月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

61 / 63
61. ディファレント・コーナー

 大きめの会議用テーブルに着くのは、第二軍区の長にして呉鎮守府の長・牧島大将と艦隊総旗艦にして秘書艦の加賀さん、安曇さんと私……涼月、そして急遽参加が決まった秋月姉さん。いよいよこの場で、安曇さんの任地に関わる重要なお話が始まります……。

 

 軽く反動をつけ身体を起こした牧島大将は葉巻入れに手を伸ばそうとし、加賀さんの鋭い眼光に射抜かれた手を引っ込めると、大袈裟に肩を竦め、本題へと切り込み始めました。

 

 

 「それで、じゃ……安曇、吾の道は二つ、いずれも第二軍区、つまり儂の指揮下なのは変わらんがの。一つは以前言うた内の、あそこの泊地司令じゃ。秘書艦はーー」

 

 一旦言葉を切った大将は、サングラス越しにじろりと私を一瞥し、話を続けます。

 

 「言うまでもなかろうが涼月じゃ」

 

 その泊地は、第二軍区の中で規模は大きくありませんが、海域の要衝に位置する名の通った拠点です。現任の提督が病気療養のため内地送還の要あり、との事で後任の指揮官を必要としているとか。泊地名を聞いた私と安曇さんは、自然と視線を交わし合いました。

 

 対グレイゴースト戦で見せた作戦指揮、戦力投入のため最前線に自ら赴く勇気、妖精さん達との意思疎通は言うまでもなく十二分……ようやく、ようやく安曇さんの真価が認められた……そう思うと、つい涙ぐんでしまいました……。それにあの地は南方の入り口となる立地で、カボチャの二期作も可能、安心です……。

 

 

 会議テーブルの下、膝に置いた手がそっと別な手で包まれます。ちらり、と視線を隣に向けると、安曇さんは視線を前に向けたまま、凛とした表情です。けれどーーーー。

 

 ひくんっ。

 

 背中にぞくっと微かな電気が流れたような感覚。触れるか触れないか、そんな微妙な感触で安曇さんの指が、インナースーツで覆われた私の手の甲を動きます。

 

  ーーこれからもよろしく。

 

 指文字はそう伝えてくれました。私は安曇さんの手を一旦解き、同じように安曇さんの手を包むようにきゅっと握ります。

 

 「そしてもう一つ……本格展開前の有用性検証として、CSAR(シーサー) 専任の部隊を設立する。安曇、吾が望めばここの初代部隊長じゃ」

 

 もう一案は、しーさー……? 聞き慣れない言葉の答えを求めて安曇さんの横顔に視線を送ります。僅かながら眉根に皺を寄せた安曇さんは、怪訝な表情へと変わりました。

 

 「Combat Search and Rescure……MEDEVACの強化を?」

 「()うとるがの、教科書通りの喋り方は止めぇ」

 

 なるほど……安曇さんの言う横文字の頭文字を取るとCSAR=しーさー……戦闘捜索救難部隊、ですか。でも何故……?

 

 「艦娘は度外な怪我でも入渠すりゃぁ時間がかかっても元通り、高速修復材(バケツ)被りゃぁ物の数秒じゃ。じゃがそれはーーーー」 

 

 「あくまでも、艦娘が母港か母艦に戻れた場合、です」

 

 安曇さんが苦そうに顔を歪め、大将の言葉の続きを引き受けました。私達は……身を以ってその危険を知って、います……。グレイゴースト、そして戦艦レ級との戦いで負傷し動け無くなった私達は制御を失ったL-CACでもう戻れないかも知れない漂流に……口には出しませんでしたが、その覚悟はしていた、こと……。

 

 「そうじゃ。シーサーについては以前から必要性を訴えておってな、吾等の事は上の裁可を得る後押しになったがの」

 

 広大な海域を転戦し続ける私達艦娘ですが、戦闘で無傷でいられる事は稀で、時には深刻な負傷損傷を負う事も……。そんな時、味方の護衛付きで曳航してもらい母港や母艦まで帰れる場面ばかりではない……のが現実です。あるいは荒天での遭難もあり得ること……。

 

 負傷して広い海に独り取り残された艦娘は、身体か艤装の限界を超えた時点で海へと還る……そうやって人知れず沈んだ子はどれほどいる事か……。

 

 「部隊には特別仕様のUS-2を用意する。足は長くて速い、不意さえ突かれんかったら深海のクソ共は振り切れる。救難信号の傍受あるいは救助要請で緊急発進、現場最寄りの部隊がおればそいつらと連携しつつ、敵の勢力圏内で抵抗を排除し強行着水、速やかに要救護者を回収し撤退……まぁ要するにカチコミかけて即トンズラじゃな」

 

 身も蓋もない表現を大将はされましたが、重視するのも頷けます……。艦娘の育成や装備の強化は一朝一夕にできるものではなく、長い時間と費用をかけ経験を蓄積し強くなります。

 

 艦娘が沈む……それは、それら全て、何よりその子とその指揮官の方が育んだかけがえのない絆さえも、水の泡と化すこと。

 

 私達にしても、万が一の時救助に来てくれる部隊が控えているのは、とても心強く安心できること、誰しも帰るべき場所はあるのですから……。

 

 「CSAR部隊の意義、確かにその通りかと。ですが……何故私、なのでしょう?」

 

