運営から通知された第二回イベントは、およそ一ヶ月後に開催される。
第二回イベントはどうやらゲーム内の時間を加速させるようで、加速させている間、現実での二時間は途中参加と退場はその影響で出来ないそうだ。
そんなコーヒーは現在、イズの店で製作の依頼をした装備を受け取っていた。
「これが依頼の品よー。クロムの装備より一回りも二回りも良い出来栄えになったわ」
イズはご機嫌そうに件のガントレットをカウンター前に置く。
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《ブルーガントレット》【HP+30 MP+15 STR+20 VIT+15 INT+5】
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装飾品であるネオンイエローのラインが刻まれた蒼が混ざった黒いガントレットは、スキルこそないがステータス補正が十分過ぎる出来栄えだ。
流石は生産職トッププレイヤーのイズである。
「出来れば二層へのボス討伐までに完成させたかったんだけどねー」
実は昨日、コーヒーはクロムに誘われて、イズと共にクロムの臨時パーティーメンバーと共にボスモンスターであるドでかい鹿に変わった大樹を倒して二層行きを果たしたのである。
鹿は角に実らせた林檎で防壁を張ったり、魔法でご太い蔓を操って攻撃してきたり、回復したりしたがコーヒー達の敵ではなかった。
『さすがイベント二位のCF!』
『厨二病患者の異名は伊達じゃないな!』
……クロムの臨時パーティーのメンタルアタックは堪えるものだったが。
一応、メイプルとサリーにも先に二層に行く有無を伝えたが、二人とも気にせずに先に行っていいと返したので特に問題もなかった。
「私はこの後、他の人の装備品を作るけどコーヒーはどうするの?」
「スキル【超加速】を手に入れてこようかと。クエスト条件もクリアしてますし、スキルは多いに越したことはありませんから」
現在ゲーム内で常に発生しているNPCイベントの一つであり、【超加速】は二層の森の奥にある小さな家にいる老人とのイベントをクリアすれば手に入るスキルだ。
ただし、【AGI70】以上でなければその老人は家に居らずイベントは発生しない。手に入れたければ最低でもAGIは70まで上げなければならないと、情報掲示板に記載されていた。
「スキルといえば、スキルショップで【詠唱I】というスキルが新しく売られているわね。コーヒーはどうするの?」
「買いませんよ。これ以上、重症な厨二病患者扱いされたくないので」
イズが笑いながらの質問に、コーヒーは心底嫌そうに答える。
スキル【詠唱I】はスキルショップで購入できるスキルだ。
その効果は―――各魔法に用意された台詞を唱えることで、MP消費量を5%減少するというもの。
【詠唱I】で用意されている台詞は短いそうだが、それでもメンタルにダメージを与えるようであり、ちゃっかり【廃棄】不可能のスキルでもある。
その為、『スキルショップに呪いのスキルが出た!!』と掲示板に一時話題となったそうだ。
というか、絶対に面白がって実装しているだろ。運営。
ちなみにこれを最初に取得したのはイベント四位様である。理由は四位様に心酔する者に献上された巻物を、半ば諦めの境地で使ったから。四位様は慕う者の期待を完全に裏切れないのだ!!
その結果、彼らの前で披露してますます慕う者が増え、四位様は基本的に詠唱込みで魔法を放つ羽目になったのだが……今はいいだろう。
スキルショップに新規のスキルが幾つか追加されており、コーヒーもクロスボウの攻撃スキルを素材を売った金で購入している。
「でも、基本は後衛のコーヒーにはあまり役に立たないんじゃないかしら?」
「逃亡と遊撃に使えると考えています。後、格好良い気がするので」
「そうなのー」
そんな訳で。
《ブルーガントレット》を装備したコーヒーはイズの店を後にし、スキル取得の為に森の奥の小さなログハウスへと辿り着いた。
真横には澄み渡る小川でゆっくりと回る水車。
正面には小さな畑と割られていない薪。
そして、小鳥のさえずりが心地よく響いている。
用事でなければゆっくり眺めていたい光景にコーヒーは心穏やかになりながら、コンコンと扉をロックする。
少しして待つと、扉が内側から開かれ、杖をついて白い髭を長く伸ばした老人が現れた。
「こんな所に人が来るとは珍しい……取り敢えず上がっていきなさい。この辺りは厄介なモンスターも多い」
そう言って老人はコーヒーを家の中に通す。コーヒーも素直に家に入っていく。
最低限の家具と、確かな存在感を放つ古びた短剣がある家の中で、コーヒーは言われるままにテーブルの近くの椅子に座る。
「飲むといい。少しは体も休まるはずだ」
老人はそう言って、お茶の入った湯飲みをコーヒーの前に置く。
