風に漂う   作:焼いた石

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※痛みの表現があります。

2022/09/27 表現の加筆修正。


なんとかなった、たぶん。

 

 パキパキッ……ガリィ……ガリィ……

 

 美しい珊瑚礁の洞窟に咀嚼音が響き渡る。発生元は、一匹の小さなレイギエナである。ジャグラスやギルオスといった小型モンスター程度の大きさしかないが、形態としては成龍である一般的なレイギエナと全く同じ。成長すればこれといった特徴のないレイギエナになるだろう。

 そして、そのレイギエナの目は死んでいた。無感情に自分が包まれていたであろう卵の殻を齧り、生気のない顔で洞窟の外を見つめている。

 

 腹が減って死にそう……。

 

 レイギエナ、もといハンターは飢え死にしかかっていた。

 

 

 

 

 

 ハンターが生まれた洞窟は、レイギエナの巣らしく高所に作られていた。景色は遠くまで見渡せる。まるでくり抜いたように珊瑚礁の壁に作られており、一歩でも外に出ようとすれば20mほど飛び降りなければならない。飛べることが前提で作られている巣だ、当然だが。

 また、生まれてから数時間が経過しているが巣を訪れたレイギエナはいない。

 さらに洞窟内には一切食料になりそうなものは置かれていなかった。結果、殻しか齧るしかなかった。

 

 おいしくないし、口の中が普通に痛い。

 

 じゃりじゃりとした食感と、生臭い匂いに辟易としながらも食べないよりはましかと思い無心で齧る。

 

 外にでようと考えてはみたが、一番の問題として、自分は飛べない。元人間なもので、飛び方がわからない。本能的なものに期待したが、全然なにも理解できなかった。そもそも体の構造が違いすぎて、どの指をどれだけ動かして、腕をどれだけ動かせば羽ばたけるのかわからない。そもそもどういう状態になったら羽ばたいたことになるんだろうか。10分ほど試行錯誤したことでなんとなく動かせるようにはなったが、飛ぶことに関しては正解が見いだせずに諦めた。短時間しか動いていないが、肩も腕も痛い。

 

 生まれたての精神だったら泣き叫んでるぞ……親はどこいった……。

 

 卵の中に閉じ込められていた時に自分ではないレイギエナの鳴き声を聞いた気がするが、気のせいだったのだろうか。それが親ではない可能性もあるが。そもそもレイギエナは子育てをしないのでは?ハンターとして狩猟することはあったが、レイギエナが育児するかは知らない。そこは研究者やギルド職員の範疇だろう。そんなところまで考えてハンターしている人間は、もっと大物だ。

 

 最悪親はいなくていいが。いやよくないが。食べ物はおいてってくれよ……。

 

 他のレイギエナたちはどうしているのだろうか。こんなサバイバル形式がセオリーであるなら、レイギエナ幼体の生存率はかなり低そうだ。それか生まれた時から飛べるんだろうか。

 

 助けてくれ本能……。お腹がすいた。というか喉が渇いた……。

 

 あるのかわからない自分のレイギエナとしての本能に呼びかけてみるが応答なし。打つ手もなし。

 

 ひたすら足元に散らばっている卵のかけらを、不器用に嘴でついばむのだった。

 

 

 

 

――

 

 眼前には美しい青空。珊瑚礁の間から雲に隠れることなく太陽が顔を覗かせている。かなり遠くのほうでは、何かが飛んでいる姿もみれるがこちらにくる様子はない。なんとも平凡な朝だった。

 あれから一晩をレイギエナは殻を噛みながら過ごした。といっても、全体の2割も食べていない。気を紛らわせるためにつついていただけだ。夜になればレイギエナは巣に戻って寝る習性があることは知っていたため、親がいるなら戻ってくるかと期待していたが、誰も来なかった。無防備を避けるために眠るまいとしていたが結局日がおちてからすぐに意識は落ちた。結局はこどもなのだ。時折飢えや遠くで聞こえる鳴き声に飛び起きたりはしたが、それでもすぐに寝落ちていた。幸い、夜は何事もなく経過した。

