月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

6 / 63
06. 月のしずく

 「この泊地の司令長官が今どうされているか……ご存じないでしょうか?」

 

 涼月の問いに、俺は答を……一応持っている。だがそれを彼女に伝えた時の反応を思い逡巡している。さらなる希望を持たせてこの場所に執着させてしまうのか、あるいは一縷の希望を断ち切り暗澹とさせてしまうのか。俺がそもそもここにいるのは、涼月を帰還させるためだ。なら何を言うべきか?

 

 涼月は俺の沈黙を彼女なりに解釈したようだ。思い詰めた瞳が揺れ徐々に俯き始め、ついに左側をひと房括ったさらさらとした銀髪が飾る頭しか見えなくなった。俺は慌て始めた。効果を理解した上で情報を伝え、自分の目的を果たすのに利用する……ほど俺は任務に徹しきれず、かといって彼女の抱える思いに寄り添うのは事の前後関係を踏まえれば難しい。

 

 我ながら中途半端だと思うが、それがもたらす結果は脇に置いて、ありのままを伝えることにした。

 

 「知っている事はあるのだが――――」

 

 

 この海域に巣食う空母ヲ級改flagship、通称グレイゴースト。

 

 人間側が特定の深海棲艦を二つ名で呼ぶのは稀だが、精鋭部隊を率いて縦横無尽に暴れ回り艦娘達を蹂躙する姿への、認めざるを得ない畏怖の結果だろう。

 

 そんな凶暴な敵と対峙したこの泊地と元司令官の行方は、ある時点までは公式に記録されている。涼月の姉・秋月を含め生還を果たした数名の艦娘たちによる戦闘詳報によれば――――。

 

 

 泊地を放棄せざるを得なくなり、嵐を奇貨として脱出を図った司令長官の座乗する母艦と護衛の艦娘六名-涼月と秋月を含む駆逐艦四名、軽空母一名、軽巡洋艦一名-に対し、グレイゴーストは追撃の手を緩めなかった。

 

 きつい潮流に逆らい積乱雲の下をゆく部隊が、空を切り裂く雷と叩きつける雨、荒れ狂う波をやっと抜けようかという頃合い、ようやく見えた青空に浮かぶ黒点の数々……積乱雲を迂回して先回りし待ち構える、総勢一〇〇機にも及ぶ敵の大部隊。

 

 前門のグレイゴースト、後門の積乱雲。嵐のため軽空母娘を母艦に収容していた事で致命的に遅れた直掩隊の展開、引き返し嵐の中に逃げ込もうにも巨体の母艦が確実に逃げ遅れる……そんな状況を敵が見逃すはずもなく、部隊が対空戦闘態勢を整えるより早く、猛烈な急降下爆撃の雨を降らせてきた。

 

 攻撃を受けた母艦だが、沈むまでに多少の時間の余裕はあったらしい。この泊地に配備されていたのはLST4002(しもきた)、元は輸送艦である。大量の物資の搬入搬出のためランプドアやテールゲートがあり、これが爆発の衝撃波や爆風、火炎を逃す開口部となり即轟沈は免れたようだ。とはいえ到底抗し切れるものではなく、秋月が最後に見たのは、傾斜し沈みゆくしもきたの甲板から、司令長官を抱えた軽空母娘が荒れ狂う海に飛び降り、波に飲み込まれる光景だったそうだ。

 

 残った護衛部隊は母艦しもきた(低速で巨大な的)を守る必要がなくなり、回避運動と対空戦闘に全力を注ぐことが可能となった。だが司令長官の救助に向かおうとした涼月は直撃弾一、至近弾二を受け艤装炎上、機関損傷。漂流し遠ざかる彼女の救援に向かう余力のある者はいなかった。残った四名は、大きな被害を受けながらも奇跡的に生還を遂げた。

 

 戦闘詳報に記されていたのはここまでだが、三名のMIAのうち、涼月は助かっていた。だが、残る二人……司令長官と軽空母娘の行方は依然として――――。

 

 

 「…………」

 「…………」

 

 俺と涼月の間に流れる重苦しい沈黙を破り、ことりと乾いた音が響く。

 

 

 知る限りの情報を話し終え、からからに乾いた喉を潤すのに水を口に含んだ俺がひしゃげたアルミのコップをテーブルに置いたのだが、思いのほか大きな音を立ててしまった。それでも涼月は俯いたまま身じろぎ一つせずにいる。

