月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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57. End of Sorrow

 「あん安曇少佐(鉄砲玉)、何やっとるんじゃぁっ!!」

 

 呉の連合艦隊を率いる牧島大将だが、レ級の再攻撃でレーダーを損傷した旗艦かがではL-CACの動きをキャッチできず、空母娘が投入した索敵機を頼るしかない状況に、彼の大して太くは無い堪忍袋の緒が切れた模様。手にしていた葉巻をぶちりとねじ折り、パラパラと砕けた葉が辺りに散らばる。

 

 「戦線を混乱させ、L-CAC (特大発)を人質にしてこちらの攻撃を封じている間に、グレイゴーストと合流……それがレ級の目論見で、どうやら達成させてしまいそうよ」

 

 艦隊の目として索敵に当たっていた呉の総旗艦・加賀だが、彩雲からの入電ーーグレイゴースト行動再開、を受け牧島大将の元へと現れた。音信不通の安曇少佐に加え、加賀の掴んだ情報……イライラを視線に変えたような鋭さでぎろりと睨みあげられても、加賀はいたって涼しい顔で相対する。

 

 「あのズベ公どもがまたぞろ(つる)むんか?」

 「そう見て差し支え……待って、六番機から入電。そう……どういうつもりかしら?」

 

 話の途中で待たされた格好の牧島大将は、首を傾げながら索敵機に搭乗する妖精さんとやり取りを続ける加賀をしばらく見ていたが、待ち切れず加賀の背中をとんとんと指で(つつ)いて呼びかける。加賀は大将の手を後ろ手に取ると、そのまま離さずにくるりと振り返る。

 

 新たに齎された情報は、強弓を操るグレイゴーストが戦艦レ級を射抜き海に落とした事、そのグレイゴーストを中心にしてL-CACが歪んだ軌跡を描きながら高速で周回している事、その二つ。

 

 「仲間割れか? 奇貨じゃけぇ……加賀、吾が直々に()れ。全機爆装、急降下爆撃で引導渡しちゃれ」

 「…………待って」

 

 大将の手を離した加賀は、すぅっと目を細め厳しい表情で問い糺す。秘書艦とはいえ部下が司令官に向けて許される類の視線ではないが、牧島大将は咎める事なく加賀の話を聞き、極力感情を抑え回答する。

 

 「今からの出撃では夜間航空攻撃になるわ。涼月も通信途絶、L-CAC (特大発)も損傷をうけ恐らくは操縦不能に近い状態。安曇少佐達の救助を優先せず攻撃しろと言うの?」

 「今グレイゴースト(クサレマ◯コ)()らずにいつ()るんじゃ? この海域で流すのはヤツの血で最後じゃ。安曇は阿呆じゃが腹ぁ座っとる、分かってくれるじゃろ」

 

 大将の言葉を聞いて加賀は目を閉じて大きく深呼吸。彼女も自分の感情を抑えているのだろう。ふぅっと息を吐いてから再び話を続ける。

 

 「貴方は安曇少佐を随分買ってたと思ったけど……捨て駒だったの? それになぜ攻撃方法を限定? 雷撃ならもっと安全、に……そう、そういう事、なのね……ごめんなさい……艦上簡易工廠に寄って、すぐに出撃するわ」

 

 反発した加賀だが、牧島大将が何故攻撃方法を限定したのかを自分で話しているうちに理解し、素直に自分の態度を詫びた。

 

 夜間攻撃は航空隊にとって危険な作戦だが、加賀は本格的な夜間航空作戦を運用可能な『戊』と呼ばれる装備に換装可能な数少ない空母娘だ。

 

 加賀の言いかけた雷撃なら、航空隊は夜間低空飛行とはいえ水平方向の挙動で一定の距離を取るため比較的安全な攻撃ができる。だが一旦放たれた魚雷は方向を変えられず、不規則な軌道で動き回るL-CACを巻き込む危険が高い。

 

 一方で目標にぎりぎりまで接近して爆弾を投下する急降下爆撃は、外れても爆弾は垂直方向、すなわち海面から水中へ沈むだけで、()()()()に被害が及ぶ可能性は低い。つまり航空隊の安全は安曇少佐の危険の裏返しーーーー。

 

 「加賀ぁ」

 

 部屋を出ようとする背中に牧島大将は振り向かず呼びかけ、加賀が足を止める。加賀もまた振り返らずに答え、たたっと走り出す。

 

 「……吾じゃなきゃ頼まん」

 「……心配いらないわ」

 

 

 

