青王と逝くブリテン異聞帯   作:飴玉鉛

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生命とは苦しみを積み上げる巡礼で

 

 

 

 武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり――武士としての心得を記した書物『葉隠聞書』の一文だ。

 

 戦技でしかなかった剣術に精神的、社会的側面からアプローチし、心法や活人剣、剣禅一致の概念を取り入れて論理的に体系化したジイサマは、武道・武士道という在り方が育まれる端緒を築いた。

 西暦も二千年を超えた現代。いまさら武士道を口にすれば、時代劇かぶれだのと揶揄されることだろう。けれど良いものというのは、時代の変遷を受けてもその価値が色褪せることはない。人間が死を切り離せないように、死と向き合う精神的な心構えは持っているべきだった。

 

 人はいつかは死ぬ。これは変えられない結末だ。死を想うからこそ惑い、恐れ、時に絶望する。生命とは苦しみを積み上げる巡礼で、それは絶望と断絶の物語である。そこに意味はないし、求めるべきでもない。

 けれどわたしは、絶望というものを悪い意味で捉えてはいなかった。日本語だと、絶望とは望みが絶たれると書く。望みを、絶つのだ。望みとは未練で、未練を絶ち進む様は悪ではない。わたしが思うにそれは希望だ。未練を絶ちながらも進むのは望むものが先にあるからで、それは――星に手を伸ばすみたいで、ロマンチックなものだろう。

 

 苦しい物語にも、辛くて辛くて堪らない歌にも、裏返せば希望の譜面が描かれているもの。アマデウスさんもその思想はアリだと言ってくれた。

 

 わたしもいつかは死ぬ。最期の時を迎えるのは、他の人よりもずっとずっと早いだろう。

 わたしが()()された用途は、人理焼却の原因調査と危険を排除するためだ。そのことに疑問はない。生命活動を行なう中、明確な目的があるのは良いことだと思う。

 わたしが役割を果たしている限り、世界に生きる全ての人たちを()かす剣で在れる。そして何よりわたしの身近にいる人たちも、同時に護ることができるのだ。

 

 なら、迷うことはない。惑うこともない。曇りなき刃になって、斬るべきを斬り生かすべきを活かす。

 

 人を斬るのに、躊躇はなかった。何故ならわたしは武器だからだ。人として生きていても、刀を抜いた瞬間にわたしは刃となる。刃が斬るものを選ばないように、敵を斬っても何も感じない。感じるべきでもない。人としてのわたしは、刃としてのわたしの鞘でしかなくて、それでいいと思う。

 一度()から放たれれば迷いは不要。惑うは未熟。敵は斬り、味方は活かす。己は戦の場に常に在ると定めて、凪いだ湖面のように平らな心を保ち続ける。だからわたしは誰よりも早く動き出せていた。

 

「カルデアに侵入者!? いったいどこから―――ってガーちゃん!? 待った、待ってくれ! 君は今――」

 

 カルデアに警報が鳴り響いて、Dr.ロマンが驚く。わたしはそれを聞くと同時に医務室を飛び出していた。

 というのも、マリスビリー前所長の定めていたマニュアルにあったからだ。『カルデアへ侵入する者は敵だ。ガートルード、斬ってくれるね?』と彼は確かめて来て、わたしはそれを承諾している。

 敵は斬る。カルデアを阻む者はわたしが生かそうとする全てに対する害悪、だから斬る。悪意も善意も敵意も殺意も何も要らない。焦りはしないし、怒りもしない。明鏡止水のように平和な心の波を乱さずに役割を果たす。

 

 侵入者の侵入経路、及び現在地は不明。しかし強力な魔力反応は管制室でもキャッチできているはず。わたしは警報に即応したけど、ショチョーさんもすぐに気づくだろう。

 魔力反応はセイバーさんのもの。宝具レベルの反応だ。となるとマスター陣のマイルームがある区画で、かつセイバーさんが侵入者と戦闘に移ったと思われる。となると保塚さんが危ない、不慮の事態で唐突に戦闘に移り即座にセイバーさんが宝具の使用に踏み切ったということはかなりの脅威が想定できる。

 セイバーさんの宝具は強力だ。でも強力過ぎる。だから聖剣は解放できないし使うとしたら『風王鉄槌』の方だろう。なら流れ弾で風の砲弾が飛んでくるかもしれない。味方の攻撃で傷を負うのは未熟すぎるので留意しておこう。

