アンダードッグは彼女の横で   作:島流しの民

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特に理由もなく柴犬の里親を決めるサイトを眺めていたらこんなに時間が経ってました。


Scene10 : デート

 

 

『デスアイランドの収録、とても面白かったわ!』

 

『それはよかったね。いつ帰るの?』

 

『もうクランクアップ? したから明日帰る予定!』

 

『へえ、もう帰るんだ。なら今度会った時に、授業の内容写したノート渡すね』

 

『ありがとう! あ、これ千世子ちゃんのスタンプ。可愛いでしょ?』

 

『可愛い。私も持ってるよ』

 

『あとこの写真! みんなでバーベキューした時の!』

 

『いいね』

 

『あとこの画像見て! みんなで枕投げした時の写真!』

 

『楽しそうだね』

 

『あとこの──』

 

 

 携帯を閉じた。

 ひっきりなしに震える携帯を机の上に置いて、私は大きく息を吐いた。

 

「夜凪さん、やばくね」

 

 百城千世子から夜凪さんの連絡先をもらい、一緒に会話してみたのだが、夜凪さんのはしゃぎっぷりがすごい。いや、まあ初めての携帯なのではしゃぐ気持ちもわかるが。

 数日前までデスアイランドの撮影地を台風が襲っていたらしいが、どうやら無事に撮影は終わったらしい。夜凪さんのテンションは初めての撮影によって最高潮まで達していた。何だか、初めて彼女の横顔を眺めた時には考えられないくらいにはしゃいでいる。

 未だに震える携帯を横目で眺めながら、私は静かに目を閉じた。

 

 ここ数日は百城千世子に会わなかったためか、何だか酷く不安定だった。嫉みや妬みが心の底から溢れてきて、ひっきりなしに百城千世子と夜凪さんを責め立てていた。そしてその後に押し寄せてくる後悔と自己嫌悪の波。

 凹んでは立ち直り、テレビをつけて百城千世子を確認しまた凹む。

 そんなこんなで幾日かを過ごしていた私だったが、幸いなことに夜凪さんのマシンガンの如きトークに付き合っていたせいで、暇だとは思わなかった。というか、思えないくらいずっとメッセージが来ていた。何だか怖い。

 ちなみにずっと凹んでいたので『初恋』を結局読むことが出来なかった。これ以上延滞していると本気で怒られそうなので、私は泣く泣く二冊を図書室に返したのだった。

 

 さて、先程からひっきりなしに震えている携帯をいつまでも無視する訳にはいかないだろう。

 ゆっくりと携帯を拾い、画面を見てみる。夜凪さんから二桁ほどのメッセージが届いていた。

 しかしそれよりも私の目を引いたのは、その下に表示されていた名前であった。

 

『百城千世子がメッセージを送信しました』

 

 メッセージアプリを開く。そこには、簡潔に「明後日会おう」という文章が書かれていた。

 

「…………」

 

 私は何も返信せずに、再び携帯の画面を閉じる。

 そして意味もなく立ち上がり、そこら辺をウロウロしてから後、椅子に座った。座ったからといって、百城千世子に返信する気は起こってこない。

 私は未だに彼女から逃げている。いや、ここ数日だけではない。あの日、私が役者を辞めると決断した日から。

 

「臆病だね」

 

 呟く。返ってくる言葉はない。

 返ってきていたのなら、ある程度はこの倦怠感を拭い去ってくれていたのだろうか。

 まあ、どうでもいいけれど。

 

 椅子から立ち上がり、ベッドに倒れこむ。もう今日は何もしたくない気分だった。携帯がまた震えた。見なくてもわかる、百城千世子からだ。

『大丈夫? 何かあったの?』

 そんな文章に涙が出そうになった。そんな自分が惨めだった。

 

 早く夜凪さんに会いたい。彼女に会って、少しでもこの虚無感を消し去りたい。

 胸を圧迫する嫌悪感と苛立ちを忘れるかのように、私は目を閉じた。どうせ眠れないけど、少しはその気分になりたいのだった。

 

 

 ▼

 

 

 部屋に小さく響いたベルの音で目が覚めた。

 寝ぼけた頭を揺らしながら、玄関まで歩く。

 そのままドアを開けようとしたが、その瞬間に目が覚めた。

 

 一体誰だろう。時計を見ると朝の七時だった。どうやらベッドの上に倒れこんで、そのまま一日中寝ていたらしい。身体の節々が痛んだ。

 ドアに付いているのぞき穴を覗くと、そこには片方の目を閉じて同じくドアののぞき穴を覗いている夜凪さんの顔があった。のぞき穴のレンズによって不自然に歪んだ彼女の顔は、それでも美しかった。何だか、下手くそなウィンクをしているようだった。