 

 自らと引き換えに柔らかな光を生む蝋燭(キャンドル)は少しずつ小さくなり、入れ替わりに仄暗い室内の陰影が少しずつ濃くなり始めた頃、ようやく涼月は顔を上げた。話をどう受け止めたのかを確かめるのが怖く、俺は彼女から視線を逸らしながら、言い訳めいた話を続ける。

 

 「戦闘詳報に記されていたのはここまでで、さっき聞いた君の話とも一致する。これ以上のことは、軍のMRPにアクセスしてみないと、分かるとも分からないとも言えない。ただ……ここの通信設備は破壊されネットワークに入れない。なのでこの場でできることは……ないんだ」

 

 

 

 

 

 

 「……………………そう、ですか……」

 

 

 暫く時間が経って、ようやく消え入りそうな震える声が聞こえた。

 

 蝋燭(キャンドル)は燃え尽きるまで僅か、柔らかな光はすでに翳り、室内は濃い陰に塗りつぶされかけている。すっと衣擦れの音がして、白い影が揺れる。立ち上がった涼月は、くるりと俺に背を向けるとそのままドアに向かい歩き出した。ドアに寄り添うように手を添えた涼月の動きが止まる。

 

 

 「……替えの蝋燭と……寝具をお持ちします。…………安曇特務少佐、色々……ありがとうございました。先ほどのお話をどう理解すればよいか……分かっているつもり、です。…………それでも、私は……涼月は……まだ……ここを離れられ、ません……」

 

 

 軋む音を立てながらドアは開き、涼月は夜の影へと溶けるように消えていった。

 

 

 

 「ふう……」

 

 涼月が戻るのを待たず、俺は外に出た。白く輝く月に照らされた小道を当てもなく歩いている。目に入るのは黒い影として連なる茂った草木と、散在する廃墟。見るほどに、よく涼月はこんな所で暮らし続けているもんだ、と思う。

 

 涼月の話では、それでも生き残っていた設備はいくつかあるようだ。尤もそうでなければ流石に艦娘と言えどもサバイブできなかっただろう。この島は湧き水が豊富で、水の心配はない。あとは大破に近くとも入渠施設が残っていたのも不幸中の幸いだろう。ただ能力は本来のものには程遠いため、涼月の艤装を完全には修復できず、色々支障があるようだ。

 

 

 俺は……涼月に何を言えばいい? 思う事はある。でもそれを口に出していいのか、もやもやが募る。

 

 

 歩き続けていると、茂みの向こうで人の話し声のようなものを()()()。俺は用心深く茂みの陰にしゃがみ込んで、意識を集中する。感じた、と言うのには理由がある。心に直接響くような声は妖精さんのものだ。上位に届かなかった兵学校時代の俺の成績だが、唯一トップクラスに数えられたのが、妖精さんとの意思疎通能力。そしてこの声には聞き覚えがある。

 

 レン――涼月が二基装備する長一〇cm連装砲の一人で、俺をこの泊地に案内してくれた方だ。話声、ということは当然相手がいて、もう一人はソウのものだろう。

 

 砲塔に大小様々な傷のあるのがレンで、刀傷のような長い傷が一つあるのがソウ。厳密な意味でこの二人が妖精さんかといえば議論はあるかも知れない、けれど人と艦娘を繋ぐ存在なのに変わりはない。そして感じた(聞こえた)のは――――。

 

 

 『涼月(お嬢)は泣き疲れて眠ったよ』

 『安曇特務少佐……どうするつもりなんだろう?』

 『さぁ、ねぇ……。きっとお嬢を前に引っ張ってくれる……と期待したいね』

 『それって……涼月に必要なのかな?』

 『?』

 『涼月のしたいように……たとえこの島で朽ちても、本人が望むなら……』

 

 

   ――本当にそれでいいのか?

 

 

 レンの反論と俺の思いは期せずして同じだった。俺は物音を立てないように慎重に後ずさりその場を離れた。

 

 

 かなりの時間を月夜の散歩に費やした俺が部屋に戻ると、蝋燭(キャンドル)は交換され、粗末ながらも清潔感のあるせんべい布団が用意されていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。