青王と逝くブリテン異聞帯   作:飴玉鉛

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高評価という名の燃料をくべるのだ……くべたらくべただけ作者の筆が早くなる……。




メスガキちゃんは分からせたい

 

 

 

 

 目を覚ましたのは自分が最初、というわけでもないようだ。

 

「起きたか。早速で悪いが……手を貸してくれ」

 

 妙に熱い。肌の表面を熱気がなぶっている。慌てて飛び起きると、そこにいたのは保塚望月さんだった。

 彼はこちらに背中を向けている。しかしわたしが起きる気配を感じて顔を半分振り返らせていて、その横顔にはびっしりと汗が浮かんでいた。

 彼の魔術刻印は背中にある。魔術回路と共に全開で稼働しているらしく、青い光の紋を背負っているように見えた。

 魔力の消耗が激しそうだ。事態の把握をと思うも、右側から迫る飛翔物を察知する。反射的に身を躱そうとした瞬間、一匹の逞しいドーベルマンが走り抜け、わたしのすぐ傍まで迫っていたモノを噛み砕いた。

 固い物質が砕け散った音。それにハッとする。辺りは見たことのない景色、暗い夜空に包まれた焼け野原。瓦礫の山。たった今飛来したのは矢で、襲い掛かってきたのは骸骨のエネミーだ。そして今のドーベルマンは、保塚さんの魔術礼装『貪欲な魔犬群(イソップ・テイル・ドッグ)』の内の一体だろう。

 保塚さんは他の犬種の魔犬も含め、同時に五十匹も使役できると聞いた覚えがある。

 

「メスガキ……聞こえなかった、のか? 手を、貸せ。俺だけだと、捌けなくなりつつある」

 

 ここまできて漸く完全に我に返った。

 保塚さんは五十匹の魔犬群を操り、全力で防衛していた。何を、とは問うまでもない。わたし達をだ。

 傍らにはぐったりとして横たわった、意識のないマシュと岸波白野がいる。そして周囲には骸骨、骸骨、骸骨――雲霞の如く押し寄せる、無数の竜牙兵。

 なんて数だろう。ザッと見て取れるだけで百は超えている。これだけの敵を相手に保塚さんはわたし達を守っていたのだ。だが周囲を完全に囲まれ、逃げるに逃げられないでいる。

 

「っ――すみません、参陣します」

 

 死地だ。わたしは瞬時に霊基を目覚めさせ――ジイサマの存在を感じられず動揺しそうになる心を凪がせ、武装する。Dr.ロマンが似合ってると褒めてくれた和装に、ひと振りの刀。わたしはそれを手に馳せた。

 風になる。視界が線になる。加速した体は意図せずとも駆動し、繰り返し体に覚え込ませた剣が繰り出され、息をするように敵を斬り伏せていく。

 骸骨はまたたく間にその数を減じていき、やがて零となった。

 

「掃討完了。お怪我はありませんか、保塚さん」

「――いや。俺は無事だ」

 

 保塚さんはどさりとその場に尻もちをつく。かなり疲弊しているようだ。

 彼の傍に駆け寄り具合を訊ねると、保塚さんは嘆息する。

 

「サーヴァントの力、か。とんでもないな……俺が、あれだけ梃子摺った大群を、こうも簡単に殲滅するか……」

「サーヴァントではなくジイサマの剣です」

「ん……?」

「ジイサマなら生身の人間だった時でも今のわたしより速く掃討を済ませていたはずです」

「………………そうか。早口だな」

 

 聞き流せずに訂正すると、なぜか保塚さんは微妙な顔をした。

 彼は寡黙な人だ。だけどそれは、コミュニケーションが苦手という事を意味しない。

 必要な事は話すし、必要でなくとも話す事はある。口下手ではないし、きちんと人の目を見て意志の疎通ができる人だ。

 この中では最年長という事もあって、大人の男性という感じがする。

 

 そんな彼のなんとも言えない顔に、わたしは首を傾げた。わたしは本当の事を言ったまでの事なのだけど、この反応はどういう事だろうか?

