月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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 五ヶ月ぶりにこんにちは、なのです。
 最後に更新したのが二〇二二年三月下旬、迎えた新年度で業務増、小説書く気力と体力と時間削られ物語停滞。そして夏本番直前に新型コロナ感染。重症化して入院→辛うじて回復→けれども後遺症がキツい……デバフ掛けられた上でクリティカル発動されたかの如く大ダメージを経て今に至るのです、はい……。



59. リプライズ


 私……涼月は今、安曇さんと一緒に酒保に来ています。酒保といえば、俗にアイテム屋さんとも呼ばれ、工作艦の明石さんが営む生活雑貨から軍需物資まで幅広く取り扱うお店ですが、ここ呉鎮守府のそれは、安曇さんが「イオ○モールかよ……」と乾いた笑いを浮かべた桁違いの大きさ。

 

 私達艦娘や軍関係者などお客が限られてるにも関わらず、各種ブランドショップのお洋服やアクセサリーにお化粧品、エステ&スパ、あるいはカフェや甘味処、お食事処、映画館やプラネタリウムなどなどなどが軒を連ね、複合商業施設さながらの規模です。

 

 邪悪なベイマ◯クス……牧島大将の事をそう揶揄する方も多いそうです。色白で巨躯禿頭に丸いサングラス、真白な第二種軍装をお召しになった大将の姿は、そのまんまで、枕詞の元となる言の葉も、控え目に言って乱暴と言いますか……。ですが大将と接する時間が増えれば、すぐにそれが繊細でお優しい心の内を隠す衒いと気付きます。だってこの酒保と呼ぶには巨大過ぎる施設も、『命賭けて国守って稼いだ給料じゃ、吾らが贅沢せんで誰がするんじゃ』という大将の肝入りで作られたそうですから。

 

 色んな種類のお店が集まる中、見るともなく見ていたお店の男性用のコーナーに目が止まりました。止まったのは目だけではなく、足もまた。

 

 「あ……この色……きっと似合う、かな……」

 

 店員を務める妖精さんの几帳面さが伝わる畳み方で整えられた柔らかな布地に手を伸ばしたところでーーーー。

 

 

 ぽんぽん。

 

 

 労わるように叩かれた肩、振り向いた視線の先には、優しげに、それでいてどこか困ったように微笑む安曇さん。

 

 

 前よりも痩せたお身体と長く伸びた髪。独り立て籠っていた元泊地で初めて出会った日、心を固く閉ざしていた私は、安曇さんの存在を目で見ていても、心では観てはいませんでした。ただ不思議と……嫌な感じは、しませんでした。あの時の、短く刈り揃えた、いかにも若手士官らしい出で立ち、あれはあれで凛々しかったのですが、その……私としては、今のように長く伸びた髪を無造作にまとめている方が……こ、好みというか。前髪越しに眩しそうに少しだけ細めた目で見つめられると…………何の話でしたっけ? そうそう、あれほどの重傷から回復を遂げたのですから、痩せてしまっても無理もないです。本当に……よくここまで……。

 

 「その……もういいんじゃないかな?」

 

 頬を軽く掻く仕草と少し伏せた目線から逡巡が伝わってきます。でも……何故? 私も小首を傾げ疑問を仕草で現します。無言のまますっと動いた安曇さんの指が、私の方に向けられました。

 

 「選んでくれたのは本当に嬉しいよ。でも流石にそこまでの量を買い込まなくてもいいんじゃないかな、って思ってさ」

 

 向けられた安曇さんの指先、その延長線上には軽く折り畳んだ私の右の内肘と、そこに掛けられた大きめのペーパーバッグが八つ、いえ、九つ? 全て私が見立てて購入した安曇さんのお洋服やし、下着……なので重くはありませんが、どうにも嵩張ります。

 

 「そ、それはっ! ずっと病衣ばかりでしたし、今も軍装だけですし! お着替えはあって困るものではありませんので。それにその…… 色んな私服姿も見てみたいというか……

 「いやでも……自分の服くらい自分で買わないと……。これじゃ初月に言われた通りというか……」

 

 ぴくり、と反応してしまいました。お初さんが、何を……? なるほど……『ウブな涼月姉さんが誑かされて入れ込んでる』……そういえば以前私にも同様な事を言ってましたね。貢いでるんじゃないか、とか……。

 

 「そんな事!! これくらい当然、というか……私達はもう…… け、結婚したんですから……

 

 出だしの勢いは、自分の口から出た『け』から始まる単語に差し掛かると、ごにょごにょと急速に勢いを失ってしまい、自分でも分かるくらい赤く染まった頬を見られたくなくて、くるりと安曇さんに背を向けてしまいました。

