月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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60. 好きな人がいること

 「涼月、待ちくたびれたよ、ぷんぷん! ……って私が待たせる方が多いんだけどね、にひひ♪」

 

 擬音通り大袈裟に頬を膨らませてますが、目は微笑みの形。怒ったふりをする照月姉さん。はい、申し訳ありません……。

 

 「珍しいな、涼月姉さんが遅刻とは。急用でもあったなら連絡してくれたらよかったんだ」

 

 言葉通り珍しい物を見た、とマジマジと私を見つめるお初さん。安曇さんとの時間(大事な事)には違いありませんでしたが、急用かと問われると、その……。

 

 約束の時間を過ぎて待ち合わせ場所に駆け込んで、肩を大きく上下させ荒い息の私を見て、照月姉さんとお初さんが代わる代わる声を掛けてくれます。はい……もう大丈夫、です。

 

 照月姉さんは舞鶴から、お初さんは佐世保から、安曇さんの快気祝いにとやって来てくれました。本当に嬉しいこと……。ただ、それ以外にも呉の巨大酒保は各拠点でも有名で、さらにここにしか出店のないブランドショップもあるそうなので、そっちが本命かも知れない……とは思いましたが口には、しません……。

 

 テヘペロしながら照月姉さんが言うには『多めにムギュったら帯封の出張旅費(お手当)出たから、パーっと使わないと♪』だそうです……。お初さんでさえ『べ、別にどうでもいいんだが……僕だって全く興味がない訳ではないんだ……」と頬を薄ら染めているくらいなので……。

 

 鋼鉄の艤装を纏い海上を疾走し深海棲艦と渡り合う艦娘は、単なる兵器や兵士ではなく、どこまでも一人の女性です。粗食(マクロビ)派と言われる私達秋月型も、可愛い物を見れば心が弾み、美味しい物を食べれば頬が緩むのは仕方ない、こと……。私だって……先程は安曇さんのお洋服ばかり見立てていましたが、色々と気になるショップがあったのは、確かです……。

 

 「行こう行こうっ! 見たいお店たくさんあるからさ、手際よく回らないとっ!」

 

 照月姉さんがたたっと駆け出し、私とお初さんも後を追います。残念なのは秋月姉さんの不在。どうしても外せないご用事との事で、しかも牧島大将のご都合で今日しか時間が取れなかったそうです。致し方ありませんが、後で連絡してくれるそうなので……。

 

 

 

 目に止まったお店に手当たり次第飛び込んでは次へ、を繰り返す照月姉さん、手にしたメモを見ながら事前に調べてきたお店でじっくり時間をかけるお初さん、私はその中間ですが、流石にあちこち飛び回って少し疲れたので、酒保内のカフェで休憩を取ることにしました。広めのテーブル席について、お互いに買ったものを見せ合い、何を注文するかで盛り上がったり……賑やかな私達の声がひと段落した所で、お初さんから妙な質問を受けました。

 

 「涼月姉さんはさっき買った洋服を早速着てるけど……狙ってるのかい?」

 

 狙うって何を……? きょろきょろと辺りを見渡しますが……? 一組だけ買ったお洋服は、肩出しの白のボレロパーカーに、袖周りのエメラルドグリーンが綺麗な、ネックラインの深いオフショルダーの白いロングフレアワンピ。胴の所だけはグレーのコルセット状で、太って見えないデザインが気に入ったのですが……どこか変、でしょうか……?

 

 「安曇さん、こういうコーデ()好きかな……。お初さん、どう思う……?」

 「間違いなくそういう谷間()好きだろうな。安曇も男なんだし」

 

 合格点をもらえたようです。やった、と小さくガッツポーズを見せると、すいっと伸びてきたお初さんの指先が示す先は、大きく開いた胸元。私は……姉妹の中でも、照月姉さんとともに……そ、その……大きい方なので、肩出しで胸の下からウエストにかけて絞るこのデザインだと……かなり強調していた、ようです。

 

 「す、好きってそういう……!?」

 

 別にそんなつもりでは……変な汗が出そうです。誤魔化すようにテーブルにあるグラスを手に取り、腕で胸を隠すようにしながら両手で持ってストローを口に運びます。

 

 「またそうやって寄せて……まったく涼月姉さんは天然、だよね? ひょっとして……計算づく?」

 

 ハイライトオフの瞳でアイスを食べていたお初さんが、スプーンを咥えたままあらぬ疑いを私に向けて来たので、私は無言でフードを目深に被りました……。

 

 

 

 安曇さんが教えてくれた事はたくさんあって、全てを挙げる事はできませんが、今私が飲んでいる抹茶オレもその一つ。今日は暑いですけれど、安曇さんもちゃんと水分を取ってるでしょうか? 先程……去り行く貴方の小さくなる背中に手を振りながら見送りましたが……あれからどのくらいの時間が経ったのでしょう……?

 

 「一時間くら「三時間半です……」」

 

 食い気味に勢いよく答えた視線の先にいるのは照月姉さん。むぅ……なんでしょう、面倒くさい人に出くわしてしまったような表情が気に掛かりますが……。

 

 「や、そんなに気になるならお買い物は私達だけでもよかったのに」

 「そ、それは……でも、スキンケア用品が気になるので……」

 

 直射日光に晒されるのは戦闘行動中の海上でもカボチャのお世話や収穫に勤しむ畑でも変わりません。やっぱり……いつも潤いある白いお肌を保っておくのは、触れる安曇さんの指先にとっても 触れられる私にも……嬉しい、こと……。

 

 照れ照れと胸の前で指をくねらせる私を気にする事なく、照月姉さんはクリーム増量のキャラメルフラペチーノを飲んでいます。

 

 「うわバカップル……」

 「照月姉さんだって……()()があるのに……」

 

 それーーグラスを持つ照月姉さんの左手の薬指に光るのは、ケッコンカッコカリの指輪。

 

 私達の中で群を抜いて練度が高いのが照月姉さんです。練度は随分前から上限解放、数字で比較するなら私の一.五倍以上です。やはり舞鶴の提督とのケッコンカッコカリのお陰ですよね?