 

 霊基を解放。袴に羽織を纏い大小の刀を腰に提げ、疾走する。

 

「む……」

 

 わたしはすぐに気づいた。セイバーさんが戦闘に移ったにしては静か過ぎるのだ。戦闘音が聞こえない。

 侵入者がセイバーさんにヤられたと楽観視もできる。けど時間軸から外れてるカルデアに侵入できる相手を、簡単に無力化できるとも思えない。

 ――最悪の想定。侵入者はセイバーさんをすぐに戦闘不能にしてしまえるのかもしれない。となると傍に居るであろう保塚さんも手遅れの可能性がある。

 心が痛かった。知ってる人が死んでるかもしれないなんて。

 

「これ以上はやらせません」

 

 幸いマシュは白野さんの部屋だろう。アーチャーさんと一緒に白野さんの勉強を見てあげているはず。

 警報が鳴った時点で油断はゼロ。アーチャーさんがいるなら不意打ち、奇襲は通じないはずだ。もし守戦に長けたアーチャーさんがやられても、その間にマシュは令呪を使いわたしを喚び出せる。だからそちらの心配はしない。

 

 駆けつけた、保塚さんのマイルームに。わたしはそこで一旦止まり、周囲を見分する。

 

 ――通路や周辺に傷はないし、汚れてもいない。セイバーさんがろくに抵抗もできずにやられたとしたら、もしかすると物理攻撃じゃなくて魔力による干渉を受けたか、保塚さんを人質にされた可能性がある。対魔力の高いセイバーさんに魔術は効果が薄い、対魔力を無視できる呪術の可能性もあった。あるいは宝具で別空間に隔離されてしまったか、昏睡させられた場合も考慮できる。

 侵入者が同じ場所に留まり続ける可能性は低い。けど一応は中を確かめておくべきだろう。けど罠を仕掛けていることも考えられる。そして中で侵入者が待ち受けていることも考え、突入すると同時に知らない顔や物があれば斬り捨てるべきだ。設置型の魔術で迎撃されたなら――それに捕まるより先に飛び退いて回避するしかない。

 

 突入、敵の有無の確認、奇襲、退路への後退。意識するべきはそれ。ここを死地と定めて突入を開始。

 わたしは刀を抜いて一息に扉を両断した。そしてそれと同時に保塚さんの部屋に飛び込み中の様子を確かめながら駆け抜けていく。

 

(――セイバーさんがいる、死んでいません。五体満足で負傷は無し。保塚さんもいます。こちらも大過なし。よかった――アーチャーさん? 先に来ていたんですね――知らない顔。なぜかいるフォウくんが興奮してる? ――侵入者ですよね、捕虜にしたのでしょうか? でも拘束されていません、不注意です危険ですなんとかします――目標変更。侵入者の無力化を開始)

 

「フッ――」

「な、君は――ドワァッ!?」

 

 思考するより先に体は動く。わたしは知らない顔の男性の懐へ踏み込み、隙だらけな彼の脳天に刀を振り下ろす。

 回避も赦さず一撃し、侵入者を昏倒させた。安心してください峰打ちです。一kgの鉄の棒で思いっきり頭を殴られたら普通死ぬけど、今のカルデアに侵入できてる時点で人じゃないのは確定的に明らか。まず死なないだろうし耐えられるはず。

 崩れ落ちた彼にまだ意識があるものと想定し、倒れた彼の頭にサッカーボールキックを叩き込みつつ刀を鞘に戻す。侵入者が吹き飛んで壁にぶつかり、ズルズルと倒れ込んで気絶したのを確かめて残心を解いた。

 

「状況終了。侵入者の無力化を確認しました。みなさん、お怪我はありませんか?」

 

 一応訊ねながら皆を見渡すと、何故か目を丸くしている。

 小首を傾げると、フォウくんが歓声? らしき声を上げてわたしの肩へ飛び乗ってきた。

 

「フォーウ! ガーナイスフォーウ!」

「……褒めてくれてるんでしょうか? ありがとうございます、フォウくん」

 

 今「ナイス」と喋った気がする。けどフォウくんは賢いので無問題。鳥類のカラスやインコも喋れるのだから不思議生物のフォウくんが喋れてもヨシ。

 でも良くないのは、この微妙な空気だ。なんで皆はわたしを見ているのだろう。不思議に思いつつ保塚さんに声を掛けた。

 

