フランがシスコン過ぎて困っています。いや嬉しいですけどっ   作:かくてる

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4話 こいしの願い

「…………原因は……分からないわね」

「そんな……」

 

 フランの記憶が根こそぎ消失してから1時間半。永遠亭から永琳を呼び出してフランの診察を頼んだ。

 

「……私でも分からないほどの力で記憶を奪っているのよ。恐らく、幻想郷トップクラスね。それかもしくは、上書きされているか」

「師匠でも分からない症状なんて……」

「……現段階ではお手上げね」

 

 隣にいる鈴仙が驚きと焦燥が混じったような表情で永琳を見る。

 永琳は感服するような顔で椅子に座りカルテの上でペンを走らせる。私とその他のメンバーも集まり、心配そうにフランを見ていた。

 

「……とりあえず、分かったら連絡してちょうだい。霊夢にも、相談した方がいいと思うわ。異変の可能性も捨てきれない」

 

 カルテを書き終えた永琳はこの部屋を後にした。そして、次々と紅魔館メンバーがこの部屋から出ていった。

 

「お嬢様、私は晩御飯の準備をして参ります。お嬢様はフラン様の近くに……いてあげてください……」

 

 辛そうに顔を逸らす咲夜。この部屋から出ていく時、パチェも美鈴も小悪魔も、そして咲夜も、みんな辛そうで泣きそうだった。

 そう、今は妹の一大事にこんなにも心配してくれる家族がいる。吸血鬼ハンターに追われていた頃よりもずっとずっと恵まれている。今はそうポジティブに考えるしかなかった。

 

「……えと……何から何まで……すみません」

「……」

 

 フランらしくない敬語。畏まった態度。まるでパラレルワールドに来たみたいな感覚に陥る。

 

「……無理もないわ。記憶が無いんだもの。あなたが一番混乱するのも当たり前」

「…………ありがとうございます……」

 

 私はフランの頭に手を載せる。いつも撫でているフランの頭だが、今回ばかりはそんな心地良ささえ消えてしまっていた。

 

「えっと……レミリアさん……」

 

 ────レミリアさん。レミリアさん。

 頭の中で何度も反芻(はんすう)させられる呼び方。なんて他人行儀なんだろうか。

 しかし、今の私に「レミリアでいいわよ」と言える勇気がなかった。こんなにも混乱して、一番辛いのはフランのはずなのに、軽々しく馴れ合いを出来るはずもなかったんだ。

 

「……ええ」

 

 フランの頭から手を離し、後ろを向く。出来るだけ、今のフランとは離れてはいけない。記憶を奪った張本人がいつフラン自身を襲いに来てもおかしくない。

 しかし、今の私はフランと離れたくて仕方がないのだ。

 

「ねぇ、フラン」

「はい?」

 

 この気持ちを何も知らないフランに伝えたら、彼女はどんな反応をするのだろう。

 

「私達ね、恋人同士だったのよ」

「え……?」

「私達は実の姉妹であると同時に、一生添い遂げると誓い合った恋人なのよ」

「え……で、でも……」

 

 分かっていた。そんな反応をするのだろうとは思っていた。分かっていたのに、大きな槍が心に刺さったような痛みを伴った。

 

「……私達……姉妹……だったんですよね……?」

「……やっぱり、そんな反応をするのね」

「ご、ごめんなさい」

「別に怒ってる訳では無いわ。それが普通の反応よ」

 

 こんなに下手に出るフランも中々珍しいものだ。

 

「じゃあ、私も少し席を外すわね。何かあったら、呼んでちょうだい。一応監視はさせているけど、少しでも違和感を感じたなら、私でも他の人でも声をかけなさい」

「……はい」

「みんな、あなたの家族なのよ。あなたの事を大切だと思っているし、愛している。もちろん、私はあなたの事を家族としても一吸血鬼としても大好きよ」

「……はい、ありがとうございます……レミリアさん」

 

 本人に直接言うのは少し恥ずかしさも残る。フランも私もこの時は赤面していたのだろう。

 

 

 

 ドアノブを捻り、廊下に出る。そして、隣にある私の部屋に入るや否や、ドアに背中を付け、ズルズルと床に滑り落ちた。

 

「フラン……どうして……」

 

 涙が止まらなかった。もう、私を愛してくれるフランドールは存在しない。私の恋人は消えてしまったんだ。

 今いるのは妹としてのフラン。恋人のフランはその記憶に埋まっているのだ。

 

