重苦しい沈黙は、やはり劣悪なまでの現状に起因していた。
コピーされ全員に配布されたレポートには、特異点Fの情報だけではなく、カルデアの設備や人員の被害も纏められており、専らそちらへ意識が行く。
オルガマリーを筆頭に、医療部門のトップであるロマニ、技術顧問のレオナルド・ダ・ヴィンチ、マスター陣最年長の保塚、最優秀マスターのマシュ、デミ・サーヴァントのガートルード、一般枠のマスターである白野。彼らが現在のカルデアで幹部、あるいは主要な人員と目されている。
配布されているレポートには、
「で――いつまで黙ってるつもりだい? 時間の無駄だよ、このままじゃあさ」
口を開いたのは完璧な美を体現する万能の天才、ダ・ヴィンチである。
腕を組んだままそちらを一瞥した保塚は、次いで全員の顔を見渡す。大なり小なり深刻そうな顔だ。茫洋とした表情のガートルードだけがいつも通りで、とはいえ彼女も馬鹿ではない。現状は理解しているだろう。
いつも通りに見えるのは、単に彼女の精神性がズレているからだ。悪い意味ではなく、良い意味で動じない。なんとかなるとも、どうにもならないとも、悲観も楽観もせずに、どんな環境でも安定したパフォーマンスを発揮するだろう。やはり現場で頼りとなる人間は、こうした安定力のある人員だろう――と保塚は思う。
(マシュは打たれ弱そうだが、メスガキがいれば乱れはしないだろうな)
あの姉妹の信頼関係は、さながら子供が親を盲信するかのようだ。マシュは誰に対しても、基本的には善性を信じがちで、特に親しいのは姉の他にはロマニだろう。あとなぜか付き合いの浅いはずの白野にも信頼を向けている。
だがガートルードへの信頼は、深さではなく
(――邪推だな。分析するのは野暮だ)
それに今は関係ない。
どうやら保塚も自分で気づいていないだけで、僅かながらも現実逃避したいと思っているのかもしれない。
それほどまでに絶望的なのだ。
ロマニが深刻な表情で呟く。
「何もかもがカツカツじゃないか……切り詰められるところは全部切り詰めて……それでやっと回るかどうか、って感じだ……」
「そうよ。分かってるじゃない。マスター達には万全のバックアップをしてあげたいところだけど、そうも言ってられないぐらい余裕がないわ」
オルガマリーは泰然としている。ダ・ヴィンチはそれに意外そうに眉を動かし、面白げな眼を保塚へ向けてくる。
そんな面ができるのは今だけだぞと、保塚が冷たい眼差しで応じると……天才とは察しも良いものなのか、顔を引き攣らせて目を逸らされた。
「マリー……こんな事言うのはアレなんだけどさ、無理を承知で言わせてほしい」
「所長って呼びなさいよ。プライベートじゃないんだから」
「ごめん。岸波くんの事なんだけど、彼の魔力負担だけでももう少しこっちで肩代わりしてあげられないかな? このままだと岸波くんが……」
ロマニから出た名前は白野のものだ。彼は緊張こそしているものの、それで動じる事なくオルガマリーとロマニを見ている。
平凡な青年だ。能力は平たい。レイシフト適性だって特筆したものではない平均値ど真ん中。魔力量も一般枠の中での普通の域にあり、魔術回路の質や量は魔術師の家系である保塚や、デザインベビーであるマシュに遠く及ばない。
そんな彼がカルデアの補助もなくサーヴァントを維持するのは不可能だ。ましてやサーヴァントの全力戦闘を支えるなどもってのほかで、白野のサーヴァントが単独行動スキルを持つアーチャーでなければ、マシュや保塚へさらなる負担を掛けてでも補助しなくてはならなかっただろう。
限界ギリギリの能力しか発揮できない現在のカルデアが、平等に分配すべき魔力の半分を白野に費やしている。ガートルードという存在の性質上、低燃費な姉と契約しているマシュはともかくとして、高火力高ステータスのトップ・サーヴァントの一角、サーヴァント・セイバーと契約している保塚には辛い。
「駄目よ。これ以上は保塚が潰れるに決まってるし、マシュは――変に負担を掛けたくない。分かるでしょ?」
「それは……」
「ガートルードは――」
「
「っ……あのね、今は真面目な――」
「ガーちゃん……」
唐突に、だが敏感に自分の呼び方に反応したガートルードに、オルガマリーは顔を引き攣らせる。仕方無さそうに嘆息してオルガマリーは折れた。
ヘンな所で頑固なガートルードである。抵抗は無意味だ。
