《A.D.1989 07 26 同所》
二人の会話の末に生まれたのはただただ混乱。
キリエとリジーナは暫時硬直し、互いの知識の食い違いを必死に脳内で整理していた。
リジーナにはイジツとかいう見たことも聞いたこともない地名が。
キリエにはロンド大陸とかアーキアイズ大陸とか知らない地名に加えてイジツに存在しないはずの海が混乱する頭の中でぐるぐると回っていた。
「ちょ…ちょっと待ってくれ。明らかに知識に食い違いが発生しているんだが」
未だ混乱するリジーナと違ってキリエは何か納得したような表情で腕を前で組んでいた。
「…やっぱり穴の先だったんだ」
「穴…? どういうことだ?」
「……信じてくれるかはわかんないけど、とりあえず話すね」
決心したような表情でキリエは話し始めた。
キリエから事の経緯を聞かされたリジーナの反応はといえば、ある程度はキリエの予想通りだった。
「成程な、確かに常識的に考えれば信じ難いことだ」
ここまでは予想通り。
しかし、それに続けられて放たれたリジーナの言葉にキリエは驚愕した。
「……だがな、空中に開いた穴だったか。かなりの昔だがそれに遭遇したことがある」
そう言った途端、ベッドに備え付けられたテーブルから身を乗り出して飛びかからんとする勢いで目を見開いて本当かと詰めよって来るキリエに圧倒されて思わずたじろいでしまった。
リジーナは過去にあの
また、その時に失った
「俺は元空賊だった。お前にはまだ話していなかったな」
「元ってことはもうやめたの?」
その問いにリジーナは静かに首を縦に振る。
「まあ色々あってな、元居た空賊団は無くなってるよ」
「そうなんだ」
「話を戻すが、穴を見たのは空賊時代の頃だ。その時は三機で編隊を組んで哨戒飛行をしていたな」
話をしながらリジーナはあの時のことを思い出した。
《おいリジーナ!嵐が強くなってきてるぜ!早く撤退しねえとやばいぞ!》
《ねぇちょっとこれヤバいんじゃないのぉ!?》
『ダメだ!!ここで逃がせば母艦の位置がバレる!!何としてでも奴らを墜とせ!!』
嵐の雷鳴、それに続いて聞こえてくるレシプロエンジンの空気を震わせる轟音。
スロットルレバーを限界まで押し込み、敵機に照準を合わせて発砲する。
しかし嵐の中、視界の悪いこの状況で彼らは手間取っていた。
哨戒飛行中に出くわしたのは偵察機三機で構成された編隊だった。
嵐が強まってきたので帰ろうとした矢先の出来事だ。
哨戒網をくぐり抜けられればすぐそこにリジーナ達の飛行母艦があり、もし場所が見つかってしまえばその情報が敵の各部隊まで行き渡り、忽ち袋の鼠と化すだろう。
敵の偵察機は双発機だった。
本来ならば墜とすことも容易なはずが嵐によって起きる乱気流と積乱雲に遮られる視界に邪魔をされて中々墜とすチャンスを掴むことが出来なかった。
《よしっ!何とか一機は墜とせそう!!》
《頼むぞ!
『こっちも何とか墜とせた!後はブレイブマンだけだ!』
雲の中へと墜ちていく偵察機だった残骸を見下ろしながら戦友の様子を見守る。
嵐の乱気流で機体が大きく揺らぎ、下手をすればスピン状態に陥りかねない。
あともう少しで帰れるのだ。
ブレイブマンがあの偵察機に20mmを浴びせれば直ぐに終わる。
そう思っていた矢先に、ブレイブマンがおかしな事を言い始めた。
《あ、穴だ!!偵察機は穴の中に逃げた!!》
『急にどうした!幻覚でも見たか!?』
《おいその先は嵐のど真ん中だぞ!旋回しろ!!》
二番機が警告したのにも関わらず、三番機であるブレイブマンの機体は一向に旋回する気配を見せなかった。
《だ、ダメだ!!吸い込まれる!!操縦不能!!操縦━━━》
『おい!!ブレイブマン!!どうした!?応答しろブレイブマン!!』
突然途切れた無線に歯を噛み締めながら操縦桿を握り直し、ブレイブマンの安否確認の為に急降下して先程ブレイブマンがいた高度まで下がった。
そこにブレイブマンの機体は無かった。
代わりにそこには、見上げる程の何か、巨大な影があった。
薄暗い積乱雲の中で時折雷光に照らされてその輪郭をはっきりさせる未知の物体に二人は言い知れぬ恐怖を覚えた。
例えるならば、まるで口を大きく開けた白鯨の前に立たされたような感覚だった。
『クソっ……!母艦に戻るぞ!これ以上の長居は出来ない』
《……分かった》
そして二機は翼を翻して母艦のいる方角へと帰った。
今でもあの恐怖は忘れていない。 忘れられない。
あの状況で唯一理解出来たのはブレイブマンは少なくとも