 

 わたしが使う剣技は、ジイサマ――柳生宗矩の剣術だ。わたしにできる事はジイサマもできて、かといってその逆もまた然りとは言えない。

 むしろわたしの剣はまだまだジイサマの域に遠く及ばないだろう。この程度は誇れない。ジイサマの剣を示したとは言えない。

 どうしてか、ジイサマは霊基と力、技術だけを遺して消えてしまっているけれど。それは多分、わたしを見放したとかではなくて、わたしを助けてくれたからだ。

 

 潰れたはずの下半身。それが今はなんともない。わたしを生かすために、ジイサマが代わりに消えてしまった。

 忸怩たる思いがある。けれどジイサマに恥じないように、わたしはしっかりしてないといけない。

 

「ん……ぅ、」

「! 保塚さん、マシュと岸波さんが目を覚ましました」

「そのようだ。では作戦会議といこう」

 

 マシュ達が身じろぎしたのを見咎めて言うと、保塚さんはホッと息を吐き出して、居た堪れない空気から解放され安堵したような反応をする。

 ……わたし、何か変な事を言ってしまったのだろうか? ちょっとだけ傷ついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――状況を説明する。疑問があれば順次訊ねてくれていい」

 

 目を覚まして周囲を見渡し、混乱している岸波にレイシフトの事をマシュが説明する。そうしながら落ち着いて、場の空気が纏まると保塚が仕切った。

 マシュやガートルードでは主体性がない、岸波は一般枠という事でそもそも頼りにならない。故に消去法的に保塚が仕切らざるを得ないのだ。

 

「正確な時刻は不透明だが、俺の体感で一時間ほど前に、カルデアが爆破された。犯人は不明、動機や目的も不明。その際にガートルードはマシュを庇い重傷を負うも、レイシフト後は回復している。岸波は先程聞いた理由で無事で、俺の入っていたコフィンは()()()()()()()()()()()から俺も無事だった。理由は聞くなよ、俺にも分からん」

「………」

「そしてここは特異点F。元々ここにレイシフトする予定だったんだ、いまさら土地の詳細を聞くなよ? 一番最初に目を覚ました俺は、骸骨どもに包囲されているのを見て、ガートルードが起きるまで防戦に徹していた。現状カルデアと連絡を取る術はなく、向こうの状況は不明。ついては身の安全の確保をするより、カルデアと連絡を取ることを優先する。そうしないと話が前に進まないからだ。ここまではいいな」

「はい」

「……よし。では方針を決めるとしよう。マシュはガートルード――メスガキのマスターとして正式に契約を結べ。メスガキは下半身を潰され、生身の人間としては死んでいるも同然だ。状態で言えば受肉したサーヴァントといったところだな。マスターのバックアップがなければ万全の力を発揮できなくなっているだろう。元々お前たちの組み合わせは決まっていたんだ、文句はないはずだ。俺はサーヴァントを召喚するまでの間、岸波のお守りをする。で……何か不明な点はあるか?」

「私はありません。姉さんや先輩はどうですか?」

「ないよ」

「俺も。というか素人の俺が口を挟んじゃいけないと思う……情けないけど暫くは大人しく、保塚さんに守ってもらうよ」

 

 長々と喋って気疲れしたような保塚。その判断は妥当なものだ。異論を挟める点は見受けられない。

 一番心配なのは岸波だったが、不思議なほど落ち着いている。肝が太いのか能天気なだけなのか、それは今後明らかになるだろう。

 

 マシュとガートルードが手を繋ぎ、マスターとサーヴァントとして契約をする。それを認めた保塚は一つ頷き、手振りで移動開始を合図する。思い思いの瓦礫に腰掛けていた所から立ち上がり、一同は纏まって動き出した。

 と、不意に保塚が険しい顔で注意喚起を促す。移動を初めて五分と経っていない。脚を止めず前を向いたまま歩き、耳だけを傾けろと言ったのだ。

 

「……どうか、しましたか?」

 

 不安げに訊ねるマシュに、保塚は淡々と言った。

 