このお茶には、HPとMPが完全回復する効果があるようである。
「ありがとうございます。では、いただきます」
コーヒーは律儀にお礼を言って、お茶を飲む。
HPは減っていないので意味はなかったが、MPは確かに全回復した。
「ふむ……しばらく休んでいくといい。わしは【魔力水】を汲みに行ってくる」
老人はそう言って立ち上がるも、足取りが悪そうに杖を頼りに歩き始める。
「ああ、それなら俺が代わりに汲んでくるよ」
「ん、そうか?……ここは甘えておこうか……見ての通り、最近は足の調子も悪くなってきたしの」
老人がそう言うとコーヒーにガラス瓶を渡す。
同時に、コーヒーの前にYes、Noという表示が記載された青色のモニターが現れる。
これがクエスト【走駆のお使い】の承認画面だ。コーヒーは迷わずにYesを押す。
クエスト内容は至って単純。ここから30分の距離にある、【魔力水】という魔力が回復する水が湧き出る泉から汲んだ水を、老人へと届けるというもの。
しかし、その水は老人が渡したガラス瓶以外では汲むことは出来ず、それも汲んでから一時間後にインベントリから消えてしまう。
まさに、このクエスト専用のスポットといって過言ではない。
「じゃあ、行ってくる」
「すまんな……頼んじゃぞ」
そして、コーヒーはログハウスを飛び出して泉へと向かう。
この辺りに生息するモンスターは主に三種類。
体長1メートルの蜘蛛糸で対象を拘束するビッグスパイダー。
通常のカブトムシと大きさは然程変わらず、眠りの状態異常攻撃を持つスリープビートル。
木に擬態して奇襲を仕掛ける、赤い木の実を付けているトレント。
そして、この三種類以外にも滅多に遭遇しないが、風魔法を使う巨大な蜻蛉の風蜻蛉という厄介なモンスターも生息している。
クエスト中は、行きではモンスターに一体も遭遇しないが、帰りでは上記のモンスターで溢れかえるのだ。
そのモンスターが蔓延る道を、水を汲んでから一時間以内に帰らなければならない。
「さてと……到着だな」
泉の水を飲んでMPを全快にし、ガラス瓶に水を汲み、インベントリに入れる。
ここからが、本番だ。
「迸れ、
振り返って早々、【名乗り】でステータスを上げ、【口上強化】なしで2つの魔法名を口にした途端―――コーヒーの姿がその場から消えた。
否、蒼い雷を纏ったコーヒーが凄まじい速度で森の中を直進していたのだ。
【ヴォルテックチャージ】は次に放つ同系統の魔法の威力と効力を二倍にする魔法だ。併用すれば消費MPが幾ばくか激しくなるが、それに見合うメリットがあるとコーヒー自身は感じている。
【名乗り】でステータスも上げている為、そのスピードはまさに迅雷。
残像さえも置き去りにするのではないかという速度で、コーヒーは森の中を一気に駆けていく。
「【アンカーアロー】―――【跳躍】!!」
【アンカーアロー】を別の木に当ててくっ付け、走りながら【跳躍IX】で飛び上がり、遠心力を利用して正面で木に擬態していたトレントを回避しつつ、若干遠回りとなって移動する。
「唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――【ヴォルテックチャージ】!!―――【ライトニングアクセル】!」
その移動中に【口上強化】で強化した【ヴォルテックチャージ】を使用。着地した瞬間に【ライトニングアクセル】を使用し、最初より速く、猛烈な勢いで再び森を駆け抜けていく。
【気配察知VIII】でモンスターを事前に察知し、進行の邪魔になるビッグスパイダーは矢を撃ち込んで麻痺らせ、スリープビートルとトレントは基本的に回避してスルー。
何しろ移動速度が速いのだ。後ろのモンスター達はAGI寄りにも関わらず、コーヒーに全く追いつけていない。
【名乗り】でステータスを強化し直しつつ、MPポーションでMPを回復しながら魔法をガンガン使って強硬突破していく。
乱立している樹木も【アンカーアロー】や【跳躍IX】、ステータスを利用したパルクールで大した障害にもならない。
結果、コーヒーは【魔力水】を汲んでからログハウスに戻るまで、25分しかかからなかった。
余裕のクリアだ。
「持ってきたぞー」
「おお!待っていたぞ、無事そうで何より何より……」
インベントリから【魔力水】が入ったガラス瓶を取り出したコーヒーに、老人は嬉しそうに立ち上がる。
これで、【超加速】が得られ……
「……ん?そういえばお主は【魔力水】を汲んで戻ってくるのに30分しか経っておらんのう……それ程速いなら【超加速】は不要かもしれん」
「……え?」
老人の言葉にコーヒーは目を見開いてその場で固まってしまう。
せっかくクリアしたのにスキルを貰えないとか……最悪の無駄骨になってしまう。
ちなみに30分以内の帰還を目指したのは……余裕でクリア出来るから、ちょっとした自己満足の為である。