「分かったわよ……ガーちゃんね、ガーちゃん」
「はい」
「……ガーちゃんは安定してるわ。色んな意味で。けどね、だからって蔑ろにはできないってこと、アンタは知ってるはずよ」
何故かご満悦なガートルードを横目に、ロマニは神妙に頷く。
ごめん、と彼は白野に小さく謝った。
「いいよ、Dr.ロマン」
「岸波くん……」
「俺にも少しぐらい意地を張らせてほしい。マシュや保塚さんのお荷物になりたくないし」
白野が言う。会議室代わりの管制室の空気が冷たいのは、空調に回す電力も切り詰めなければならないからだ。それぐらいは察せる。
しんみりしかけた雰囲気に、ダ・ヴィンチが軌道修正のためにか真面目ぶって言った。
「――じゃあ岸波くんには男の子としての意地を張ってもらうって事で。それより真面目な話をするけど、これからどうするのさ?」
「切り詰められるところは切り詰める。これは言わなくても分かってるわね。だから議題にするべきなのは、七つの内の一つ目の特異点、フランスの百年戦争時代でマスター陣がどう動くべきか……その基本方針の策定とカルデアにできる支援の周知よ。厳しい事を言うようだけど、カルデアは常に先を見据えなきゃだから全力を出せないわ。限られた条件下で事を成し遂げてもらうしかないの。だから――」
「――アヴェンジャーがこう言って――」
「――そこは――」
「――俺とアーチャーで――」
「――姉さん? もしかして寝てるんじゃ――」
「――寝てない。ちょっと瞑想してただけ――」
建設的な話し合いが行われる。
保塚はそれに暫く耳を傾けていたが、やおらダ・ヴィンチを見詰める。ダ・ヴィンチはその視線を受けて嘆息した。やっぱり来たか、とでも言うように。
やがて会議は終わった。その後、保塚は管制室の外で待ち構えていたセイバーに捕まるも、彼女を連れてダ・ヴィンチと共に本題に入ることにした。
さっきの会議でだってDr.ロマンに気を遣われてしまったばかりか、建設的な意見を何一つとして出せず、これから頑張りますといった中身のない言葉しか口にできなかった。
今の俺は足手まとい以外の何者でもないだろう。アーチャーをどう活かすかぐらいしか、考えて実行できる事はない。
だが劣等感を覚えたりはしなかった。なぜなら今の俺には退路がない。俺だけじゃなく、世界そのものに。それはつまり日本に残してきた友人達や、両親の命運を俺が背負っているという事。
そんな重すぎる事実よりも、目の前にある現実として、止まれば死ぬという結末が見えている。何もかもを放り出して保塚さんやマシュ、ガーちゃんに頼り切るほど無責任にもなれなかった。
優れている人を妬むより、誰かと比較するより、やる事がある。やれる事がたくさんある。妬んだり悔やんだりする余力はない。
だから――体を鍛えるのは当然だ。
だが一日二日で成果が出るものではなく、疲労が嵩んで活動に支障が出てはならないので、体作りは必要最低限で構わない。継続して行なう事に意義がある。
――頭を鍛えるのも当然だ。
柔軟な発想力、情報の分析力。それらは実戦や訓練の中で培うしか無い。暫くはアーチャーとシミュレーター・ルームに缶詰だ。
それとは別に用意してもらった世界各地の兵法書を読み漁り、自分に合っていると思った戦術、戦法のパターンを作る。咄嗟の状況で出す指示は、パターンが固まっている方が具体的になるらしいから。とはいえ固まったパターンを崩して応用する必要もあるとのことで、何事も柔軟さを忘れない。これもアーチャーが俺の先生だ。
最初の内はマシュやガーちゃん、保塚さんにたくさん迷惑を掛けてしまうだろう。だがそれは最初だけにしておかないといけない。素人だったんだから、なんて言い訳は通じないのだ。何より、元が一般人だなんてこと……情けなくて口にしたくもなかった。
フランスの百年戦争時代。冬木を除いて最初に挑む特異点。そこへレイシフトするまでに一週間ある。その一週間でどれほど詰め込めるかが勝負だ。何、期末考査の一週間前に自主勉で追い込みを掛けるのと同じ事だろう。
アーチャーは自称凡人だという。――絶対に嘘だ。凡人は英霊になれたりしない。とはいえ努力の人であるのは確かで、理論立てて人に教えることも無理ではないようだ。俺の先生役としてアーチャー以上は望めないと思う。