 

 ……というか、何故夜凪さんがこんな時間に私の部屋の前にいるのだろうか。

 恐る恐るドアを開けると、当たり前だがそこには夜凪さんがいた。

 

「……おはよう」

「おはよう、犬山さん。今日はいい天気ね!」

 

 本日の夜凪さんのファッションは、何やらよくわからないキャラクターがプリントされたTシャツとショートパンツという、なかなかに個性的なファッションだった。

 ショートパンツを履いているせいか、彼女の長い脚が更に強調されており、まあ……なんだ、見ていて悪い気はしないですね。

 夜凪さんは目をキラキラと輝かせながら私を見ている。寝起きで瞼がむくんでいる私と対峙している姿は、さながら光と影のような構図だった。

 夜凪さんが何故私の家に来たのか未だに理解できていない私は、ぼんやりとした返事をする。

 

「ああ、うん……そうだね」

 

 その返事を待たずに、夜凪さんが私に詰め寄ってくる。よく見ると、彼女はリュックサックを背負っていた。

 ずいと私に近づいた夜凪さんは、目を爛々と輝かせながら言った。

 

「い、いきなりだけど、今日一緒に遊ばない?」

「……今日?」

「今日」

「今から?」

「今から」

「…………ちょっと準備させて」

 

 大きく頷く夜凪さん。先ほどよりも目が輝いている。

 とりあえず彼女を家にあげる。夜凪さんはそんなに私の部屋が気になるのか、しきりにキョロキョロと辺りを見渡していた。

 

「あの、そんなに大した部屋じゃないから、じろじろ見られたら恥ずかしかったりするんだけど……」

「ああ、ごめんなさい。私、友達の家とか来るの初めてだったから、つい……」

 

 わりかし悲しい理由だった。そんなことを言われたら、見るなとは言えない。

 夜凪さんは背負っていたリュックを下ろすと、床に正座をして再び私の部屋を見始めた。

 

「何もないわね……」

「まあ、あんまり趣味といった趣味はないからね……」

 

 ベッド、箪笥、クローゼット、テレビ、机、椅子。

 以上、私の部屋にある家具一式。

 肩越しに夜凪さんを見ながら着替え始める。級友の前で肌を晒すのは何だか恥ずかしかったが、当の夜凪さんが私の素肌のことなど全く気にもしていないので、私も気にしないことにした。

 

「親御さんは、いらっしゃらないの?」

「一人暮らしだからね。両親は健在。実家に住んでる」

 

 シャツに頭を突っ込む。白地の生地のその向こうに、両親の顔が見えたような気がした。

 

 両親に無理を言って始めた役者人生。途中で挫折して引退した時も、彼らは私を責めることなく、優しく慰めてくれた。

 けれどそんな同情が辛くて、自分の無能さを突き付けられているようで、私は逃げるように上京した。

 一人暮らしがしたいと両親に言った時も、彼らは反対することなく、心配そうな瞳をこちらに投げやっただけだった。あの瞳の奥底にどんな感情があったのか、私には理解できない。だが、一人娘をぽんと自分たちの手の届かないところへと送り出す両親の気持ちなら、私にだって多少は理解できる。

 理解できるからこそ、余計に惨めな気分になる。そんな両親から逃げ出した自分が嫌になる。

 

 ああ、また陰鬱な気分になってしまった。

 私はそんな気分を振り払うかの如く、シャツに頭を通した。シャツの中の籠った空気から抜け出して、新鮮な空気を取り入れる。夜凪さんは相変わらずぼんやりと辺りを見渡していた。

 

「それで、今日はなんでいきなり?」

「い、犬山さんと一緒に遊びたかったから!」

 

 それこそメッセージか何かで知らせとけよと思ったが、何も言わない。どうせ送ろうとしたが断られるかもなんて思って当日に有無を言わせぬスタイルで押しかけてきたのだろう。案外乙女である。

 私が何も言わないので不安になったのか、夜凪さんは瞳を揺らしながらこちらを見る。

 

「……ダメだったかしら?」

 

 そんなことを言われて断れるほど、私の心は強くはない。

 

「いいよ。どこに行く?」

 

 再び夜凪さんの瞳が輝く。何だか子犬のようだった。

 夜凪さんはうきうきとリュックサックを開き、何やらパンフレットを取り出した。

 

「あのね、私この映画が見てみたくて!」

「あ、これ最近有名なやつだよね。私も見たかったんだ」

 

