無言で布団から上体を起こし周囲を見渡す。カーテンのない窓から朝日が容赦なく差し込み、部屋を明るく染め上げている。明るくなって改めて見ると、この部屋も元は破壊されていた事がありありと分かる。それでも精一杯の手入れをしたのが窺える、俺ではない誰かを待つために整えられた部屋。
「そうだった……俺は……」
母艦に置き去りにされた俺は、共に帰還するはずだった涼月の世話になり、この元泊地で一夜を明かした。朝日の眩しさを避けるように位置を少しずらし布団の上で胡坐、腕を組み考えてみるが、何一ついいアイデアが浮かばない。
八方塞がりだ。
特務の内容を改めて思い出す。
だが涼月は『ここを離れられない』と言う。これで前提が崩壊。
なら仮定として、涼月の同意を得たとしよう。
仮定の仮定その一として、この泊地から内地、具体的には横須賀鎮守府まで、駆逐艦娘が単艦で航海できる距離ではない。止めにそれでは俺がここに残される。涼月に俺を運ぶ手段がないからだ。
仮定の仮定その二……俺と涼月が二人で帰還するとしても、やはり手段がない。そのために艦娘運用母艦を伴いここまで来たが、敵の攻撃を受けあっさり退散してしまった。
つまり、以下の条件をすべて満たさないと特務は達成できない――――。
涼月が帰還に同意し、俺たち二人に迎えのフネが来る。それもグレイゴーストに負けない強力な部隊とともに。
――コンコン
ノックの音に俺は迷路の出口を探すのをいったん中断し返事をした。軋む音を立てながら開いたドアの向こうには、両手でお盆を持ったエプロン姿の涼月。
その状態でどうやってドアをノックしたのだろうか……と思ったら、涼月の脚にまとわりつくように
「安曇特務少佐、おはようございます。朝食をお持ちしました」
両手が塞がっているので軽く目礼で挨拶をする涼月の、柔らかい微笑みに戸惑ってしまう。兵学校から今に至るまでの期間、宿舎暮らしで食事は三食ビュッフェ形式、こうやって誰かが自分のために用意してくれた食事を食べるのは久しぶりだからだ。
ソウは壁に立てかけておいたテーブルを元の位置に直し、布団を片づけるレンに邪魔者扱いされた俺は所在無く立っている。その間に涼月も「失礼します」と言い部屋に入るとロングブーツを脱ぎ、綺麗な所作で座ると手にした料理をテーブルに並べ始める。
ぼんやりと食卓が整うのを眺めていた俺の両脚で、げしっと音がする。見れば両側からレンとソウに蹴られていた。
『見てないで、冷める前に食べよう』とレン。
『少しは手伝ったらどうなんですか?』とソウ。
「ああ、二人とも済まない」
二人の
『いや流石にはそれはないでしょう』
『お手伝いに決まってるでしょう』
「安曇特務少佐は……長一〇cm砲ちゃんとお話が……できるのですか? 司令官でさえそんな事は……」
声に出した言葉は当然として、
小さく口を開け目を真ん丸にした彼女に、ふりふり、と手を向け振るとようやく帰ってきた。自分がどういう状態だったかすぐに理解し涼月は、少し頬を赤らめながら慌ててご飯をお茶碗に盛り始めた。
「はい、どうぞ! 麦飯とカボチャのお味噌汁、昨夜の残りで恥ずかしいのですが、カボチャの煮っころがしもあります!」
差し出されたお茶碗を受け取る。食物繊維豊富だね、うん……。思わず艦隊本部での自分の食生活を振り返る。ビュッフェだった事もあり、適当にその時の気分で食べたいものだけを食べていた。少なくとも積極的に野菜は摂ってなかったな……。
『涼月の料理に何か不満でも?』
不機嫌そうな思考がソウから伝わってきた。いやだから砲口を向けないで、ね? 涼月はソウを窘めつつ、ちらりとこちらに視線を向ける。当の涼月も不安そうだ。
「いや、昨夜も言ったけど本当においしいよ。ただ俺は――」
さっきまで考えていたことを告げると、ソウは納得したように砲身の仰角を上げた。
「だから、こうやって同じ食卓で手作りのご飯を誰かと一緒に食べるなんて想像してなくて、さ……」
「おかわり、いかがですか?」
涼月は俺の言葉に答える代わりに、優しそうに微笑んですっと右手を差し出してきた。おずおずと空の茶碗を返した俺の指と受け取る涼月の指が一瞬だけ触れ合う。何事もないようにお互い手を引っ込め、一膳目よりやや多めに麦飯の盛られた茶碗が渡された。
食後のお茶を口にし、人心地着いたのを見計らう様に、涼月が話し始める。
「昨日は……司令官の事を分かる範囲とはいえ教えていただき、涼月の話も聞いていただき……本当に、ありがとうございました。ですが……安曇特務少佐……これから、どうされるおつもりですか?」
むぐっ、とお茶を飲み込む喉を鳴らし、俺は再び迷路の出口探しに引き戻された。慎重に言葉を選びながらも、涼月は要点を簡潔にまとめ指摘する。
俺は話を聞きながら、目の前の涼月が優秀な艦娘だと確信していた。
話の要点を的確に掴む理解力と論理性、こんな環境下で生き抜いてきたタフさ、俺のような予定外のゲストをきめ細やかに世話してくれる甲斐甲斐しさ、そして完全ではない整備状況の艤装でも圧倒的な対空戦闘能力……恐らくはこの泊地の秘書艦だったんだろうか。
よく考えると、任地も艦隊も持たない無任所士官の俺が、こんなに間近で艦娘と密に接するのは初めてだ。もしこの特務が成功して自分に任地が与えられるなら、秘書艦は……。
-ぽんぽん。
はっと気づくと、レンに肩を叩かれた。やれやれ……という具合に両手を上に向けて肩を竦めるようなポーズで俺を見ている。何だよ?
『
俺は気づかないうちに涼月をじいっと見つめていたようだ。それをレンに指摘され、誤魔化すように空の湯飲みを呷ってみた。当の涼月はあたふたしながら、強引に話を引き戻そうとする。
「ちょ、長一〇cm砲ちゃん!? あの、それで……その……け、結論としましては、安曇特務少佐には……この泊地に迎えのフネが来るまで居ていただくしか方法がないと……思います。貴方がここにいることは帰投中の特務母艦が、既に艦隊本部へ知らせているでしょう……。なら、何らかの手が打たれる、はず……です」
『お嬢がそう言うんだ、いいよね?』とレン。
『涼月がそう言うなら、仕方ないよ』とソウ。
その迎えのフネに涼月も同乗してくれるのだろうか……と思いつつ、テーブル越しに涼月に向かい右手を差し出した。
「その日まで、改めてよろしくお願いします」
握り返された涼月の手の温もりは確かなもので、こんな所で失ってはいけない、大事な物のような気がした。