切実な問題として、手が空いてる人が一人もいないのだから。
――届かないなら、届かせようとするのが当然。
遠くを行くマシュ達の背中。追いつけ追い越せ、だ。『皆を引っ張っていけるようになる』ぐらいの志は持っておくべきだろう。
「あ」
睡眠時間を削る愚は犯していない。そんな真似をして、アーチャーからゲンコツを食らわされたのは記憶に新しい。睡眠は人間に必須だ、それを削るとは何事かと。
尤もだ。
最近は寝ても覚めてもアーチャーが付きっきりで、終いには栄養管理までされている。ちょっとお兄ちゃん距離近い! と言ってみたいが、アーチャーが先生役を買って出てくれなかったら独学になっていただろうし、感謝するべきだった。むしろいつもありがとうと言ってばかりな気がする。感謝の気持ちは本物だが、いつかは感謝するよりされる側に回ってみたいものだ。
とはいえ四六時中訓練座学訓練座学と繰り返せば、キャパシティーオーバーを起こしてしまうものだ。何せ慣れない環境、過酷な知識の詰め込み、苛烈な訓練の三重苦に身を置いてるのだから。
無理の一つでもしないでいつやるの、ってなもんで。こんな時期に呑気に休んでもいられない――そう思っていたから、俺は通路を歩いている時につい、頭を空っぽにしてボーッと歩いてしまっていた。
だからだろう。何も考えていなかったから、曲がり角で誰かにぶつかってしまった。「うーわーあー」なんてわざとらしい声と共に腕を引かれ、ついつい抵抗もせず前方へ倒れ込んでしまう。
「………」
「………」
「………」
「ん……重い、です」
「ッ………!? ごっ、ごめん!」
ぶつかったのはマシュ――ではなかった。左目隠れ属性のメスガキ侍、ガーちゃんである。
普段はカルデアの制服を着用していることもあって、メガネを掛けていない事と、マシュと髪型が左右対称である事ぐらいしか違いがないが、それでも見間違う事だけはなかった。不思議と違いがよく分かるのである。
俺はそんなガーちゃんを押し倒す形で――その、生意気なワガママボディの双子山の片方を、思いっきり鷲掴みにしてしまっていた。慌てて起き上がるも手には柔らかな感触が残っている。
顔面を真っ赤にして、謝る。こういう時は男が悪いのだ――と、そう思いかけるも。そういえば曲がり角でぶつかった瞬間に、手を引いてきたのは誰だっけ、とか思ってしまう。
「……ガーちゃん? もしかして、わざと……?」
「何がですか岸波さん」
「あ、いや……なんでもないですハイごめんなさい!」
「わざとですけど」
「やっぱりわざとなんですねありがとうございます!!」
無表情にほんのり桜色を乗せて、ガーちゃんは訂正してくる。
「ぶつかったのと、引っ張ったのはわざとです。けど胸を触らせようとはしてませんでした」
「……マ?」
「マ……? マ・クベ? マクベスですか?」
「あっ、いや……友達間で使ってた言葉だからニュアンスとして『マジで?』の略語って事ぐらいしか分からないな。それよりマ・クベって、ガンダム知ってるんだ?」
「話を逸らそうとしないでください。このままだとわたしが男性に、わざと胸部を鷲掴ませた痴女になってしまいます。それはそれとしてガンダム、あれはいいものです。男の子の味ですね。わたし女ですけど」
表情は据え置きなのに、なぜか心情の滲む無表情。独特な話の回し方に振り回されそうになるも、俺は先に誠心誠意頭を下げた。
確かに誤魔化すべきじゃない。先に通すべき筋がある。
「ごめん。おっぱ……胸、触っちゃって。わざとじゃないけど、そんなの関係なかった。誤魔化そうとしたのも、ごめん」
「んっ……き、気にしないでください。元はと言えばわたしが岸波さんをわざと引き寄せたのが悪いんですから」
「そっか……そう言ってくれて助かるよ。なんなら俺の胸も触る?」
「おお、なるほど。確かにそれで対等です。では失礼して」
「マジか……」
冗談で言ったのに、真に受けられるとは思わなんだ。
ガーちゃんは断りを入れて手を伸ばし俺の胸板を擦ってきたりする。ふむふむとか言いながら擦ってくるガーちゃんの顔が近い。それに良い匂いもした。
顔を左右に泳がせてグッと堪える。俺だって男だ、キツイ。ガーちゃんはマシュと同じぐらい可愛い女の子だし。でも話に聞いたところまだ十六歳らしいしどうしようもぬぇ! そもそも彼女いない歴=年齢な俺にどうしろと?