「イヤイヤイヤイヤ!!それは困りますって!!せっかく頑張ったのに!!」
幾ら自己満足の為とはいえ、クリアして報酬無しはさすがに困る。
老人はそんなコーヒーに気にもくれずに話を進めていく。
「……もしかしたら、お主ならあれを覚えられるやもしれん」
老人はそう言うと、自身の懐から一つの巻物を取り出した。
「スキル【疾風迅雷】。わしには覚えられんかったスキルじゃが、お主なら覚えられる筈じゃ」
【超加速】ではない、全く違ったスキルの巻物を渡されたコーヒーはどうすべきかと困惑する。
「どうしたんじゃ?開かないと覚えられるか分からんぞ?」
老人が取得を促してくる。どうやら、取得までがクエストの流れのようだ。
コーヒーは意を決し、巻物を開いてスキルを取得した。
ピロリン♪
『スキル【疾風迅雷】を取得しました』
「おお。わしが見込んだ通りじゃ。【疾風迅雷】は間違いなくお主の力となるじゃろう」
そう言うと老人の姿が霞んで消える。
「じゃが、それに驕ることなく精進するのじゃぞ?」
背後から聞こえてきた声に、コーヒーはビクッ!としつつ振り返る。
そこには悪戯が成功した少年の様な嬉しそうな笑みを浮かべる老人がいた。
「わしもまだまだ現役……近い将来、【疾風迅雷】を取得してやるわい」
「は、はは……」
老人の行動と言葉にコーヒーは苦笑いしながらも、今回手に入れたスキルを確認することにした。
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【疾風迅雷】
一分間、AGIを二倍にする。
使用後、30分後に再使用可能。
常にAGIが15%上昇。リキャスト中は無効となる。
取得条件
クエスト【走駆のお使い】でイベントアイテムを入手してから30分以内にクリアすること。
口上
柔軟なる疾き風 剛健なる迅き雷 迅雷風烈の息吹となりて走破せよ
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掲示板にあった【超加速】は一分間AGIを50%上昇させるスキルなので、【疾風迅雷】は完全に上位互換のスキルである。
取得条件を見る限り、クリアタイムが30分を切ることで、【超加速】ではなくこの【疾風迅雷】が手に入るようだ。一度クリアしたら再挑戦は出来ないようなので、欲しければ一発でクリアしなければならないだろう。
無駄骨にならずに済んだコーヒーは安堵の息を吐きつつ、ログハウスから出ていく。
家の外に出ると、正面にイベント六位のドレッドがいた。
「ドレッドか……お前も【超加速】を取りに来たのか?」
「ああ。都合がついてスキルを手に入れに来たんだが……挑戦はまた今度にした方が良さそうだな」
ドレッドのその言葉に、コーヒーは深く溜め息を吐く。ここに来て挑戦を延期する理由等、一つしかないからだ。
「盗み聞きは感心しないぞ」
「悪ぃな。挑戦しようと扉に手を掛けたら、偶々会話が聞こえてきたんだよ。まさか【超加速】より上位のスキルが存在するなんて思いもしなかったぜ。こりゃ、ペインが肩を落とすだろうな」
ドレッドは苦笑した様子で肩を竦める。
「取り敢えず情報ありがとさん。このお礼は機会があれば返すぜ……その前にリベンジさせてもらうがな」
「リベンジする気満々だな。俺が知る限り、そういうタイプじゃないと思っていたんだが」
「あの時も言ったが、確かに俺のガラじゃねぇけどよ……やっぱ負けっぱなしってのは癪なんだよ。早い話が俺の意地というやつだ、CF」
「……コーヒーだって」
ジト目でコーヒーは名称について抗議するも、ドレッドは無視して話を続けていく。
「ま、しばらくはここから泉までのタイムを短縮する練習だな。行きを10分でいけりゃ、帰りは30分でいける筈だからよ」
「【口上強化】や【名乗り】を使えば、いけるかもなー?」
「…………考えておくぜ」
ドレッドはそう言ってその場を後にしていく。
コーヒーはドレッドに完全にロックオンされた事に肩を竦めた後、その場を後にするのであった。
「爆ぜよ―――【炎帝】!!」
チュドォオオオオオオオオオオオンッ!!!!
「「「「おおおおおおおおおおお―――ッ!!!!」」」」
「流石ミィ様!!格好良いです!!」
「これでミィ様の魔法の燃費が良くなりますね!!」
「……そうだな。貴君には感謝する必要があるな」
「いえいえ!ミィ様のお役に立ててよかったです!!」
(うぇえええん……【詠唱】は短いけどやっぱり恥ずかしいよぉ~~……【口上強化】よりマシだけど……かといって彼らの好意を無下に出来ないし……うぅ、いつか絶対に元凶のCFを燃やしてやるぅ~~……)
コーヒーはドレッド以外にもロックオンされた模様。
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