「うっ……あぁ……」

 

 嗚咽も涙も止まらない。悔しい、悲しい。

 私がフランと一緒にいなかったせいで、フランの記憶が消えてしまった。一番辛いのはフランなのに、何もしてやれない私が辛い。

 

「…………」

 

 もう、このままフランの記憶が無いままでも幸せなんじゃないか。私との恋愛の記憶が消え、こいしや他の人と真剣に恋愛してお付き合いして、結婚して子宝を授かって。

 

 フランもきっとそう望んでいたはずなんだ。私という存在が大きすぎたから。フランという存在が私の中で大きかったから。私はフランに恋してしまったんだ。

 

「だから……もう、いいや……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣いても何も始まらないよ。レミリアちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……」

 

 顔を上げる。部屋の電気で目を細めてしまうが、この顔はよく見覚えがある。

 

「こ、いし……」

「やぁ、2週間ぶりくらいかな」

 

 こいしの顔は無表情だった。あんなにも笑顔を絶やさないこいしが真剣な顔でこちらを見ていた。

 慌てて涙を拭い、立ち上がる。

 

「ど、どうしたのかしら?」

「事情は咲夜さんから聞いたよ。フランちゃん、記憶が消えたんだってね」

「ええ……それも、生まれた時の記憶からね。名前も覚えてないのよ」

「それも聞いた。ねぇ、これからどうするの?」

「……ぇ……」

 

 こいしの予想外の質問に私は答えが出せなかった。

 

「これからって……」

「フランちゃんの事。もしかしてこのままって訳じゃないよね?」

 

 見え透いたように問うこいしはじっと私の目を覗いていた。その瞳の奥には少しだけ怒りを感じた。

 私はフランの記憶が消えた苦しさを感情に任せた。先程拭ったはずの涙もいつの間にかボロボロと零れ、拳を強く握り、叫ぶ。心にもない、誰も望んでいない事を口にしてしまう。私の中のネガティブな部分だけが先走ってしまう。

 

「……でもきっと、フランはこのままの方が幸せになる!」

「レミリアちゃん……」

「自分でも分かってる! 実の姉妹で恋人だなんて……世間から見ても、冷静に考えてもおかしいのよ!」

「…………」

 

 感情に任せれば任せるほど、負の感情が次々となだれ込んで来る。私はそれをせき止めることもせずに全て吐き出してしまった。

 

「きっとフランも、その場の勢いで私のことを好きになっただけなのよ! もしかしたら、私も勢いだけで……」

「そんなことないよ……」

「いいえ、きっとそうだわ。本当はフランは私の事を好きじゃな────」

 

 パァァン。

 気持ちのいい音が鳴り響いた。だが、叩かれてるのが私じゃなければの話だ。

 こいしの平手打ちが私の頬を捉えていた。ヒリヒリと痛む。

 

「……それ以上言ったら……許さないよ」

「こいし……」

 

 こいしの顔は怒りに満ち溢れていた。普段のこいしからは考えられない鬼の形相。

 

「レミリアちゃんの愛はそんなものだったのッ!?」

「……」

「レミリアちゃんは、本当はフランちゃんの事が好きじゃないって言うのッ!?」

「ち、違う! そんなんじゃ……」

 

 涙を流しているのは、私だけじゃなかった。こいしも同様に涙を流して必死に食らいついてくる。

 

「なら、どうしてそんなこと言うのよッ!? せっかく二人が結ばれて、幸せな生活が待ってたんじゃないのッ!?」

「そ、それは……」

 

 こいしは私の胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。あまり強くない、振り払える力しか無かったが、今の私にそんなことできなかった。

 

「フランちゃんの事、そんな簡単に諦めちゃっていいのッ!?」

「……」

「フランちゃんは、色んな障害を乗り越えてまで、あんたに恋してた! 追いかけてた!」

 

 こいしの口調が段々と雑になっていた。

 ただ、口調が乱雑になっているだけなのに、こいしの言葉は私の心を貫いていた。

 

「それでもフランちゃんは、私の必死のアプローチにも振り向かないで、ただあんただけを見てたのに…………それなのに、あんたはそんな簡単にフランちゃんを見捨てるのッ!? あんたも本当はずっとフランちゃんに恋をしてたんでしょ!? なら、今の方が幸せなわけないじゃない!」

