コーヒーが小規模ギルドからオーブを奪って幾らか時間が経った頃、コーヒーは五つのオーブを回収していた。
「よし……そろそろ帰るか」
コーヒーが集めたオーブには小規模以外にも中規模ギルドのものも含まれている。
流石に連続で大規模ギルドのオーブを奪うには、メイプル達防衛班の負担が大きくなる為、今回は自粛したのである。
「オーブとギルド情報のマップをある程度埋まったし……帰ったら少し休むか」
夜になれば、コーヒーは【雷帝麒麟】と【クラスタービット】が解禁される。そうなれば今以上にオーブを奪えやすくなる。
そう考えて、コーヒーは【楓の木】の拠点に向かって帰るのであった。
……もちろん、道中でオーブを見つけたら掠め取るつもりで。
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有名な大規模ギルドの一つ【炎帝ノ国】のオーブは木がそこそこ生えた草原地帯に設置されていた。
「大丈夫かなぁ……罠を突破されたりしないかなぁ?」
マルクスが地面に座って不安げに呟く。
「ふん。此処まで上手くいっているのに随分と弱気だな」
両先端部分が尖っており、中心には赤いバツマークが刻まれている白き大盾を構えているカミュラは不機嫌そうに言葉を洩らす。
「大丈夫ですよマルクス。それにほら、突破されても頼もしいメンバーの皆さんもいますし」
ミザリーのその言葉に、【炎帝ノ国】のギルドメンバーはお前達の方が頼もしいという視線を送る。
「ふん。例えお前の罠を突破してこようとも、俺が奴らを叩きのめせば問題はない。特にリア充にはトラウマを植え付けてやる」
相変わらずのリア充憎しのカミュラに、【炎帝ノ国】のギルドメンバーは思わず苦笑いしてしまう。
ちなみにミィとシン、テンジアはそれぞれ別となってオーブの奪取に向かっていてこの場にはいない。
「心配だなぁ……オーブを取られたら怒られるよなぁ……」
それでも不安げに呟くマルクスだが、彼の心配をよそに設置された魔法は襲撃者に対して猛威を振るうのであった。
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一方その頃。
【炎帝ノ国】に所属するテンジアはギルドメンバーを十人連れて他ギルドを襲撃していた。
「凍てつく冷刃―――【砕氷刃】」
青いオーラを纏ったテンジアが冷気を宿した右手に持つ長剣を十字に振るう。十字に切り裂かれた槍を持ったプレイヤーは光となって消えていく。
「そこだ!【パワースラッシュ】!」
テンジアの背後から剣が振るわれるも、テンジアは軽く身を捻ってかわし、カウンターで左の長剣を振るって返り討ちにする。
「獄冷の凍気に呑まれよ―――【凍牙絶衝】」
テンジアが両手に持つ二振りの長剣を地面に叩きつけると、前方15メートルに渡って氷塊が立ち上り前方にいたプレイヤー達を氷の中に閉じ込めてしまう。
それでも防衛プレイヤー達はテンジアを倒そうと群がろうとするも、他のメンバーに阻まれそれもままならない。
結果、襲撃を受けたギルドは五分ほどで壊滅した。
「流石テンジアさん!ミィ様のお兄様なだけあって見事な腕前です!」
「不要不急。この程度ならミィ達にも出来る。それより、オーブを回収しよう」
「はっ!」
長剣を鞘に納めたテンジアの言葉に、話しかけた男は素直に頷きオーブを回収する。
「それで、次はどうしますか?」
「……オーブの数は今回収したのを含めて七つ。一度拠点に戻るべきだろう」
「初志貫徹を忘れるべからずですね!」
「その通りだ。下手をすれば本末転倒になるからな」
テンジアはそう言って、チラリと近くの茂みに視線を向けながら手持ちのオーブを渡していく。
「テンジアさん?」
「お前達は先に帰ってくれ。私はそこで虎視眈々であろう人物に挨拶をしてくる」
「りょ、了解です!」
オーブを受け取った男は素直に頷き、他のギルドメンバーと共に拠点に向かって帰っていく。
「駆けるは豹 その敏捷で走り抜かん―――【超加速】!」
それと同時にテンジアは【口上強化】で強化した【超加速】で視線を向けた方向へと近づいていく。
「【超加速】!」
その先にいた人物―――サリーは先にぶつかったドレッドとの戦いで掴んだ恐怖センサーで、テンジアのオーブの受け渡しで感じ取った恐怖から気付かれていることに気付き、すでに【超加速】での離脱を試みていた。
だが、強化されたテンジアの【超加速】からは逃げ切るにはこれだけでは足りない。
「朧!【狐火】!」
