前話の相談会の後、夜が明けて、物語3日目の朝の話です、9500字程度です。
「着替えるのも面倒だったなら言ってくださいよ。 主人が情けなくて恥をかくのは従者なんですよ?」
「いや、ルイズ、公爵令嬢なんてものは、年頃の女性らしさを捨てないといけないことも多いと聞くけど、これは含まれないだろ……」
次の日、朝にやってきたシエスタに、寝間着に着替えなかったことを見咎められ、一緒にやってきていた才人に呆れられていた。
まあこうやって気にかけてもらってるのはいいことだ。 よく眠れたし、悪くない目覚めだ。
「ダメですね、これは開き直ってる顔です」
「あー、いつものことなのか」
「悪いわね、このシワ。 洗濯は大変かしら?」
「いや本当に開き直らないでくださいよ……誰かさんのせいで慣れました、完璧に仕上げます」
ジトッとした目でシエスタが見てくる、だからごめんって。
だが、本当に慣れたもののようで、いつも彼女の仕事は完璧だ。
「ありがと」
「なーんかルイズって、すごいはずなのに、ほっとけない妹って感じあるよな」
「そうなんですよ! 貴族だからって必要以上に威張ってるのは嫌いですけど、相応に振る舞ってくれないのも、それはそれで困りものですよ……」
うっさいわね…… まあそこらへんは、優秀な友人と部下に任せればどうにかなるし、まだ学生だし、これからでしょ、たぶん。
「そういえばマルトーさん、今日は何を作ってくれるって? 才人も来たことだし、私もいつも以上に楽しみだわ」
「もうルイズったら……」
シエスタ、私のあまりのダメさ加減の前に、思わず地が出たわね。
「ああ、ルイズとシエスタってやっぱり姉妹みたいなものなんだな」
「あ、すみません、つい…… お恥ずかしい……」
「俺の前じゃ普通に喋ってくれて大丈夫だよ、口外もしない……と言っても難しいか、貴族社会だもんな」
「ええ、すみません、才人さん。 お気遣いに感謝します」
「どってことないよ、それで……献立の話だったよな?」
「ええ、献立の話に戻すと、確かトマトを添えた青菜のサラダ、じゃがいもを濾したスープ、大麦のパン、牛肉のソテーと、魚のムニエル、デザートはクックベリーパイ、だったと思います」
「豪華ね! 召喚の儀式の祝いを兼ねてかしら?」
美味しそうなラインナップに、クックベリーパイまである!
話そらしのつもりだったが、本当に楽しみになってくる、マルトーさんのごはんは人生の楽しみの一つだ。
だがふと問題に思い当たる、才人が皆に平民だと思われていることだ。
「そういや才人ってどうしたほうがいいと思う? 食堂で食べてもらう? 厨房で我慢してもらう?」
「ああ、確かにちょっと悩ましいですね」
「何の話だ?」
事情がわからない才人が首をかしげて聞いてくる。
シエスタがそれに答える。
「えっと、食堂は貴族専用ってことになってるんです、使い魔の方は一緒に入れるんですけど、才人さんは平民だと思われてるみたいですから、ルイズさんはそこで揉めたりしないか、心配してくれてるんですよ」
「そ、シエスタの言うとおり、食堂で食べればトラブルの心配があるけど、さっき言ったようなグレードの高いものが食べられる。
厨房でスタッフたちと一緒に食べれば、トラブルの心配はないと思うけど、残った材料で作った賄いになってしまうわ。
それでも感動するくらい美味しいけどね、どうにも舌が肥えてそうな、日本人の才人の舌だって満足させるくらいを保証するわ」
というか、私だって立場がなければ、賄いの方を食べたい。
内緒で何度かお邪魔させてもらっているが、あっちの方が味が好みだし、あの雰囲気が好きだ。
