自他共に認めるほどバカだった。
面と向かってバカと言われたこともあるし、自分で「バカだからわからねぇ!」と言い訳につかったことも数えきれない。考えもせず行き当たりばったり生きているのだから否定のしようもない。生き方だけでなく勉学においてもバカであることは成績表が示してくれる事実である。
それでもなんとかハンターとしてやっていけたのは、運が良かったのだと今なら言える。もっともその運は生きていくために全部使われたようで、くじやギャンブルなんかは涙を流すことしかなかったが。そのせいで何度買い出しや掃除をさせられたことか!あの野郎、覚えとけよ!
話題がそれたが、俺は運だけで生きてきた。だが運が悪くなった。それが死因だ。
クエスト帰りだった。
誰を相手に死闘を繰り広げたのかは思い出せない。死闘なんてハンターやっていれば毎日の出来事だ。覚えてられない。ただやたらと腕と足の裏が痛かったことは覚えている。あと顔面を殴ることに必死だった。それで、なんとか勝って拠点へ向かう帰路についていた。
冒険は1人ではなく、もう1人とアイルー2匹。同行したハンターも相棒と言えるほど多くの冒険を共にした双剣使い。ソロでクエストに行くこともあったが、大型モンスターを狩る時は毎回と言っていいほど共に挑んでいた。
2人と2匹はそろって疲労に満ちた体を引きづりながら、だらだらと歩く。拠点に帰ってからなにをやろうかと話していた。
「まずはご飯食べよう」
双剣使いが提案したのは普段通り、食事。何十回も繰り返した会話だけあって予測はついていた。「魚がいいですにゃー」「肉がいいですにゃ」とアイルーたちもいつも通りの返事をした。腹ペコ食いしん坊の4人組であるから普段なら俺も同意するのだが、今日だけは違った。
「悪いけど先に武器の手入れするわ。戦闘中にちょっとやらかした」
背中に背負った操虫棍を思い出し、ため息が零れる。落ち込んでいる俺に対して、双剣使いは苦笑していた。
「あれだけぴょんぴょんしていればね。角折るためにダウンとりたいのはわかるけど」
それはもう見事なバッタ具合だった。なにせ2人とも武器が双剣と操虫棍である。操虫棍はがんばれないことはないが、双剣では角にダメージが届かない。なのでダウンを取りたくて、猟虫をとばす以外はほとんど空中にいたかもしれない。
角を折りたいといったのは俺だ。迷惑かけたな、とは思いつつ軽口をたたく。
「いやー楽しかった!角も折れたし!これからもう一戦いく?」
半分冗談だったのだが、3人からは心底呆れたような表情をされた。
「元気すぎる。あれだけ跳ね回ってたのに」
「ご主人様は無茶が好きですにゃー」
「ほどほどにするにゃ」
「まだまだいけるって!」
元気をアピールする。ただそれだけのために俺は操虫棍を取り出してジャンプをしてみせた。
もう本当にバカ。もう、本当に。なんでやった。
そう、そこで俺の人生の運は見事に尽きたのだ。
実際は、慣れた手つきで操虫棍を操り、空中へ繰り出し軽やかな着地をしてみせた。着地点が崖ギリギリだったとはいえ、そんなことは戦闘中ならいつものことで。双剣使いの笑い声がする。
強敵を倒し、角も折れ、相棒たちと笑い合っている。
達成感と充足感に包まれた俺の、完璧な油断。
足元から大きな音がしたとき、とっさに動けなかった。
あっと思った。
双剣使いの顔から笑顔が消えて呆然とした表情になったのが印象的だ。アイルーたちも大きな口を開けて俺を見つめていた。たぶん俺もそんな顔をしていたのだろう。
崖が崩れた。
俺は落ちた。操虫棍でどうにかなるはずもない。
下がどうなっているのかはしらない。あっという間に双剣使い達が遠くなっていくのを眺めていた。
物語にでてくる英雄だったらこの高さでも着地できるだろうけど。悪いが俺は英雄じゃないんで。
ビシャッという音やバキリという音が耳元で聞こえた。前にモンスターにつぶされて骨折した時もこんな音がしてたなーなんてのんきに思う。
目の前は真っ暗だ。
俺は死んだんじゃないか?
――
周りは暗闇だった。明かりなど一切ない。ここまでの暗がりは今まで経験したことがないほどだった。街には松明が常にともされていたし、家にいても自然と窓から光が差し込んできたものだ。探索でも様々な虫や星が光っていた。
それがいまは、自分の手さえもわからない闇だ…。
こわい。
心拍数が急激に上がった。一気に体が冷えたような感覚に陥る。
フッと素早く息を吐いた。
落ち着け。俺はハンターだろ。落ち着け。そうだ、まずはここから出ないといけない。
だが何かに邪魔をされているのか手足を自由に動かすことができない。
なにかが固いものが自分を囲んでいるようだ。
縛られている感じじゃない。ならどかすしかない。邪魔だ!
力を込めて思いっきり壁を叩く。
手の平で押したはずだが、接地面がせまいような気がする。そして首もなんかすごく曲がる。曲がりすぎじゃないかと思うほど曲がっているような……?首を痛めそうだ。
突然だった。
モンスターの鳴き声が響いた。ほかのモンスターに比べて高音で、響くような独特な鳴き声。
そして羽ばたく音。
すぐに思いついた。これは陸珊瑚の大地の主、レイギエナの鳴き声だ。しかも、警告音!
考えることをやめた。必死になって両手で壁を押す。
外の様子を確認したい。死にたくない。隙間でもいいからなんとか!
