わたしは大いなる不思議に直面していた。
というのも、襲撃してきた敵サーヴァントに対して皆が皆、警戒しているようだからだ。
もちろん敵を警戒するのは当然だ。油断するよりはずっといい。けれど警戒の度合いが過剰だと思うのである。
セイバーさんやアーチャーさん、保塚さん達の厳戒態勢に疑問符を浮かべ、わたしは率直な疑問をマシュに投げつけてみた。
「マシュ。あの人のステータスは、さっきより上がったりしているの?」
「……いえ。筋力の数値がA+からAに。耐久の数値は一つ下がってます。さっきまではバーサーカーの霊基だったようですが、狂化自体はしていなかったようなので、実際のステータスはそれよりも落ちているかもしれません」
「なんだ。
わたしがそう言うと、なぜか皆がギョッとする。
聞き流せなかったのか、敵サーヴァントまでギョロリと睨みつけてきている気がした。顔を変なので隠してるから見えないけれど。
小首をかしげる。ジイサマとの稽古のおかげで、無念無想の境地というものにはすんなり入れた。そのせいかは知らないけど、敵の脅威は感じても特に動揺とかはしなくなっている。なので怖くない。
わたしは自分を、カルデアの備品、特異点修復の道具と規定している。最速で事を成せば、それはきっと皆のためになるからだ。そしてわたしが頑張れば頑張るだけ、わたしを想って力をくれたジイサマの凄さを分からせられる。気合は充分で、そうであるなら惑うこともない。
「私が……先刻より弱くなっている、だと?」
「……?
「……ク」
戦う者としての視点で分析すれば、不利になったとは思えない。弓という武器が増えたのを考慮しても、数の差を覆せるほどではないと思う。
敵は等身大そのままに見るべきで、虚像を自分の中で作っても馬鹿らしい。虚像は虚像だ、実像じゃない。戦うのが後者なのに、前者の虚像と戦ってどうしようというのだろう。
そう思いながら敵の問い掛けに答えるも、途中で自信がなくなった。もしかするとわたしが間違っているのかも。なので保塚さんに訊ねてみると、彼は愉快そうに笑った。
保塚さんが笑うところをはじめて見て、目をぱちくりとさせてしまう。またしても、またしてもわたしはおかしな事を言ってしまったのだろうか。だけど自分の発言を思い返しても、特におかしなところはないと思うのだけど。
視線を彷徨わせるとマシュは唖然としていた。岸波さんとアーチャーさんはもう遠くまで走っていっている。保塚さんは笑っていて、敵は肩を震えさせていた。わたしの疑問に答えてくれる人がいない……悲しい……。
「ガートルード」
「むっ。セイバー殿……」
敵よりも対処に慣れてない
けれどセイバーさんは、肩から無駄な力が抜けているようだった。
「貴女の言葉はまさに目から鱗だった。――その通り。姿形こそ違えど、敵がヘラクレスである事に変わりはなかった。過剰な警戒は却って敵に利するばかり……その事を思い出させてくれて感謝しましょう」
「むむむ……」
なにゆえに感謝されているのだろう。訳が分からないよ。けどなんとなく察した。これはきっと、分からなくていいことだ。考えなくていいことだ。
なら、ありのままの世界を見詰めよう。
刀の柄に手を添えて、すらりと抜刀ずんばらりん。すらっと斬ってズバッと解決、敵は斬って消えてもらう。スッと行ってドスリと刺すか、シュッと行ってサクリと斬るか、高度な柔軟性を持って臨機応変に当たるべし。
「私を舐めるか……娘」
「? 舐めてません。たぶん、ジイサマならともかくとして、一人で戦ったら勝てないと思います。けどわたしは一人じゃありませんし、これは尋常な立ち合いでもありません。正々堂々、数の暴力で叩かせていただきます」
「良く吠えたな、メスガキ。恐らくコイツがこの特異点F最強の敵だ。なら出し惜しむものはない、全開でブチ殺すぞ」
