あてもなく彷徨い、太陽はすっかり天頂に達していた。気温は高くないが、遮るものが少ないせいでじりじりと全身が焼かれている。汗はかいていないが、喉はすっかり乾いており雑草を噛んでもろくに唾液がでなくなってきていた。擦れた足は痛み、疲労で足が自然と止まる。長時間歩いているが子どものレイギエナの歩幅であり、大した距離ではない。それこそ飛べればあっという間の距離ではあったが、レイギエナにとってはこれが精いっぱいだった。
みず……みず……
もう何度その言葉をつぶやいたか定かではないが、一向に見つかる気配がしなかった。水音もしなければ、水辺の独特な匂いや湿気も感じない。見落としている可能性もあるが、戻って確認するよりも前進した方が確率が高そうな気がして歩き回る。後退する気力もない。
状況の改善がないままに歩いていたがふと気になる匂いが鼻についた。少し生臭いような獣臭い匂いであり良い匂いとはいえないが、嗅いだことがある匂いである。
一気に気を引き締めて、慎重に匂いを嗅ぐ。
モンスターのにおいか?でも周囲に気配はないし、物音もなし。……なんの匂いだ?
少なくとも水の匂いではない。正体は判明しないが、不思議と危険な匂いとは思えなかった。ハンターとしての経験則ではなく、どちらかといえば本能的な部分がそう判断している。
匂いの元を辿るように進路を変える。だいぶ薄らいでおり集中しないと感じとれないほどである。匂いの主が通ってからだいぶ時間が経過しているようだ。
集中しながら匂いを辿っていくと、開けた高台の上に出た。坂を下ってきたが、陸珊瑚の台地としては高いところを歩いていたいようだ。高台からの景色は空が半分を占めている。それでも巣に比べれば大したことがない高さだ。
匂いのもとをたどり、顔を向ければ。光が遮られ薄暗くなった珊瑚の壁、ヒカリゴケが放つ薄ピンク色の光にぼんやりと照らされて、大きな爪痕が刻まれていた。岩と同じほど硬い陸珊瑚の床に、はっきりと4本線が細く長く存在を示すかのように削りこまれている。陸珊瑚の台地で何度も見かけたことがある痕跡であり、間違いないだろう。この痕跡の主は間違いなくレイギエナだ。
大きいなぁ。自分が小さいのか?ハンターのときは気にしてなったが、けっこう大きいんだな。
無理かとは思ったが試しに自分も床に爪を立ててみる。全力で握り締めれば、引っ掻いただけのように薄く浅いが、それでも爪痕を残すことができた。見比べれば、およそ三倍だろうか。
これで蹴られたら死ぬな。ははっ。
笑うしかなかった。改めて自分の小ささを実感する。大きさは強さだと言っていた人もいたが、確かにその通りである。勘弁してほしい。
一方で自分の握力は陸珊瑚を削れるほど強いものであることを知ることができた。走ることには向かないが、握ることには向いているらしい。レイギエナは獲物を足で鷲掴みして狩りをする。そのため足の握力は強いのである。
握りしめる攻撃かぁ。やったことはなかったけど、どうだろうか。
飛べれば上から掴みかかることもできるのだろうが。小さい体ではなかなかうまく活かせそうにない。メイン武器にはならなそうである。
気を取り直して、改めてレイギエナの痕跡について考える。匂いは間違いなくこの痕跡から漂っている。それに痕跡の具合からみて、最近のものではなく少なくとも1日以上は経っているだろう。しかし痕跡があるということは、ここがレイギエナの縄張りであったことは間違いなさそうだ。縄張りを持たない渡りのレイギエナが偶然つけた痕跡である可能性もあるが、その場合は縄張りの主が怒り狂って他にも痕跡が残っているだろう。1日以上経過して、そのままであるとは考えづらい。
運よくいまのところ見つかっていないが、空には注意しておいたほうがよさそうだ。
そうは考えたが、レイギエナに襲われる可能性は低いと考えていた。レイギエナというモンスターは比較的発見されたばかりであり、研究途中ではある。だがレイギエナは縄張りを定期的に巡回し、侵入した大型モンスターに対しては誰であろうと容赦なく攻撃を仕掛けるほど縄張り意識の強い生態をしている他のモンスターと戦っている時に縄張りに入ってしまい、レイギエナも加わった三つ巴の戦いが始まってしまうことはハンターなら誰もが経験したことだろう。それほど縄張り意識が強いレイギエナが1日以上縄張りを開けるとは考えづらい。
縄張りを変えたか、なにかあったかだな。
陸珊瑚の主とさえ言われるレイギエナが他のモンスターにやられることはまず無いと考えて、新天地にでも移ったのだろうと考えたほうが気は楽だ。
育児放棄されてるけどな!
新天地に自分も連れてってくれればよかったのに、と思うが今更考えたところで何もできない。
もしかしたら子供に縄張りを譲るために出て行った、とか?レイギエナの子育ては知らないから違うとも言い切れないな……可能性は低そうだけどなー……。
いまのところレイギエナの教育方針は放任主義である。やさしさの欠片も感じないが、このせいであんなに気性が荒いのだろうかと考えてしまう。せめて水と食料はわかりやすいところに用意しておいてほしい。
そうだよ……水だよ……
急に口渇感を思い出した。痕跡を眺めている場合ではないのである。その場を離れようとしたが、心の隅に離れ難い気持ちがあった。なぜこんな気持ちなのかわからず、首をかがめて見つめるも変わった様子はない。臭いも変わらず、獣臭いがそこまで嫌いではないだった。翼で触れてみるがなにも変わらない。それでも気持ちは晴れなかったが、匂いを嗅いでいると別の方向からも同じ香りが漂ってくるのを感じた。匂いの方向をみれば、高台を下るような坂道に大きなレイギエナの痕跡が続いているのが見えた。
誘われるかのように痕跡を辿ってレイギエナは進んでいく。何も根拠はない。だが悪いようにはならないだろうと、そんな予感がしていた。
なんかハンターにもどったみたいだ。
心なしか足取りは少し軽かった。
水場、と言われれば川や池といった水が剥き出しになっているものが思い浮かぶが、陸珊瑚の台地ではそれら以外にも水場とされるものがある。それは軟質珊瑚と呼ばれる青緑色をした巨大な珊瑚だ。普通の珊瑚とは違い弾力性があり、生き物が乗るとゆらゆらと揺れるのだ。それだけでなく大型モンスターが乗ったまま暴れると軟質珊瑚は陥没する。結果、落とし穴にかかった状態になるので、ハンターたちは活用していた。この軟質珊瑚は水を貯える性質がある。そのおかげで多くのモンスターが水場として活用している。そして大概、シャムオスたちの住処になっている。
つまりそういうことで、例外じゃないってわけだ。
レイギエナは光が失せた目で、目の前に広がる光景を眺めていた。
肉食獣らしく筋肉質のスラリとした体と鋭い爪が生えた4本の足。大きな口を開ければ獰猛な牙がずらりと並んでいる。さらに、ピンク色の体と大きく発達したギラギラと光を放つ2つの目がシャムオスの特徴である。そんな彼らは水場を守るかのように居座っていた。何度も見たことのある光景だが、今の自分には大きな問題だった。
なんとかしないとなぁ……
レイギエナは頭を抱えた。
できるかぁ!!
まだ水を飲むには早そうな状況ですね。がんばれレイギエナさん!
短くて申し訳ありませんが、ここで区切るのがよさそうだったので切りました。今後はこれぐらいの長さを1話にするかもしれません。いままでも切り時を間違っていたような。自分が書きたいところまで書いているので計画性がない。