「俺達は物資を持っていない。水も携帯食糧もだ。だから俺は礼装の『貪欲な魔犬群』で霊地を探しつつ、ついでに水を探し、更にそのついでで索敵もしていたんだ」

「……索敵?」

「そうだメスガキ。……こう呼べと言ったのはガートルードだからな、変な誤解はするなよ、岸波。――さておき、敵を見つけた」

「!!」

「向かって四時の方角から近づいてくる。斜め後ろだな。気配は皆無、まるで亡霊の影だ。探知できたのは魔力の匂い、生体の匂いをイヌが嗅ぎ取ったからだよ。幾ら気配がなくとも、魔力や実体を持つなら俺のイヌは誤魔化せん」

 

 ちょっぴり得意げなのは、自身の礼装の出来を誇りたい魔術師だからだろうか。

 

「元々俺はこの礼装を造り上げ、北欧で所用を済ませていたらマリスビリーの目に留まりスカウトされた。特異点での偵察役をやってほしかったそうだ。俺個人として見れば、コイツが俺の本体と言っていい」

「つまり信じられる情報って訳ですね」

「ああ。コイツの優れどころは敵意の有無、その程度も判別できる事でな。今俺達に接近してきている奴は、明らかに俺達を殺そうとしている」

「殺そうと……」

「惑うなよ、殺らなければ殺られるのはこちらだ。メスガキ、お前が殺れ。奇襲されようとしているのにさも気づいていない素振りで、俺が合図を出したら四時の方角に振り向き、殺るんだ」

「はい」

「安心しろ。これは俺の責任だ。俺が指示を出したんだからな。……マシュ、厳しい事を言うが、いずれはお前の判断で迎撃を決断できるようになれ」

「はい」

 

 ガートルードとマシュは異口同音、同じ返事をした。だがその声音は大きく異なる。

 生死を賭した指示に、無垢なるまま戦闘機械として機能するガートルード。無垢ゆえに躊躇うマシュ。どちらが良くて、どちらが悪いという事はない。

 岸波白野は固い唾を飲み込んだ。まるで想像の埒外にあった、唐突な戦場の空気にあてられてしまいそうだったのである。

 だが、白野は男の子だった。否、青年から大人になろうかという歳である。自分より二つか三つも年下の女の子が、辛い決断を迫られそうな時に、なにもせず呆としているなんて情けないだろう。

 

「マシュ、ガーちゃん」

「………?」

「先輩……?」

「大丈夫」

 

 何が、とは言えない。言わない。ただ大丈夫だと呟いた。

 重くはない。軽くもない。固くもなく、柔らかくもなかった。しかし芯のある声音には、不思議とマシュの緊張を和らげる力がある。

 ホッとするマシュの横で、ガートルードはにこりと微笑んだ。「岸波さん。大丈夫です」と。「貴方の事も護りますから」と。

 

「10.9.8.7.6.5……」

 

 少年少女の支え合いを尻目に、死霊術師ゆえに戦場の空気をなんとも思っていない魔術使いの男は、淡々とした様子で開戦までの時間を数え始める。

 ピリッとした空気が流れた。マシュが、白野の袖を掴む。ガートルードが自然体のまま、流れるように刀の鯉口を切る。

 

「4.3.2.」

「……気配探知。攻撃の気配」

「1……今だ」

「――いざ、宝具再現――剣は生死の狭間にて大活し、禅は静思黙考のうち大悟へ至る。『剣術無双・剣禅一如』」

 

 振り向き様だった。チン、と刀が鳴る。傍目にはガートルードは刀を抜いてもいないように見えた。

 抜刀、斬撃、納刀。一連の所作に淀みなく、放たれた斬刀は人間も英霊も知覚不能。それは柳生但馬守宗矩の奥義、過去確認された聖杯戦争のサーヴァント全てと比してなおも勝る剣速である。

 果たして交錯は一瞬にも満たない。彼らを襲わんとした暗殺者は、言葉はおろかたったの一度も刃を交える事はできなかった。

 

 何が起きたのかも分からぬまま、くるくると仮面を付けた首が虚空を舞い、そのまま消滅する。

 

「エネミー、討ち取ったり。敵はサーヴァントだったようですが問題ありません。消滅を確認しました、行きましょう」

 

