青王と逝くブリテン異聞帯   作:飴玉鉛

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弓兵の目にはよく見えるもの

 

 

 

 

 喉に魚の小骨が引っ掛かっているかのような違和感。それはセイバーの主従を見ていると感じられた。

 

 マスターである保塚望月はいい。あの男は優秀だ。死霊術師らしい陰惨な性根はなく、合理性に傾いているとはいえ、地に足のついた大人としての安定感がある。やはり現場に有能な大人がいるのは安心できるのだろう、マシュや白野も頼りにしているのがよく分かった。

 向こうからは仕事の話がない限り声を掛けては来ないが、試しにこちらから話し掛けてみると極普通に応対された。ガートルードやマシュ、岸波白野への応対を見ても、魔術師としてはかなり珍しい人格者だと言えるだろう。無論魔術師としての本分に立ち返れば、冷酷で悪辣な所業にも手を染めるだろうが、一個人としては善良と見てもいい。

 マスターとしてはもちろんその礼装も優秀で、索敵に関してはこの男に任せておければ一定の安心感を持てる。恐らく()()の知る赤い少女と、魔力量も含め魔術師として同じ次元に存在しているだろう。年齢差や魔術礼装を加味すれば、あるいは時計塔のロードにすら匹敵しているかもしれない。

 科学への忌避感もなく、スタンスとしては魔術師というより魔術使いに近しい。『普通の』と言えば語弊があるが、オレの知る聖杯戦争に参戦すれば勝つのはこの男だろう。そう思ってしまうほどに優秀で、柔軟性がありつつも果断だった。

 

 だがサーヴァント・セイバー、アルトリア・ペンドラゴン。彼女は――なんだろうか。言葉で言い表すのが難しいが、彼女は()()な気がする。

 

 英霊としての格が低いオレなどが、そのように評するのは余りにも烏滸がましい。そんな事は言われるまでもなく理解している。しかしオレの記憶にある騎士王と、カルデアにいる彼女とでは微妙な齟齬を感じるのだ。表面上は変わらないが、どこかが違う。そしてその違いこそが致命的だ。

 オレの知る彼女は正規の英霊ではなかったが、ここにいる彼女は話を聞いたところ正規の英霊であるという。それも冬木の聖杯戦争に参加した記憶も、それに関する記録も持っていないそうだ。小さな差異だが、それがどうにも気に掛かって仕方ない。

 

 『座』と呼ばれるものには、時間軸の縛りはなかった。それどころか平行世界に現界する事も有り得て、その記録までも『座』に反映されるものである。例としてはオレがその代表例とも言えるだろう。

 オレは月の聖杯戦争を体験していた。その時のマスターが岸波白野であり、彼こそが月の王だ。

 とはいえカルデアにいる岸波白野は、厳密には月の王本人ではない。元がバグで生まれたNPCである月の王、そのオリジナルだろう。そしてオレも無銘ではなく『エミヤシロウ』だ。これは白野が『オリジナル』である事で、オレもそちらに引き摺られた結果だと思われる。

 

 が、それは別段気にするような話ではない。問題は『座』がそういうものである以上、オレの知るアルトリア・ペンドラゴンは()()()聖杯戦争を体験しているため、それを記録ではなく記憶として覚えているはずなのだ。

 なのにここのセイバーは何も知らないという。故に結論として、あの騎士王はオレの知る騎士王ではない。別の可能性を内包した別存在であると断定して正解だろう。

 謂わばオレの知る騎士王から派生した存在。あるいは彼女から派生した存在がオレの知る騎士王なのかもしれない。どちらでもいいが、別人であるという認識を持って接するのが正答だ。例え同じ人生を歩み、同じ宝具やスキル、容姿や魂を有していても、別人なのである。

 

 ――だからこそオカシイ。

 

 セイバーは契約したばかりのマスター、保塚望月に対して全幅の信頼を置いている。()()とセイバーが別人だと理解していても、その事に複雑な想いがないと言えば嘘になるが、それを抜きにしても不自然だろう。

 彼女は保塚望月を誉田基臣という男と混同している。保塚望月当人に聞いたところ、極めて迷惑そうに話してくれた。そしてセイバーにも話を訊くと、彼女は――

 

