後半、ちょっと無理やり感が否めません。
「タピオカってある意味芸術だと思うわ」
ずぽぽぽぽぽぽ。私の隣の席に座る夜凪さんは、普通よりも太いストローでプラスティックカップの底に溜まったタピオカを一掃しながら言った。
場所は変わって、ここはショッピングモール内にあるカフェ。
一緒にお茶でもしばきましょうとカフェに突撃したところ、夜凪さんが今話題のタピオカとやらに目を付けてリスのように頬を膨らませながら飲んでいるという状況だ。
……いや、どんな状況なんだ。
私はとりあえず夜凪さんの顔を写真に残すべく、携帯の電源をつけた。
映画館では電源を消していたため、ロック画面になるまでに時間がかかる。その間にも夜凪さんは驚くべき速度でタピオカを消していく。
何故か分からないが焦っていると、ようやく携帯の電源が付いた。
早速カメラアプリを起動させようと指をボタンに伸ばした瞬間、軽快な音が響く。見れば、メッセージアプリの通知だった。
誰か、なんて考える意味もない。私は大抵の人間の通知をオフにしているので、こうやってロック画面に現れるということは、このメッセージは彼女からのものに違いないということだった。
読んでみようかと通知へと指を伸ばすが、止める。
返信するのは後ででもいいだろう。今は夜凪さんと遊ぼう。
顔をあげる。夜凪さんはタピオカを飲みつくしていた。
プラスティックカップの底に溜まった薄茶のミルクティーが三日月のような形で微かに揺れていた。
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「犬山さんは、千世子ちゃんとどういう風に出会ったの?」
タピオカを飲み終わり、少し休憩をしてから外に出ようということになって、窓に接しているカウンターテーブルに肘をつきながら外を眺めていると、唐突に夜凪さんがそんなことを言い出した。
横を盗み見る。夜凪さんも外を眺めていた。無駄に高いバーチェアのせいで綺麗な脚がぶらぶらと揺れていた。まるでそよ風に揺れる初夏の葉桜のしなやかな枝のようだった。
私はその質問に対する答えを考える時間を作るため、先ほど買ったドリップコーヒーを取り口に運んだ。苦くて飲んでいられなかった。
「私とちょこ?」
「うん。どういう風に幼馴染になったのかなーって」
少し考えこんでみる。私と百城千世子の出会い。
「忘れちゃったな」
「……そうなの」
「うん、忘れた。けど、碌なものじゃなかったっていうことは覚えてる。酷い出会いだった」
「……」
夜凪さんは何も答えない。答えれないのか、答えにくいのか、どちらかはわからない。わかったところで意味はなかった。
再び横を見ると、夜凪さんは何やら難しい顔で窓を薄く睨みつけていた。
天井にぶら下がっている小さな電灯の淡い光によって、大通りを見ることの出来る大きな窓は半透明の鏡のようになっていた。
夜凪さんの前には、同じ顔をした夜凪さんが彼女を見つめている。
夜凪さんが演技をするとき、彼女の中ではこんな風景が広がっているのだろうかと詮無い妄想を繰り広げてみるが、どうにも集中できなかった。
「けど今まで特に大きな喧嘩もせずに来れたってことは、案外仲いいのかもね」
「……そうかも」
「まあ、百城千世子がどう考えてるのかは、わかんないけど」
呟いて、前を見る。私と同じ顔をした誰かがこちらを見ていた。
「犬山さんは、千世子ちゃんのことが嫌いなの?」
「────っ」
不意に尋ねられたその質問に、私は息が出来なくなった。
今度は横目ではなく、体ごと動かして夜凪さんの方を向く。夜凪さんもこちらを見ていた。その黒目勝ちな瞳は、私の後方にある電灯の光を受けて燃えるように輝いていた。
「……どういうこと?」
なんとか息を整えて尋ね返す。夜凪さんは特に表情を動かすことなく口を開いた。
「犬山さんは、千世子ちゃんのことが嫌いなの?」
先ほどと同じ質問。しかしそれはシンプルだった。
シンプルだからこそ、答えにくい。
「嫌いじゃないよ。嫌いだったら、幼馴染なんてやってないもん」
「……そうなの」
咄嗟に口からついて出た嘘。胸がむかむかしてくる。再び私の顔を見てみる。先ほど飲んだコーヒーにも負けず劣らずの苦い表情を浮かべた人間がそこにはいた。
「まあ、百城千世子がどう考えてるのかは、わかんないけど」
「……」
再び夜凪さんが黙り込む。
私はコーヒーカップに口をつけ、しかしそれを飲むことなく、再びテーブルに置いた。
「夜凪さんはさ、ちょこのために死ねる?」