 

 「涼月が言うと『結婚(狩り) (ケッコンカッコカリ)』に聞こえるよ……」

 

 むぅっと少し唇を尖らせます。私達は思いを重ねて強くなるヒトの現身(うつしみ)ですが、同時に一人の女性でもあり、想いが募れば大切な人と身も心も一つになりたいと……自然に思うようになります、なりますよね? だから姉さんも指輪を受け取った……違うのでしょうか?

 

 「艦娘ってさ、昔の記憶を持ってるでしょ? でも軍艦としての(昔の私)は、すぐに沈んじゃったから、ほんのちょっとなんだ……。だからね、私は強くなって、深海棲艦にも、戦艦娘にも空母娘にも……誰にも絶対負けたくないんだ」

 

 朗らかな笑顔を見せる照月姉さんからこんなお話を聞くのは初めて、です。私も……いえ、お初さんも、姉さんの素顔を垣間見たような気がして、話の続きを真剣に待ちます。

 

 「指輪は壁を超えてどこまでも強くなるための大切な鍵。私も今は色々考えてる気持ちの余裕が無いし 、舞鶴の提督 (あの人)も分かってくれてるから、()()()()()()にはならないよ。今は、ね……

 

 最後に小さく付け加えられた呟きを深追いするのは、慎みに欠けること……。場面を切り替えるようにフラペチーノを一頻り堪能した照月姉さんは、私に笑顔で問いかけます。

 

 「ところで涼月……空母ヲ級改flagship(グレイゴースト)は倒したけど、これからどうするの? 戦いはまだまだ続くよ、きっと」

 

 手にした抹茶オレのグラスをテーブルに置き、照月姉さんの視線を真っ直ぐ受け止めます。

 

 

 笑顔と裏腹な重い問いかけーー追い求めていた宿敵との戦いに終止符が打たれ、固い絆を結んだ人と穏やかな日々を過ごす今、何を目指して戦うのか、いえ……戦い続けられるのか?

 

 

 安曇さんと共に幾度も死線を越え辿り着いた私の答えは……揺るぎません。柔らかく微笑んで、気持ちを整理しながら思いを言葉に乗せ照月姉さんに届けます。

 

 「そう、ですね……。今のように安曇さん(好きな人)の事だけを考えていられる時間は、もうすぐお終い、でしょう。牧島大将と安曇さんのお話はおそらく任地について……。安曇さんがどこに着任する事になっても、それは戦いの海、です」

 

 

 命の瀬戸際から舞い戻った安曇さんと一瞬を惜しむように一緒にいます。綺麗な景色に感動して、何気ないことで笑い合い、一緒に畑のお世話をして、手作りの食事を一緒に食べて、時には外食もしたり……日常ーーそう呼ばれる、ありふれていて、それでいて掛け替えのない時間。深海棲艦との戦時下でも、全ての人が等しく愛おしむべきもの、です。

 

 けれど、戦いになれば真っ先に失われ、一度失くすと取り返せないーー私達がグレイゴーストから守り抜いた島の人達のように。戦う術を持つ私や安曇さんはそれでも抗うことができますが、市井の人々には……。

 

 

 「それこそが、私が守るべきもの。戦う術を持たない人達の、かけがえのない時間を守ること、です」

 

 

 今日の幸せが明日も続くと、今日よりも明日がもっといい日になると、明日の先にある未来が必ず来ると、人々が疑う事なく信じられる……ありふれた日常がどれほど大切なのか、安曇さんと重ねた時間は、私にそう教えてくれたんです。砲を撃ち魚雷を放ち、敵を屠り味方の盾になる事よりも、はるかに困難で……とても大切な戦い。

 

 

 そんな時間こそが私の帰る海で、そこで待っていてくれるのがーーーー。

 

 

 「よく分かった……涼月は大丈夫だね。ごめんね、変なこと聞いて。よかったね、いい人と巡り会えて」

 

 安心したような穏やかな表情に変わった照月姉さんが、テーブル越しに身を乗り出し、今まで一番真剣な表情で迫ってきました。

 

 「ね、涼月ーーーー」

 「は、はい……」

 

 ちょいちょいと手招きされ、私も顔を照月姉さんの方へと寄せます。口元を手で隠しながら小声で言われたのはーーーー。

 

 「初めての時って、やっぱり痛かった?

 

 

 ……はい?

 

 

 言われてる意味を汲み取るのにやや時間がかかり、ワンテンポ遅れでびっくりして少しのけぞると、目の前には抑え切れない好奇心で目をキラキラさせる照月姉さんの顔と、耳の後ろに手を添えて私の言葉を聞き逃さまいとするお初さんの顔が……。

 

 「私はほら、舞鶴の提督 (あの人)とは……だから。でも涼月はあれでしょ、どんな感じだったかなーって」

 

 安曇さんと私が……色々諸々が脳内に押し寄せ、ぼんっ! と音がしたような勢いで顔が赤くなり、頭から湯気が出ているような気さえします……。

 

 「えっと……あの……そ、その……ま、まだ……分からない、です…… で、でもっ! 近いうちにきっと…… 多分……

 

 「やれやれ……。僕も将来的には無関係とは言えない話だから興味津々だったんだが、既婚の姉二人が揃ってこれでは……」

 

 大袈裟なまでに頭を振って肩を竦めるお初さんの心底呆れたような口調に、私も照月姉さんもしょんぼりと肩を落としてしまいました……。

 

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