『同じ英霊である貴方には伝えておきましょう。私は誉田基臣という男に騎士として仕えた記録を持っています。そしてその記録は、記憶に置き換わるほどに重い。私が彼を……モチヅキを前のマスターと混同していると思われているようですが、事実は異なる。モチヅキはモトオミの同位体だ。……彼に記憶はなくとも私には分かる』

 

 ――狂っている。そこだけを聞けば、オレは彼女が狂人と化していると判断していたかもしれない。

 だが彼女は正気だった。狂ってなどいなかった。()()()()()()()()()()()()()()

 

『容姿は変われどその本質は変わっていない。千里を見通す瞳こそ無くしているようでも、それが却って彼という人間を人間らしくしている。私が彼を誉田基臣の同位体――いえ、厳密に言えば同じ魂を有した完全な同一人物と見做しているのは、彼自身の力に由来しています』

『……その力とは?』

『レイライン、モトオミはそう呼んでいました。有り触れた名前ですが、それは単に魔力のパスを繋げている物とは性質が異なっている。それは()()()()()()()()()()だ。異能だとすら言える。私が重く色濃い記録を持ち記憶として受け止めているのは、そのレイラインが()()()()私と繋がっていたからです。――アーチャー、奇妙だと思いませんか? 私と彼には人種、人間性、起源に共通項が存在しない。それどころか彼が私を召喚するための触媒すらなかった。なのに彼は最も早く()()私を喚び出した。ホヅカ・モチヅキはホマレダ・モトオミだと判断した私は間違っていますか?』

 

 セイバーは確信していながら問い掛けてきて、オレはそれを誤りだとは思えなかった。

 レイライン。そう名付けられた異能。なるほど、それによってセイバーは、誉田基臣の存在を絶対確実のものとして、保塚望月と重ねている。

 誉田基臣=保塚望月。これは等号で確かに結べるだろう。

 だが、違う。そうじゃない。そうじゃないだろう、セイバー。

 なぜ君は気づかない? 君ともあろう者が気づけない陥穽ではないはずだ。こんな簡単な事、言われるまでもなく理解できる。誰でもだ。

 しかし、オレはそれを指摘できなかった。間が悪かったのではなく、相手が悪かった。セイバーと一対一で話して確信した。彼女は――()()()()()()()。小耳に挟んだ呼び名だが、()()()なのだろう。

 

 その呼び名を耳にしたのは、彼女が妖精郷にいた花の魔術師本人をカルデアに招いた時だ。カルデアへ何者かが侵入したと勘付いたオレは、白野の許へ駆けつける際に保塚望月のマイルームの前を通り掛かった。その時に花の魔術師がセイバーをそう呼んだのだ。

 呼び名自体も気になるが、彼女が騎士王ではないと確信したのはその時だ。何故なら騎士王なら、カルデアに無断であんな真似はしない。やるべきだと考えたなら必ずカルデア側の許可を先に取っていたはずで、却下されれば大人しく引き下がっていたはずだ。

 なのにそうせず、彼女はカルデアの意向を気にする素振りがないまま、事の是非を己のマスターのみに話し無断で実行した。それはサーヴァントの領分を超えた所業だろう。

 

 便宜上、不死王と呼称するが――彼女と騎士王が完全な別人だと受け入れられたのはこの時だ。精神性が微妙に違うのだから。

 

 恐らく、いや……確信してしまったが。

 不死王はオレが指摘しても耳を貸さない。意にも介さない。

 自分で気づくまで、受け入れないだろう。

 

 不死王はマスターを信頼している。信用している。そして――何よりも重い存在として、心の中心に置いている。

 悪い事ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その齟齬に、早く気づいてほしかった。傷が浅く済む内に。

 

 或いは戦いの中でなら気づくかもしれないと思い、保塚望月からの提案で、白野とオレで他の主従二組と模擬戦を行なったが、結果は芳しくなかった。

 白野とオレならどんな敵にも遅れを取るつもりはないが、流石に数と質の差を簡単に覆せはしない。オレ達はいいようにしてやられたが――論点はそこではなく。保塚望月が掛け値なしに優秀なマスターである事が、逆にマイナスのファクターとして働いているのが問題なのだ。

 これではセイバーは気づけないだろう。保塚望月は誉田基臣の時のように戦えると、無意識に決めつけたままでいてしまう。

 自分で気づかないと受け入れないだろうに、気づかないのだ。

 