 脱いだパジャマを畳んでベッドの上に置く。いつもは放り投げるだけなのだが、夜凪さんの前でそれをやってのけれるほど、私の面の皮は厚くない。

 今日はそこまで暑くはないがショートパンツだと冷えそうなので、ガウチョを履くことにした。そうなるとシャツとあまり似合わない。私はシャツを脱いで、代わりにオフショルダーのブラウスを着ることにした(脱いだシャツはそのままベッドに放り投げてしまった)。

 

 更に髪の毛のセットやら洗顔、化粧などその他もろもろの準備を終わらせ、リビングで相変わらずキョロキョロしている夜凪さんに声をかけた。

 

「準備終わったよ。行こっか」

「ええ、行きましょう」

 

 夜凪さんは半ばスキップにも似た足取りで玄関へと向かっていく。Tシャツにプリントされているよくわからないキャラクターも喜んでいるようだった。

 外に出ると、鬱陶しいくらいの熱気が私の身体を包んだ。この間まで春だったというのに、季節というものは随分と早く流れるものだ。

 

「私、友達とお出かけするのって始めてなの! 何だか新鮮だわ!」

「あ、ああ……そうなの……」

 

 衝撃のカミングアウトに、なんと言えばいいのかわからないので適当に相槌を打っておく。こういう場合は笑っておけばいいのだろうか? 

 夜凪さんは燦々と輝く太陽の下を大股で歩いて行く。対する私は、なるべく日陰の中を歩くようにしている。

 

 光と影、私たちの距離はこんなにも近いというのに、まるで断絶された世界にいるかのようだった。

 実際、私と夜凪さんは似て非なる存在だ。私はただの一般人で、彼女は天才女優なのだから。

 

 足元を見つめる。アスファルトの亀裂の隙間から小さな野花が咲いていた。それを踏みつけた。

 

「そういえば、夜凪さんのそのシャツって、どこで買ってるの?」

「これ? ああ、いいでしょ?」

「……あー、うん。まあ色んな角度から見れば、良いとはいえるんじゃないかな」

 

 私の質問に、夜凪さんが満面の笑みを見せた。私は何も言うことなく、顔を背けたのだった。

 彼女が気に入っているのならば、私から何か言う必要はあるまい。今日一日のプランの中に服屋へと赴く必要が出来たくらいだ。

 

「夜凪さん、今日私がよく行く服屋に行こうよ。見繕ってあげる」

「ホント!? ぜひお願い!」

「うん、任せておいて」

「なんだかこれって、すっごく充実してる生活なんじゃないのかしら!」

 

 夜凪さんはよほどうれしかったのか、ぴょんと一度スキップをした。濡羽色の美しい髪がはらりと舞った。一本一本に生命が宿っているのではないかと疑ってしまうほどに柔らかく艶やかな髪の毛が陽光に照らされ静かに輝いた。

 

「まずは映画館にしよう。時間も決まってるし」

「そうね! 給料も入ったことだし、これで思う存分映画も見れるわ!」

「……それはよかった」

 

 涙が出そうになる話を聞かされた気がしたが、気にしないでおく。他人の家庭事情にまで口を挟むほど野暮な人間になったつもりはない。

 

「それにしても、意外だったな。夜凪さんが恋愛映画を見たいだなんて」

「うん。そのうち、恋愛する役をもらうかもしれないから、今のうちにその時のために練習しておこうと思って」

「ああ、そういう……」

 

 てっきり色恋やらそういう類の話に目覚めたのかと思っていたが、どうやらもっと冷めきった理由だったらしい。

 暫く歩いていると、ショッピングモールが見えて来た。服屋はもちろん、映画館もモール内にあるので、ここだけで今日一日なら過ごすことが出来るだろう。

 モールに入ると、かすかな涼しさに包まれる。どうやらもう冷房をつけているらしい。

 

「私、ポップコーンを食べながら観てみたいわ!」

「私もポップコーン食べようかな。二人用の買って、一緒にシェアする?」

「し、シェア……! なんだか友達らしい響きだわ!」

「うん、まあ、友達だし」

 

 そんなことを言いながら映画館の中へと入る。明るく爽やかなモールとは違い、映画館の中は薄暗く、何だか落ち着いた雰囲気が漂っている。

 

 チケットを購入し、二人用のポップコーンとジュースを手にシアターへと向かう。

 なんだか先ほどから夜凪さんが隣でそわそわしている。

 無視しようと思っていたが、どうにも気になってしまって仕方がない。恐る恐る尋ねることにした。

 

「……どうしたの?」

「い、いえ……ただでさえ映画館って緊張するのに、友達と一緒だから……どうすればいいかわからなくて」

「シアターの中に入って椅子に座ればいいと思うよ。あとは勝手に映像が流れるから」

「そ、そうね! その通りだわ! ありがとう!」

「……どういたしまして」

 

 

 




次は一週間以内に投稿したいと思います……多分、きっと。

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