「斬って仏にして進ぜましょう。マシュ、サポート頼むから」
「もうっ……油断だけはしないでくださいよ、姉さん!」
マシュの注意に、わたしは頷いた。油断して下半身潰されるのは一度で充分だ。
……そういえばセイバーさん、お腹に穴が空いてたはずだけど、傷は大丈夫なのだろうか? 平然としてるけどちょっと心配である。
息を切らせて走る岸波白野は、学生時代は中高通して帰宅部である。
別段運動が苦手という事も、さりとて得意と言えるほどでもない。体力は平均のラインを下回りも上回りもしていなかった。
スポーツや娯楽の類いに、人一倍打ち込んだ試しはなく、誇れるのは高校卒業まで皆勤賞を通してきた健康体である事ぐらいだろう。
それだって別に珍しいものじゃない。そんなありふれた人間が、俺という人間だ。俺がいきなりマスターとかいうものになっても、目覚ましい活躍なんてできるわけがない。常識的に考えて、つい先日まで素人だった現代人の剣道部員が、幕末で鎬を削っているような剣士に勝てるかという話だ。
無理に決まってる。だがそれでも、俺は思う。
「俺はっ……何も、何もできてないじゃないか……!」
背後には――実感は追いついてなくても――俺が召喚したサーヴァントの弓兵がいる。英霊という、一言で言えば英雄の幽霊だ。
とんだオカルトだろう。高校の友人に言えば漫画かよと笑われてしまう。
だがこれがリアルである。とりあえず『実感が湧かない』だなんて寝言は蹴飛ばして、危機感を叩き起こすしかない。
そして切迫した状況にリアリティを感じられるようになると、三人の知人の姿が思い浮かんだ。
保塚望月さんは冷静で的確な判断を下せるばかりか、魔術礼装というもので戦いの援護から索敵までなんでも熟した。年長者の威厳という奴なのかもしれないが、リーダーシップを発揮する姿はとても頼もしい。寡黙な雰囲気とも相俟って兄貴と呼びたくなる。本人は間違いなく嫌がるだろうけども。
そしてガーちゃんとマシュ。不思議系なガーちゃんは、俺よりも年下の女の子なのに、英霊とだって戦える強さを持っていた。心も体も俺なんかよりずっと強いだろう。マシュは俺を先輩と呼んでくれるけど、俺なんか比較にもならないぐらいしっかりしている。ガーちゃんの事だって令呪を使い瞬時の判断で救ってみせた。
俺はどうだ? 言われた通りに令呪を一度使っただけだ。
……分かってる。自分と彼らを比べるのが馬鹿らしい事ぐらい。あの人たちは俺とは違って専門の訓練を受けていたり、そもそも一般人ですらない非凡な人なのだ。張り合おうとするのは間違っている。
だけど問題はそこじゃない。そこじゃないんだ。問題は俺が自分にできる事を、自分で分かっていない事。自分のするべき事を保塚さんに指示されるまで実行できていない事。
「喜べマスター、良いニュースだ」
俺の傍にぴたりと張り付いて走るアーチャーが、皮肉げに言った。そちらに向く余裕はない。走るだけで精一杯だから。
現代の一般人を舐めるなよ、と思う。高校の体育ぐらいでしか長距離走の経験なんてないんだ。それ以外で走る事なんて滅多にない。
俺は今、保塚さんの指示で、アーチャーの本領を発揮できる距離まで離れている最中だ。本当はアーチャーが単独で離れてもいいはずなのにそうしないのは、サーヴァントの守りを外した俺を、庇いながら戦うと不利になってしまうからだろう。それぐらいの察しはつく。
要するに体よく追い払われたわけだ。
「今のところ攻撃される気配はない。アレは随分と怒り狂っているようでな、私達の事など眼中にも無さそうだぞ。矢の一本ぐらい撃ち込んで来るかと思い身構えていたが、これでは拍子抜けだな。……フン、大方ガートルード嬢あたりに図星でも突かれたか? あの手の少女は素で痛いところを突くからな、譲れないものを持つ存在には聞き流せない事もある」