「保塚さん。どうかなさいましたか?」

「……いや、何も。考えてみたらお前がしたことは適切だったと思ってな」

「………? わたし、また何かしてしまいましたか?」

「メスガキは悪くない。悪くないんだが……セイバー、アーチャー、お前らが雁首揃えて反応も出来なかったのはなんでだ?」

 

 まるでわたしの行動を制止できなかったお二人を咎めるような物言いだ。

 保塚さんに責められてるご様子のお二人は、共に居た堪れないような表情で顔を見合わせた。

 

「……迅速な攻撃でした。戦闘態勢を取っていなかった上に、ガートルードの攻撃対象が私やモチヅキではなかったので……」

「ガートルード嬢が此処に踏み込むまで気配がなかった。殺気や敵意もなく、単純に速かったのもある。冬木やフランスで知ってはいたが、こうまで敵と見做した相手に害意がないと反応が難しくてな……」

「言い訳はいい。メスガキはアサシンじゃないんだぞ。まったく……どうするんだこの状況は。俺が収拾をつけるのか? 面倒な……」

 

 どうやら私はやらかしたらしい。けれど状況が掴めない。蚊帳の外に置かれるのも面白くないので、わたしは保塚さんに説明を求めた。

 

「あー……メスガキ。落ち着いて聞いてほしいんだが……」

「――なるほど。そういう訳でしたか」

 

 話を聞き、わたしは納得する。

 要するにセイバーさんが皆への説明もなしに独断でやらかした結果、カルデアに警報が鳴り響いたわけだ。

 わたしはセイバーさんに視線を向ける。セイバーさんはバツが悪そうに身じろぎした。

 

「セイバー殿。拙者の申し上げたきこと、お分かりいただけるか」

「……ええ。カルデアの重大な問題を解決できると思い、逸ってしまった。今回の独断専行は性急に過ぎた事を認め、謝罪しましょう」

「拙者には謝らなくともよろしい。が、マーリン殿やショチョーさん、他の皆さんに要らぬ心的負担を掛けた事、猛省致すべきと存ずる。よろしいか?」

「……ええ、全くその通りだ。反省します」

「反省ではなく、猛省ですぞ」

「……猛省します」

 

 眉根を寄せ、悔やむセイバーさん。本当に反省しているみたいだけど、わたしはどうにも気に掛かった。

 この人は組織とそれの体制への理解が深い。なのにどうしてこんな短慮を犯したのだろう? 不可解だ。けどそれ以上に、不愉快だ。

 わたしはいいにしても、他の皆を軽んじてるようにしか見えない。普段のセイバーさんを見ていたらそんな事はないと分かるけど――どうも保塚さんだけ異様に重く見てて、相対的にそれ以外が軽くなってるように感じた。

 

 ――考えたくはないけど。カルデアか、保塚さん。どちらかを選ばないといけない局面になると、セイバーさんは躊躇せず保塚さんを選ぶ気がする。

 わたしはその時、何を斬るべきか、考えておくべきかもしれなかった。

 ちらりとアーチャーさんを見る。すると彼も目元を強張らせているようで、何事かを考え込んでいる様子が伺える。

 

 ……できれば。マリスビリー前所長に課せられた不穏分子排除の任、果たさせないでほしい。規定条項を満たさないでほしい。そんなの、辛いだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ! 姉さん、何があったんですか?」

 

 とことこと歩いて医務室に戻ろうとしていると、事態が終息し落ち着いた空気が戻ってきた頃に、マシュと白野さんの二人と遭遇した。

 どうやら二人は最初に管制室に向かって、そこでショチョーさんに事情を聞いてカルデア内を警邏していたみたいで、カルデア戦闘服を着ていた。わたしは足を止めてマシュ達に向き直る。

 

「ん。詳しいことは保塚さんかショチョーさんに聞いて。もう全部終わったから。わたしは医務室に戻らないと……」

「っ……!」

「が、ガーちゃん? それ……」

 

 言葉少なにそう言う。するとわたしの顔を見たマシュが息を呑み、無表情がデフォルトの白野さんが動揺して指さしてくる。

 ぽた、ぽた、と。ふと気づくと、何かが垂れていた。

 

「姉、さん……? それ……」

「ん……? ん、ん……これは失礼をば。では拙者はこれにて御免」

 

