スポットライトが私を照らす。暗闇の中、ぽかんと大口を開けたその光が私を見つめている。私は上を見上げ目を細めた。
これをスクリーン越しに見る観客達は、あとからCGで付け足されたオーロラを見るのだろう。
だが私の目に映っているのはただの緑の幕。背景色のために飾られた、なんの変哲もない、ただの布。こんなものを見ながら演技をしろなんて、正気の沙汰ではない。
だが私には見える。ハッキリと、あのオーロラが。
ああ、なんて綺麗!
柔らかな静寂と、煌めく夜の中に力強く存在する、その美しい光! まるで私の手に届きそうな程に溢れる、その圧倒的な開放感!
ゆらゆらと揺蕩う色鮮やかなカーテンを脳裏に映し出しながら、私は演じる。
演じる、演じる、演じる。
不意にスポットライトが消えた。いや、移動した。
先程までは微動だにせず私を照らしていたスポットライトが、横に移動した。
ちらりと横目で盗み見ると、私と同じくらいの背丈の少女がスポットライトの真ん中で立っていた。白っぽい髪をツーサイドアップにした、小学生くらいの女の子だった。
私と同じくらいの年齢であろう少女は、ゆっくりと手を伸ばした。
──まるで、空に散らばる無数の銀砂を掬うような──
世界が一転した。今まで私が思い描いていたオーロラが吹き飛び、代わりに、暴力的とも言える程の勢いで百城千世子の描くオーロラが、私の……いや、私達の脳内に描き出された。
吐息が白く霧のように虚空へと消えていく。固く踏み締めた地は白く、どこか頼りない。当たり前だ、オーロラが見えるということは、ここは極寒の土地なのだから。今着ている服までも、防寒着のように思えた。
空を見上げる。雄大な夜空が私の前に広がった。あまりの重厚さに、圧し潰されてしまいそうだった。
散りばめられた星々は夜空で燦然と煌めき、その存在感をじゅうぶんに発揮している。
しかしそれよりも、それらの星々が霞んでしまうほどのオーロラ。
夜空に描き出されるオーロラは、不可思議な文様を描きながら生き物のようにうねる。静かに、それでも美しく。まるで日本舞踊のような鮮やかさに、私の目は眩んでいた。
息をすることも忘れて、ぼうっと緑色の幕を眺めていた。
それが緑色の背景色だということすら、忘れていた。
私達を評価する人々も、また、百城千世子自身も。
しんと冷えわたる空気と、恐怖すら覚えてしまうほどの静寂。そんな中に、彼女は存在していた。
演じきっていた。
本能でわかってしまった。
ああ、私は彼女に敵わない。
私はこの時初めて気づいた。気づいてしまった。
私は
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目を覚ます。いつもの見知った天井が私を見下ろしている。
身を起こすとカーテンの隙間から差す朝日が顔に当たる。手を翳しながら時計を見ると、既に八時を回っていた。
「遅刻だ」
ぽつりと、そう零した。遅刻だというのに何故か頭は驚くほど冷静だった。
どうせ急いでも遅刻なので、ゆっくりと支度をすることにする。
顔を洗い、歯を磨き、制服に着替えて朝食を摂る。
コーンフレークにミルクを注ぎ、朝食のついでにとテレビをつけると、姦しい音が溢れだしてくる。
清涼飲料水のCMらしい。一人の少女がペットボトルを傾けて水を飲んでいる。
ごくりごくりと飲料水を嚥下する度に、彼女の細く白い喉が艶めかしく動く。唇の端から漏れ出た一筋の飲料水が、彼女の顎を伝い、首筋を通って、白いワンピースの中へと吸い込まれていった。
背景には雄大な入道雲。眩しいほどの青空と太陽が、CM内の季節が夏だということを知らせてくれる。蝉の声が聞こえてきそうだった。
眉の上で切り揃えられた綺麗な白髪。ふわりとしたショートボブのような髪型が、背景と合わさって、爽快感を生んでいた。
ぷは、少女の口がペットボトルから離れる。水滴が宙に舞う。ふわりと髪が靡く。そしてカメラを向いて、満面の笑みを浮かべた。琥珀色の瞳が眩しそうに細められた。
『やっぱり夏には、○○が合う』
テレビの中の彼女が、その透き通った声音で宣伝をする。
その声音に微かな嫉妬を覚えながらも、コーンフレークを半ば流し込むように食べる。
彼女の名前は百城千世子。大手芸能事務所"スターズ"に所属する若手女優である。
弱冠17歳にしてスターズの広告塔であり、その演技は大人すらも唸らせるほどのもの。
私はテレビの電源を消し、鞄を持って玄関を出た。
見上げた空は快晴で、気持ちいいほどの春日和だ。新学期にはちょうどいいと言える天候だろう。遅刻しているが。
しばらく歩いていると、大きなデパートが見えてくる。デパートの外壁には、これまた大きな看板が付けられていた。
「百城千世子……」
口の中で、その名前を転がした。少し苦いような気がした。
看板から顔を背け、歩みを進める。
勘違いして欲しくないが、私は何も百城千世子が嫌いな訳では無い。いや、寧ろ逆だ。私は彼女が好きなのだ。彼女を愛していると言ってもいい。
だがそれでも……彼女のことが大好きでも、彼女の活躍を素直に喜べない理由がある。
不意に、ポケットの中に入れてある携帯が震えた。取り出してみてみると、メッセージが届いていた。送信者の名前は、『百城千世子』。ドキリとした。
メッセージアプリを開いてみると、そこにはとても簡素な文章で、今日学校が終わってから会えないかと書かれていた。ポンと、付け足されるかのように、百城千世子の顔のスタンプが送信される。
いいよ。送信。すぐに既読がつく。
溜息を吐いて携帯を仕舞う。
私、
「ちょこ、頑張ってるなぁ」
それは、私が彼女の幼馴染であるから。
そして──
「…………すごい、よなぁ」
私が、彼女に完敗し、役者を辞めてしまった、敗北者であるから。