運営からイベント通知が届いてから時間が経ち、コーヒーは疲れた表情で帰路に着いていた。
「あの缶、モンスターを呼びすぎだろ……」
壁の如く迫って来ていたモンスターの大群を思い出し、コーヒーは深い溜め息を吐く。
【遺跡の匣】のすり抜け光線と二丁クロスボウ、ブリッツと十八番の雷魔法で何とか凌げたが、すっかり気力を削られてしまったのである。
「そのおかげで匣のレベルは上がったけど……素直に喜べねぇ」
コーヒーがそう呟く通り、あのモンスターの大群を【遺跡の匣】込みで倒し続けたおかげで、スキルレベルは三となったのだ。
追加された効果は火属性攻撃の変化。追加攻撃からの十秒間、被ダメージ10%減少のバフ。そして、三十秒毎にHPが1%回復するヒーリング機能である。攻撃モーションの追加は偶数のようであり、追加できる効果は奇数で三つ追加される仕様だったのだ。
コーヒーはさっそく今回得たバフと回復の効果を追加した。属性の方は一種類しか設定できなかった為、同系統の効果は重複できないことがこの時に判明した。
「あの缶はレベル上げには確かに使えたけど……使える人物と状況が限られてるだろ」
もしあれをフィールドで使っていたら、間違いなく全包囲されて袋叩きにあっていたであろう事が想像できる。あれを使って平然としていそうなのは……VIT極振りのメイプルと空から津波を起こせるジベェが仲間のミキくらいだろう。
そう考えていると、メイプルにサリー、ミキの三人にばったりと出会した。
「あ、コーヒー君!」
「CF。レベル上げの調子はどう?」
「ボチボチかな。ミキから貰ったあの缶で面倒な事になったけど」
「面倒なことー?」
缶を渡した張本人であるミキが首を傾げたので、コーヒーはあの缶を使った後の出来事を説明していく。
「モンスターホイホイ過ぎるでしょ、その缶……」
「たくさんモンスターを呼び寄せるんだ……可愛いモンスターがいっぱいいる場所で使ったら、可愛い子といっぱい遊べるかな?」
「そんなに呼び寄せたんだー。その缶詰めはまだあるからー、欲しかったら言ってねー」
その缶のモンスター引き寄せ効果に三人は三者三様の反応を示す。
「そういえば三人はこれからレベリングか?」
「ううん。今日はいろんな綺麗なところに行くのよ。メイプルの提案でね」
コーヒーの質問にサリーが代表して返す。コーヒーもだが、メイプル達も既にモンスターを仲間にしているので、他のメンバーのように相棒探しに奔走する必要がない。
加えて、テイムモンスター関連以外のクエスト情報も出回っていない為、目ぼしいクエストがないのが現状であった。
「ちなみに移動は?」
「ジベェでだよー。ジベェならー、シロップより早く移動できるからねー」
この七層では移動手段用で馬を手懐けることができるのだが、手懐けた馬はサリーが預けていた一頭だけであり三人も乗せられないので、一日一回限定の【暴虐】は勿体無く、や【
「そうだ!予定がないならコーヒー君も一緒にどうかな!?」
メイプルが思い付いたように今回の観光に誘い、コーヒーも息抜きと気分転換に丁度良かった為二つ返事で了承する。
こうして、先行テイマーパーティーで七層の観光を開始するのであった。
「馬なら一応、俺も手懐けてるが……」
「今から馬を呼ぶのもどうかと思うし、早く向かいましょ」
――――――
巨大化したジベェで目的の場所に到着した四人は、思い思いにのんびりしていた。
「兎さん、待ってー!」
メイプルは兎の群れを追いかけているが、AGI0の鈍足なので全然追いつけていない。それでもメイプルは可愛い兎とおいかけっこそのものを楽しんでいるので大丈夫だろう。
「ここでは何が釣れるかなー?」
ミキはいつも通り、川に釣糸を垂らして釣りに興じている。川に釣糸を垂らしているおかげか、不思議な安心感に包まれている。
「平和だな」
「そうね。こうしてゆっくりするのも悪くないからね」
透き通った川の底を泳ぎ回る魚。空を自由に飛ぶ鳥の群れ……コーヒーとサリーはゆったりした様子でそれらの景色を堪能していった。
「やっぱりフラグらしきものはないわね。純粋にモンスター探しをする場所かな?」
「みたいだな。ま、毎回変わったイベントがあるわけ―――」
のんびり景色を眺めていたサリーの感想にコーヒーがそう返そうとした瞬間、巨大な金色の魚が目の前に落ちてきた。
「「…………」」
目の前でピチピチと跳ねる金色の魚を前に、コーヒーとサリーは無言でそれを見つめる。そんな現実逃避気味となった二人の前に、この魚を釣り上げたであろう釣り人が駆け寄って来る。
「ジベェ、【渦潮】ー」