最初の方は貴族だということで嫌われていたように思うが、今では
『よう、どうした、我らの杖。 ははぁ、さては腹が減って、なんかほしいんだろ。 育ち盛りだからな。 遠慮せず言えよ!』
と、まるで(手のかかる)実の娘に接するように対応してもらえる。
平民貴族問わず、どこに行っても私の扱いがそんな感じなのは気になるところだが……
「へえ、どっちも食べてみたいから、まずは食堂にチャレンジしてみてもいいか? 迷惑でなければ」
さすが昨日で十分にわかった、好奇心と前向きの塊。 全く臆すことなく欲望に忠実な答えを言うな。
「わかったわ、悪いけどシエスタ、食事スタッフにも言伝てておいてもらえる? トラブルにならないよう周囲で気を配りましょう」
「かしこまりました、私もそれとなく目を配っておきます」
「俺も気をつけるよ。 ありがとな、二人とも。 いやー、これは楽しみだ」
こいつ本当にいい性格をしている。 なんだか弟ができたみたいで、甘やかしたくなる感じがあり、素直で明るいというのは得をするなと思う。
「そういやタバサとキュルケは?」
「『今日は自分の使い魔と交流したり、他の友人と使い魔の話をしたりしたいし、夜まで別行動にしましょう』 とのことです」
「わかったわ」
私たちは一緒にいることも多いが、何かと一人で居たがることもまた、それなりに多い。 今日は別行動の日のようだ。
「じゃあそれぞれの用事を片して食堂に行きますか」
「おう、部屋の外で待ってるな」
「はい、私もルイズさんの身だしなみを整えたら、仕事に戻りますね」
才人は食堂の場所知らないだろうし、早く着替えをして、彼と一緒にご飯を食べに行こう。
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私たちは当初の予定通り、食堂にて食事をしていた。
なんのかんので私に面と向かって何かを言うのは憚られるのか……怪訝な顔をするものや、ヒソヒソと何かを言っているものは居るようだが……特にトラブルは起こっていない。
「……たしかにこれは感動的に美味しいな、中世~近世までの異世界といえばメシマズが常識! みたいに思ってたんだけど」
「でしょ! ここの食事は辛く厳しい人生の中にある一服の清涼剤、まさに心と体の栄養源よ」
しかしメシマズっておもしろい言い方だ。
そして才人の世界から見たら、食事の時代分類さえもそうなるらしい。
彼の言うところの現代メシウマ(でいいのかしら?)を味わってみたい。
「それにしては、なんでみんなあんなに残したりしてるんだ? 勿体ないなんてレベルじゃないぞ、ありゃ」
「なーんか、自分たちが食べる分以上に出させるのが貴族の権利であり、平民の義務だってのが風潮なのよ、バカみたいでしょ?」
「あー、俺らの世界でも実は飽食でなぁ、大量に廃棄してたりするから、あんまり強く言えないかもしれない」
「へー、そうなのね。 でも、結果として余って捨てるのは、見栄のために最初から捨てるよりはマシでしょ、よっぽど」
「かもな」
周囲に聞こえない程度の音量で会話する。 流石に聞かれたら色々な意味でマズイ内容だ。
分かる範囲でも聞き耳を立てている者がちらほら居るし、この話題を続けるのはトラブルの元かもしれない。
お互いにそのことを察したので別の話題を探そうとしていると、そこに美人二人を侍らせた優男が通りかかった。
って、うげ、ギーシュ(とその彼女のモンモランシーとケティ)だ。 こいつ(ら)悪いやつじゃないし、優秀なんだけど、苦手だ……
「やあルイズ、流石はヴァリエール家きっての才媛だ、普通じゃないことをやってみせてくれる、人間の使い魔を呼ぶなんてな!
