龍が如く5.5 ~蕣の絆~   作:けんいちろう

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第一部 第一章 『決意』

 俺が桐生一馬という、明らかにカタギに見えない男に拾われたのが今から六年前。

 

 如何に前世の記憶があったとしても、肉体が思春期の内に孤児として劣悪な環境を一年でも過ごせば精神的には相当参る訳で。どれだけその男が頭に『ヤ』の字がつきそうな人に見えても、差し出された右手は俺からすれば()()()()に他ならなかった。

 

 そしてそんな俺の杞憂とは裏腹に、桐生さんは沖縄で児童養護施設『アサガオ』を創設したただの養父さんだった。加えて彼の不器用な優しさは、恐らく十分な愛を享受し得なかった孤児から慕われる理由としては十分であり、俺も桐生さんから()()()()()を話してもらえる程度には仲良くなった。

 

 因みにそのやべぇ過去なのだが、マジでやべぇ。具体的には単身でメッチャ大きい暴力団相手に何度も一人で立ち向かい、その過程で虎を素手で倒したり、武装した戦闘員100人を真っ向から叩きのめしたり。もはや化物である。というかよくその話を俺にしてくれたなって思った。

 

 当初は流石に盛りすぎだろと思っていたが、その証人が遥ちゃん(桐生さんと最も付き合いの長い孤児、めっちゃ可愛くていい子)であり、そこそこ過ごせば桐生さんも遥ちゃんも滅多に嘘をつかない人柄という事はすぐに分かる。何より目の前で彼が喧嘩してるところ見れば、誰しもが彼の伝説に納得するだろう。複数人チンピラに絡まれてもモノともせず、逆に返り討ちにするオッサンとか怖すぎない?

 

 さて、話を戻して。俺が『アサガオ』で過ごすこと約二年。突如『アサガオ』はその存続の窮地に立つことになる。というか建物ごとぶっ壊された。挙句の果てには遥ちゃんが頬を打たれたので、頭にきてそいつを殴り飛ばしたら滅茶苦茶ボコボコにされた。後から知ったが、その俺をコテンパンにしてくれた男は峯といい、どうも桐生さんが代表だった関東広域暴力団『東城会』の直系組織の頭だったという。

 

 最終的には、いろいろあって桐生さんが東京に乗り込み物理的に頑張ってくれたおかげで、『アサガオ』が完全に潰される事だけは避けられた。当の桐生さんは逆恨みでナイフで刺されて重傷を負ったらしいのだが、そこは流石の伝説の男。普通にぴんぴんして返ってきた。またこの事件で重傷を負った琉道一家も皆助かったし、この件は正に事なきを得たって感じである。

 

 それからまた一年後。桐生さんはまた厄介事に巻き込まれたのか、東京に飛んで行った。でもすぐに帰って来たので特に問題なし。本人も「ケジメをつけただけだ」と言っていたし。

 

 で、ここからが本題なのだが。『アサガオ』で生活してから約五年。俺が19歳になり、沖縄で漁師として働いてそろそろ慣れ始めた頃の話である。いよいよもって綺麗に育った遥ちゃんが大阪の芸能事務所の女性に半ば強引に見出され、アイドルとして活躍するようになる。そして元極道という異色の経歴を持つことに負い目を感じたのか、それとも()()()()()()()()()()()があったのか桐生さんも『アサガオ』から姿を消した。

 

 年長者という事もあって二人に『アサガオ』を任された俺は、琉道一家の人たちの力を借りながら漁師の仕事の傍ら『アサガオ』の運営をするようになる。前世では一介のサラリーマンだった俺だが、この時ほど仕事にやりがいを感じた事はなかった。無論、桐生さんと遥ちゃんに会えない事は悲しかったが。

 

 パソコンに向かってキーボードをひたすら打ち込む作業、もしくは多くの人々に向かってプレゼンの入念な準備をする事。そうしたデスクワークよりも、単純に体を動かす事の方が好きだった俺にとって漁師という仕事は存外相性が良かったのかもしれない。ましてや、同じ孤児の皆の成長を見守る事に一種の喜びを見出したのだから猶更だ。