「はっ、はっ、はっ……」
「……もう息を切らせているのか。貧弱極まる。足を止めない事は褒めてやるが、些かばかり頼りなく感じてしまうな。仕方ない、マスターがこんな体たらくでは私の沽券にも関わってきそうだ。事が落ち着けば鍛えてやろう」
「……は、は、っは、は……っ」
「そら、腕の振りが小さいぞ。もっと規則正しく手足を振れ。呼吸はどんなに苦しくても一定に保て。お前は凡人だ、せめて走り続けるぐらいの気概がなければ彼女たちに置いていかれる。それでいいのか? よくはないだろう。だがそれでは足りない。保塚望月あたりなら、見込みがないと見做せばすんなり戦力外として切るかもしれん。マスターは私に魔力を供給することだけが存在意義になってしまうかもしれないな」
「そんな、事は――ッ!」
「言われなくても分かっているか? ならば己は何をするべきなのか――等と余計な事を考えないことだ。無駄な高望みは捨て、我武者羅に走れ。人は急激な成長などできない、しているように見える者には土台があるだけだろう。ならば今お前にできるのは、その土台を作ることだ。少なくとも現在のお前は足手纏いでしかない、せめて言われた事だけでも成し遂げ、その上で周りの想定を超えていけるように積み上げていけ。力を、ではない。知恵を、勇気を。そして追いついてみせろ、追い抜いていけ。――マスター、君にならできる。オレが保障しよう。故に今は、止まらずに走れ」
赤い弓兵の言葉は、矢のように刺さる。
意地の悪い事ばかりを言ってくれた。文句の一つでも言ってやりたくなったが、そんな余裕もない。
何より――皮肉めいた口調に、親しみを込められていて、どうも怒る気にもなれないのだ。
卑怯な奴。まるで俺の辿り着くところを知っていて、そこまで導こうとしているかのようじゃないか。そしてその上で、手を引いて導く自分の手を振り払い、到達点よりも更に先へ飛んでいく事を期待している。
――はっきり言おう。距離感近いよなんなのこの人――
だけど、嫌いじゃない。
小難しいことは、今は棚上げだ。その通り、俺は今のところ走るしかないんだ。とりあえずアーチャーには、後で「お兄ちゃん臭い、ちょっと距離感離して」と言ってやる――
固い決意を胸に。
そうして俺は目的地に到達した。
あたりを一望できる高台。馬鹿となんとやらは高いところが好きと言うけれど、馬鹿になって高いところに登るのも気分が良いものだ。
これで眺めが良ければ最高だった。
俺は両手を膝に置いて、荒い呼吸を必死に整える。その横に立っている長身の弓兵が、黒い弓を手に戦場を見下ろした。
「――さて。ここに来るまでで事態が推移しているな。どうする?」
「ハ……ハ……は、ぁ? そんな、こと、言われ、たって……ここからじゃ、俺の視力じゃ見えない、ぞ……」
「私の視界と同期させてみろ。マスターと契約しているサーヴァントとなら、相手が許せばその視界を覗ける。――ああ、遣り方が分からないのか。仕方ない、私から繋いでやる」
アーチャーが俺の頭に手を置いた。すると、バチン、と視界が切り替わる。
突然の事に混乱しそうになった。余りに物が良く見えすぎるのだ。近くのものは元より、遠くのものまでハッキリ、くっきりと。
落ち着けと小突かれる。どうやらこれがアーチャーの視ている景色らしい。本当に人間離れしていて、酔いそうだった。いや、むしろもう酔った。
だけどアーチャーはそんな俺に「慣れろ」としか言ってくれない。
「アレだ。今、私が見ているものが分かるか?」
「ぁ……ガー、ちゃん……?」
「ああ。末恐ろしいな……私も腕には少し自信があったが、切り結べば一合も保たずに斬り伏せられるだろう」