モンモランシー、ケティも見てごらんよ、さらには彼女はすごい使い魔を呼んだだけでなく、ちゃんと使い魔を正しく遇して、この食堂に連れてきているときた」
「まあ! すごいわ」
「ええ、彼女は”らしさ”を失わなくて、素晴らしいわね」
ギーシュはトリステイン元帥の息子で、土のドットメイジだ。
彼のゴーレム召喚や、剣の練成の魔法は、ドットとは思えないほどの冴えを見せる。
また軍勢の統率者としてもちゃんと勉学に励んでおり、演習で見せるゴーレムたちを利用した指揮ぶりには定評がある。
だが、何より彼は、
『自分が好きになって、相手が受け入れてくれたのなら、その全ての女性を全身全霊をもって愛せずして何が男だ!』
などと、事あるごとに公言する女好きとして有名だ。
学内で恋愛の第一人者と聞かれると、大半の生徒が、女のキュルケ、男のギーシュと答えるだろう。
そんなこんなで、私とギーシュは正直なところ価値観が違いすぎており、才人とは違った意味で異世界人にしか思えない。
ちなみに、以前から私も求愛されており、今もなお、折を見て求愛されている。
嫌いなやつではないが、立場的にも気持ち的にも受け入れられないので、ずっと断っている。
「それと使い魔の、えっと……」
「とある商人の下で下積みをしていた平民の、サイト=ヒラガです、お声をかけていただき光栄です。
仰るとおり、この度はルイズお嬢様の使い魔をさせていただく運びとなりました、よろしくお願いいたします」
才人がきっちりと打ち合わせどおりの言葉遣い、振る舞いをする。 うん、やっぱりこいつの世界の庶民は、とんでもなく知的水準が高い。
「そう! サイトだ! 悪いね、記憶力のなさを恥じるよ。
それと僕はギーシュ・ド・グラモン、至らぬ身だが、トリステイン軍における指揮官の見習いをさせてもらっている。
偉い貴族と言っても、親の七光りに過ぎないし、ギーシュと呼んでくれて構わない。
また何より君はルイズの使い魔なんだ、もっと砕けて、仲良くしてくれよ」
「まあまあ! ギーシュほどじゃないけど、いい男よね」
「ルイズにもお似合いの素敵な方ね」
もうすでにその暑苦しくて、私にハーレムに加わって欲しいという気持ちを微塵も隠さない雰囲気にげんなりしてくる。
「そうか? じゃあ遠慮なく…… ギーシュってルイズのこと好き……なんだよな?
使い魔の俺がルイズにふさわしいか様子見ってとこか?」
才人のやつ、こいつはこいつでなんなのだ、馴染み過ぎだし、余計なことを言うな。
「そのとおりさ! 君はなかなか鋭いね、ますます気に入ったよ。
君の言うとおり、僕はすっかり気高く強く、簡単にはなびかない、そんなルイズに惚れ込んだんだ」
それにしても、こいつ諦めないしめげないよな、私なんかがそんなにいいか?
「確かに、ルイズってそういう、猫のようなというか、いいとこあるよな」
「うむ、わかってくれるか!
しかし、ルイズの使い魔である君は、もしかしたら恋敵になるかもしれない、人間の男の使い魔ときたもんだ。
そいつがどんなものか気になるってのは、さほどおかしなことでもないだろう?」
「なるほどな、そりゃ道理だ」
あたしを恥ずかしさで殺す気かこいつら! ここは本人の前、かつ公衆の面前だぞ。
「そこで、だ、僕は君に決闘を申し込む、君が本当にルイズにふさわしい使い魔か、僕に示してくれ!」
「いいぜ、受けて立つ!」
ノリが軽い! 当人を無視するな! そして何より……
「ちょっとギーシュ、学園での決闘は禁止されてるわよ! 才人も問題を起こさない!」
目立ったら面倒でしょうが、実際周りの連中も 「決闘だ!」 なんて囃し立ててるし。
それにガンダールヴとはわからずとも、才人の力がバレるのは良いことか悪いことか判断がつかない。
私に苦労を放り投げて、楽しそうにしてるこいつらを見ると、私の爆発呪文の一つや二つ叩き込みたくもなる。
「堅いことを言うなよルイズ、どう見ても男友達のじゃれあいみたいなもんだし、お互い怪我をしないように十分に気をつけるさ」
「うむ、才人の言うとおりだ。 決闘と言っているが、君が嫌なら演習と言っても構わない、加減には気をつけるさ」
……はあ、聞きゃしないし。
まあいいけどさ、もうこんだけ目立ったら同じだわ、才人の力もバレるけど、むしろ抑止力になるかもだし。
「わかったわ、本当にちゃんと気をつけてやりなさいよ」
「ああ、わかってるよ」
「もちろんさ」
了承を取り付けるや否や、すぐに 「木剣を使うべきか、体術だけの対戦にすべきか?」 とか 「いや、興味があるから魔法を使ってくれ」 だとか 「真剣を使っていいか?」 だとか、物騒なことを相談し始めるお気楽な男子共。
あんたら本当にちゃんと加減するのよね?
疲れた表情をしている私に、モンモランシーとケティがすっとお茶とデザートを差し出してくれる。
この娘たちも心配じゃないのかしら?