 

 しかしそんな穏やかな時間はとあるニュースによって終焉を迎える。

 

 2012年12月、澤村遥の衝撃的カミングアウトと電撃引退。そして2013年6月、元『東城会』四代目会長桐生一馬の器物破損傷害罪で逮捕。

 

 まず遥ちゃんに関してなのだが。彼女は東京で公演された大規模なステージで桐生さん、つまり元極道に育てられた事を告白した。そしてそのまま軌道に乗り始めたアイドルグループの引退を宣言する。本人からすれば、桐生さんや『アサガオ』の皆とまた仲良く暮らしたかったが故の決断だったのだろう。しかし流石にタイミングと内容が良くなさ過ぎた。案の定、世間は澤村遥という個人を大バッシングし、ネットでは誹謗中傷の限りが尽くされるようになる。

 

 また同時期に勃発した関西の指定暴力団『近江連合』と関東の『東城会』による抗争。その責任として九州にいた筈の桐生さんが逮捕され、本人も特に弁明する事なく約三年の懲役刑に服すことになる。俺からすれば本当に謎なのだが、本人は「ケジメをつけたいから」と言っていた。残された子供たちはどうするんだって聞いても、彼の意思が変わる事はなかった。

 

 そして桐生さんが『アサガオ』に居ないうちに問題は更に加速する。

 

 「あーマジか」

 

 SNSで「澤村遥、発見!」という()()()()を添付された『アサガオ』の写真と共についに見つけてしまった。遥ちゃんの引退宣言から約1年、寧ろよくもったほうだとは思うが。

 

 「どうするかね」

 

 ぶっちゃけた話、この未来は見えていた。しかし今日までその対応策は見つからなかった。『アサガオ』に帰ってきた遥ちゃんには極力外に出ないように言いつけていたし、大変申し訳なかったが琉道一家の方々にもあまり『アサガオ』には顔を出さないよう伝えていた。しかしそれが俺の精一杯である。

 

 「……で、案の定。もういない訳だ」

 

 早朝。『アサガオ』に戻ったら遥ちゃんは既に姿を消していた。そして遥ちゃんの次に年長者である綾子ちゃんは昨夜、遥ちゃんと話をする機会があったらしい。その彼女が言うには―――

 

 「遥お姉ちゃん、少しの間おじさん(桐生さんのこと)のそばで暮らすんだって。だから暫くの間は帰ってこないって……」

 

 ということらしい。絶対嘘だと分かるが、これも彼女なりの優しさの表れという事か。なんというか、直感だがもっと良くない方向に話が進みそうな気がする。

 

 恐らく遥ちゃん本人は『アサガオ』の皆に迷惑をかけたくなかったのだろう。最近では三雄の野球推薦の話もあったし、スキャンダルの負い目は凄かったに違いない。だが選ぶ選択がどれもこれも極端なのが頂けないし、気に食わない。仮にも俺達を家族だと声を高らかに言いたいのなら、せめて報告くらいしてほしかった。

 

 「おっけ。よーくわかった」

 

 彼女がそういう()()に反したことをするのならば、俺にも考えがある。

 

 「ど、どうしたの? 譲治お兄ちゃん……」

 

 理緒奈ちゃんが心配そうに俺の袖をつかんだ。俺は彼女の頭を優しく撫でながら息をつく。

 

 「皆、遥ちゃんと一緒に暮らしたいよな」

 

 俺の問いかけに『アサガオ』の皆は一様に頷いた。

 

 

 

 ★

 

 

 

 「譲治、その話は本当か?」

 

 強化ガラス越しに、相も変わらずごっつい顔つきの桐生さんがそのように告げた。顔の皺がおっかねぇのなんのって。

 

 「嘘をつく理由がないし、その様子だと遥ちゃんからの連絡もないみたいだね」

 

 「……ああ」

 

 酷く焦燥した様子の桐生さん。彼女、アンタに似て一人で抱えすぎる癖ができてんよぉ。それは人によってはカッコよく映るのかもしれないが、場合によってはただ人を心配させるだけに終わる事を自覚した方がいい。マジで。