 Aの拠点とBの拠点、どちらを選ぶか……なら分かりやすい。でも……片や拠点司令、片や新設の後方支援部隊の長、まるで違う物を比べるなんて……安曇さんが逡巡されるのも、当然です……。

 

 「大成をどの時間軸で見るか……じゃな。基地司令は管理職、同時並行であらゆる事に長期的に対処せにゃならん。そういう意味で吾がモノになるにはまだまだ時間はかかるじゃろう。一連の戦いで、吾が一点集中で短期戦に強いのはよう分かった、ならば今の資質はシーサーにより適正が高く即効性が期待できる」

 

 振り返ればーー元泊地からの撤退戦では私を……涼月を逃すための遅滞戦術、その後の特務では民間人の救出、対グレイゴーストの最終戦では私のため文字通り命を賭けたーー目標を明確にしてその達成に全てを注ぎ込む……大将の洞察は、作戦指揮や勇敢さや優しさの底にある、安曇さんの特性を看破している、と……納得させられそうに、なりました……。

 

 明言はされてませんが、牧島大将は安曇さんが新部隊の長に着任する事を望んでいる……そう、思えます……。

 

 ですがーー秘書艦として、たとえ牧島大将が相手でも、言うべきは言わねばなりません。会議テーブルの下、重ね合った手に力を込め、もう一方の手で挙手、発言の許可を求めます。

 

 「牧島大将……意見具申、よろしいでしょうか……?」

 「……言うてみい」

 

 じろりと睨め付けられ、普段なら萎縮してしまったかも知れませんが、安曇さんのため、引き下がれません。合戦……準備!

 

 「私は……涼月は、安曇さんの指揮の下で戦いたい、以前そう申し上げました。前回の特務に参加した方々からも……同じ声を少なからず、聞いています。私達艦娘の士気を高め、共に戦いたい……そう思わせてくれるのは、指揮官として得難い資質ではないかと……」

 

 牧島大将は、大きな身体を会議テーブルにずいっと近づけ、サングラス越しに安曇さんと私を見据えます。不安を覚えながらも……私も大将の視線に負けないよう、強い意志で目を逸らしません。

 

 「ただの色ボケた艦娘じゃない、いう訳か。確かに吾ん言うのも一理ある。じゃがの、それもまた安曇いう艦娘誑しの一象限、司令官の役割を全うするには今と違う鋳型に己を嵌め直さにゃならん。やり遂げてくれりゃ将来の提督候補じゃ、儂もいずれ楽隠居出来そうじゃが……やれるんか?」

 

 い、色ボケって……。牧島大将の口の悪さは知っていましたが、自分に向けられると、流石に……。軽く凹みましたが、しょげてる場合ではありません。

 

 「……大将も仰いました」

 「ん?」

 「先程『今の資質』と。安曇さんは……私達は、迷いながら、時には失敗しながらでも、必ず前に進み成長してゆきます! 大将もそれをご承知なので、()()という言い方をされたのでは……?」

 

 

 「ありがとう涼月ーー」

 

 聞き慣れた落ち着いた声に、反射的に視線を向けてしまいます。微笑む安曇さんの顔がそこにありました。笑顔はすぐに隠されましたが、先程までの強張った表情は一転、穏やかな表情で大将に相対します。

 

 「涼月にここまで言わせるとは、我ながら情けないな……。大将、私が涼月と出会うきっかけになった特務に乗り出した時、自分がどうなりたいのか迷っていました。けれど今は……涼月の帰る海でありたいと、強く願っています。そのために任地を得て指揮官として……そう考えていましたが、きっとそれも……違うのかも知れません」

 

 一旦言葉を切った安曇さんは、私にもう一度微笑みました。とくん、と胸がなった……よく知っている、けれど初めて見るような表情……。

 

 「何かを目指す理由を誰かのためにしては、いけないな、と……。泊地司令もシーサーの部隊長も、どちらも意義ある任務と思います。選んでよいとの事でしたが、大将にご判断をお預けします。どちらの任務でも胸を張って、自分の意志としてやり遂げます。どこで何をしていても、涼月が帰る海は……自分なので」

 

 

 この会議が始まって以来、初めて牧島大将が微笑みました。渋く、ほろ苦い大人の笑み、でしょうか……。

 

 「よう言うた安曇、追って沙汰する。それ次第で色々変わる部分もある、あまり時間は掛けん。例えばそこの……秋月の処遇とかの」

 

 一斉に視線が秋月姉さんに集まります。確かに、どうして姉さんがここに……というのは疑問でした。

 

 「もう一つ人事絡みがあっての。安曇にシーサーを預けるなら、秋月次第でそっちに異動と思っとった。じゃがもう一件の方に転ぶかも知れんの」

 

 牧島大将が名を挙げた、とある泊地の復興計画。それは私と……秋月姉さんがかつて所属し、グレイゴーストの猛攻を受け壊滅した元泊地、です……。私には安曇さんと出会い暮らした場所へと変わりましたが、秋月姉さんにとっては……。

 

 「グレイゴースト(クサレマ◯コ)にキツい一発かましよったからの、あれだけ派手に動けば居場所は特定出来る。長々逃げくさった仕置きじゃ、元いた場所を綺麗に仕立て直せ、そう言うたんじゃ」

 

 復興計画の指揮を取るのはーーーー元司令。秋月姉さんが顔をくしゃくしゃにして泣き始めました……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。