 体は健康だ。だがひたすらに飢えている。自分のお腹の音があまりにも大きくて目を覚ましたほどだ。

 

 なんとかするしかない。

 

 そして俺は巣の出入り口、崖の淵に立っていた。

 下に降りて食べ物を自分で探すしかない。だが飛ぶことのできない自分では、この巣穴に戻ってくることはおそらくできない。巣穴から地面までおよそ20mほどの崖であり、レイギエナの腕が翼である以上2本脚でロッククライミングなんてできるような高さではなかった。

 地面におりたら夜を過ごす場所を確保しなければならない。陸珊瑚の台地には小川や池のような小規模の水場が点在しているが、眼下にそれらしきものは見当たらない。小動物の影もない。全て見つけなければならない。いくら時間があっても足りなさそうであり、早急に動き出さなければならない。それこそ、今のような早朝から。しかし……

 

 遠い地面。翼は使い方がわからない。命綱はなし。控えめに考えても、死ぬのでは?

 

 そうしてレイギエナは1時間ぐらい立ちすくんでいた。

 20mなんて、乗り状態の時に空へ逃げようとした飛龍から振り下ろされたときに比べれば低いほうである。でもそれは装備や鍛えた体があったから無事だった。

 では、前世の死因が転落死であるからそのせいで怖いのかといわれると、そうではなかった。落ちている間は「あーやっちまったなぁ」ぐらいしか考えておらず、死んだときも即死だったのか痛みは全くなかった。そのため、飛び降りることに人並以上の恐怖心はないが、人並みに恐怖心はあるのだ。死にそうなところから飛び降りろと言われたら、怖いものは怖い。

 

 いやーちょっとなー……あのー……

 

 心の中で言い訳がとまらなくなってきたので、一度背伸びをした。グゥッと背中をそらすように動けば、視点が一気に高くなり、驚いた。

 レイギエナの陸上での基本姿勢は頭を前に突き出し、地面に対して体の軸が水平になっている。人間にしてみれば、ずっとお辞儀をしているような体制だ。だがレイギエナになってからこの姿勢に違和感はなく自然に過ごしており、いまになってようやく違和感を感じるほどであった。むしろ人間のような縦長の態勢はつま先立ちをしている感覚で、背中と足がつっぱる。そのまま腕を動かしてみれば、体がぐらぐらと倒れそうになり、慌てて元の姿勢をとった。

 

 本当にレイギエナなんだなぁ。

 

 翼を動かせば仄かな風にあたり、自分が動かしていることを実感する。

 翼を見つめようと首を動かそうとしたその時、崖下から強い風が吹いた。地上の生き物を空へ打ち上げようとしているのではないかと思うほど強い風。何処かで古龍でも暴れているのかもしれない。それか天候が荒れる前兆か。それでも、今のレイギエナにはその風が心地よく感じられた。

 

 いい風だ。きっと勢いに乗れたら、あっという間に空へいけそうだ。

 

 飛べずに本能なんてものは備わっていないと思っていた。だが、今の風に顔を顰めないなんて、元の俺とは違うように感じた。穏やかな風がハンターの頬を優しくなでる。ひんやりとして、心地良い風だ。怖さはない。自分を励ますように流れていく。溜まっていた不安も流してくれたように、思い直した。

 

 俺はレイギエナになったんだ。風があるなら、飛べるはず。

 

 翼を広げて、記憶にあるレイギエナのように羽ばたこうとするも不格好で、頭の中で失笑した。

 

 飛べないなら、まずは風に乗ろう。滑空の装衣みたいなもんだ!

 

 滑空の装衣はジャンプの滞空時間が長くなり、状況によっては風に乗って移動することもできる装備で、デザインはレイギエナがモチーフになっていた。他の装衣に比べれば使う機会は少なかったが、それでもお世話になった記憶はある。

 

 つまり、レイギエナでも同じことができるということだ!