ミキはジベェに指示を出すと、ジベェは
「ずいぶん大きな魚だったな……」
「この前メダルで取ったスキル【大物釣り】のおかげかもー。確率は低いけどー、希少な存在が釣れるらしいよー?」
「その“希少”には、魚以外も含まれてるよね……」
サリーの予想通り、【大物釣り】には魚以外も含まれている。スキル単体では高価な換金アイテムとなる魚が低確率で釣れるだけだが、ミキの他の釣りスキルによってそれ以外も釣れるようになっているのである。
実際、金色の魚が落とした鱗はNPCショップで売ると六桁後半の金額となるのだから。
そんな釣りで【楓の木】一番のお金持ちとなっているミキにコーヒーとサリーは苦笑いしつつ、予想の斜め上を行き続けるメイプルがいる方へとミキと共に顔を向ける。
「……あれ?」
「どこに行ったんだろー?」
メイプルの姿が見えなくなっている事にコーヒーとミキが辺りを見回す中、サリーは画面を開いてマップを確認する。
「メイプルは……あそこにいるみたいね」
マップに表示されているメイプルの位置を確認したサリーの指差す先には、玉羊という羊毛で球体となっているモンスターの群れがいた。
「……ああ、察した」
それだけでコーヒーはメイプルの姿が消えた理由を理解した。ほぼ間違いなく【発毛】を使って玉羊と同化して戯れているのだと。
そんなメイプルの奇行で苦笑いするコーヒーとサリーの前で、玉羊の群れは大移動を始めていく。
「「…………」」
「連れて行かれちゃったねー」
「取り敢えず、追いかけるか」
「そうね……」
玉羊の群れに轢かれるように連れて行かれたメイプルを追いかける為に、コーヒーがお金を払って召喚した小型の高速船に乗って玉羊の群れを追っていく。
「玉羊達、結構速いな」
「そうね。普通に走ったら少し時間がかかりそうな距離をこんなに速く移動してるからね」
「転がっているメイプルはー、酔わないかなー?」
広い平原の中央から数分足らずで外に出た玉羊の群れの移動速度にコーヒー達は少し驚きつつも、メイプルを見失わないように後を追いかけていく。
「森の中に入っていったな」
「さすがに森の中じゃー、船に乗って移動は出来ないねー」
「ここからは走って追うしかないわね」
玉羊の群れが森の中に入ったことで、コーヒー達は船から降りて徒歩で森の中へと入って行く。
幸い、マップに表示されているメイプルの位置は止まっていたのですぐに見つけることができた。
「おお……」
「泉か……森の雰囲気もあって神秘的ね」
「玉羊さん達もー、泉の水を飲んでー、ゆったりしてるねー」
ミキは玉羊達の和む姿を視界に収めながら、自然な流れで泉に釣糸を垂らす。
そんなミキをコーヒーとサリーはスルーしつつ、片隅で鎮座している羊毛メイプルへと近づく。
「メイプル、大丈夫か?」
「う、うん……急にすっごく回ったから、少し気持ち悪いけど……」
「アハハ……本当に御愁傷様」
とんだ災難な目にあったメイプルに同情しつつ、サリーはメイプルの羊毛を刈り取っていく。
羊毛を刈られてさっぱりしたメイプルはその場に座り込んでいたが、すぐに周りの景色に気がつく。
「あれ……?結構移動してた?」
「うん。もう平原の外に出ちゃってるよ」
「うそ!?」
サリーの言葉にメイプルはびっくり仰天。もといた平原からだいぶ離れた場所に移動していた事に心底驚いた表情となる。
確かにメイプルからしたら、転がっている間にここまで遠くの場所に来たのだから当然の反応ではあるが。
「んー?泉の中に何かあるみたいだねー」
そんな中、釣糸を垂らしていたミキが泉の底で光る何かに気付き、釣糸を一度引き上げる。そしてすぐに釣糸をその光る何かに向かって飛ばし、手応えを確認してから引き上げる。
そうして釣り上げたのは……白い鉱石でできた、つやつやした球体であった。
「これは一体何かなー?」
まるで宝石のような球体に、ミキは首を傾げながらもアイテムの説明文を確認していく。
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【白の鍵】
とある扉を開けるための三つの鍵のうちの一つ。
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「キーアイテムみたいだねー」
アイテムの説明文を確認したミキはそう呟くと、そのアイテムを手にコーヒー達へと近寄っていく。
「ミキ?また変なアイテムを釣り上げたの?」
「釣り上げたけどー、これは釣りとは無関係と思うよー。オーブの時のように引っかけただけだからねー」