「違う! きっとフランは今の方が幸せになるはず……」

 

 

 

「あんたがフランちゃんの幸せを決めんじゃないわよ!!」

 

 

 

 フーッフーッと息が切れるほどこいしは叫んでいた。それを私は呆然と聞いたり、見苦しい言い訳を繰り返してた。

 

「…………今の方が幸せですってフランちゃんが言ったの?」

「……いいえ……」

「なら、今度はレミリアちゃんがフランちゃんを振り向かせる番でしょ?」

「……」

「きっと、フランちゃんも心の中であなたに期待してる」

 

 胸ぐらを掴む手の力が段々と緩んでいく。

 

「私だって……今のフランちゃんを私に惚れさせてやりたい」

「え、ええ……」

 

 そうだ。こいしは今でもフランの事が好きなんだ。

 

「でも、それはフランちゃんの本当の幸せなんかじゃない。きっと、フランちゃん自身もそれを感じる時が来る。でも……でもね……」

 

 顔を上げ、涙目で私の目をもう一度見る。緑銀の瞳が潤んでいてとても綺麗だった。

 

「フランちゃんの本当の幸せはレミリアちゃん(あなた)と一緒にいる時なんだよ」

「こいし…………」

「だから、今回は立場が逆になっただけで、振り出しに戻ったんだよ」

 

 振り出し。そう、私とフランの恋路がまたスタート地点に戻っただけだ。

 記憶が無くなったから、フランが変わってしまったから。そんな理由で私がフランに与える愛を止めてはいけないんだ。

 ずっとずっと、フランを好きでいる。家族として、そして、私が本気で惚れた一人の吸血鬼として。

 

「……だから、頑張れ。レミリアちゃん」

「………………ありがとう。こいし、あなたにはいつも助けられてばっかな気がするわ……フランも私も」

「えへへ、こいしお母さんって呼んでもいいんだよ?」

「さすがに勘弁して欲しいわ……」

 

 苦笑いをする。こいしの言葉には重みがある。彼女の経験値が高い訳でもないのに、どうしてか納得してしまいたくなるのは、どうしてだろうか。

 

「……じゃ、私は咲夜さんにお菓子でも貰ってくるよ。また晩御飯の時にでも話そーねー。あ、今日晩御飯頂いていくよー」

「そ、それはいいけど……フランに会っていかないの?」

「どうせ、晩御飯で会えるでしょ。それに今会っても混乱させちゃうだけだよ」

「そ、そう」

「じゃ、また後でねぇー」

 

 軽く手を振って、こいしはこの部屋を後にした。というか、こいしは一体どこから入ってきたのだろう。

 

「この部屋……一応結界張ってるのだけど……それも強めの……」

 

 さすが覚妖怪。結界をいとも簡単に破られるとは、少しゾッとした。

 

「…………」

 

 私は窓まで歩き、真っ暗になった空を見上げ、星を見る。

 きっと、ここからスタートなんだ。今の記憶のフランも、私に惚れさせてやる。

 

「覚悟しなさいね……フランっ……」

 

 そう思っていると、急にフランが愛おしくなった。前のフランに会うためにも、そして、今のフランも愛し抜くためにも、私は両頬を叩き、気合いを入れ直した。

 

「よしっ……」

 

 私は踵を帰し、フランの部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、こんな所にいたのね、こいし」

「お姉ちゃん」

 

 レミリアちゃんの部屋を出て、古明地さとりこと、お姉ちゃんを探していると、ほんの数分で見つけることが出来た。

 

「…………」

「な、何?」

「あなた、また縁の下の力持ちしてたのね」

「な、何それ……」

 

 フッと微笑むお姉ちゃん。なんのことだか分からなかったが、お姉ちゃんはそのまま私の頭を撫でていた。

 

「ちょっ、な、何するの?」

「いいえ、こんなにも立派な妹がいてくれてお姉ちゃんは誇らしいなって思っただけよ」

「な、なによぅ……」

 

 お姉ちゃんは気づいていたらしい。いつもそうだ。心が読めないのに、顔なんかですぐに気づく。

 

「……やっぱり羨ましいな」

「あら? それなら私と恋人になる? 私は大歓迎なのだけど?」

「あはは……私達は姉妹でいよーよ」

 

 きっと、レミリアちゃんなら、今のフランちゃんすらも幸せにできる気がする。

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