前夜の話から続く、使い魔召喚の儀式の場面です。 既にルイズ以外は召喚が終わり、ルイズだけが召喚が終わっていないところから始まります、7000字程度です。
使い魔召喚の儀式、それは生涯を伴にし、それゆえに自身のメイジとしてのあり方も大筋で決定してしまう、神聖にして重要な儀式。
……とされているらしい、メイジであれば誰でも簡単に成功し、失敗することは考えられない。
……とされているらしい、トリステイン学院においても進級の条件として設定されている大きなイベントだ。
ここ、広場ではいつもの授業ではなく、生徒が思い思いにそのイベントに取り組み、その行程を終えるか、終えようとしていた。
……私を除いて
担当しているコルベール先生は何か言いたげにこっちを見ているが、私の事情を知っているので、下手に声をかけずに見守っている。
さっきからずっとヤキモキしていたのか、キュルケが私に近づいてきて耳打ちする。 ちなみに彼女はサラマンダーの召喚に成功している。
隣にはドラゴンの召喚に成功したらしいタバサがいて、同じように心配そうにこちらを見ている。
「ルイズ、さすがに召喚するフリくらいはしなさいよ、何もないほうがいいって言ったって、あからさまだとバレるじゃない!」
「いや、一応してるつもりなんだけど、召喚するフリ」
「それっぽい顔と態度をして、まともな呪文くらいは唱えなさいって言ってるの! あんた自分が無詠唱で魔法が使えるからって横着しない!」
「それもそうか」
どうやら、このおせっかいな友人は私のことをとても気にかけてくれているようだ、まあいつもどおり真っ当に怒られているとも言えるのだが。
だが、隣りにいたもうひとりの友人、タバサは別のことが気になったようだ。
「キュルケ、声が大きい」
タバサに指摘されると、キュルケはハッとして周囲を見渡し、再び声を潜めてあたりをうかがう、私も周囲に注意を払うと。
(ゼロのルイズのやつ、やっぱり魔法が使えないんだ、あの爆発だって先住魔法のような魔法もどきなんだ、そのくせ貴族ぶりやがって)
(ルイズのやつだってわかってるんだ、自分が魔法を使えないメイジもどきだってな。 だからさっきから召喚をしようとしてないんだ、自分がメイジじゃないってバレるからな)
(へ、どうせ公爵の権限を使って入学したんだし、今回もその権限で進級できると思ってるんだろ、いけ好かないやつ)
周囲からヒソヒソと、聞こえるか聞こえないかのように調整したであろう音量で声が聞こえる。
表立っての侮辱でなければ、私は基本的に言い返さないようにしているのを良いことに、まともな魔法が使えないことの陰口を叩いているらしい。
「ちょっとルイズ、言い返さないの? 明らかに聞こえるように言ってるわよあいつら、当のアンタが言わなきゃ私が言えないじゃない」
「正式に抗議するべき」
キュルケとタバサは、憤懣やるかたないという感じで、あいつらを一睨みしたあと、私に耳打ちする。
私のために怒ってくれるのは嬉しいけど……
「いいじゃない、脚色があるとはいえ、本当のことなんだし、言わせておけば」
実のところ、私のことを面白くないと思う人は多いと思っている。
なにせ、普段から座学(勉強している)と実戦形式の魔法戦闘(無詠唱の爆発魔法が強すぎる)は得意として上手くやっている上に、
さらに地位にも容姿にも恵まれ、無難に社交をこなし、スキをあまり見せないようにしようと立ち回っている。
これはたしかに、私だって、こんな優秀で澄ましたいけ好かないやつがいたら、あんまり気分が良くないかもしれないと思う。
「ちょっとルイズ!」
私のために怒ってくれてありがとうキュルケ、タバサと目で告げながら、しかし私の考えを述べる。
「キュルケ、これは言い返したほうが損だと思うわ。 あいつらも多分そこまで計算してやってる、こっちが指摘したら、そんなことは言ってないってことにするつもりなんだわ」
「そうかもしれないけど、けど! でもルイズ、これじゃあんまりにも…… 」
「やりきれない」
正直なところ、二人が心配してくれてるのは煩わしくもある、私の特殊な状況を鑑みれば、こういうのはついて回るものだし、いちいち反応するヤツは公爵にふさわしくない。
だが、彼女らの言葉はそれをわかった上で好意から出ている、だから嬉しく、ゆえに無視できない。
そんな彼女たちのために、ああいう奴らをちゃんと相手しなくてはいけない場合もあるのかな、と思い直して考える。
だが、やはり今は別に言い返す場合ではないだろう。
「ありがとキュルケ、タバサ。 でも、逆に言ってないことにしかならない以上、貴族として侮辱に正しく対応しなかった、という誹りも受けないわ、だから無視すればいいだけ」
凛と、彼女たちの気高さとは種類が違うが、同じくらいには気高い気持ちを持って、彼女たちに応える。
「……バカね、せめてその苦しそうな表情はやめてから言いなさい。 説得力がまるでないわよ」
「キュルケのいうとおり」
「そうね、ごめんなさいね」
もしかしたらキュルケは計算してやったのかもしれないが、こうやって二人は私の代わりに怒ってくれた形になっているし、もともと彼らに対する私の気持ちはかなり冷めている。
だけど、苦しそうにしていた理由は別にもある、こんな自分の優越感を得るためだけに、自分の品性を下げるばかりか、人の恨みを買うタイプの陰口を叩くやつらが、トリステインの将来を背負っているという事実だ。
こいつらが将来の部下というか仕事仲間だと思うと、気が重すぎる、いくらまだ学生と言ったって、こんな調子ではこの先の統治も政治も期待できない。
そう思ったら今度は別の意味で無性に腹が立ってくる、私だけに仕事をさせる気かこいつら? 粛清してやろうか?
