「あああああああああああ――――ッッッ!!」
不死王の慟哭――否、憤怒の猛りは止むことがなかった。
だが聖都を震撼させる叫びは唐突に収まる。不死王にとって受け入れ難き己の不明、不倶戴天の怨敵の存在を認知できていなかった不覚。ソレに対する激情のうねりは収まっていない。
しかし無作為に怒りを撒き散らす愚を犯すのは、不死王の矜持がこれ以上を許さなかったのだ。これは醜態である、異聞帯の王として赦されない。そう自らに言い聞かせて表面上の冷静さを取り繕ったのだ。
だが神格化した事で、感情の上限や下限が深化している不死王だ。表面を凪がせた事で、却ってその激憤は深刻化していく。やがてその怒りは何もかもを焼き尽くす災厄のそれへと転じるだろう。
不死王の意識は過去へ回帰する。
思い返すのは運命の相手との邂逅。それから繰り返された百度もの一週間。極楽のような研鑽と、地獄のような心地よさが循環し、至誠を誓った青年と築いた無繆の絆。
己はあの時に破綻した。英霊として赦される道を外れ、領分を超えて破綻者である青年に肩入れした。それを悔やむ気持ちはない、と言えば嘘になる。今はないが、千五百年を過ごす最初の百年は何度も苦しんだ。
だが突き進んだのだ。嘗ての騎士達を踏み躙り、信用し信頼していた魔術師を地獄に突き落とし、世界を蹂躙して汎人類史そのものを滅ぼす決意をした。それはなぜか? もはや後戻りはできない身となったから、ではない。そんな軽い理由なら自害でも何でもして止まっている。
止まらなかったのはひとえに、■した男を救い出すためであり、誤りだった己の願いのためであり、祖国のためであり、汎人類史へ反逆した行ないを償うためであり、ああ――道を踏み外したまま突き進んだのは、何もかもが■する青年が起点だった。
異星の神に憑かれている、己のマスターを救う手立てを見つけたのは、世界を統一し、統治し、理想とする機構を築き上げてより数百年も後だった。
灯台下暗しという奴だろう。異星の神という名で思いつければ、後は早かった。とはいえ思いつきはしても実現は難しく、あの時は懐刀に頼ってしまったものだ。もう資格はないからと、眠ってもらった師に。
なんと自分本位なのか。そして、今また同じ事をしようとしている。
「おのれ――」
怨嗟を基に、騎士にして不死、王にして女、神にして人である天秤の者は、再び執着する者のために公私を混同する。
愚昧である。そんな真似をさせるモノへの憤怒は不死王を狂わせた。
いや、とうに狂っている。崇高な乙女としての側面を残しながら、大事な騎士達を踏み台にした業が彼女を立ち止まらせない。
もはや国は永遠だ。しかしまだ完全ではない。それはカルデアという汎人類史の残党を殲滅していないからであり、他の異聞帯を駆逐していないからであり、異星の神という討ち滅ぼすべき外敵が残っているからであり、何より。
「――私のマスター。私の共犯者。共に歩むと決めた、私の――を、よくも」
まだ、誉田基臣を取り戻せていないからである。
この世界は自分のものだ、などと思い上がってはいない。世界は、国は、そこに生きる人々のものだ。独裁する己に言えた口ではないかもしれないが、この世界に生きる全てに奉仕するのが王たる己の務めである。
だが――寂しいのだ。孤独なのである。それは彼をおいて他の誰にも癒せない病だ。
ここまで走り抜いて、もう誰も自分の隣にはいない。理想を果たしたのだ。国を守ったのである。なら……隣に一人ぐらい、理解者を、共犯者を、■■の人を置くぐらいの私心を赦したって良いだろう。
しかしそれが叶うと思っていた時、彼女のささやかな願いは踏み躙られた。これまで自身が踏みつけてきた何もかもと同じように。――だがそれを因果応報、当然の罰だと受け入れられるほど、自分は強くなくて。
だからこそ猛り狂う。己が何に挑もうとしているのかを知りながら、止まれない。止まれば自分は壊れ果てると悟っているから。どんなに苦しくて狂い果てても、縋りついて守ってきた人としての最後の心が砕け散るから。
