月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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09. デスペラード

 筋状の薄い雲が風に流れる青い空の下、乱雑に自由に生え延びる緑色の蔓に覆われた畑の中で、ひょこひょこと上下動を繰り返す銀色。菜園の一角では涼月が収穫に精を出していた。

 

 俺の役割は開墾だが、地形や日当たりの関係で、今現在涼月がいる菜園と少し離れた場所を拓いている。今日の作業を終え疲れた体を引きずって戻ってきたが、目に映った光景が何となく微笑ましく、俺は涼月に声を掛けずしばらく眺めていた。

 

 涼月の手にした編籠にはいくつものカボチャが収穫されていて、ずっしりとした重さを示している。手伝おうと声をかけようとした時、んっ、と短く声を上げ、涼月は膝に手をついて立ち上がる。長時間の作業で凝った身体を解そうとしてか、腰から背中にかけて奇麗なカーブを描くように伸ばしながら、右手で庇を作り高い空を見上げる。

 

 「まだ……帰らないの、かな……」

 

 風に乗った涼月の呟きは耳に刺り、俺は上げかけた手を静かに戻す。今俺はどんな顔をしているだろうか……。作業に出かけた俺の帰りを待っていた? 行方不明の元司令官を思い出していた? いや、そんな事を気にかける事自体、俺はどうかしている。そう……どうかしているんだ。

 

 不意に動かした足がカボチャの葉や蔓にあたり、がさりと意外と大きな音を立てた。日の光を煌めかせながら、銀髪がくるりと振り返ると、文字通り飛び上がった。きゃっ……と上げかけた声を口に当てた両手で押し込めた涼月は、ぷぅっと頬を膨らませて俺に文句を言ってきた。

 

 「お帰り、なさい……でも、こっそり近づいてくるのは……悪趣味、です」

 

 カボチャの収穫に勤しんでいる涼月を眺めていた、とも言えないので、俺は曖昧な表情で謝ると、話の向かう先を少し変えてみた。

 

 「それにしても、カボチャはすごい勢いで育つんだね。知らなかったよ」

 

 「はい!」

 

 元気よく両手でガッツポーズ、満面の笑みで語りに入った涼月に圧倒された俺は、彼女の話を黙って聞くしかできずにいた。

 

 「カボチャはこぼれた種からでも芽が出るくらい、とっても生命力が強いんです! この島の気候なら二期作もできますし、あんまり手を掛けなくても自分で育ってくれるお利口さんなので、涼月も助かってます! でも、お日様の当たりが悪くなるので、多少間引きはしてます。そうしないと病気になりますので……」

 

 頬を紅潮させ一気に語る涼月。カボチャの……というか、野菜や果物の栽培に何の知識もない俺ができるのは相槌が精々で、話を盛り上げることもできない。ただくるくる表情を変えながら、カボチャの種類や食味の違いを力説する涼月を見ていた。そんな俺を余所に、涼月はがさごそと編籠から収穫したカボチャを取り出すと、両手で持ちながら俺の方にずいっと差し出してきた。

 

 「見てください! 私が作った菜園のカボチャがこんなに大きく! これだけあれば、いろんなのが作れます!」

 

 いろんなの、ねぇ……涼月の料理の腕前は確かだと思うが、この島では満足な調味料もない。悪戯心の湧いた俺は、顎に手を当て考え込むふりをしながら訊ねてみた。

 

 「そうですね……プリンと練り切りと、あとは……冷製スープ、とか?」

 「美味しそうだね、ぜひ作ってほしいよ。けど……」

 

 地雷を踏んだ、いや、海軍なので機雷に触れた、と言おうか。悪気も無かったし、この機会を利用するつもりでもなかった。でも、『けど……』に続く言葉は慌てて飲み込んだ。

 

  ――けど……ここでは無理だよね。

 

 他意は無くとも、言葉は口を離れた瞬間に自分の意図とは無関係に働き、たった二文字の逆接の言葉は、この泊地から立ち去ろう、と誘いかけているのと同義になりかねない。相手がどう受け取るか……涼月が俺の言葉をどう受け取ったかは分からない、でも彼女自身も戸惑っているように見える。まるで考えていた事を無意識に声に出してしまったかのような……? それから涼月は、少し寂しそうに微笑むと俯いてしまった。