「あ、あのさ……」
「はい?」
居た堪れずに声を上げると、ガーちゃんは俺の胸板を撫でり撫でりとしつつ小首をかしげる。さらりと髪が流れ、両目が見えた。
顔が赤くなっていくのが分かる。元々赤くなっていたからもう真っ赤だろうなと、心の中の冷静な部分が思った。
「なんで、俺とわざとぶつかったんだ?」
ピタ、とガーちゃんが止まる。そして言い訳がましく言った。
「岸波さんは日本人です」
「え? ああ……うん、そうだね」
「日本人の少年少女は、矢鱈と曲がり角でぶつかり男性側が上になり、出会った人と親密になってます。であればわたしも、岸波さんにぶつかっておくべきと判断しました。マシュとはもうぶつかってますか?」
「いやそれ絶対漫画知識だよな? マシュとぶつかってなんていないし、それ間違ってるからこれからは絶対しちゃ駄目だ。ガーちゃんが怪我したらどうするんだよ」
「む……なるほど。ドクターに日本の冊子を取り寄せてもらったところ、そうした場面の多い『まんが』が多かったもので。てっきりそういうものなのかと早とちりしてました」
ドクタぁぁぁ! ナイス――じゃない、この娘が誤解してないかきっちり確かめといてよ! おかげで役得――じゃない、とんだ災難に遭っちゃったよ!
「それともう一つ」
「まだあるんだ?」
「はい。わたし達は仲間です。なので仲間は仲良くして、理解し合わないといけませんが、残念ながらわたしは岸波さんの事をよく知りません。これではいざという時、連携を取るのが難しくなります。なのでわたしはわたしの事を岸波さんに分からせたい、岸波さんの事を分かりたいと思いました」
「あー……そっか。そうだよな。俺は新顔だし……そりゃそうだ」
ヘンな言い回しをしているが、言いたいことは分かって納得する。
相互理解は大事だろう。いくら自分のことで手一杯だからって、そこらへんを疎かにしていい理由にはならない。
「それともう一つ」
「ん? ……もしかしてまだある?」
「別にもう一つあります。合計で後二つです」
「な、なるほど……続けて?」
「はい」
撫でり撫でり。……いい加減、俺のおっぱいから手を離していただけないだろうか。間のとり方が独特過ぎて辛いです。くすぐったくて。
「マシュと喧嘩しました」
「喧嘩……え、マシュと?」
「はい」
意外な事を聞いた。まだよく知らないが、姉妹仲はかなり良さげだったのに……それでも喧嘩をしたというのか。
いや仲良しでも喧嘩ぐらいはするか。問題はどうしてマシュと喧嘩したのが俺とぶつかった所に繋がるか、だ。
「大事な会議の中で寝てましたよね? って言われました。しつこいです。わたしは怒ったのでマシュマロっぱいを掴んだらもっと怒られました」
「ん?」
「寝てないよ寝てるように見えたならマシュが寝てるんだよわたし寝てないよホントですよ瞑想してたらちょっと意識飛び掛けてただけですよ失神してたり気絶してたりするのを寝てると言うのはお姉ちゃん違うと思います!」
「お、おう……」
急に迫真の表情で捲し立てられた。
やっぱ変わった娘だ……。どうしてこうなった。
「ドクターもダ・ヴィンチちゃんさんもショッチョーさんもわたしの敵でした……マシュはわたしを陥れるために包囲殲滅陣を行なってます。この包囲網を打破するためには岸波さんの力が必要なんです。なのでわたしは岸波さんを懐柔、もとい仲良くなって弁護していただこうと思ったのです」
「でもガーちゃん、ホントに寝てたよね?」
「――寝てません」
「寝てたよね」
俺も現場にいたからがっつり見ていた。
ガーちゃんはあの時、確かに寝ていた。清々しいほど堂々と。
「……なるほど。岸波さんは既にマシュの魔の手に堕ちていましたか。見下げ果てます、皆してわたしを陥れようとするとは……」
「ガートルード殿、清々しいほどの見苦しさでござる。侍ジャパン的に自らの非を認めるのは大事な心構えでは?」
「!!!!」
ビックリマークが頭の上に幾つも飛び出したように見えるほど、ガーちゃんは目を見開いて飛び跳ねた。びくり、と。
何が琴線に触れたのかアワアワとして、面白いぐらい動揺している。
冷静沈着なガーちゃんがはじめて見せた、歳相応……いや、もっと幼い表情だ。
「ですが拙者としては瞑想していただけというかでござるがニンニン――」
「バグってるバグってる。落ち着こう」
「――う。はい……ごめんなさい」
そこで漸く俺の胸板から手を離し、ガーちゃんはペコリと頭を下げる。
別に俺に謝る事はないと思う。苦笑してしまっていると、ガーちゃんは「早速謝ってきます」と言って踵を返した。