「ルイズ、怖い顔」
「ふーん、あんたらしからぬ面白いことを考えたでしょ。 でも、私も気が変わったわ、あんたはああいうレベルに付き合う必要はない。
一緒にもっと有意義なことをしましょう? 例えば、1回位は真面目に召喚してみるとか」
「……そのとおりね、とりあえず、やってみますか。 爆発するかもしれないし、離れて」
「あら? コントロールする努力をするって言ったのは嘘? その程度の約束も履行できないの、ヴァリエールの次期当主は?
そんな弱っちいのが敵なんて、我がツェルプストーは利権も何もかも奪い放題ね」
「上等! 言ってなさい、むしろあんたらが腰抜かすくらいのを呼んでやるんだから!」
「ルイズ、その調子」
私はラッキーだ、国が違うとは言え……むしろ国が違うからこそ……良い友人でありながら競い合い、共に闘う仲間に恵まれた!
そうだ、どうせならとびっきりのを呼んでやる、私は一芸しかできないが、その一芸が突き抜けていることを見せつけてやるんだ!
「まだ見ぬ我が伴よ! 我が誓いに共鳴する者よ! 気高き使い魔よ! 我が声を聞け! 我は汝を導く標とならん!」
詠唱はどうせ意味がないので、自分の気持ちを乗せるための適当な呪文を唱える、コルベール先生が私の変な呪文を聞いて、怪訝な顔をしているが、知ったものか!
さあ、来なさい、私たちと共にこのトリステインを、いえ、ハルケギニアを変える最高の使い魔よ!
杖に力を込め、気持ちを込める、私の中の魔力が迸り、体を駆ける感触を得る。
……いつもの爆発とは違う、新しい手応え!
瞬間、光が爆ぜた。
私は眩しさに慌てて、倒れ込む。
いつものように爆発したのだろうか?
いつもと違う気がしたが、もし爆発なら誰かに怪我させてなきゃいいけど。
それにしても召喚は失敗か……久しぶりに悔しくて涙がにじむ、思ったより私はこの召喚の儀式に強い執着を持ってしまっていたようだ。
ちょうどうつ伏せに倒れていたので、涙は見られないだろう。 年頃の少女らしい自分を発見して、少しおかしくもあった。
「おい、君、大丈夫か? ……女の子? 触るのはマズいか? いや、状況が状況だし……」
そうやって倒れ伏しながら考え込んでいたら、聞き慣れない声が聞こえた。 私たちより少し低い声、男の子だろうか?
どうやら私を心配しているように聞こえる。
思い当たる相手が居なくて、少し不思議に思ったものの、心配してくれているようだし、答える必要がある。
このままでは情けないし、私は心を奮い立たせ、涙を止めるよう努力して起き上がり、声の主の方を見据える。
どうしよう、本当に知らない人……男の子だ……気になるのは、シエスタのような黒い髪に、黒い瞳に、何より、見たこともない変わったデザイン、縫製の服装だ。
様々な思案が私の頭をめぐるが、とにかくまずは返事してみるしかあるまい。
「失礼ミスタ、少々失敗をして取り乱していたのと、状況をつかみかねていたので返答が遅れました。 私は無事です」
「そうか、それは良かった!」
少年は嬉しそうに笑った、なんとも善良で、人の良さそうな感じである。 だが、やはり彼のような人は知らない。
目の前の少年は、少なくともトリステイン学院の生徒ではないだろうし、スタッフにもこんな子は居なかっただろう、というか、トリステインの人間に見えない、まさかとは思うが……
「ええ、ありがとうございます、ミスタ。 私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。
ここトリステインにて公爵を拝命している、ヴァリエール家の娘でございますが、ご存知で?」
「え? え? ルイズ・フラン…… なんだって? トリステイン? 公爵? ヴァリエール?」
ああ、この反応の感じ、ほぼ確定だわ…… 人間を呼び出すなんて前例あったかしら? 資料を当たらないと……いやそれとも、オールド・オスマンに聞いたほうがいいかしら? というかどこの人?
