

 

 

 「ぁずみ……さん……」

 

 振り返った涼月が泣きそうな笑顔で応える。立って、いる……? 涼月が……? そしてレ級が甲板に横たわりピクリとも動かない。何が起きたーーーー?

 

 レ級が踏み込んだのに僅かに遅れて涼月も前に出た。問題はその足ーー左足を右斜め前……いや、横に近い角度で、脚を交差させ軽くジャンプするように大きく踏み込んで、横薙ぎに迫るレ級の腕の内側で体をくるりと鋭く一回転させ、伸ばした右腕を振り抜いた! 体重をのせた右拳に遠心力を思いっきり効かせた、ローリングバックブローのカウンター。そんなのをまともに横っ面に喰らったんだ、レ級だろうと立てなくて当然か……ていうか、折れてる方の腕を振り回すなんて……。

 

 不自然なほどの撫で肩になった右肩、だらんと下げた右腕はぴくりとも動いていない。完全に壊れたな、あれじゃ……。くそっ、今すぐ飛んでいって抱きしめたいのに……甲板に縫い付けられたような自分の脚がもどかしい。

 

 「あ、あの……レ級を海に落として、すぐに帰りますから……。そうしてから……お願い、します……

 

 ん? また俺……? 今さら、と言われるかも知れないが、何か口に出て…たよな、うん……。何とも言えない微妙な表情で、照れ隠しに頬をぽりぽりと掻く俺を見て、左手を顎の下に添え口元を隠し、肩を小さく竦めた涼月も頬を染めながら呟く。

 

 「安曇さんのそういう所……嫌いじゃない、というか……す、好きというか……好き、です……

 

 『ようやくひと段落、ってとこかな』

 

 空気を読まない……いや、照れ照れした俺達の空気を気にせず、通信越しでも会話に入ってきてくれて、ある意味助かったよ、レン。ところでどうした?

 

 『涼月(お嬢)に短い間だけ操縦交代してもらおうと思って。色々調整しないとこのフネやっぱりダメかも』

 

 なるほどな……俺と涼月は無言で頷き合う。

 

 『にしてもすごい一撃だった。……強くなったね、涼月(お嬢)

 

 あわあわと慌てる素振りの涼月と、レンの言葉にうんうんと頷く俺。折れた右腕を敢えて晒してレ級を引きつけ、さらにその右腕で渾身のカウンターか……近接戦闘、むしろ得意なんじゃないのか?

 

 「そ、そんな事は……。ただ無我夢中というか……」

 

 強敵との戦闘で一気に成長を遂げさらに強くなった、って所か。ん? 俺の指摘に微妙な表情の涼月と、深いため息をこぼすレン。

 

 『ほんとバカだね……。涼月(お嬢)は、安曇のために戦ったんだよ』

 

 

 「守るべきもののためなら、艦娘は……私は……強くなれるんです」

 

 

 はにかみながら真っ直ぐ俺から視線を逸らさず、柔らかい口調ながらはっきりと言い切った涼月。そして続くレンの言葉に、今まで一番慌てだした。

 

 『安曇、夫婦喧嘩したら負け確。逆らったらあのバックブローかもよ? 大人しく涼月(お嬢)の尻に敷かれた方がいいかな』

 

 あのなぁ……確かにレ級でさえあの有り様だ、俺なんか即死もんだな。気持ちに多少余裕が出てきた俺もつい悪ノリし、ニヤニヤしながら涼月をちらちら見てみる。

 

 「レ、レンッ!? な、何を……安曇さんと……ふ、夫婦だなんて……そんな……」

 

 左手を頬に当て真っ赤になった顔を隠そうとする涼月が、もじもじしながら俺から視線を大袈裟に目を逸らしてしまった。音声の選択的聴取(カクテルパーティ効果)というのがある。パーティ会場のように騒がしい場所でも自分の関心がある話題は自然と聞き取ってしまうと言うものだが、涼月にとってレンの話のポイントは、少なくともバックブローではなかった模様。

 

 

 戦地のど真ん中、乗るのは母艦まで戻れるか危ういフネ、自分は一刻も早い手当てが必要な重傷……どこをとってもいい材料が見当たらないが、不思議と笑い声が漏れてきた自分に気が付いた。差し掛かる赤い夕陽に照らされキラキラと輝く銀髪、まだ赤みの残る頬をぱたぱたと手で扇ぎながら、力弱い口調でぶつぶつとレンを嗜めている涼月の横顔をじいっと見つめる。すぐに俺の声と視線に気付いた涼月が小首を傾げ不思議そうに視線で問いかける。

 

  ーーああ、レンの言う通りだ。

 

 

 「そうだな、俺の負けでいいよ」

 

 

 共に生きよう。言葉で言うのは容易いが、俺達のような軍人にとって、それがどれだけ難しい約束か……。けれど、どんな時も前を向き、生きるために戦う彼女となら、果たせるだろう。だから俺も……きっと大丈夫だ。

 

 「あの……どうしたんですか? !! あ、安曇さんっ、私……安曇さんをお尻になんて……そんな……」

 

 半泣きで必死に言い募る涼月に、さらに可笑しさが込み上げて、俺は声を立てて笑ってしまった。

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