 涼しげに、まるで何もなかったように言うガートルード。

 無垢ゆえに天衣無縫、無念無想の境地はその魂に合致していた。そしてそうであるがゆえに、敵を斬る、この一事に躊躇は含まれず。

 剣術無双の再現者が曇る事など有り得なかった。

 

 呆気に取られたマシュは、そんな様の姉に何を思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああ、無事だったんだねマシュ! ガーちゃん! それから岸波くんも!』

『ご苦労さま、保塚。それでそちらの状況は?』

 

 無事に霊地を見つけ出し、霊脈を利用してカルデアとの通信を試みると、無事に繋がり接触を果たせた。

 真っ先に出てきたロマニ・アーキマンを押しのけ、オルガマリー・アニムスフィアが報告を求める。それに保塚は答え、情報共有がなされた。

 

『――あまり芳しくない状況のようね。こっちで冬木のデータを改めて洗ってみるわ。保塚達は現地で特異点化の原因を探ってちょうだい』

「了解した。それで、所長」

『分かってるわよ。聖晶石を送るからそれを使ってサーヴァントを召喚しなさい。こっちのシステムを介してサーヴァントを送るから。ああ、こちらの被害状況的に、今のところ再召喚は難しいから、自爆特攻みたいな事は極力させないで。後は……そうね。本当ならカルデアからのバックアップで、サーヴァントの維持に関する魔力消費を肩代わりできるはずだったんだけど、それに資源を回したら今後の活動に支障が出るの。悪いんだけどギリギリまで自力でサーヴァントを運用しなさい。本当に危なくなった時しか魔力の負担はしないわ』

「そいつはイカしたニュースだ。俺やマシュはともかく岸波にはキツい、システムの復旧を急いでくれ」

『言われるまでもないわよ。じゃ、頑張りなさい。……無責任に聞こえるかもしれないけど、私も限界まで切り詰めてるんだから、それぐらいは――』

「分かっている。また何かあれば通信を入れてくれ」

 

 保塚とオルガマリーの遣り取りを横で聞いていた白野は、漠然とした危機感を覚えていた。

 まるで真綿で首を絞められているかのように、これからも事態が切迫していくような気がするのだ。

 

 不安だ。だがそれを表には出さない。自身の有する常識などはひとまず忘れて、白野は考えてみた。

 魔力。これの具体的な例となるのは、ゲームでいうところのMPだろう。それが保塚やマシュは多くて、自分は少ない。マシュはガートルードを担当するようだが、そのガートルードの魔力消費量はかなり少なく燃費がいいようだ。デミ・サーヴァントとかいう存在の影響もあり、存在を維持する魔力とかいうのも少なく済むらしい。それは安心できる材料だろう。

 

 翻って見るに、保塚も不安はないようだ。魔術師とかいう奴の自負らしい。だが自分は、MPを馬鹿みたいに消費するサーヴァントを喚び出した日には、あっという間にMPが枯れて死んでしまうかもしれないという。

 死にたくはないので、どうか自分の懐事情に優しいサーヴァントに来て欲しいな、と思った。

 

「それじゃあ、サーヴァントを召喚する。もし万が一にも岸波の手に負えないサーヴァントが来たなら、その時はマシュとのレイラインを俺が繋げてやる。マシュ、悪いがその時は岸波を助けてやれ」

「はい、分かりました」

「……ごめんな。頼りなくて」

「謝らないで下さい。当然の事なんですから」

 

 マシュはそう言ってくれるも、白野としては申し訳ない気持ちだった。

 とはいえ管を巻いてる暇も、時間的猶予もない。

 

 果たして、白野が。保塚が喚び出したサーヴァントは――

 

 

 

「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した。――フン、これはまた、随分な所に喚び出してくれたものだ」

 

「サーヴァント・セイバー。召喚に応じ――ッ!? ………いえ、失礼しました。()()貴方の剣となる事を誓いましょう、マスター」

 

 

 

 ――赤い外套の騎士と、蒼き騎士王だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




柳生宗矩の敏捷は過去類を見ない、初のA++だったり。武蔵、小次郎、沖田よりはやーい!
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