「……それにしてもモンモランシーもケティも、よくあいつの彼女してあげてるわよね、疲れたわ」
「ふふ、ルイズ、ギーシュったら、あれでも皆の前では虚勢を張ってるだけなのよ。 ドットメイジなのもコンプレックスみたいだし。
偉大な父の元に産まれてしまったから、重責に潰されないように、一生懸命もがいてるだけなの」
「そうなのよ、別に指揮能力さえあれば、指揮官はドットだろうが、スクエアだろうが、いいはずなのにね?
でさあ、そのことをあいつは、ベッドの上で、私たちに泣きついてくるのよ……これがまた可愛くてねぇ、ほっとけないのよ」
「……ごちそうさま」
なんなのだあんたらは、甘いのは今日はクックベリーパイで足りているわよ。
「でも、悔しいけど…… 嫉妬しちゃうけど…… あいつがあなたのことを好きなのも本当のことよ? 『ルイズはすごい!』 っていつも言ってるもの。
彼女二人の前で他の……しかも自分を袖にしてるような……女の話、ふつうする? そういう変に真面目でダメなとこも、とーっても可愛いんだけど」
だから惚気けるな、塩まくわよ。
「まあどっちかというと尊敬の気持ちかもしれないけど、それでもあいつの好意がホンモノなのは確かよ?」
「……知ってるわ、だから困らされてるんじゃない」
ちゃんとした好意で接されたら、さすがに私でも無視することは出来ない、ギーシュの場合、計算でそうしてるんじゃないのも強い。
けどあいつのこと、恋愛として好きになるの難しいのよねぇ、いや、私はそもそも恋愛として誰かを好きになる能力が低いのかも。
「ま、そんなわけで、私たちくらい、あいつの側にいてあげないと可哀想でしょ?」
「そうよ、ギーシュったら、私たちがいないと、潰れてしまいそうなんだもの」
「なるほどね」
ま、そういうものかしら、キュルケ先生あたりにまた聞いてみよう……
女二人はそれでいいけど、男二人は決闘だか演習だかは本当に怪我がないようにしなさいよ。
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なぜかバラをくわえて格好をつけているギーシュと、これまたなぜか真剣を構えている才人が中庭で向かい合っている。
「諸君、決闘だ!」
ギーシュ、バラはサマになってなくもないけど、決闘じゃなくて、演習よこれ。
「ルールは簡単だ、僕がバラを投げる。 地面に落ちるのが開始の合図だ。
どちらかが参ったというか、僕が杖を落とすか、才人が剣を落とすかで決着とさせてもらう。
なお、勝者にはルイズのキs……」
「ないわよ」
あるわけないでしょ、勝手に決めるな。
「またフラれてしまった、まったく、ルイズってば、つれないよねぇ、才人」
「ああ、悪い、俺はコントラクト・サーヴァントの関係でキスしちまったわ」
「なっ!」
なっ!
ギーシュ同様に私も驚く、というかこの野郎は何勝手に暴露してくれているのか! いや、当然この学園の生徒なら誰でも推測がつくことなのだが。
「ちょっと才人?」
めちゃくちゃ怒るわよ? 外野も 「あのルイズが平民とキスした!」 なんて、うるさくなってるし。
「ああ、いや…… 悪い、誰でもわかることだと思って」
そういう問題ではない、いちいち言うなといっているのよ。
しかもその返答で「キャー」なんていう黄色い声も上がりだすし……
「ぐっ…… いやだが…… それは契約魔法の関係で仕方ないことで……」
ギーシュが何やらブツブツ言っている、まあ想っている相手のファーストキスが、場の流れで仕方なく失われたとあっては、誰であろうとショックだろう。
どっちにしろ私が彼とキスする関係になることなど、この先ないと思うけど。
だが、ギーシュはそんな私の考えと無関係に盛り上がっている。
「才人! 君にあらためて決闘を申し込む!
どうやら僕には君を叩きのめさないといけない理由ができてしまったようだ!
そして、僕が勝ったあかつきには、あらためてルイズのファースト・キスをもらう」
だから勝手に決めないでよ。 しかももう、誰にもどうしようもないものを戦利品にしようとしているし。
……あいつ、私のことが好きすぎないかしら?
「わかった、それでいこう」
ちょっとちょっと? あんたたちは当人の意思という大事な話をご存知かしら?