 

 「は、はい……作ってあげたい、のですが……」

 

 困惑を顔色に載せた涼月が恐る恐る顔を上げ俺に視線を送る。柔らかく微笑み返した俺は――――。

 

 

 「あっ……」

 

 

 伸ばした俺の右手、人差し指が涼月の頬をなぞる様に撫で、耳の前あたりに留まった。小さく、吐息のような声を上げた涼月の頬が熱くなる。

 

 

 「…………泥が……付いていたから」

 「はい…………ありがとう、ございます………」

 

 

 背中に夕日を浴びる頃、前に長く伸びる影についてゆくように、俺と涼月は畑から司令部へと向かう道を無言のまま辿っていた。二つの影の肩は、手を伸ばせば届きそうで、それでいて届かない距離を保ったまま――――。

 

 

 

 「安曇さん……少し、お話……しませんか?」

 

 その日の夕食を終えた後、涼月はそう言いだした。テーブルを挟んだ向こう、体育座りの膝に顎を載せ小首を傾げた彼女の白い顔に、蝋燭(キャンドル)の灯りが陰影を落としている。

 

 『男女七歳にして席を同じくせず! まして年頃の男女が夜更けに同じ部屋にいるなんて!』

 『安曇も男だからねぇ……でも今の涼月(お嬢)にはまだ早いよ』

 

 と、普段は長一〇cm砲たち(レンとソウ)の鉄壁のガードが展開される。俺も健康な男子で、しかも離島に涼月(美少女)と隔離生活だ。色々あれがそれなのは否定しないが、生憎()()()()つもりはない、と断言する。涼月が艦娘だから、とか、彼女に魅力を感じない、とかではない。

 

 とてもシンプルで、だから譲れない部分――――俺の話はどうでもいい。それよりも涼月だ。話と言っても……俺と彼女の間で改まってする話題は一つ、帰還するかしないか。彼女の中で何らかの結論が出たという事か? 俺は内心の動揺を隠そうとしたが、お茶のお代わりを受け取った手が不覚にも震えてしまった。涼月は膝を抱えたまま両手で湯飲みを持ち、こくりと一口飲んで話を切り出した。

 

 「安曇さんは……指揮官候補者、なんですよね?」

 

 拍子抜けしたと言っていい。俺の身分や立場はとっくに伝えているし、涼月がそんな分かり切った事を聞いてくるはずがない。俺の怪訝な表情に気付いたのかどうか、軽く背筋を伸ばした涼月は、背骨のこきっと鳴った音に僅かに顔を顰め、言葉を続ける。

 

 「初めて会った私の話を受け入れて対潜警戒を取る柔軟さ、長一〇cm砲ちゃんとお話ができるほど妖精さんとコミュニケーションが取れる力、この泊地での暮らしにもあっという間に慣れる適応力……きっと良い司令官になれる、そう思います。そんな貴方に、なぜ……今まで任地が与えられなかったのでしょう?」

 

 

 痛いな、この質問は。

 

 

 柔軟さは、芯の無さの裏返し。

 

 妖精さんとのコミュ力は高い、けどそれだけ。

 

 適応力の高さは、状況に流されていること。

 

 

 何かが足りないのは、自分でも分かっている。ただ、それが何かが分からない――とは彼女には……涼月にだけは言いたくない。代わりに自虐めいた言葉が唇から零れた。

 

 

 「兵学校の卒業席次(ハンモックナンバー)で、俺はトップグループに届かなかった、それが全てだよ。連中はほんと別格、『努力しても届かない物がある』っていう現実は嫌と言うほど見せられた、かな……」

 

 

 「私は……そう、思いません。安曇さんに足りないのは経験、だけでは? ()()司令官も、最初の内は手探りで艦隊運営を続けたと……聞いています」

 

 

 涼月の言う『私の』の言葉に、俺は引っかかってしまった。心の内がザラつく。やや乱暴に姿勢を崩し、胡坐から片膝を立てた俺は、口を衝く言葉を止められなかった。聞きたくなかった、知りたくなかった事に自分から踏み込もうとしている。

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