 艇体を激しく振動させ時に大きく蛇行しながら疾走を続けるL-CACは、グレイゴーストを中心に周回を続けている。度重なる機銃掃射で構造物も殆どが残骸に変わり果て、ラダーもプロペラピッチも制御が怪しいこの艇を必死に操るレンの努力も、限度を超えてしまったのだろう……。

 

 「こんな至近距離で見る事なんて無かったが……」

 「はい……あれが空母ヲ級改flagship (グレイゴースト)、です……」

 

 動けない俺の元へ這うように辿り着いた涼月は、そうするのが当たり前のように俺の右隣に腰を下ろした。ずりずりとお尻を動かして俺に密着すると、差し伸べた左手で俺の右手に、指を絡めてしっかりと握りしめる。

 

 こてん、と俺の肩に頭を載せた涼月は「流石に……もう動きたくありません……」と肩を竦め小さく笑う素振りを見せた。もう動きたくない、じゃなくてもう動けない、だろう? レ級に穿たれた脇腹の傷は遠目に見えていたより重傷だった。

 

 「心配、しないで……。こんな傷、入渠すればすぐに治っちゃいますから。それよりも安曇さんの方が心配、です……」

 

 俺を心配させまいと自分の事は殊更明るい口調で、一方で俺を案じる言葉の真摯な響き。満身創痍、それでも戦い続けてくれた涼月に、俺は何をもって応えられるのだろうか? 言葉を見つけられず、ただ彼女の肩を抱いて力を込める。

 

 「……戦って戦って、心が折れそうになるたびに……私には帰る海がある、と自分を励まして……だからこうやって帰って来ました……」

 

 握る手に力を込めながら、涼月の唇から言の葉が零れ落ちる。

 

 「私がそうだから……そう思えてしまうのかも知れませんが……間近で戦ってみて……グレイゴーストも何かを探していた……そんな気がするんです……」

 

 仮に涼月の言葉通りだとして、この海を舞台に暴れ回り数え切れない命を奪ってきたヤツがそうまでして探し続けたものは、一体何だというのか? それはヤツにしか分からない。でももし、それが分かるならーーーー。

 

 

 動けない俺達二人の視線の先には、宿敵のグレイゴースト。

 

 

 頭部の巨大な帽子様の艤装も黒いマントもステッキも、ヤツの外観を特徴付ける装備は失われているが、何故か細い和弓を携え肩には矢筒を掛けている。まるで艦娘の空母娘みたいだな……。ストレートロングの白い髪を潮風に踊らせる細身の身体を、上半身は白のボディスーツ、下半身は黒のレザーパンツのような装束で包んでいる。その全て、特に左半身が赤黒く乾いた血で彩られているが、指先や足先から細かな光の粉が蒸気のように立ち上り消えてゆく光景は幻想的とも言えた。

 

 

 何故ヤツは戦艦レ級を攻撃し、今も俺達に手を出さないのだろう?

 

 まさか俺達を助けたとでも……?

 

 

 聞いた所で答がある筈もなく、それ以前に尋ねようもなく、頭の中で疑問だけが渦を巻く。何かを待つように、沈み切ろうとする夕陽を見つめる姿ーーーー不意に目があったが、再び視線を空へと戻すグレイゴースト。

 

 

 『安曇っ、涼月(お嬢)っ!!』

 

 レンの呼びかけに、俺達は……そしてグレイゴーストも、空の一点を見つめる。赤い輪郭を曖昧に溶かしながら沈みかけた夕陽を背に、ぽつぽつと空に増えてゆく黒点。それは航空隊の登場を現すサインであり、この局面で大規模な航空攻撃を仕掛けてくるのは、牧島大将率いる呉の連合艦隊以外にいない。

 

 

 優秀な軍人とは例外なく現実主義者で、言うまでもなく牧島大将もそうだ。今がグレイゴーストという強大な敵を葬る千載一遇のチャンスで、ここでヤツを逃せば、傷を癒し部隊を再編してさらに苛烈な反攻を受けるのは間違いない。

 

 牧島大将が俺達を巻き込む無差別攻撃を仕掛ける人では無いと、分かっているつもりだ。それでも俺達が優先される情勢でもないと、分かっている。この状況を自分達の力で切り抜けねば。だが今のL-CACの、そして俺自身の状態を考えると……。

 

 元泊地からの撤退戦で涼月を逃そうとした時、直接の上司じゃないから()()は聞けない、とまで言って彼女は抗った。穏やかで柔らかい語り口とは裏腹に、一度決心した事はやり抜こうとする芯の強さを俺は知っている。今回は直接の指揮命令系統を有するが…………やっぱり言うこと聞かないだろうな。