……落ち着くのよルイズ、こういう時こそ焦ってはダメ、余裕があるフリをしながら、要所をおさえて立ち回りなさい。
「失礼ミスタ、推察するに、そちらも状況が飲み込めていないと思いますが、質問をさせていただきたく思います、よろしくて?」
「あ、はい……どうぞ」
「まずお名前を頂いても?」
「あ、ああ、そうだな、名乗りを受けて名乗らないなんて失礼だもんな、俺は才人、平賀才人だ、高校生なんだ」
「コーコーセイのヒラガ・サイト殿、ですね? 少々不躾で、おかしな質問で恐縮ですが、性がヒラガで、名がサイトでよろしいですか?」
コーコーセーという名の役柄は聞いたことがない、公爵であると述べた私に対しても含むところがなさそうなのもあるし、明らかな異邦人だ、少なくともよく知られた国家・社会に帰属するわけではないだろう。
だが、その自然な名乗りと朗らかな態度から、後ろめたい立場ではないのだろうと推察する、また、格式張った言い回し、腹芸をしていなさそうなことから、
平民、とりわけ職人のような立場(彼らの文化が私たちと近しいとするならだが)であろうと当たりをつける。
「ああ、って、え? 名前と名字が逆なのか? 外国人?」
「ええ、ええ…… そちらから見られたらこちらの姓名は逆でしょうし、私は外国人で合っていると思います、おそらく」
外国人どころか、ここいらで性・名の順で名前をつける国はない、知っているところから来た人物ではない、という推測の確度が上がる。
トリステインの人間でない以上、外国の使節を相手にするような態度を続けねばならないだろう。
もし彼の帰属する集団が今回の一方的な召喚を問題視するようなら、外交問題になりかねないし、ならなくても失点として利用される可能性が高い。
特に今回は明確にこちらの落ち度と言える、それなら、例えトリステインの平民、なんなら犯罪者を呼び出した場合でも、礼を尽くしたほうが賢明だ。
「えっと、ルイズさん、だったよな」
「ええ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、です。 長ったらしいですよね。
名のほうの”ルイズ”あるいは性のほうの”ヴァリエール”とお呼びいただければ」
「わかったよルイズさん、俺も才人でいい。 なんでいきなり外国に居るのかはよくわかんないけど」
私の言葉に、周囲の人間が驚いたようだ、さっきから何やらコソコソとささやき合っている。
聞こえてくる単語から推察するに、私が平民を呼び出したとしてバカにしているつもりなのだろう。
しかも、その平民に頭を下げ、名前を敬称なしに呼ぶことを許している私を罵倒しているようだ。
頭が痛くなってくる、まじでこいつらがこれから先、部下になるわけ?
何をどう暢気に考えれば、人間が召喚された異常さを無視できるのか、このサイトってやつが我々の知ってる平民と同じだと見なせるのか。
だが、今は好都合ともいえる、暢気に異常は何もないと思っていてくれるのなら、今のうちに……
「それについてですが、どうにも私の手違いのようです、召喚の儀式にて、誤ってあなたをここ、トリステインに呼び出してしまったようです。 何か最近変わったことはありませんでしたか?」
「召喚の儀式? えっと、あ、いや…… そういえば、何の前触れもなくいきなり鏡が目の前に現れたんだよな、それが気になって手を伸ばしたら…… そうだ!」
ありがとうサイト殿! その言葉を待っておりました!