サリーは朧に指示を出してテンジアの足を鈍らせようとする。だが、テンジアは速度を落とさぬまま【狐火】を避け、サリーとの距離を詰めていく。
「彼方の敵を攻撃せん―――【飛撃】!」
テンジアは長剣を抜き様に武器の攻撃を飛ばすスキル―――【飛撃】を放ち、飛ぶ斬撃をサリーに向かって飛ばす。
サリーは後ろを向かないまでも、スキルの名前と感から遠距離攻撃と判断して横へと大きく飛び上がる。
「【蜃気楼】!【瞬影】!」
サリーはスキルを二つ同時に使い、一秒だけ姿を消し、偽の自分を作ってサリーとは別方向へ走らせる。
テンジアはそのサリーを追おうとするも、一瞬足を止めたかと思うとすぐに方向を変えてサリーがいる方向へと再び走り出した。
「嘘!?」
流石にこれにはサリーも驚かざぬを得なかった。まさか初見で騙されずに見抜かれるとは夢にも思わなかったのである。
「このままだとまずい……!」
サリーはここで温存は危険と判断し、ミキが釣り上げたアイテムである【肥やし玉】と【煙玉】を地面に向かって投げ飛ばす。
「むっ……!?」
サリーが投げた二つの球から発せられた茶色と灰色の煙に、テンジアは警戒して踏みとどまり、間髪入れずに後ろへと下がる。同時に【飛撃】を二つ同時にサリーがいるであろう方向に放つも手応えはない。
結果、サリーはテンジアの追跡から無事に逃れることが出来た。
「これ以上の深追いは危険……玩物喪志になりかねないな」
サリーを見失ったテンジアはあっさりと追跡を切り上げ、自軍に向かって戻っていく。
「危なかったー……まさかあれを見抜かれるだなんて……ミキのアイテムがなかったら振り切れずに戦う羽目になってた……【氷刃】のテンジア……かなり危険なプレイヤーね」
戻る途中で見つけたギルドで運が良ければ掠め取るつもりであったが、下手したらオーブを奪われていた可能性もあったサリーは安堵の息を零しながら走り続けていく。
「【八式・静水】を使っちゃったけど、幸い煙が視界を遮ってくれたおかげで見られてないし……今はこれ以上の回収は流石に危険だから……早く戻らないとね」
九死に一生を得た気分のサリーはそのまま寄り道することなく帰っていくのであった。
「でも……この調子だと作戦を前倒ししないと厳しいかも……」
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サリーがテンジアの追跡から逃れていた頃。
「爆ぜよ、【炎帝】」
【炎帝ノ国】のギルドマスター、ミィが20人の仲間を連れてギルドを襲撃していた。
「滾れ、【噴火】」
防衛プレイヤー達の足下の地面が爆発して火柱が噴き上がり、彼等を呑み込む。
「飛ばせ、【爆炎】」
ミィの攻撃を何とか乗り越えて近づくも、低ダメージ高ノックバックの爆風に吹き飛ばされ、距離を強制的に取らされる。
「退け。そうすれば無用な犠牲が出ずに済むぞ」
ミィの透き通った声が響く。オーブを守る者達は当然、その提案を受け入れられず、最後まで抵抗を試みようとする。
「愚かな……爆ぜよ、【炎帝】」
ミィはそんな彼らに無慈悲に炎球を放つ。
ミィは魔法の燃費は決して少なくはないが、【詠唱X】によってかなりのMP消費が抑えられ【名乗り】も使えば更に抑え込める。
結果、ミィは最小限の消費で魔法を放つことが出来ていた。
「……この程度か。これなら私一人でも十分だったな」
最後の一人を焼き尽くしたミィの言葉。一見傲慢のようにも聞こえるが、事実一人だけでギルドを壊滅させてしまっている。
その言動に似合う実力を備えているのは確かだった。
「MPポーションです」
「ああ。オーブを回収しておけ」
「はい」
MPポーションを受け取ったミィは指示を出しつつ、MPを回復して達成感からすっと目を閉じる。
オーブを回収を命じられた男は、そのままオーブを回収しようとオーブに触れようとした―――その瞬間。
「ぐあっ!?」
突然顔に衝撃が走り、地面に投げ出される。
その襲撃者―――ローブで人相が隠れた人物はオーブに触れつつ、蹴り飛ばした男にクロスボウを向けて矢を放ち、ヘッドショットで一気に仕留める。
ミィが異変に気づいて目を開けてそちらに向けるも時既に遅し。その人物はそのまま走り出してしまっていた。
「あいつ……」
「待てっ!奴はお前達が追っても返り討ちに合うだけだ。奴は……CFは私が追う。お前達はオーブを持って先に戻れ」
襲撃者の正体にギルドメンバーは驚きつつも、それを一発で見抜いたミィに尊敬の眼差しと共に頷きオーブを持って帰っていく。
ミィは襲撃者―――コーヒーの後を追いかけ始める。
「燃え上がれ!