「感謝する、全力で行くぞ!」
「望むところだ!」
男二人の勝手な物言いに、外野のテンションもうなぎ登りだ 「平民に負けるなー!」 とか 「平民も意地見せろー!」 とかの声も聞こえてくる。
もはやもう、完全に余興と化してしまっている。
だが、そんな外野のテンションと違って、きっと私の顔は青ざめているだろう、ギーシュは才人がガンダールヴなのを知らない。
あまりにも未知数で、何がどうなるのか全く予測がつかない、正直今すぐやめさせたいくらいだが、この場を鎮めるのは難しそうだ。
「ちょっとー! 演習よ、演習! わかってんのかこのバカども!」
周りに人がいるし、バカなんて言うのは体裁が良くないが今更だ、あいつらに一言いっておかないと気がすまない。
それに、ほんとに加減してもらわないと大変なことになりそうだ。 しかし腹立たしいことに、このおバカどもはそんなことを考えてないだろう。
私の言葉が聞こえているのかいないのか、ギーシュがバラを手にもって才人に告げる。
「準備はいいかい?」
「いつでも」
才人の言葉を受けて、ギーシュがバラを投げる。
バラが地面に落ちた。
ギーシュが詠唱のために杖を構えて、魔力をこめようとする。
それを見て、ギーシュがゴーレムを4~5体召喚し、鶴翼のような陣形をとらせて様子見するだろうな、と私は予測する。
……まさにそんな思考だけが可能な刹那の間…… 才人が一息で距離を詰めて、ギーシュの杖を剣の柄で叩き落とした。
一瞬。
その場で息を呑んで見守っていた観衆が、そのまま凍りつく。
誰もが、何が起こったのか把握できていない、時が止まったかのように静寂が支配する。
誰も言葉を発することが出来ない、呪文の詠唱にさえ入らせてもらえなかったギーシュも呆然としているし、私も呆気にとられた顔をしているだろう。
その凍りついた空気を気にもとめずに、才人が申し訳無さそうに口を開いた。
「悪いなギーシュ、戦利品を先にもらったのは、こういうことだったんだ」
そのどこか憎めない才人の笑顔に、気を取り戻したのか、ギーシュが苦笑した。
「……驚いた、君を侮っていたことを正式に謝罪するよ」
「なに、こんなの誰も予測できないさ」
「そうだな…… 参った!」
杖は落ちたが、さらに正式に降参を宣言するギーシュ、それを見て次第に止まっていた観衆が動き出す。
「すげえ! あのギーシュをただの平民が倒したぞ!」
「お前あの才人ってやつの動き見えたか? 俺もほとんどわからなかった」
「よく見たら優しげで顔もいいし、強いし、あの才人って子、いいわ……」
様々な肯定的な言葉が飛び交い、ガヤガヤと場が騒がしくなる。 見ればギーシュと才人も何やら言葉をかわしている。
その他もよく見てみると、一部の私たちのことをよく思わない連中は舌打ちし、そしてその場を去っている。
問題はここで、この事態の異常性にちゃんと気づいてる、抜け目ないやつがどれだけいるかだけど……
どうやらあまりいなさそうだけど、何人かは居るようだ。 そしてそれは以前からチェックしていた生徒が大半だ。
そんな周囲を見渡し観察をしていた私に、才人が近づいてくる。 顔が「すまん」と言っていた。
……だから最初からやめときなさいって言ったのに。
「なんか、契約ですごい使い魔にしてもらったってのは聞いてたけど、俺らの世界で言う異世界チートそのものだな、これ。
読んでる分には爽快で俺は好きだったけど、自分がなってみると、気持ちよさより申し訳無さが勝るな」
「……そうね」
誰にも聞かれないように才人が私に言う、その内容は昨晩に聞かされていたので、私も呆れながら同意する。
才人はあの時、彼の世界では肉体のトレーニングの手法も科学的に研究されており、勉強すれば大抵の人は効率よくやれるようになっている、というような話をしていた。
そんな優れた手法を持つ才人の世界でも、人間の強くなり方は基本的にゆっくりで、すぐに限界に達するらしい。
こちらの世界でも非メイジだとそんなものだ、メイジはそれを圧倒的に超える魔法を持つが、それだって今の才人の動きには遠く及ばない。
ガンダールヴというのはメイジすら軽く超越しているらしい。 彼の言うチートそのものだった。