 

 パタパタと両手で風を送りますが、なかなか頬に残る熱が逃げてくれません。あの日……宿敵のグレイゴーストを命懸けで撃破した戦いの後、安曇さんから指輪を贈られた時から、少なくない日数が過ぎました。なのにどうしてこんなにも……どきどきと胸が高鳴るんでしょう……。生まれて初めて……そして最後になる指輪、左の薬指に冷たくて温かい銀の重みを感じるたびに、心が弾む……そんな日が来るなんて……。

 

 他人が聞けば笑うでしょうーー仮初の縁、所詮はカッコカリだって。もし……私のいた元泊地が今も健在で、安曇さん以外の司令官から指輪を渡されたなら……戦力強化として何の感傷もなく装備したのかも知れません……。

 

 でもーー何もない元泊地で助け合いながら暮らした日々、閉ざしていた私の心を少しずつ溶かし、帰る海があると教えてくれた優しさ、深海棲艦を相手に、時には作戦と指揮で、ある時は自ら戦った勇気……安曇さんが示してくれた全ては、時間をかけて私の中で確かな根を張り、心の奥に消えない灯火として実を結び、例え月の無い暗い夜でも、迷わず帰るべき海へと進めるのです。

 

 なので、いい加減『安曇さん』と呼ぶのをやめないと……。だ、だって……指輪を頂いてお受けした以上、私も同じ姓ですから。え? 艦娘に戸籍も名字もない? いいんです、魂の姓は安曇ですっ。大真面目にそう言ったある時、なぜか秋月姉さんは困ったような表情をしていたのが妙に記憶に残っています……。

 

 とはいえーーーー。

 

 未だに些細な事であたふたするのは、指輪を頂いて以来、ふ……夫婦らしい事を何一つ出来ていないので、実感が湧いていないのもあると思います……。グレイゴーストとの戦いを終えた私を待っていたのは、時間との戦い。それは安曇さんの命を救うための戦いでした……。

 

 

 

 漂流するL-CACの上で贈られた指輪の力で完全回復を遂げた私は、出血過多による意識不明に陥った安曇さんを、一秒でも早く母艦の医務室へと送り届けるため、全開以上に主機を上げ続けL-CACを曳航しました。

 

 長い長い手術を経て、すぐさま艦内の集中治療室に運び込まれた安曇さん。手術は成功、しかし予断を許さない容態ーー事実安曇さんの意識はなかなか戻りませんでした……。

 

 固く閉ざされた集中治療室の扉、通路を挟んで置かれたソファに座り、祈り続けた時間。どんな時も希望は捨てては、いけない……それは私の心と身体を真っ直ぐに支える想い。でも、艦娘という一人の軍人としては、どこまでも現実を客観的に見なければ……。もし、もしも、安曇さんがこのまま帰らぬ人となったら、私は新婚早々ミボウジンカッコガチ……。その時は尼寺に篭ってカボチャの品種改良に残りの人生を捧げよう、そんな決意を胸に秘め、安曇さんが目を覚ますのを待っていました。

 

 それでも私達は軍務にある身、やらねばならない事は厳然としてあります。それはこの作戦のそもそもの目的ーー軍民混在の島からの脱出行の完遂。グレイゴーストと彼女の直卒する機動部隊、そして戦艦レ級Elite率いる打撃部隊を退けた今、この海域での脅威は大きく低下したはず。ですがこの海から全ての深海棲艦を駆逐した訳ではないのです。守るべき……守られるべき民間人の皆さんの乗る輸送船を安全地帯まで送り届け現地の部隊に引き継ぐまで、私達の戦いは終わりません。

 

 数日後、牧島大将率いる呉本隊の護衛の下辿り着いた念願の寄港地。長らく数奇な旅を共にしてきた皆さんとお別れ。もう空襲に怯えずに眠れる、船が沈められる恐怖に震えずに済む……長い緊張の時間が皆さんに齎したのは、爆発するような喜びではなく、恐々と安全を確かめる安堵。おっかなびっくりの態で、降り立った地面の固い感触を確かめ、強張った感情を少しずつ解いてゆくぎこちない笑顔。諸手続きと物資の引き渡しを済ませた私達は呉鎮守府へと戻る旅路を再開しました。きっともう二度と会う事はない、忘れ得ぬ人々ーー。

 

 「ありがとーーーーっ!! ぜったい……絶対にまた会おうねーーっ!!」

 