しかし押してもびくともしなかった。俺の力でも動かないことに驚くながらも、それでも必死に押すしかない。だが手ごたえはまるでなかった。
半ばやけくそになって、頭突きを繰り出した。しかし、額が当たる前に何かがあたったようでパキッという音と共に顔に衝撃を感じた。息苦しくはないが、なにか口に着けられているのかもしれない。
体のいたるところから感じる違和感について考える間もなく、俺は目の前に小さな光が差し込んでいることに気がついた。
さっきの頭突きもどきで穴が開いたらしい!顔になにかつけられているのは腹が立つが、今だけは感謝しておこう。
さっきと同じ要領で、穴に向かって何度も頭突きをする。そのたびに穴からは割れるような音と共に光は増えていった。
首が疲れた。
そう思ったとき、一段と大きな音がなり、ガラスが割れるように正面が大きく開けた。急なことで頭突きしようとした勢いのまま一回転。仰向けに転げ倒れた俺の目には明るい光が差し込んでくる。思わず息を殺しながら周りを確認すれば、ここは洞窟のようだ。周囲は淡いピンクと白など様々な色で、そして年輪のように広がる模様をした珊瑚に囲まれていた。唯一光の刺すほうを向けば木ではなく、珊瑚が青い空に向かって伸びている景色が広がっている。そしてクラゲがふわふわと空へ流れていくのが見えた。
ここは陸珊瑚の大地だ。そして見た限り近くにレイギエナはいない。鳴き声も羽ばたく音もしなかった。
安心してため息がでる。空気を吸えば陸珊瑚の大地独特の空気。緊張がほぐれていくのがわかった。
よかった……知っている場所だ。
しばらく呆然としていたかもしれない。
ふと、俺は今まで閉じ込められていたことを思い出した。
いったいなにに入れられていたのやら。大体どうして俺が閉じ込められないといけないんだ。
ふと足元を見るとそこにあるのは鮮やかな青と白の体に、長く伸びた尻尾。そして氷海のようなグラデーションのかかった翼である。白いお腹を天井にさらしているが、間違いない。
レイギエナと一緒に閉じ込められていたのか!?
監禁したやつはどんな神経をしているんだとあわてて動かそうとするも、肩は変な方向にしか曲がらないし、無理に曲げようとすると縛られているかのように突っ張り、なおかつ皮膚が裂けそうであった。
痛みと戦いながら暴れていたが、それに合わせてレイギエナの体もじたばたと動く。硬いものが体に擦れる感覚がするがそれどころではなかった。
やばい!武器もないのに、レイギエナの相手をしなきゃいけないのか!?
周りを見渡す体の下に薄黄色の破片が辺りに散乱しているのが目についた。なにもないよりはましだと思い拾おうとするもうまくいかない。苛立ちが募る。
早くしないと。このままだと!
全身で勢いをつけて地面に立つ。生まれたばかりのケルビのように膝は笑っている。足元の感覚は鈍い。それでも立てたということが重要である。
レイギエナも起き上がったのか、先ほどまで視界にはいっていた体は見えなくなっていた。
どこにいる?
目線を素早く周囲に走らせるも当たりにレイギエナの姿はない。それに自分以外の生き物がいる感覚もしなかった。それでも息をひそめて神経を尖らせる。
万全の動きは望めそうにないが、なんとかする!そうだろ!
腕を動かそうとすると視界の端に青と白の物体が過ぎった。追いかけるように体を向けるとそれと同じ速度で相手も移動する。
あの巨体でそこまで素早く動けたか?なんかおかしい気もする。なんなんだ? ……ん?
ふと冷静になり動きをとめた。そして思った通りレイギエナは攻撃してこない。それに自分が動きを止めると、レイギエナも動きを止める。
どうなっているんだ……。からかわれている?レイギエナがそんなことを?しないだろ。絶対にしないとは言い切れないが。特殊個体?歴戦か?
頭を回しはじめれば今までの違和感からひとつ、いやな予想が立ち始めた。自分でも笑ってしまうほど馬鹿げている。双剣使いに言ったら医者を呼ばれるぐらい酷い。予想ではなく妄想だ。だが現状にあっている。こんな妄想が頭に残っているぐらいなら早急に確認し笑い飛ばしたほうがいい。あり得ないんだから。
胸の奥に痛いような苦しいようなぞわぞわとする不快感が沸き上がってくる。自然を呼吸が浅くなっていた。心を落ち着けるために息を吐いた。目をつぶって、ゆっくり、時間をかけて……。
思っていたよりも吐く息が多くて、この時点で心が折れそうだったが覚悟を決めた。ゆっくりと自分の体を動かしてみる。
腕を動かす。背中のほうから風を切るような音がした。
指を動かす。背中のほうから皮がこすれるような音がした。
口を動かす。金属製のマスクでもつけているのかと思うぐらい唇が固い。
ぐるりと首を回せば、思った以上の可動域で自分の背中まで確認ができた。グラデーションのかかった、レイギエナの背中だ。
……いや違う。まさかね。
腕を動かす。レイギエナの翼がよろよろと持ち上がった。
指を動かす。レイギエナの翼が不格好に曲がり羽ばたいてるかのようだ。
声を出す。
「キョエー……」
つまり、そうなのではないか?
すっと頭から血の気が引いた。
まさかそんなバカなこと。いったいなんだ。なあ、そんなことあるか?頭がやられすぎた。もとからやられていたが!絶対崖からおちたせいだ。もうバカはしないって誓ってもいい。なのでお願いします!そんなことないよな!?あるはずない。
予測が外れることを祈るなんて、最低だ。
足を挙げて下を確認すれば、小刻みに震えながら動くのは強靭な爪をもつ足であり。
もう、これは、確定なのだ。
つまりこういうことだ。
俺はレイギエナになってしまった!
レイギエナの鳴き声を文字にするのをためらった。
独特の鳴き声すぎて、文字にすると面白くてしょうがないです。
笑いごとではない。