 鼻血が垂れている。どうやら処置の最中に飛び出してきた事で、ちょっと疲れてしまったらしい。

 

「姉さん、待ってください! それ――」

「ガーちゃん。大丈夫なのか――」

「――拙者メスガキ侍、先を急ぐので退散するでござるニンニン」

 

 ピュンと風になる。一直線に駆けていき――おや。壁が目の前に? 慌てて立ち止まろうとすると、ごつん、と顔からぶつかってしまった。

 痛いでござる。こんな所に壁なんてあったでござるっけ? 訝しみながら壁から離れようとすると、足が虚空を掻いて手足をバタつかせてしまった。

 おぉ。どうやらコケてしまっていたらしい。恥ずかしい限り。幸い曲がり角を曲がったところだったので、マシュ達には見られていないようだ。よかったでござる、恥を掻くとこだったでござる。

 

「ああ! 探したよガーちゃん! なんで勝手に行くんだよ、ボクは待ってくれって言ったはずだ!」

 

 と、いつの間にか目の前にドクターがいた。息せき切って、大慌てでわたしを探してくれていたようだ。ごめんでござる。

 

「! 鼻血が……」

「コケて鼻を打っただけです。心配無用ですよ」

「コケた!? ……ああ、もう……マリスビリー、恨むぞ――」

「……? ドクター。女の子に気安く触るものじゃないって、レフ教授が言って――」

「緊急だから良いの! ほら掴まって!」

 

 ドクターに背負われてしまった。恥ずかしいでござるよ。

 でもやっぱり……暖かくて、意外と大きな背中だ。こう言えばドクターは怒るけど、倒れる度に背負ってくれるから倒れるのも悪くない。

 背負ってもらえるのは嬉しい。わたしを背負ってくれるのはドクターだけだから。レイシフト中や訓練中は、倒れることもないから。

 ぎゅ、とドクターの服を掴んで、わたしは微笑む。

 

「ふふ……ドクター、わたしは大丈夫なのに」

「大丈夫だけど大丈夫じゃないんだ。デミ・サーヴァントの力を実戦以外では使わないって約束しただろう? 頼むから自愛してくれよ……」

「大丈夫です。わたしは、大丈夫。だって皆がいますから――」

「だから大丈夫じゃないって――ガーちゃん?」

「大丈夫、大丈夫。わたしが……皆さんの世界の実在を、ちゃんと保障してますから……わたしが、わたし達が、カルデアですっ」

「――うわ言垂れながらネタに走るなっ! もう喋らなくていいから寝ててくれ!」

 

 そんなぁ。わたしからネタを抜いたらマシュしか残らないのに……。

 同一の遺伝子を有するマシュとの差別化のため、仕入れたネタの数々。死蔵せず日の目を見させないと悔やんでも悔やみきれない。

 

 ――って、あれ? なんだろう。誰かがわたしの事、見てる……?

 

 誰だろう。緑の人……だめだ、見えない。遠く、夢の中で見守ってくれてるこの感じは……とても悩み、苦しんでるような気がした。

 よく分からないけど、わたしは心の中で呟く。

 

(大丈夫。わたしは大丈夫。苦しくないよ、辛くないよ。だってわたしの役目は――貴方達のためにもなるんだから。

 この使命(エゴ)を、大事に抱えて旅をする。一人で悩んで、苦しむぐらいなら、わたしも一緒に悩んであげる。だから一人でいないで、こっちに来て)

 

 その人は、わたしの声が聞こえたように、呆然と立ち尽くしていた。

 見覚えがある気がする。その人はわたしの知ってる人であるような、そんな予感がして――夢の中で意を決したように、その人はわたしへ手を差し伸べてきて――

 

「ガーちゃん」

 

 目を覚ますと、白野さんがわたしを心配して見ていた。

 手、温かい。また……握ってくれていたようだ。わたしは微笑む。

 

「おはようございます、白野さん。どうかしましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 




マシュ、寿命は三十路前後。原作開始時は十六歳。デミ鯖の力に覚醒して一年ほどで限界を迎える。
メスガキ。寿命は三十路前後。原作開始時期より何年も前にデミ鯖に覚醒。何年も経過し訓練を何度もして実戦もしてる。燃費のいい鯖のデミだけども、色々とガタが来てる感じ。

次回ははくのん。ローマ編へ。

面白い、続きが気になると思って頂けた方は評価等よしなにお願い致しまする。
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