 声を限りに叫び、懸命に手を大きく振りながら港を走り続けるのはーーーー瓦礫の中懸命に一人生き残り、私と安曇さんが救い出せたあの少女。

 

 『涼月!! 安曇が……』

 『安曇が意識取り戻したっ!!』

 

 駆け寄って来たレンとソウが、先を争い口々に叫びました。安曇さんが守りたいと願っていた人々は今ようやく安堵できる土地に降り立ち、皆の思いを代弁するようなあの少女の声が、安曇さんに届いたーーただの偶然かも知れない、でも私には必然としか思えませんでした。

 

 旗艦かがの全通甲板に立つ私は、溢れる涙をそのままに、少女の声に敬礼で応じると、くるりと身を翻し、安曇さんのもとへと一気に駆け出しました。

 

 さらにその数日後に帰り着いた呉、安曇さんは鎮守府に併設される西日本最大級の設備を誇る呉海軍病院にそのまま入院し、ようやく先日退院したのですーーーー。

 

 

 

 「こんな風に誰かに服を選んでもらう事なんてなかったから……照れるけど……でも、ありがとう」

 

 以前より少し痩けた頬の安曇さんが、眩しそうに目を細めて微笑みかけてくれます。そ、そんな風に見つめられると……ようやく落ち着いた胸の鼓動がまた速くなり、さぁっと頬が熱くなったのが分かりました。

 

 「それにーー」

 

 何でしょう? 

 

 「そろそろ時間じゃないかな? この後俺は牧島大将に呼ばれてるし、涼月、君は姉妹でお茶? 食事? ともかくここのエントランスで合流するんだよね? 一旦ここで分かれてーー」

 

 そうでした! 安曇さんの退院を知らせたら、照月姉さんとお初さんがそれぞれ舞鶴と佐世保から呉に来てくれるんでした! 

 

 

 でも………。

 

 

 がさがさっと音を立てて、内肘に掛けていたペーパーバッグが床に落ち、一部は倒れました。気にせずすっと前に出た私は……俯いたまま、安曇さんの上着の袖口を少しだけ掴みます。

 

 

 「……嫌、です……」

 

 少しだけ、掴んだ袖口に力を込め、もう一歩前へ。ただの……わがまま。私の方は、いわば身内との約束です、多少待ち合わせの時間に遅れても問題ありません。と言いますか、お初さんは時間を守る方ですが、戦闘行動以外で照月姉さんが時間を守ることはあまり無いですし……。でも安曇さんは大将からの呼び出しでこの後打ち合わせのご予定があります。こちらに遅れるのは以ての外。

 

 

 それでもーーーー。

 

 

 「もう少し、だけ……二人、で……」

 

 寄り添うように安曇さんに身を寄せると、同じように安曇さんも半歩前に。袖口を掴んでいた指先は解かれ、代わりに安曇さんの指と絡み合うように固く手を繋ぎます。もう一方の手は、髪を梳くようにしながら私の頭を引き寄せてくれました。そして耳元をくすぐる優しい声。

 

 「用事を終えたら、ね?」

 

 あ、あの……み、耳は……言葉にならず短い吐息だけを唇から零しながら、私はこくりと頷き、名残惜しげに身体を離します。あの……ところで安曇さんは何を?

 

 「紙袋とはいえこれだけあるんだ、俺が持って行くよ」

 

 膝を曲げお洋服の入ったペーパーバックに手を伸ばそうとする安曇さんを、膝からぺたりと床に滑り込むように座り遮ります。

 

 「いえっ、これは涼月がっ! 水通しもしたいのでっ」

 

 買った衣類をそのまま着る派と一度洗う派がいますが、私は後者です。余分な糊を落として柔らかい風合いにして、安曇さんにお渡ししたいので……。

 

 「大将をお待たせするのは失礼に当たりますから、安曇さんは行ってください……」

 

 床に女の子座りのまま、柔らかく微笑んで安曇さんをお見送り。申し訳なさそうに何度か振り返った後、少しずつ歩を速める安曇さんの背中に手を振っていた私ですが、その背中が小さくなった頃、堪え切れず吐息を漏らします。

 

 水通しは本当の事で、同時に言い訳。安曇さんの声と吐息に耳をくすぐられた私は膝に力が入らず、そのまま座り込んでいました。熱の残る耳が冷めるまでしばらくそうしていたでしょうか、ようやくノロノロとペーパーバックを拾い上げ、二人との待ち合わせ場所に向かうとーー珍しく時間通りにやってきた照月姉さんと、いつも通り時間に正確なお初さんを結構な間待たせていたようでした……。

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