青王と逝くブリテン異聞帯   作:飴玉鉛

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頭に来ますよぉ。クビだクビだクビだ!

 

 

 

 

「し、招待に応じようじゃないかっ!」

 

 その大軍勢を目の前にして、真っ先に口火を切ったのはゴルドルフ・ムジークだった。

 根が臆病な小物であっても、曲がりなりにも異聞帯との歴戦をくぐり抜けてきた男である。流石に狼狽えるばかりで建設的な意見を出せない、という醜態を今更演じる事はない。

 威厳というより中年の愛嬌を醸す恰幅のいい体を揺らし、彼は唾を散らして言った。

 

「見てみろあの軍勢を! 多すぎる、勝てる訳がない! 逃げるにしても距離が近過ぎるだろう!? ノーモーションで逃げられるなら話は別だが、逃げる素振りを見せたらあの異聞帯の王っぽいのが何かしてくるに決まってる!」

 

 意外にも、というと失礼かもしれない。だがゴルドルフの意見は的を射ていた。それは事実という他にないだろう。

 立香は顔を青くする。それは、マシュも同じだ。「霊基パターン、第六特異点の聖槍の女神に類似! でも測定できる範囲でも魔力量は桁違いだっ」と眼鏡を掛けた青年、ムニエルが喚く。言われるまでもなく立香はその脅威を知っていた。あの時に対峙した聖槍の女神は、ベティヴィエール決死の聖剣の返還により折れてくれただけで、実質倒せたとは言えない強敵だったのだ。

 それが以前より遥かに強大化している。容姿こそ僅かに若返っているが、弱体化しているなど絶対にありえない話だった。

 

 なおもゴルドルフは捲し立てる。しかしそれは彼が空気を読めないからだ。もし周りの空気を察せる性格なら、とうに致命的なまでに軋んだ殺気に気づいていただろう。

 

「何も本当に降伏してしまおうと言ってるわけじゃない、ここは一度降参したふりをして敵の懐に潜り込み、情報を集めればいいだろう! それに異聞帯は他のものと潰し合うらしいじゃないか、なら奴らが潰し合うのを眺めて勝った方に我々が挑めばいいし、勝てそうになかったら――その、ほんとに降参してしまえばいいんじゃ、ないか……ね……?」

 

 戦術的に一考の余地のある事を言いながら、最後に情けない保身を口にする辺りにゴルドルフの「らしさ」がある。

 だがその語気は尻窄み、掠れて消える。なぜなら、流石の彼も気づいたからだ。

 

 藤丸立香が最初に召喚したサーヴァント、セイバー・モードレッドが血走った眼光で敵の軍勢を睨みつけていたのである。

 嘗てなく激怒していた。

 未だ嘗てなく憤怒していた。

 サーヴァントでなければ憤死していたであろうほどに、赫怒していた。

 

「なっ、あ、え……? ……ちょ、ちょっとキミぃ、彼女、どうしちゃったんだい?」

 

 ゴルドルフがちょこちょこと動いて立香の傍に寄ってくると、こそこそと訊ねてくる。

 立香は、分かっていた。彼女がこうまで怒り狂っている理由が。

 長いようで短く、短いようで長い付き合いだ。彼女の事はよく知っていた。

 

「それは、きっと――あの異聞帯の王が、アーサー王で――」

 

 そう。立香が遠目に見ただけで分かったのだ。ならモードレッドが分からないはずがない。

 

「――あの軍勢が、」

「それ以上言うなマスター」

 

 モードレッドが歯を食い縛る。

 訳がわからないと言った顔でゴルドルフは周りを見渡した。

 ムニエルが映像を拡大する。すると漸くゴルドルフは理解できた。

 

「あ……同じ顔が……!?」

「そうだ。ムカつく面が万単位で並んでやがる……! あれは母上の業、だが父上があそこまでの事を許すわけがねぇ! なら、あの父上は母上にしてやられちまったのか――」

 

 ――あるいはアーサー王本人が、()()()()()()()()()()のか。

 どちらであってもモードレッドには許容できない。ホムンクルスを、自分と同じ存在を。

 

「……参ったね、これ」

 

 グランが乾いた笑みを浮かべる。笑うしかなかった。

 敵兵士らしきものが、全てサーヴァント級の魔力を秘めている。そんなのが十万もいるのだ。

 おまけに、その兵士達は太陽の聖剣、湖の聖剣らしきものや、燦然と輝く王剣、セクエンスに近いものを装備している、

 本物には一段劣るが、あれだけ数が揃えば関係ない。

 船団の船は、カルデアの駆る物よりも一歩も二歩も先をいき、技術力でも後塵を拝している。戦闘船や戦艦に搭載されている武装は、現代の最新艦の物や宝具を射出するための機構まで取り付けられていた。

