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脳内の瞳がその声を感じ取る。それまで停滞していた思考が反射的に、そして急速に私の体を巡り出す。
体の隅々まで染み渡る感覚。懐かしき、目覚め。
ヤーナムの狩人達が幾度となく体験してきた、明けぬ夜。逃れられぬ夢との境界。
夜に生き、夢に眠り、また夜に狩る。それこそが狩人の御業。夜明けはいつも遠く、人々は家に閉じこもり獣と同じく狩人を遠ざける。臭いものには蓋をするように、見たくないものには目を閉じる。そしてその行為は全くもって正しくもあり、また幸福なことであった。
腐肉が醸し出す悪臭。血が脂と混ざり皮膚を流れ、炎が舐める。その感覚は獣と狩人の他に知る者はいない。
医療教会がヤーナムの表向きの陽だとすれば、狩人は月夜に蠢く陰を狩る陰と言える。断じて月そのものではない。いや、私に限ってはそう言える。
今となっては、狩りで得ていたあの人の「臭い」が残った血と器官を削る感触もしばらく味わっていない。最も、今更あの獣性に塗れた人に下るなど有り得ないのだが。
月には魔物がいる。狩人達を覚めることのない悪夢に縛り付けた
かつて見知った他の工房の狩人達の行方も知れず、遂にはかつて師と仰いだ「聖剣」の名で知られた教会の狩人、ルドウイークも、シモンも、マリアも、「鳥葬」も、「雷光」も、「火薬庫」も、皆姿を消してしまった。
故に獣狩りの夜は陽を蝕み、陰を狩る者はおらずヤーナムは到底常人が住めるような場所ではなくなった。
故に私は人の愚かさと内なる獣性に見切りをつけ、ヤーナムを棄てた。最早この街には私が人でありながら獣を狩る意味はなかった。
故に私はかつての教会の智慧を求め、上位者と交わり、星の子を孕んだ。
全ては人の
自ら産み落とした赤子を殺し、遺物を屠り、内なる瞳を今まで見てきた悪夢の数だけ得た。
最早私はこの地上に、夢に縛られる存在ではない。
高次元暗黒を無用の長物と化した血の遺志を撒き散らしながら揺蕩う。
最早私は月そのものだ。
精神が肉体から引き剥がされてから一瞬か、はたまた永劫か、もしくはその両方で、私をここに連れ出した母なる存在と出会った。
その瞬間に感じた血の上気は、当時の私では理解など出来ぬ、しかし忘がたい記憶だ。
月の魔物は
ああ
これが真の啓蒙。
それまでの学とは比べ物にならない、ありとあらゆる事象を文字として写し出す文豪がいても、この今までにない程の濃密で、そして凄惨でもあり、また恍惚に至るこの感覚は決して、決して理解出来る、表現出来るようなものではない。
素晴らしい
私は記憶にない母の慈愛を知り、母の血を啜り、ありとあらゆる思考を得た。
時間という感覚すらも消え去り、ひたすらに母の啓蒙を受け入れた。
私の脳は宇宙で満ち、古き上位者達の拠り所となった。
今尚、私の感覚は彼らの声なき■■■で絶えず交信している。
何と ああ 何という。
偉大なる神々の悪戯に思える星の果てる姿を宇宙の高所から見下ろし彼らと共に哄笑する。
その愉悦は爆発を伴い、私達を巻き込んで楽しませた。
そうして彼らと私は、智慧と思考の交信と宇宙深淵的縁談を繰り返し、あさましい人の理でいう「家族」のようになっていった。
その久々となる事実を認識した瞬間
間違いなく
私は呼応する精神の絶頂期を知った。
<◎>??
いつの瞬間か、いつまでも彼らの特性や隠された瞳を見つめていると、一つのまだ新しい智慧か、世界が私の宇宙の外から産声を囁いた。
聞き間違いかとも思ったが、眷属達に尋ねてみてもやはり聞いたこともない響きだという。
ふむ、興味深い。
眷属達を連れて意識を放つ。見知らぬ存在というものも随分珍しい。眷属達でも感知したほどに強い違和を放出しているのだ。捜し物はすぐに見つかるだろう。
しかし、見知らぬ存在を求めて高揚している私とは正反対に、眷属達はこの探求に乗り気ではないようだ。
彼らはまだ幼い故に全くの未知の出現に怯えているようだ。まったく、未知という思考の深みへと至る絶好の支柱がそこにあるというのに、誰もそれに触れもせず私の傍に擦り寄り甘えるように蠢いている。
お前達も星の名を冠するというのに、未知を恐れているようでは智慧を得ることはできぬぞ。
そう私が思考を飛ばしても彼らは変わらず私の暖かな手の内に入り込んで沈黙している。
まだ思考を交換することは難しいか。
仕方なく
さて
大いなる智慧を求め続ける私を満足させるだけの深みは、果たしてこの出会いにあるのだろうか?
期待を抱いて上位者達を呼び集める。
ただ、思考の内の何処かで、私の意識の一部がこの響きに対して特大の警戒をしていることが気掛かりだった。
上位者関連の設定がガバガバなのは見逃してくだせぇ。