 

 無茶苦茶な理論だが、自分を鼓舞できればなんでもよかった。

 イメージトレーニングのためその場で翼を大きく広げて制止する。空中で動いたら姿勢を崩して落下するだろう。レイギエナの姿勢制御なんてやったことがない。バランスを崩さないためには、羽で風を受けることに集中して、大きく動かないことが大切だ。

 

 翼を大きく広げる、動かさない、風に負けない。大丈夫、難しいことじゃない。

 

 それで無事に崖下に着地できるかは不明である。大した軽減にはならずに、勢いのまま地面にたたきつけられることも十分に考えられた。

 

 だが、もう行くしかない。

 

 羽を広げた状態で、眼前を確認する。少し風を感じて羽ばたいてみたが、風に乗るという感覚は全く理解できずに腕が疲れるだけだった。一度翼を下ろして休憩し、もう一度水平になるように大きく広げた。

 ぐるぐるとお腹の音がする。喉が渇いて、口の中も乾燥している。頼れる人はいない。体も貧弱だ。

 それでも冒険の始まりだ。初めてクエストに挑んだ時のように、突っ込むしかない。

 

 なるようになるさ!

 

 崖から風が湧きあがる。穏やかだが、力強さのある風。

 絶好の機会に、レイギエナは翼を信じて飛び降りた。

 

 

 

 

 翼の被膜が風を包み込みつつ受け流す。レイギエナが願った通り、風圧により落下速度は緩和されていた。滑空の装衣ほどではないが、飛び降りるよりは緩やかな速度だ。それでも、

 

「ギョエエエエェーーーィ!」

 

 落下しながらレイギエナは絶叫していた。

 

 腕が痛い!これあってる!?俺風にのれてる!?落ちてるだけでは!?

 

 筋力が風圧に負けそうだった。指先に至るまで力を籠める。水平に保つだけでも必死である。一瞬だけ風に乗る快感を感じていたが、それどころではない。筋肉が悲鳴をあげていた。

 

 着地できるか!?指もげそう!!

 

 どれぐらい落ちたかわからないが、地面はまだ遠い。体感としては5分ほど経っていたが、実際には5秒だ。それでも、子どもレイギエナには厳しかった。

 

 もう限界なんだが!

 

 そう思った瞬間には、姿勢が崩れていた。僅かだが左翼の力が抜けたせいで、体が左へと傾く。慌てて姿勢を右に傾けたが、空中の感覚がわからず右に重心を傾けすぎた。結果、体はどんどんと右に傾いていく。あわてて左の翼に力を籠めるが、逆効果であった。バランスの取りようもなく、傾いた左の翼に大きく風を受け、胴体を軸にぐるりと回転。結果、完全に背中から落下する体勢となっていた。

 

 あっこれ死んだな。

 

 2度目の転落死である。

 なんとかならないかと翼をばたつかせるが、落下は止まる気配がない。無駄なあがきだった。

 徐々に遠くなる景色に、この間見たばっかりだな、と思った。状況は全く違うが、死因は一緒だ。

 

 だが、違っていた。

 

 鮮やかな珊瑚が視界の隅に入った時、激しい衝撃が背中と頭に走った。呼吸が止まった。息ができない。吐き気がする。鈍痛を全身に感じる。

 

 いたい……

 

 空気を求めて必死に口を動かす。胸が引きつり、息が吸えない。

 

 いたい……くるしい……

 

 頭が痛くて、腰が痛くて、胸が痛くて。まるでハンマーでつぶされたかのように、体が動かない。死んでしまう。喉が動かない。

 はっきりと死の恐怖を感じる。腕を伸ばして喉を確認しようとするも、腕ではなく翼が目にはいる。人間の腕ではない、レイギエナの翼だ。腕も、指も何一つ思い通りに動かない。被膜が引きつるばかり。無様に蠢くだけだ。使えない。動かせない。こんなものは知らない。だがこれしか動かないのだ。これが動いてしまう。これは自分の腕じゃない。こんなものしらない。

 

 なんだこれ……なんだこれ!!