 保塚望月は()()()()()()()()()()

 

 既に『知って』いるのに、『識って』いるだけに留まってしまっている。

 なるほど、誉田基臣は極めて化け物じみた存在だったのだろう。だが、セイバー……君までそれに引き摺られてどうする? 誉田基臣は()()()でも、保塚望月は()()だというのに――

 

 

 

「――アーチャー、どうかした?」

 

 

 

 余程に難しい顔をしてしまっていたのだろう。白野が気遣わしげに見上げて来ていた。

 頭を振る。考え込んでいる場合ではなかった。白野はカルデア戦闘服を纏いコフィンに入る所で、これから次の特異点に挑もうとしている。

 オレは白野の目を見た。

 揺らぎのない、平素な色。変化の少ない無表情は、すっかり見慣れた物だ。掛け値なしに平和な世界で生まれ育ったというのに、白野は白野らしく、既にこの非日常を受け入れて前に進んでいた。

 

「――いいや、別に何も。気にするな」

「そっか。じゃあ、気にしない。話したくなったら話してくれ」

 

 白野はそう言って視線を外す。その言葉に、オレは小さく目を見開いた。

 

 オレは、厳密には月の聖杯戦争を体験した『無銘』ではない。

 そしてこの白野も、自我を獲得したNPC『月の王』ではない。

 互いに似ているだけの別人同士で、オレだけが一方的に親愛を懐いている。

 距離感が近すぎるのは問題だ、オレもはじめて出会った者として、白野と改めて一から理解し合おうとする姿勢を忘れるべきではない。

 白野はオレを理解しようとしている。オレも、それに倣おう。

 

「マスター」

「ん?」

「これからも……よろしく頼む」

「……藪から棒だな。むしろこっちからよろしくしてくれって頼むよ。俺、アーチャーがいないと役立たずもいいとこだし」

「任せろ。君のサーヴァントは最強だ。マスターが役立たずになる事はない」

「なんて無敵メンタル。保塚の兄貴達にフルボッコされたのに、最強を自称するとか恥ずかしくないんですか?」

「――あれは。あれは違うだろう? 白兵戦のスペシャリスト二人を相手に、弓兵の私はよく喰らいつけた方だ。寧ろ誇るべきだろう」

 

「仲良き事は美しき哉。しかし白野さん、アーチャー殿。早くコフィンに入ってください。時間ですよ」

 

 こちらは真剣に言ったのに揚げ足をとってからかってきた白野に、つい声に力を込めて反論してしまった。

 すると困ったような声音でガートルード嬢が声を掛けてくる。デミ・サーヴァントである彼女は生身を持っている事もあって、その身にはレイシフト用のカルデア戦闘服を纏っていた。

 体のラインがはっきりと浮かび上がる形をしている。その少女らしい体つきを、白野はガン見しながら頷いていた。

 

 ……我がマスターながら、中々に逞しい事だ。こんな状況だというのに。

 

「さてさて、私はカルデアから君たちの活躍を拝見させてもらうよ。君たちが帰ってくる頃には、ちょっとお花が咲き乱れてるだろうけど、気にせずに愛でてほしいな」

 

 そう声を発したのは、花の魔術師マーリンだ。嫌そうな顔をしているDr.ロマンの横に立ち、にこやかにオレ達を見送ろうとしている。

 カルデアの魔力リソース不足を解消しつつ、レイシフト中のマスター陣が意味消失しないように観測し続けるためだそうだ。

 

 オレはちらりと保塚望月とセイバーを見る。彼らは至って普通なままで、いの一番にコフィンへと入って行った。

 

「アーチャー、俺達も行こう」

「……ああ」

 

 何事もなければいい。オレはそう思う。

 そして、オレは知っていた。故に警戒する。

 

 何事もなければいい――そう願っている時に限って、何かが起こるのだから。

 

 

 

 

 

 

 




不死王は意識が連続してる。
ホモくんは連続していない。
そういうお話。

視点は基本的に順番で回すつもりです。
ホモくん、メスガキ、はくのんといった感じで。
それ以外は基本気まぐれですね。次はメスガキ視点でしょうか。
次回はちょっと時間は遡り、花のお兄さんがやってきた直後のお話にする予定です(予定は未定)

面白い、続きが気になると思って下さった方、評価等よしなにお願いいたしまする。
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