ミィは【名乗り】を使ってステータスを底上げし、MPの消費をさらに抑える。
「炸裂しろ、【フレアアクセル】―――【連続起動】!!」
ミィは爆発力で高速移動する魔法【フレアアクセル】を十秒の間、ノータイムで同様の状態の魔法が連続で使えるようになる【連続起動】と合わせて使用する。
【連続起動】している間は他の魔法が使えなくなるが、コーヒーを追いかけるにはこの上ないカードである。
連続で放たれる爆炎でミィは自身のAGIに関係なく十分に速い速度で追いかけ―――コーヒーを視界に捉えることに成功した。
「爆ぜよ、【炎帝】!【連続起動】!!」
【フレアアクセル】の【連続起動】が切れたタイミングで、ミィは【炎帝】を【連続起動】して連続で炎球を機関銃の如く放っていく。
「【電磁結界】―――【疾風迅雷】」
対するコーヒーは殺意があるのではないかというミィの気迫に驚きつつも、【電磁結界】と【疾風迅雷】を駆使して一気にその場から離脱していく。
前方が燃え盛る炎に包まれる中、ミィはぺたんとその場に座り込んでしまった。
「ああ……逃げられたぁ……皆ごめんなさいぃ……」
カリスマ溢れる凛々しい態度から一転、まるで小動物のように弱々しい姿で自分のミスを反省するミィだった。
「本当に調子に乗って、キャラなんて作らなきゃよかった……」
そう、あのカリスマ溢れる姿は演技だったのである。
先の達成感も素の自分がバレなかった事に対するものである。
「あのクロスボウは絶対CFの武器だったのにぃ……【名乗り】や【口上強化】の怨みを晴らせる、絶好の機会だったのにぃ~……」
ミィが弱々しく呟く。
ミィがあれがコーヒーだと気づけたのは、クロスボウがコーヒーが使っているものと同じだったからである。
コーヒーがあの呪いのスキル(笑)を広めてくれたおかげで、自身も人前で使う羽目となり、さらに恥ずかしさが増した。
簡単に言えば―――八つ当たりである。
「本当はリーダーも向いてないし……出来ることならお兄ちゃんに譲りたいよぉ……」
自分と違い、威風堂々とした佇まいの従兄ならギルドリーダーとしても十分にやっていけるだろう。だが、【炎帝ノ国】はあくまで自分を慕って集まった集団。そんな無責任なことはさすがにミィも出来ない。
「次会ったら、今度こそ絶対に焼いてやるぅ……」
八つ当たりに近いものを再び誓ったミィは、帰る途中で見つけた中規模ギルドを強襲。オーブを奪って帰還する。
【炎帝ノ国】には、主力メンバーが集まっていた。
「おかえり、ミィ」
「帰ったか。横取りされたオーブは取り返せたか?」
「すまない。奪われたオーブは取り返せなかった。だが、代わりに新たなオーブを一つ奪った」
ミィの報告に、ギルドメンバーはどよめく。無論、一人でギルド一つを潰したことに対する、だ。
「そうか。相手は第一回イベント二位の人物だったのだろう?なら、取り返せなかったのも至極当然だ。むしろ、ミィが無事に戻ってきた方が嬉しく思う」
テンジアの言葉にギルドメンバーは一瞬殺気立つも、ミィを気遣っていると分かり微笑ましく見守っていく。
「兄上……気遣い感謝する」
「それこそ至極当然。私は従兄とはいえお前の兄だからな」
テンジアが微笑ましくミィを見つめる。本当に仲が良さそうである。
「……やはりお前を認めるわけにはいかない。機会があればお前も俺が倒す」
「カミュラ。せっかくの空気に水を差さないで下さい」
憎々しげに呟くカミュラに、ミザリーは呆れたように諌めるのであった。
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