人でなくなってしまったら、もう己をあの青年のサーヴァントであると誇れはしなくなる。あの青年の騎士である事に胸を張れなくなる。幾度もの死と絶望を超えた軌跡を、人として顧みて懐かしむ事すらできなくなる。
「――やあ。また来たんだね、アルトリア。我が王よ」
そうして過ちは繰り返される。
とうに枯れ果てて、無の一線でまどろみ続けていた冠位魔術師を、彼女は無尽蔵の感情をうねらせる心の切れ端を与える事で起動する。
「今度はどうしたんだい? ああ、世界はまだ綺麗な紋様を保っている。もう私の出る幕はないと思っていたのだけれど。何せ私が関わると台無しになるって学んだからね」
気づくべきだったのだ。自分は一度
あの百度の繰り返し、その始まりで己は
気付ける道理はない? 手掛かりはなかった? そんな事は問題ではない。あの青年を設計し、製造したのが何者か知る術がなかったにしろ。そんな事は関係なく、気づくべきだった。
「――
「おや」
「
「ふむ……」
半夢魔にして半人、冠位の資格を有する魔術師マーリン。そのホムンクルスではなく、オリジナルである個体はその瞳で世界を見渡した。
そして眉を顰める。彼はたったそれだけで、大体の事を把握して理解したのだ。
「今更言うまでもないと思うけれど、私はハッピーエンドこそ至上だと思っている。何せバッドエンドなんて綺麗じゃないからねぇ。で、そういう意味で忠告すると、下手な事はしないで放っておいた方が良いと思うよ」
「………」
「もはや何も阻めるものはない。君が自滅しない限りは。……自ら滅びる可能性がある事を、君は実行するっていうのかい?」
「無論」
「それが君のしてきた全てに対する裏切り行為だとしても?」
「裏切りだとしても、これを曲げては原初の想いを裏切る事になります」
「……私は反対だ。だけど私は自分の主義よりも……君を優先する。それが遥か昔に犯した罪に服する、罪人としての私にできる唯一の贖罪だからね。まあ最善は尽くすよ。でも……」
「ええ――」
そうして、アルトリアは微笑んだ。何もかもをチップにする暴虐を働きながらも、彼女はどこまでも王だった。
「――総取りです。私は何も譲らない。国も、立場も、責任も。そして私のマスターも。決まっている――勝つのは私だ」
――すまない、完全に私のミスだ。してやられた……出し抜かれた、この私が! すまない、本当に……。
まだ人理の修復を目指して戦っていた頃。
人理を巡る旅が折り返し地点を過ぎた頃。
万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチは懺悔していた。
謀られたと。たぶん、きっと、人理修復を成せたとしても旅が終わらない、と。なぜなら――
――Aチームのマスター、誉田基臣。彼が何を企んで、特異点を利用したのかなんて現状知りようがないけど。これだけは言える。
藤丸立香は。
カルデアはこの時、最強にして最悪、最大の敵の名前を知った。
――彼は必ず私達の前に立ち塞がる。世界の裏側に追放されたって、彼はそれだけで大人しくなるタマじゃない。絶対に私達へ牙を剥くだろう。だから、私はそれへの備えをしておく。もしこれから先、何があったとしても立ち向かえるように。
それは絶望の報せ。万能の天才が、時間を見つけては備えをしたけれど。それは所詮、焼け石に水だろう。
虫の報せという奴だ。たとえマシュが英霊の力をなくしても、再び立ち上がれるように用意していた万全の装備があっても。
虚数の海を航海する船があって、それを修繕するための物資が充分にあっても。
なんとなく――足りない気がした。
「なぁに暗い顔してんだ、マスター!」
モードレッド……。
「大丈夫ですよ、きっと。皆で頑張ればなんとかなります!」
ガレス……。
「なぁんか嫌な感じはしますけど、不肖このわたくし、玉藻も手伝いますよ」
タマモ……。
「ふん。立ち塞がるのなら敵だ、敵は殺す。それだけだろう」
「最善を尽くします」
ペンさん、静謐……。
「そうだよな。諦めちゃ、いけないよな。俺たちは……絶対に負けない」