「え?」
「ちょこのために、命を投げ捨てることが出来ると思う?」
軽快な音が店内に鳴り響く。天井を見上げると、四隅に小さなスピーカーが設置されており、そこから何かの音楽が流れているようだった。
「わからないわ。その時にならなきゃ、わからない」
「……まあ、そうだろうね。けど私は、夜凪さんならちょこのために命を捨てられると思ってる」
「……そうなのかしら」
「あくまで想像だけど、ね」
夜凪さんがプラスティックカップを強く握る。べこりと凹む。蓋が外れる。
今まで全く気にしていなかった、人々の囁きが俄かに押し寄せてきた。
だが、私は夜凪さんは他人のためにそれが出来る人間だと思っていた。
生まれつきの、主人公。それが夜凪景。
私はそんなことはできない。できっこない。
「私は、百城千世子のために自分の命を捨てることはできない……と思う」
「…………」
「ごめん、さっきの嘘。もしかしたら、私は百城千世子のことが嫌いなのかもね」
夜凪さんの視線を感じる。私は頑なにそちらを見ない。コーヒーを飲む。苦くは感じなかった。ただ、痛かった。
いけない、何だか話が重くなってしまった。
私は話題を変えるべく、わざと明るい口調で夜凪さんに尋ねた。
「次、どんな仕事やるの?」
「へ?」
「次も映画撮ったりするの?」
私の言葉の意味がわからなかったのかぼんやりとした表情をしていた夜凪さんだったが、すぐにはっとして首を振った。
「わからないわ。黒山さんが何かしてるって雪ちゃんから聞いたけど……」
「じゃあもしかしたら次はオーディションじゃないかもしれないんだね」
「だったら嬉しいわ。またデスアイランドみたいなオーディションだったら、間違えて人を殺しちゃいそうになるもの」
「……あ、そうなの」
どんなオーディションをしたんだと尋ねたいが、やめておく。
夜凪さんは楽しそうな表情で言葉を継ぐ。彼女の話をぼんやりと聞きながら、私はじっとその横顔を見ていた。
──本当に、変わった。
あの日、初めて夜凪さんの横顔を見た時からは考えられないほどに柔らかい表情。
多分、彼女はだんだんと進化していっているのだろう。
撮影という荒波に呑まれ、他共演者たちと鎬を削ることによって、彼女は日々成長していっている。
焦りが私の心を焼いていく。
私はどうだ。いつもいつまでもベッドの上で腐って、才能のある奴らばかりを目の敵にしている。ダメ人間なんだ。
この劣等感はどうすればなくなってくれる。どうすれば消すことが出来る。
どうすれば、私は彼女の横に並ぶことが出来るのか。
答えなんて簡単だ。変わるしかない。いつまでも腐っているわけにはいかない。
私だって、変われるんだ。
「ねえ」
静かに問いかける。夜凪さんは空になったプラスティックカップを凹ましながらこちらを見た。
大きく息を吸う。心臓が跳ねる。
──だが言葉が出てこない。私は息を吸って、特に何もすることなくそれを吐き出した。
夜凪さんが心配そうにこちらを見る。濡れ羽色の瞳が微かに揺れていた。
「どうしたの?」
言葉が詰まる。
なんだかその瞳の前では、私如きが役者をやりたいだなんて言うことすらも烏滸がましく思えてしまい、私は小さく首を降った。
「……いや、なんでもない」
コーヒーのカップを一口飲む。香ばしいコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。喉元を熱く苦い液体が通り過ぎていくのを感じながら、私はもう一度ため息をついた。私の心情みたいに苦い息だった。
「犬山さん」
しかし、夜凪さんは黙った私を許さなかった。
机に置いていた左手に暖かな感触。夜凪さんがそのすらりとした右手を私の左手の上に置いていた。
「私たち、友達でしょう? 何か言いたいことがあったなら、なんでも言ってちょうだい」
吸い込まれるように夜凪さんの瞳を見る。先程まで不安に揺れていたはずのその瞳には、言葉に出来ない力強い何かが灯っていた。
ああ、私はなんて弱い人間なんだ。夜凪さんの優しさに溺れてしまう。
まるで自白剤のようだ。
誤魔化すようにコーヒーを飲もうとカップを口に運ぶ。コーヒーはもうなかった。
私は自分の口が私の意思とは関係なく動くのを感じた。
「──私がもう一回役者やりたいって言ったら、どう思う?」
ようやく話が動かせます。長すぎました。
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