 異聞帯の外にまで迎撃に出てきているのだ、自分達同様に虚数潜航もできるかもしれない。なら逃げても追い掛けられる。そうなったら終わりだ。しかも他の異聞帯の時とは違い、あの王様には油断も慢心もない。その証拠があの軍勢だろう。異聞帯の王単独で自分達を殲滅できるだろうに……。

 

 ダ・ヴィンチの少女体の頬に、冷たい汗が流れた。

 

 マスターの青年は、グランの動揺を感じ取る。具体的な危険を分析するのは難しくても、心の機微を敏感に感じ取る能力を彼は育んできていた。

 だから、ああ――駄目なんだな、と悟った。

 

「どうするよ、マスター」

 

 自分のせいで空気が澱んでいると思ったのだろう、モードレッドがあらゆる激情を押さえつけて明るい声を出す。

 

「……モードレッド」

「気にすんな。オレはマスターのサーヴァントだ、そのオレがマスターの判断の邪魔はしねぇよ」

 

 育んだ絆が、モードレッドを精神的に成長させている。

 昔の彼女なら怒り狂い、飛び出していって単身アーサー王へ挑んでいたかもしれない。それをしないどころか、こうして立香を立ててくれる。そのことに感謝しつつ、立香は自分に視線が集まっているのを意識した。

 

 彼は、凡人である。

 

 だが百戦錬磨のマスターだ。

 

 精神的に萎縮し、周囲に判断を委ね、流されるような弱さは克服している。だって自分は、人王ゲーティアに勝ってしまった。

 雷帝を下し、氷の女神を超え、始皇帝を倒し、唯一神を見届け、そして大神を打倒してきた。

 あんなに凄い者達を倒した自分が、情けない様は見せられない。立香は自覚していないが、人はそれを――矜持と呼んだ。

 

 人理を修復して戦いは終わったのだと油断していたら、唐突なクリプター達との戦いに狼狽え、流され、折れていたかもしれない。

 だが心の準備をすることができていた、その一点で立香は本来の運命から大きく成長していた。

 その経験値は比類ない。魔術師としては三流以下でも、ことマスターとしてなら有史以来、この藤丸立香を超える者は一人もいないだろう。

 誰が呼んだか冠位(グランド・)マスター。冗談めかして誰かが称し、しかしその虚名に追いついた。故にカルデアは藤丸立香を精神的支柱としている。彼の判断を重んじる。誰がなんと言おうと、最後の判断は立香が下すのだ。

 

「よし! 降伏しよう! とりあえずあの王様と話してみたいしね」

 

 即断即決。

 立香は場違いに明るい声で、カルデアの敗北を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正しい判断を下した。例え何者が貶したとしても、私は貴公の判断を英断だと認め、あらゆる侮辱を糾すだろう。貴公らは敗残の身だが、誇り高き勇士たちだったと」

 

 カルデアの船は、当たり前だが取り上げられた。

 乗組員は全員が降ろされ、異聞帯の王の乗る船に身柄を移されている。

 戦力差は圧倒的だ。だというのに、異聞帯の王に油断はない。カルデアに武装は許さず、自身は聖剣を腰に携え、周囲を十三人の騎士で固めていた。

 

「ありがとうございます」

 

 立香が代表して礼を言う。もちろん、降伏を受け入れてくれた礼だ。

 色々と理由を付けて「やっぱり殺す」とか言われたらお手上げだったのだ。とりあえず今のところは命の危険は少ないと判断できて、立香は気を抜いた。

 

 漂白された地表と、海。異聞帯の中ですらないそこで彼らは相対している。

 

 周りの十三騎士は、見覚えのある顔しかなかった。円卓の騎士たちである。中にはギャラハッドのホムンクルスもいた。

 そして、目の前の騎士王。

 立香の知る聖槍の女神よりも年若く、もうすぐ二十歳になろうかという立香と同じぐらいの年齢に見えた。あくまで外見は。だがその身に纏う威風、王としての格、存在の次元、何もかもが人間を超えていて――女神であり、人間ではないはずなのに、その瞳に宿る理性の光は、どこまでも『人間』だった。