サリーの呆れにミキはそう返すと、【白の鍵】を三人に見せる。
「どこで使うんだろ?」
「三つの鍵の一つとあるし……あと二つ、似たようなアイテムがあるだろうな」
「ヒントがないとさすがに厳しいわね。たぶん、運良くアタリに当たっただけだろうし」
サリーのその推察にコーヒーは同意するように頷く。【白の鍵】がダンジョンではなくフィールドで手に入ったことを考えると、七層に存在するエリアの何れかにある可能性が高い。
「セオリーで考えれば、海エリアが怪しそうだが……」
「確かに海エリアなら、宝石はなくてもヒントはあるかもしれないわね」
「じゃあー、今から海に行ってみるー?」
「賛成!お魚さん達も改めて見てみたいし!」
そのまま四人は善は急げと言わんばかりに海エリアへ向かう為に森の外へと出る。
「ジベェ、【巨大化】ー」
森の外に出て早々、ミキはジベェを大きくし、四人はそのままジベェの背に乗って海エリアへと向かっていく。
少しして海エリアへと到着した一同は、イズが作った長時間潜水できるアイテムを使う。
「―――【身捧ぐ慈愛】!」
メイプルが【身捧ぐ慈愛】も発動したことで準備は万端。いつでも行けるようになる。
「それじゃー、行くよー」
ミキの間延びする声を皮切りに、ジベェは飛び込むように海の中へとダイブする。
「うわ!結構派手ね!」
巨体ゆえに派手な飛び込みとなった事にサリーは驚きつつも、改めて周囲を見やる。
海の中は様々な魚がおり、中には海老や蟹の姿もある。色とりどりの珊瑚もいるため、まさに海の楽園である。
「取り敢えずー、手当たり次第に調べてみるー?」
「さすがにそれだと時間がかかり過ぎるだろ」
「ここは無難に群れを作っているモンスターを追いかけた方がいいわね。あの宝石も、きっかけは玉羊の群れだったんだし」
「了解ー。ジベェ、あのお魚さん達を追ってねー」
ゴボゴボと気泡を吐きながらのサリーの指示にミキは頷き、ジベェに熱帯魚の群れを追いかける気泡と共に指示を出す。指示を受けたジベェは身体を反って応えると、その熱帯魚の群れの後を追うように泳いでいく。
時折、鋭い牙を持った魚やタコの触手のように身体を成長させる珊瑚が襲ってくるも、メイプルの【身捧ぐ慈愛】とコーヒーのクロスボウの射撃であっさりと対処していく。
熱帯魚の群れは同じルートを何度も繰り返し、それを根気よく追っていると、熱帯魚の群れは動きを変えて一つの珊瑚の裂け目へと入っていく。
その裂け目は人一人が入れる程の大きさなので、このままジベェで追いかけるのはどう見ても無理だった。
「それじゃ、私があの裂け目に入って中を確認してくるよ」
【身捧ぐ慈愛】があるからダメージを負う心配がないとはいえ、不測の事態がないとは限らない。【八式・静水】や【水神結界】、【蜃気楼】に【空蝉】、【魔力感知】といった有用なスキルを持っているので、万が一が起きても対処しやすいのである。
そのサリーの提案にコーヒー達は特に反対することなく頷き、それを受け取ったサリーも頷いて返し、インベトリから取り出したペンライト片手にその裂け目に入っていく。
それから少ししてサリーが戻って来たので、一度浮上してから情報を共有していく。
「どうだった?」
「宝石は無かったけど、ヒントはあったよ」
サリーはそう言って、写真に収めたざっくりとした七層の地図を見せる。その地図にはバツで描かれた目印が幾つもあり、その内の一つにはあの森の泉もあった。
「結構マークが多いね……」
「この内のどれかがアタリで、残りはヒントだと思うけど……総当たりするとかなり時間がかかるわね」
「それならー、メイプルに選んでもらってー、そこを調べるのどうかなー?」
ミキのその提案にコーヒーとサリーは思わず苦笑いしてしまう。メイプルのリアルラックは本当に高いので、案外その方法で本当に最短でキーアイテムを手に入るかもしれないと思った。
その提案にメイプルは少し悩んだ後、誰かが情報を持ってるかもしれないとのことで一度ギルドホームに帰る事を決めるのであった。
「ミキは相変わらず、悪ふざけのアイテムを釣り上げているな」
「【激痛薬】や【ホイホイ缶】、【嘆きの鈴】といった有用なものから、【ブーブースイッチ】や【退化箱】のようなジョークアイテムを釣り上げていますからね」
「ついでに希少な換金アイテムもな!」
「……ユニーク素材は釣れないよな?」
「そっちは大丈夫です。ユニーク素材はボスモンスターを倒さないと落とさない仕様にしてますんで」
「そのモンスターを釣り上げないか不安なんだけど」
「「「「…………」」」」
あり得る光景に悟りの表情となった運営の図。