 

 パニックだった。自分が自分じゃない。誰かに奪われた。全てが痛い。息ができない。

 

 助けて!

 

 返事はない。声にも出せていない。音が出ない。必死で誰かを探した。助けてほしくて。死にたくない。

 

 なぁ!××!助けてくれ!助けて!××!

 

 無意識に相棒の名前を呼んでいた。見つけてほしくて、暴れる。暴れるほど体は痛くて、それでもそれしかできない。いないことはわかっていた。誰もいない。胸が苦しかった。目から涙が落ちる。

 

 たすけて……

 

 どうしてこんなことになっているのかわからなかった。死んだだけだった。自分のミスで、自分が死んだ。それだけのことだったのになぜ、自分は苦しんでいるのか。誰かがそう願ったのだろうか。殺したいなら殺してくれ。まわりには誰もいない。

 あたりの静寂が、ハンターに現実を教えてくれた。

 

 だれも助けてくれやしない。

 

 誰にも知られず、痛みと苦しさに喘いで、また死ぬ。

 

 ばからしい……

 

 胸の奥が冷えるような感覚がした。あまりにも無様で、意味のない時間だった。ハンターは死んだのだ。そのはずだった。それなのに生きていて、なぜかレイギエナで、そしてただただ苦しんだだけの、蛇足な一日。死後まで運が尽きていた結果なのかもしれない。馬鹿らしく気楽に生きていたから、死後に苦しめられるのだ。

 だが、頭が冷えていく。自分は馬鹿だった。

 

 崖から落ちたのだ。痛いのは当然で、生きているだけましだ。

 

 そう思うと自然に息を吐けた。体は壊れていないようで、息が吐ければ自然と吸えた。全身が痛くて、どこが折れているのかはわからない。体から力を抜くように努め、深呼吸することに集中する。余計なことは考えないように。

 

 10分ほどすれば、落ち着きを取り戻した。背中から落ちたせいで起き上がるのに苦戦したが、幸い足と翼はダメージが少なく立ち上がることはできた。地面に血が落ちているが、量は多くない。背中と、頭の後頭部というか角のようなものが生えているところが最も痛かった。折れているかもしれないが、今の自分には確認をする手段がない。頭の右左で重さが違う感じはしないため、折れているなら左右平等に折れているのかもしれない。

 動かすと頭が痛いので視界に入る部分しか確認していないが、見た限りでは折れている部位はなさそうだった

 死を覚悟するほどの経験をしたが、大きな怪我はなさそうである。

 完全にパニックになっていた。すぐに羞恥心に苛まれ思わず周りを確認するも、状況は変わらずだれもいない。いないことに安堵した。さっきとは真逆である。間抜けさに笑いが漏れれば、脱力感に襲われて膝が崩れた。自重のせいで背中に激痛が走るも、なんとか転倒はせずに持ちこたえる。

 しゃがみこんだままふっと息を吐いた。

 

 とりあえず、下には降りられたわけだ。

 

 巣からの旅立ちは痛ましいものであったが、スタートラインに立っただけである。まだ朝だ。そして何一つ見つけられていない。空腹と口渇と疼痛で、状況はより悪化している。

 

 

 

 冒険は始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 話が重くなりすぎました。こんなはずではなかった。

 レイギエナくんはがんばってサバイバルします。がんばれ!



 1話を投稿してから2年たってますね!書き溜めていたわけでもないし!たまに更新していきたい。次話に着手はしています。

 何回か見直して完璧!って思いで投稿しているわけですが、後日確認するといろいろ修正したくなるから不思議ですよね。深夜のテンションで書いていることが多いので、妥当ではあるのですが。

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