 

 「アンタにも遥ちゃんにも困ったもんだ。どうしてこうホウレンソウが抜けるかね」

 

 「……お前には迷惑をかけるな」

 

 「まったくだよ」

 

 笑いながら言う。すると桐生さんは更に苦々しい表情になっては、視線を落とした。まぁ実際、いきなり二人とも消えたかと思えば、二人とも全く同じタイミングで問題を起して、挙句の果てには失踪と逮捕のダブルパンチ。もう胃がキリキリして仕方がない。

 

 「それで、だ。桐生さん、俺はこれから遥ちゃんを探そうと思う」

 

 「なんだと?」

 

 「これは『アサガオ』の皆の総意だ。みーんなアンタと遥ちゃんの帰りを待ってる」

 

 心配そうな顔をしても無駄である。アンタはアンタが今まで行ってきた事の意味を思い知るといい。どれだけ皆が不安に思ったのか、指を咥えながら味わうといいさ。そして刑務所から出た後は黙って幸せを享受しろってんだ。

 

 「……お前の考えは分かった。だがアテはあるのか?」

 

 俺の意思を感じ取ったのだろうか。意外にも引き留める事はしなかった。まぁそれでもしんどそうではあるが。ざまぁ。

 

 「いいや何も。寧ろ桐生さんこそ何か知らない? 例えば何でもかんでも知ってる情報屋とか。元極道ならそういう人ともパイプありそうなもんだけど」

 

 「———ああ、そういう奴なら心当たりがある」

 

 「マジか。いいね。教えてよ」

 

 適当に思いついた事を言っただけなのだが、まさか本当に心当たりがいるとは。この人と会話するといつも思うのだが、どんな人生を歩めばそういうアニメや漫画の登場人物みたいな人達と知り合いになれるのだろうか。いやまぁ、この人の存在そのものが任侠モノの主人公っぽい気がしなくもないが。

 

 「すまない。それは出来ない」

 

 「なんで?」

 

 「()()では話せないからだ」

 

 「あーなるほど」

 

 それもそうか。確かにヤクザさんと関わりのある情報屋、もしくはそれに携わる職種の人ならばまず間違いなく後ろめたい事情のある人だろう。ましてここは刑務所なのだから、おいそれと口にするわけにはいかないのも納得である。

 

 「だがそうだな。神室町には花屋がある筈だ」

 

 「なるほど?」

 

 「俺に言えるのはそれだけだ」

 

 十分である。少なくとも何も知らない状態よりかはよっぽどマシだ。

 

 「ところで譲治。『アサガオ』はどうした?」

 

 「琉道一家を始めとした現地の人たちに頭下げたよ。俺の代わりに面倒見てくれって」

 

 「……そうか。本当に面倒をかけたな」

 

 言葉では謝りながらも、心底安心したように独り言ちる桐生さん。その優しい顔は確かに遥ちゃんと通じるものがあり、だからこそ『アサガオ』の皆はこの二人を慕うのだ。

 

 そして人間誰しも過ちを犯すものだ。それがどんなに優しく強い人でもだ。寧ろだからこそ選択を間違えるかもしれない。しかしそれを補って助け合うのが正しい『家族』のあり様というものだろう。少なくとも俺はそう思う。

 

 「遥ちゃんの件は俺に任せてくれ。絶対『アサガオ』に連れ帰る」

 

 




・山崎譲治
 今作の主人公。天涯孤独だった彼を桐生さんが引き取り、『アサガオ』で育てられる。現時点で20歳で、喧嘩の腕は既に秋山や谷村クラス。
 『アサガオ』の皆の事は非常に大事に想っており、『龍が如く5』の時点でかなり心を痛めていた。たぶん朴さんに一番恨みをもってる。そして『龍が如く5』のラストを知って自分なりに何とかしようとするが、『アサガオ』の運営と食費を稼ぐことでも手一杯で原作同様、遥が家出してしまう。これによりついに堪忍袋の緒が切れて、桐生さんと遥の二人に説教、もとい『アサガオ』につれ戻すために行動を起こす。

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