楓は月明かりが照らす道を駆けていた。
だが楓の道を駆ける行為は、空を駆けているとも見えてしまうが。
「んで、鴉さん。鬼までの距離はどれくらいだ?」
「接触マデ、後五分、後五分!現在、鬼殺隊士ガ交戦中!」
「了解」
楓はそう呟いてから、刀の柄に右手を添える。
楓は今の速度を乗せたまま、居合い斬りの“乱舞一閃”で戦闘を終了させる考えである。まあ、十二鬼月でもない限り、鬼の首を落すことは容易だろう。
「最近思うんだが、下っ端の柱って一般隊士と扱いが変わんない気がするんだが」
「ソウダナ。柱ニナッタカラト言ッテ、急ニ偉クナルト思ウノハオ門違イダ」
そう。楓の元に依頼される鬼の討伐の数は、日に日に上がっているのだ。これは俗に言う雑魚鬼殲滅の雑用とも言えよう。
いやまあ、カナエからも「柱に就任したばかりは、そんなものよ」というお言葉を貰っていたりするが。
「最初ハ仕方ナインジャナイカ?マァ、柱トシテノ権限ヲ持テルノダカラ、問題ハナイト思ウガ」
「まあそうか。ま、下っ端は下っ端らしく頑張りますか」
そんな緊張感が無いやり取りをしていたら、目標を目視する。
そこでは、少女を舐め回すようにしている鬼と、手が震え刀を振っている少女だ。
「……――急ぐぞ」
流石と言うべきか、戦闘時と非戦闘時の切り替えが凄まじい。
ここからは、“桜柱・栗花落楓”の顔を覗かせる。
「了解!了解!」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「こ、来ないで。だ、誰か助けて!?」
少女は、最初の頃は呼吸を使用し鬼に応戦していたが、鬼との実力差を痛感し戦意喪失に陥っているのだ。
「はははッ!鬼狩りの女ッ!優しく喰ってやるから安心しろ!」
少女は後方に下がりながら刀を無造作に振り応戦するが、鬼からしたら木の棒を振っているのと変わらない。
鬼は楽しそうにして、少女を追い詰めていく。
「う、嘘っ!?行き止まり!?こ、来ないで!?」
少女の行く先は、壁に閉ざされた細い道だ。
――もう逃げ場は何処にもない。
「鬼ごっこは終わりか?」
「ひっ!?」
少女は、自分の末路を悟った。
このままいけば、自分は鬼に食われて跡型も無くなることに。
「その表情だ。人間の女の絶望した表情。これに勝る食事はない!」
「い、いやぁ!誰か助けてぇ!」
少女は鳴き叫ぶ。
それを見た鬼は、にやりと笑うだけだ。
「泣き叫んでも誰も来やしねぇよ。さて、どこから頂くかね。久しぶりの女だから迷うなぁ」
少女が、もう死ぬと思ったその時――、
――桜の呼吸 壱ノ型 乱舞一閃。
その時少女は見た、桜が舞うようにして目の前で鬼の頸が空に跳ぶのを。
自身の隣に顔を向けると、そこには蝶の羽織を羽織った鬼殺隊士の姿が映る。刀を納刀しているということは、きっと居合い斬りで鬼の頸を刎ねたのだろうと少女は思った。
少女が礼をしようと声を掛けようとした時、鬼の亡き柄が散っていくのを見た蝶羽織りの隊士は、悲しそうな瞳でその場を見つめて何かを呟いていた。
「あ、あの。助けてくれてありがとうございます」
「ああ。……悪いな、来るのが遅れて」
その時少女は、楓の顔を見て、むむ。と唸る。
何所かで見た事がある顔だ。
「い、いえ。……あの……失礼ですが、桜柱・栗花落楓様でしょうか?」
「あ、ああ。俺のこと知ってるのか?」
少女は、やっぱり。と頷く。
実は一般隊士の間では、楓は有名人でもあった。――そう、分け隔てが無い柱として。
最近では、自身の同期が桜柱とご飯を食べたという話で持ち切りだ。
「はい。一般隊士の中では有名人です」
「そ、そうか」
どのような有名人なのか楓が知る由はないが、まあ悪いことでは無いだろう。と自己完結させる。
それから、真剣な表情で少女を見つめる。
「まあなんだ。自分の力量にそぐわない任務を受けるのは止めておけ。自身の力量が敵わなかったら、最悪、死ぬぞ」
「……はい。胆に銘じます」
少女は先の出来事でそれは身に沁みた。
自身の力量に背伸びをすると、今のような事態に陥る。
「解れば大丈夫だ。てか、一人で帰れるか?」
「大丈夫です。もうこの辺りには、鬼は生息していませんから」
「そうか。気を付けてな」
少女が、はい。と頷くと、落ちていた刀を鞘に納刀し、鬼殺隊本部を目指して歩み出した。
ともあれ、任務が終了し蝶屋敷に帰還している途中で、楓の鴉が右肩に乗る。
「カー!カー!次ハ南南東!南南東!十二鬼月ガ潜ンデ居ル可能性ガ有リ!楓、那田蜘蛛山ヘ向カエ!」
楓は「また仕事か」と、内心で溜息を吐く。
だが、十二鬼月となれば、経験の浅い一般隊士では荷が重すぎる。
「わかった。今の戦況は?」
「隊士ハホボ全滅!癸隊士モ数名入山、入山!」
癸隊士と聞き、楓は炭治郎とカナヲを思い浮かべる。
そして、もしも炭治郎が匿っている禰豆子が隊士たちの前で露見したら、敵と見なされる、かも知れない。それに十二鬼月案件となれば、柱が派遣されている可能性が高い。
「鴉さんよ。詳しい道案内は頼んだぞ」
鴉は「了解!了解!」と鳴いた。
楓は「……無事に済んでくれよ」と懇願するが、そう思い通りにならないのが、人生でもあったりするのだ。
楓は柱としては一番下っ端ですが、柱の強さでは上位に食い込む力量を持っています。