アーチャーの視界。その先ではハチャメチャが押し寄せる激闘が繰り広げられていた。
赤黒い肌の、二メートル超えの偉丈夫。斧剣と弓を器用に使い分ける敵。真名は、ヘラクレスだ。
そのヘラクレスの正面に立っているのは、なんとガーちゃん一人。無謀にしか見えなかった。だというのにガーちゃんは細い刀一本で、ヘラクレスの剣を全て逸らし、流し、透かしている。拳も剣も、弓も蹴りも、全て躱して時には反撃までしていた。
ヘラクレスの頭部から胴体を覆う旗のような裘は防具なのだろう。そこに当たる攻撃はまるで回避する素振りもなく、直撃しても負傷した様子はない。だからガーちゃんは剥き出しの腕から肩、脚、横から刺せる首や脇腹を狙うしかないようだ。
決定打を放てない。だがそれでも、ヘラクレスから貼り付いて離れない。それだけでヘラクレスにとってはかなりの脅威なのだろう。優先的にガーちゃんを殺そうとしている。
たぶんガーちゃん一人なら、やられてる。拮抗しているのは援護があるからだ。マスター礼装で支援するマシュ、炎や風の刃を纏った複数の魔犬で牽制する保塚さん、常にヘラクレスの背後に立つように位置取りをするセイバーさん――そして、見知らぬ誰かが
「――フン。貴様もいたのか、ランサー……ではないな。キャスターか? それに……
蒼い髪の、杖を持った男だ。火炎弾を連発してヘラクレスを攻撃している。
紫の髪の鎌のような槍を持つ女もいた。眼を見開いてヘラクレスを睨み、剥き出しの手足がほんの少し、徐々にだが石化している気がする。
「奴らは現地のサーヴァントらしいぞ。どうやら奴らは、あのヘラクレスを全員で叩くべき敵だと判断したようだ、――ッ!?」
そして不意に、地響きが起こった。何事だと戦場の向こうにある地点をアーチャーが見て、俺とアーチャーは眼を見開いた。
山が割れたのだ。
それに、もう片割れは――ボブで、黒い肌をした、顔の造形だけは
「――――」
「アーチャー?」
驚愕した様子のアーチャーに呼び掛ける。だが彼は何も言わない。無言で黒いセイバーと、黒いアーチャーを見ていた。
二人は真上からヘラクレスに襲い掛かり、咄嗟に黒い剣を防いだヘラクレスを魔力に物を言わせて吹き飛ばす。
赤い弓兵が、なぞるように呟いた。黒いセイバーの口の動きを追って。
「『私に挑む者が現れれば、このグランドオーダーを乗り越えられるか直々に試してやろうと待ち構えていた。だが――よもや貴様が現れるとはな、
「………?」
モトオミ? それって……セイバーが保塚さんを間違えて呼んでた名前なんじゃ……。
「『これは契約だ。そちらには私がいるようだから、助太刀は今回限りとするが……私もまたそこの小娘の側面。契約は生きている。故に力を証明する必要はない。共にこの
「……ごめん。何言ってるか全然分からない。けど、アーチャー。一つ確かなのは、俺達のする事が何も変わってないってことだ」
「……そうだな。どうやら本格的に、保塚望月とセイバーには聞かねばならん事ができたが。今は、仕事を熟すとしよう」
アーチャーが弓を構え剣弾を番える。すると俺の視界は元通りになっていた。
俺はアーチャーの背中を眺めながら、ふいに敵が可哀想に感じてしまう。
――これはひどい。ワンサイドゲームですよこれは……。
ARAYA軍アルケイデス、総勢一名参陣ッ!
冬木・カルデア連合軍、ホモ・はくのん・マシュ・メスガキ・青王・黒王・EMY・EMY(オルタ)・キャスニキ・ランサー(蛇)参陣ッ!
連合軍「10人に勝てるわけないだろ!」
アルケイデス「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!(天下無双)
数の暴力には勝てなかったよ……」
レフ「働きたくないでござる」