 

 彼女にどれほど言葉を尽くしたとしても、俺から離れようとしないだろう。聞かなくても分かる。何故なら、俺が彼女なら、躊躇いなく、間違いなくそうしているから。ならーーーー。

 

 

 「ここまできたんだ……勝たなきゃな」

 

 自分の……俺達の戦いの終着点をせめて見届けたい。俺の思いは風に乗り空に溶けてゆき、それを受けた涼月は迷わずに言い切った。

 

 「何度も危機を超えて、こうやって一緒にいます。だから……私達は決して負けなかった。それはとても……とても嬉しいこと……です」

 

 答はすでに出ているのだろう、涼月の想いは沈むきる直前の最後の残照に溶け合い輝きを放つ。

 

 

  ー最後の最後まで生き抜いてみせるさ。いよいよになったら、涼月だけは絶対に逃す。

 

 

 きっと同じ事を考えてるんだろうな、と思わず浮かべた苦笑いに、涼月が不思議そうな表情を見せた。そして俺達は互いの手を固く握りしめる。例え何が起きたとしても決して離さない、そう誓い合うように。

 

 

 

 曳光弾を打ち続けながら測距、勇猛果敢に急角度で突入してくる流星改の群れ(知らない子たち)。九十九式艦爆より遥かに大きく、速い機体で引き落としの限界高度ギリギリから、二五〇kg爆弾(二十五番)を叩きつけようと迫ってくる。

 

 自分が誰なのか、なぜ柔らかい女性の体と鋼鉄の艤装を纏い甦り、そして再び海に散ったのか。なぜ空母ヲ級改flagship(グレイゴースト)として甦り、どれだけの命を奪って奪って奪ってーーーーその果てで放った矢は守れたのだろうか?

 

 轟音を立て私の周りを回り続けるL-CAC (特大発)は発動機も舵も制御出来ないようね。あれだけの損傷でむしろよく動いている。そんなフネの上、寄り添い動かずにいる二人も、限界を迎えている? レ級の排除は……遅かったのかも知れない。

 

 相対する航空隊は凄腕で、誰の指揮かは知らないけど腕の立つ空母娘に違いない。昼間爆撃ならとっくに集中的に直撃弾を受け続けているはずだが、夜間急降下爆撃では精度が落ちるのは避けられず、黒い鏡のような夜の海は次々と至近弾として叩きつけられる爆弾を吸い込み、巨大な水柱を幾つも立ち上げる。

 

 

 私と幾度も矛を交え、生き残った数少ない艦娘・涼月と。

 

 非力なヒトの身で、涼月と共に戦い続けるアズミという男と。

 

 

 アズミと一瞬だけ視線が絡み合ったが、それ以上何かが起きる事もない。私が何を言ってもーーーー栄光の一航戦だなんて……口に出せば笑い話にもならない。

 

 度重なる至近弾に私の損耗は増してゆき、一瞬だけ朦朧とした意識を取り戻し目にしたのは、連なって突入してきた二機一組。壁役の前衛機が機銃掃射で対空火器を妨害し、後衛機が直前でコースを変え投弾するプロトコル。……直撃は避けられなさそう、ね。

 

 後衛がすっと機体を横滑りさせ、前に出て投弾体勢に入ろうとした瞬間、夜空に金属同士がぶつかった火花が散る。接触した!? 接触された前衛機は、逆ガルの翼の折れ曲がった部分から先を失い錐揉みしながら海へと墜落。接触した後衛機は、火花が引火したのだろう、激しく燃え盛る炎と黒煙を纏いバランスを崩しながらーーーーL-CAC (特大発)に向かって落ちてゆく! 

 

 

 崩れかけた身体から舞い散る光の粉を踊らせ、全力で駆け出していた。何故、アズミを助けたいのだろう?

 

 

 私は重ねていたのだ。

 

 

 それは艦娘なら……誰しも一度は夢見る物語。あの日の自分の手を取り、離す事なく共に在れてさえいれば、と。涼月とアズミが、お互いを手繰り寄せて離さなかったように。

 

  

 目の前の二人が救われたからと言って、私の何かが変わる事はない。それでもーーーー運命は乗り越える事が出来るのだと、信じたいから。

 

 

 仄かに輝く光を守ったら、最期はグレイゴースト……艦娘と海軍の前に立ちはだかった強大な敵として、散っていった、そして今私を倒そうとしている、全ての艦娘が誇れる敵として葬られよう。

 

 

 生き様があるなら、死に様があってもいい。

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