<◎>1
迷宮都市オラリオ
冒険者、バベル、迷宮、そして神々。
忙しい人にオラリオのことを説明しろと言われたら、これらを一つずつ掻い摘んで説明すれば、まあどんな街かは理解してもらうことが出来るだろう。
神々から祝福を受けた冒険をしない冒険者はバベルの下に潜む迷宮へ挑みまだ見ぬ地を目指す。
だいたいこんなところだろうか。
大分端折った説明であり、実際オラリオに住んでいる人々からすれば「もっと何かあるだろ」とか「それだけなわけないだろ」とか言われるだろうが、
話を戻そう。
オラリオについてだが、そこに住む人々と切っても切れない関係にある神々の話はしたかな?
ふむ、興味津々って顔だね。よし、キミの期待に答えられるかは分からないが私が知っている限りのことを教えよう。
まず神々と聞いてキミはどんな印象を抱く?
ほう、キミは中々
まぁいい。一つ言っておくとオラリオに降り立った神々はなにも天罰とか神託とか超常的な力を持っているわけではない。あぁでも一応神々にも特技とかはある。代表的なのは嘘を見破るっていうものだね。おや、どうしたんだい。少し表情がかたくなったように見えるが。まぁキミが生まれてこのかた神の存在を見たこともなければ知りもしない生粋の世間知らずなのは知っているが、忠告しておこう。
くれぐれも神々の前で変な気は起こすんじゃないよ。
どういう意味かって?まぁ私の話を聞いてくれよ。結論を出すのはそれからでも遅くはないだろう?
彼らは遥か昔、ざっと1000年程だろうか。天界の仕事をほっぽり出してこの地上にやって来た。彼らが持つ人を超える力をわざわざ封じてまで下界に降臨した。その真意は何か?
それは至極単純な事で、また驚く程に人間臭くもあった。
彼らは
ただ、かく言う私は彼らを嫌っているんだけどね。
考えてもみろ、自分に与えられた、それこそ人には理解し難い神としての責務を「つまらないから」「あっちの方が面白そうだから」と言って身勝手に投げ出すような連中だ。
もし彼らに人々との生活よりも興味深い事象が見つかったとすれば、正に神頼みで回っているあの街はどうなる?
結果は火を見るより明らかだ。人は導きを失い、力を失い、途端にそれまで対峙していた世界の脅威に食い潰されるだろう。
私は、そんな事態に陥る前に人は神の枷を砕いて自らの力で生きていく方法を考えるべきだと思うね。
彼らは人々に対して”子供達”なんて言ったりするが、実際は人々は彼らの好奇心を満たすための道具にしか思われてないんだ。もしキミがあの街に辿り着いたとして、神のイタズラで何か不慮の事故にあったとすれば、彼らはその時のキミの顔で嗤い、キミの醜態を酒の肴にして酒場を盛り上げ、キミの心を想像して、「やってやった」と口角を上げるだろう。
だからキミ、覚えておくといい。
かねて神を恐れたまえ
<✕>0+50
閉鎖された螺旋 広場にて
遠くに隣人の家族の話し声が聞こえる。
周囲の木々の間を縫って吹く風が彼らの声を運んできた。
(ーーーの子ーーでーーわ)
(いつーーーとだろーー)
(ねぇーーしてーーつもーーの?)
太陽がまだ目蓋を照らしているのを感じる。今は丁度昼時だろうか。子供を連れてピクニックに来たのかもしれない。
分かるよ。家族とは良いものだ。
家族の団らんを邪魔するつもりは無いので、すぐに座っていた陽だまりから立ち去る。
その数瞬、背中にいくつかの浅い視線が
それと同時に、また私の内に瞳が取り戻される。
心の内で確かに思考を取り戻しつつあることを確信する...いや、違う。正確には心ではない。これは私が上位者達と共に育んだかけがえのない智慧によるものだ。
ふむ、人とは思考の次元が低いが為に、自分の力で解明出来ない事象は、やはり自分でも理解出来ない
つくづく人とは面倒な在り方をしている。
だが、それ故にかつての懐かしさを味わうのも悪くはない。
まさか、あの小さな世界の響きに触れた瞬間、私が智慧を得るよりも先にこちらがこの世界に取り込まれるとは想像していなかった。
その影響か、それまでの上位者達との繋がりも途絶え、私は1人見知らぬ地に降り立っていた。
堕ちた人の身として。
新しい生を授かったものの、私の上位者としての本質は失われている訳ではなく、それは間違いなく幸福なことだ。
この二つ目の夢とも思える世界で、自己が複数存在していることの異常さは、幼少時代で既に察していた。漠然と、私の内に何かがいる、という頭の蠢きだけが生きていた。
それを察知したときの安心感と言ったらなかった。
その気配と気付きは全く突然にあらわれた。私が五回目の生誕を祝われ、それから私の乳母が好きだった花が寒風に吹かれ散っていく様を見るようになった頃に、私は鏡の中に二人の私を見出した。
「それ」は私に対して微笑んでいた、いや、手を繋ごうとしていた?抱き締めていた?いずれにせよ、以来「 それ」を見ることはなかった。
しかし、神秘的な事象はそれだけでは終わらなかった。発端となったその日から、私は世界が冴えて見えた。一瞬の内の思考が刹那に流れ込む新たな情報と交錯する名状しがたかった感情によって塗りつぶされていく。
脳が潰れる
直感的に自我の崩壊か、もしくは分裂を感じ取った私は、出来るだけ家族と言葉を交わさなくなった。
間違いなく人々の内でも異端であるこの感覚が回りに知れ渡ることになれば、奇異の目で見られ、忌みとして語られることは当時のおかしな頭でも容易く想像出来た。
今にして思えば、我ながら、この世界においてこれ程までに神秘的な幼少期を経験したのは私くらいだと思う。何せ自らが獲得し始めた意識を、まさしく他人のものによって奪われるなど、未だ発達途中の幼子にはあまりにも過酷、理解不能な事実。いや、幼子どころか、老成円熟の賢人であってもそれは耐え難いだろう。だがそれはこの世界の住人である彼らだからこそ言えることであり、外である私にはむしろ慣れ親しんだ現象なのだ。
結局、この私の二度目の幼小期は、やけに冴えた欠落した智慧と思考、そして、閉鎖された螺旋と呼ばれる深い森に囲まれた変化の無い日常を送る村によって、かつての思考を取り戻すべく、ひたすらに時間を浪費することになった。
「リア?何処にいるの?」
回想に沈めていた意識を引き上げる。人である私の仮の名を呼ぶこの声は...