「思い当たる節があるご様子で。 おそらくそれは、私が呼びかけた使い魔の近くに現れたのですが、”たまたま”あなたが、使い魔より先に触れてしまったのでしょう、ね、コルベール先生?」
「え?」
一時の混乱から復帰し、途中から成り行きを見守っていたコルベール先生に向かって、私は言い聞かせるように言う。
もちろんこれは嘘で、彼こそが私に呼び出された使い魔だろう、だがそうしておかないとマズいかもしれない、とにもかくにも何もわからないのだ。
この場は一旦手違いということにして、第三者に知られないところでちゃんと情報をやり取りしたほうがいいだろう。
コルベール先生は私の意図を察してくれたのか、突然私に名指しされて驚いたような顔から厳かな表情に変える。
「ええ、そうでしょう、ミスタ・ヒラガ、申し訳ありません、我々の不手際で、意図せず我がトリステインに、あなたは呼び出されてしまったのだと思われます。
ここは一旦解散にして、改めて事情を確認し合ったほうがいいでしょうな。 幸いにしてけが人もなく、皆無事であったことですし。
というわけで、皆さん、使い魔の召喚の儀式はこれにて終了とします、次の授業のために移動を開始してください。
ああ、もちろん、ミスタ・ヒラガと、ミス・ヴァリエールは……そうですな、ここはオールド・オスマンにも相談すべきでしょう、学園長室に来ていただきたいと思います」
なかなかの役者ぶりだ、人畜無害が形をなしたとか、研究室作って面倒な仕事を全部放り投げたいとか言ったのはごめんなさい。
「ご配慮に感謝いたしますわ、コルベール先生」
「あのー、結局どういうことですか?」
「ふふ、サイト殿、それを今から学園長室でご説明しましょう、ということです、いらしてくださいますか?」
「あ、はい、というか説明してもらわないと困ります……」
ふう、とりあえずこの場はしのいだ。
だが、私と同等以上に状況を察知できるほど頭の働く、勘のいいやつらは絶対にいるはずだ、そのことは後で考慮しよう。
しかし、明らかにサイトは異邦人だ、それもとびきりの。 こちらの常識が何一つ通じないところから来たと見ていい。
何者なのか、何を持っているのか、何が出来るのか、全く見当がつかない。
幸いにして善良そうな子なので、演技でなければだが、その手の問題はないと見ていいのは助かるが。
あー、タバサとキュルケがこっちを心配そうに見てる、大丈夫、ちゃんと上手くやるし、後で伝えるから! ほら、行ってちょうだい。
行ったわね。 まったく心配性なんだから。
私がアイコンタクトを終えたのを見て、コルベール先生がため息をつき私に向かって、面倒そうな表情を作る。
「ミス・ヴァリエール、正直に申しますと、あなたを相手にするのは、そこいらの貴族を相手にするよりよほど気を張らなくてはならず、簡単には務まりません。
あまりこのようなことにならないよう、ご配慮・ご容赦いただきたいものですな」
「あら、ミスタ・コルベール、私は泣く子も黙るヴァリエールの女ですよ、当然そこは忖度してもらいませんと、ねぇ?」
私の言葉にコルベール先生は肩をすくめる、いや、申し訳ないことをしたとは思うけどさ、しかも大変そうな案件だけどさ、仕方ないじゃん、コントロールしたいけど、できない体質なんだし。
さっきから気を使っているのだろう、黙ってこっちを見ているサイトにも申し訳なくもなってくるし、はあ……。
「さ、コルベール先生、現状、最もお困りのはずである、サイト殿が置いてけぼりです、ともあれ、まず学園長室に直ちに移動しましょう?」
「ちょっと待ってくれ。 あ、あのさ、その才人殿っての、ちょっとむずがゆいというか、言われ慣れないというか、才人で頼めるかい?」
「私、これでも立場ある人間なので、人の呼び方一つとっても気を使わねばならない身なのですよ、見えないでしょうけど。
申し訳ないですけどサイト殿で我慢してくださいますか?」
「あ、うん、じゃあ仕方ないよな……」
がっくりと肩を落とし、力なくサイトが言う、聞き分けが良くてありがたい。
コルベール先生が慌ててフォローする。
「さ、さあ、ほら、学園長室へ向かいましょう、ミスタ・ヒラガ、お茶とお茶菓子などは如何です、気分が落ち着きますよ」
「あ、ありがとうございます、気を使わせてしまったみたいで……」
本当に善良そうな子だ……罪悪感がつのる。 だがまあ、とりあえず無難にお詫びを添えて送り返せば大丈夫だろう。
……送り返せるところに住んでいたならばの話だが。
どうにも、そうでない気がしている、何かとてつもないことをしでかしてしまったような、そんな感触があったのだ、あの時。
もし、これが取り返しのつかないことであったならどうすべきか……
私は色々な可能性について頭をめぐらしながら、学園長室に向かった。
キュルケとタバサがルイズに気を使う場面の書き方について、別のパターンとして、察して黙っているというものも考えていたのですが、あまりに動きがないのでこちらにしました。
結果的に若干前の話と似た感じになってしまうなぁという感じで、どちらが良かったのかと悩みます。