 立香が気を抜けた理由がそこにある。

 神核の保有者は総じて理不尽な天災に近い。前言の撤回などザラにやる。だがこの異聞帯の王に、そんな危険な雰囲気はないのだ。数多の旅を踏破し、多くの人々と触れ合い、そして別れてきた立香の人を見る目、審美眼は確かなものである。断言しよう、彼女は約束を守る。

 

 約束というものを、異様なまでに重んじている。

 

 ――そんな気がした。

 

「それで、俺達はこれからどうなるんです?」

 

 立香は仲間達の存在を背中に感じながら、先頭に立ち王に訊ねる。

 すると硬質な美貌を毛筋の先ほども動かさず、王は自然の成り行きのように言った。

 

「貴公らは我が軍門に降った。昔なら捕虜として遇していたところだが、汎人類史は貴公らの降伏を以って滅亡している。故に我が国の民へ帰化してもらおう」

「帰化?」

「戸籍を作ろう。望むなら希望する環境が整うまで支援もする。興味が生じたなら傘下の企業への働き口を斡旋してもいい。資格を得たいなら参考資料を渡そう。歴史を知り、国を知り、人を知れ。私の民となった貴公らを私は全霊を尽くして護り、貴公らが天寿を全うするのを見届ける」

 

 至れり尽くせりだった。

 カルデアを異物として捉え、あくまで排除しようとするばかりだったこれまでの異聞帯とは余りに違い過ぎた。 

 

「他に望みはあるか?」

「なら――」

 

 問われ、立香は腹に力を込める。

 危ないだろう。危険だろう。だがこの希望を口にした時、彼女という王が分かる。知るためだ、これは。

 立香は勇気を振り絞って、無理難題を希望する。

 

「――俺の家族を、返して下さい」

 

 それは。

 それは、不可能だ。

 カルデアの者達が瞠目する。だがその意志は共感を呼んだ。

 しかし、危険だ。無理難題をふっかけられ、機嫌を害した王が態度を変えるかもしれないのだから。

 

 だが――

 

「無理だ」

 

 ――それは――

 

「流石に汎人類史全体を返す事はできない。だが……そうだな。この場にいる生者の親類程度なら、どうにかなるかもしれない」

「……………………………………え?」

 

 ――不死王アルトリアにとっては、別に無理難題というほどでもなかった。

 

「――――ほん、とうに……?」

 

 立香が戦ってこれた理由の一つに、家族がある。

 何も知らないまま、訳がわからないまま焼却された家族。それを取り戻したと思ったら、今度は漂白された。

 許せる話ではない。だから戦ってこれた……のだが。どうにか、なる? 本当に? だとすれば、それは。

 

「無理だ!」

 

 グランが叫ぶ。

 

「それは。それは――神の御業、特級の権能だ! そんなの――」

()()()()。……この言い様は少し面映いな」

 

 不死王が微笑する。自身を神の名で指すのが、彼女の感性で言うと恥ずかしいのかもしれない。

 

「異星の神とやらは地球を漂白した。塗り潰された紋様を復刻する意義は私に無い。それは私の国を滅ぼす事と同義だからだ。だが空想樹に接続し――尤もそれも完全に掌握しているが――その力を私に上乗せすれば、可能だろう」

「………」

 

 声が、出ない。

 その間にあたかも、プレゼンでもするように王は言う。

 

「汎人類史は漂白された。そして異聞帯に取って代わられようとしている。しかし視点を変えれば、まだ世界は汎人類史でも異聞帯でもない、中庸の白紙状態とも取れる。この見方は的を射ているはずだが、貴公はどう見る? 探偵」

「………」

 

 ホームズは沈黙している。何も言えない。推理するには材料が足りないし、そもそも神の業を推理するなど畑違いも甚だしい。

 

「極論、汎人類史の人類は死んでいる状態で保留にされている。貴公らが勝っていれば元通りになるのだから、保留されているという見方は正しい。死者を生者に置き換えるのではなく、クリップボードに留められている者をこちらに置き換えるだけだとすれば――さほど難しい話ではないだろう」

 

 王の理論に、穴はなかった。

 完璧である。非の打ち所がない。

 ――この日、この時、カルデアの人間達は、自分達の旅が終わった事を無言の内に悟った。

 

 不死王は微笑する。

 

「ああ――この理屈を捻り出したのは私ではなく、私の宮廷魔術師だ。会う機会があれば礼の一つでも言ってやるといい。存外アレも礼を言われ慣れてないからな……面白い反応を見せてくれるかもしれないぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてその結末を、許容しないモノがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 は? 何コレどうなってんの?

 

 

 

 

 

 

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