ヒュン、という風切り音と共に、一瞬でガーちゃんが見えなくなる。本気で見えない。目で追えないどころか初動すら見て取れなかった。
わぁ速い。英霊パワーをこんなところで使うとは、本当に分からない娘だ。
まあ非を認めて謝るのはいいことだ。喧嘩と言っても微笑ましいものだったようだし、本当に良かった。マシュとガーちゃんが険悪になるところは見たくない。仲良しキリエライト姉妹は、なんというか見ていると……尊い……って気分になれるから。
さて、俺も気合を入れ直そう。マイルームでアーチャーが待ってるはずだ。トイレ休憩を済ませたところだし、そろそろ待ちくたびれてるかもしれない。
「謝ってきました」
「うわっ!」
――その瞬間。突然ガーちゃんが目の前に現れた。
サラマンダーよりずっと速い……。
「許してくれるか分からなかったので、謝ったら速攻で戻ってました。怖いので岸波さんに付いてきてほしいです」
「……マシュの困惑してる顔が目に浮かぶようだ」
「あと、もう一つ。岸波さんにぶつかった理由があるのを話し忘れてたので」
そう言ったガーちゃんの顔は、とても真面目なものだった。
戻ってきたのはソレが理由だろう。今度は本命というか、本当に大事な理由なのかもしれない。
ガーちゃんは俺の顔を覗き込んでくる。まるで――俺の内面を見透かそうとしているような眼だ。
「岸波さん、疲れてますね」
「っ……」
「無理もありません。親兄弟のいない環境で、親しい人はいても付き合いの長い人は誰もいない。平和な世界で生きていたのに、急にこんな事になって、ストレスを感じないわけがありません」
「俺は……」
「わたしは岸波さん、貴方の力になりたいです。これは勝手な同情と憐憫で、鬱陶しく押し付けるものだと思います。小さな親切は大きなお世話と言いますが、その小さな親切心を押し付けて岸波さんを困らせる事を宣言しておこうと思い、さっきはわざとぶつかりました」
「………?」
「岸波さんのこと、マシュは先輩って呼んでましたよね。なのでわたしは白野さんと呼びましょう。白野さん、わたしは暇です。構ってください。なんなら構わなくてもいいので傍にいます。勉強一緒に頑張りましょう。訓練も頑張りましょう。無理そうなら当て身を食らわせて休ませて差し上げます。マシュとわたしで、白野さんをサポートします。――えっと、こんな感じです」
話を纏める事が出来なかったのか、なんともお粗末な結び方だった。
ポカンとしてしまう。つまり、ガーちゃんは――長い付き合いの、親しい人がカルデアにいない俺のために、自分やマシュがずっと傍にいて時間を共有して……心の支えになれる存在になる、と――そう言ってくれているのだ。
それは。
その、ささやかながらも、思い遣りのあり過ぎる言葉は。
――涙が出そうなほどに嬉しかった。
「白野さん?」
「――な、んでも……ない。はは……ほんと、大きな
「ぅ、ごめんなさい。やっぱりご不快でしたよね……」
「まさか。不快なんかじゃない。だから、
「! ……はいっ」
小さな親切大きなお世話。意味としては余計な真似すんなって感じだけど、ガーちゃんの小さな親切心は、とても優しいお世話だ。
俺は目が潤んでいるのを隠したくて目を逸らす。ガーちゃんは俺の手を握ってくれた。まるであの運命の日――瓦礫の山に潰されたガーちゃんの手を、俺とマシュが握った時かのように。
ガーちゃんに引きずられてマシュのマイルームを訪れ、「何事なんですかー!?」と戸惑うマシュをガーちゃんが引っ張り出し、俺のマイルームまで駆けていく。
「目指すは史上最高のマスターです、白野さん」
「なんだそれ。俺がそんなのになれるのかな」
「なれます。マシュもそう思うよね?」
「え、あ、はい。先輩ならきっとなれます……なれると思います。けどそれより姉さん? いつの間に先輩を名前で……」
「所詮マシュは敗北者じゃけぇ……」
「はぁ、はぁ……敗北者? 取り消せよ、今の言葉!」
「うぅ……お二人が何を言ってるのか分かりません……こうなったら私も勉強するしか……!」
まったく。
ガーちゃんも、マシュも、優しすぎて――こんな良い娘達が頑張ってるんだから、俺ももっと頑張ろうという気にさせてくれる。
とりあえずガーちゃんは手遅れそうだけど、マシュはまだその手の知識を身に着けてほしくない。そう思った一幕だった。
「――いきなり少女を二人も引っ掛けてくるとは……やるな、マスター」
メスガキ侍、絆レベルを上げていくスタイル