確かにこんなんじゃ、ギーシュにも、色んな人にも申し訳なくもなるだろう。
フライの魔法を駆使し(私は使えないが)、空中での機動戦すら想定するメイジが、目で追うのがやっとの速度、か。
「本当にこれは”なにもかも踏みにじることもできる”おそろしい力ね、次からは考慮して振るいましょう」
伝説は本当に伝説だったということだ、私自身への評価も改めねばならない。
「だな、俺、実はさ、”異世界チートの主人公みたいだ” ってはしゃいでたんだけどさ、これはちょっとやりすぎだよな…… 反省した、考えてかなきゃ、危うい」
確かに、これは目をつけられるし、自身の心にも良くない影響があるかもしれない。 あまりに過ぎた力だ。
「……きっと私もそうなんでしょうね、本当に頭が痛くなるわ。 でも考えようによっちゃ、自衛は当初想定していたより大丈夫そうだってことね」
「だなぁ、こんな身体能力のやつをどうにかする方法、ちょっとわかんないぜ」
「それなんだけど、私自身は虚無の魔法が使える可能性が高まったけど、身体能力は別に変わんないのよね。
剣の心得が多少はあるけど、不安だからこれからは護衛として出来るだけ、ついて回ってほしいわ。
同じことだけど、才人は私の部屋で寝るようにしてちょうだい」
「……いいのか?」
「まあ年頃の男女だから、同じ部屋で寝るというのは外聞がよくないのは確かなんだけどね……
噂とか外聞とかより、まず自衛でしょ。 あんた、私が誰かの害意に晒された時、一緒の部屋じゃなくても遅れない自信ある?」
「確かに、そりゃそうか」
そうだ、私たちはついさっき自覚したのだ、自分たちがどれだけ注目を浴びて、危険な身の上であるかということを。
「はあ、さようなら私の平凡な公爵人生、ようこそ疑心暗鬼、暗中模索の人生」
「……ただの公爵の人生も平凡とは言えないような? ルイズの場合は特に」
「うっさいわね、そのとおりだけど。 こうなんというか、想定外な上にキャパオーバー過ぎて、心労がすごいのよ」
「ま、夜には例のアルビオンとやらの話も含めて、また昨夜のメンバーで相談するんだろ? その時に、また皆で考えようぜ」
本当に異世界から呼び出されてこんな世界に来て、こんな状況にまでなって、不安だろうに、こいつはいつも明るい。
こいつの、こういう前向きさは、すごいありがたいことかもしれない。
「ま、確かに、頼りになる仲間もいるし、どうにかなるかもね」
「だろ? さ、次は授業だって話らしいし、さっそく護衛するから、移動しようぜ」
「あー、そうか、授業も一緒じゃないといけないのか。 なんか言われそうでいやねー」
珍しい人間の使い魔を呼び出したとかどうとか。
「ま、全部どうにかするし、どうにかなるさ」
「そう願うわ」
そうやって会話しながら、私たちは教室に移動する。
そのあとミス・シュヴルーズが私たちが思ったとおりのことを言って、私と才人は顔を見合わせて可笑しそうに笑ってしまう。
彼女がそのことに若干不機嫌になったことから、私たちは事情をなぜか知らないこともわかってしまい、さらに笑ってしまう(授業後にオールド・オスマンとコルベール先生に苦情は入れた)。
怒った彼女が、私に錬金の魔法を実演するように言ってきたりと、些細なトラブルはあったものの、特に何事もなく授業時間は過ぎていった。
さて、夜には皆とこれからの話、特に当面の戦略目標であるアルビオンの話をしないといけない。
本当は、シュヴルーズ先生の授業で、錬金に失敗して爆発して「私は本当はゼロのルイズなんだ」と述べるシーンがありますが、このルイズには必要がないシーンだと考えて、飛ばさせていただいております。
また、色々な流れがあって数日経てからの朝食で、モンモランシー香水経由のギーシュ戦のはずですが、都合により最初の朝食で描写させていただいていおります。
また、ギーシュは思ったより味わいのある好人物に描けたのですが、それゆえにこの後の出番を諦めてもらうことになりました(他を食べてしまうところがあるので)。
自分の想定よりギーシュを味わいのある人物に描けて、動かしていて楽しかったです、結果的に、自粛してもらうのは断腸の思いです。