「あっ、いた!」
顔を上げると視界の隅で青の布がはためくのが見えた。それが段々と視界を染めてゆき...
「やっと見つけた!もう、おねーちゃん心配したんだよ?」
それが私を包むと同時に体の前面に大きな衝撃が伝わる。
これは、間違いない。この圧迫感といい、この香りといい、何もかもが昨日、一昨日の記憶と合致する。
私が生まれ落ちた一族の長女であり、私の姉ということになっているらしい女子。
「ごめんねルフおねーちゃん。お天気が良かったからちょっと遠くまで来ちゃった」
私がそう、人らしく振る舞うと彼女は毎度面白い表情を見せる。
「ああリア。今朝言ったでしょ?お外に出かける時は、私か母様に言うようにって」
顔を少し紅潮させて私の
「うん、ごめんなさい」
「リアって聞き分けはすごくいいよね...」
少し苦笑しながら私の頭を撫でる彼女。次第にその顔がにこやかな表情へと変わっていく。
「でもお外に出て遊ぶのはいい事よ。母様がそう言ってたし、私もそう思う。だってずっとお家の中だとつまらないもの」
そう言うと彼女は私をまた強く抱きしめ、無事で良かった...と呟く。無事でいることの何が良いのか、私には理解しかねるが機嫌が良さそうなので放っておく。
「いけない!大事なことを忘れてたわ!」
しばらくすると彼女はハッとした表情になり体から手を離した。
「もうすぐお昼ご飯の時間よ。早く帰りましょ!」
今度は私の手を取り走り出す。私も足下に気を付けながら彼女に続く。この慌ただしさにも慣れたものだ。初めはこの行動力の高さから次に何をするのか楽しみに見ていたが、今ではその行動にも予想がつき始め、興味深い存在ではなくなった。
そして忌まわしいことにその慣れこそが、今の私が
無論、私はこのまま人としてこの世界を知るつもりはない。人という脆弱な身に任せていては、この世界の智慧を得る前に先に私が消えてしまう。それ故に今は一刻も早くかつての瞳と思考を取り戻し
だから、今は耐えるのだ。いつか、探し求める彼らと私が、彼方からの呼びかけに答えるその日まで。
その時間は私の知識量と逆行するように遅く、また、人にとっては恐ろしく進んだ。
そして、私は知によって人となり、また智によって人を失う。
さあ 昇華の時だ
断絶した蒼天 中腹 旅籠 その酒場にて
「恵みに」
「感謝」
やや老成した二人の男の声が、小料理が載った木製のラウンドテーブルの両端から静かに発せられる。そして、キン、と横幅が太い暗緑色の瓶が硬く、しかし気味が良い調音を紡ぐ。それは、男達にとって、否、一日の就労を終えたものにとって、義務からの解放、それぞれの時間の始まりを意味する合図でもある。
男の片方は瓶からグラスへ果実酒を移す行為も楽しみながら、トクトクと魅惑的な音を奏でる。もう片方の男は、給仕から受け取ったグラスにわざわざ移すのも面倒だと、瓶のキャップを外し、直接口をつけて己にとっての蜜をあおる。
黄金色の液が口内をその豊潤な香りと味わいで包み、踊り、快楽として脳内を淡く酔わせる。少しずつ喉に這わせるのももどかしく、一気に喉の奥へ流し込む。まさしく今日一日の心労辛苦が洗い流されそうだが、それだけでは、この酒を完全に楽しんだとは言えない。
標高が高いこの地域では育てられない 希少な紅い檸檬 、「黄昏日輪」のエキスを使用した酸味が強いこの酒には、付け合わせとして脂の載った「剛羽鳥」の フライがよく合う。そして今、目の前の小皿に盛られている肉塊こそ、まさしくそれである。
舌の上に柑橘類特有の苦味を感じながら、すかさず黄金色に光る衣を纏った肉を口内に放り込む。
美味い。
犯罪級の美味さだ。生憎、自分は舌が肥えているとは言えないため、詩人の様に言葉によってこの味を表現することは出来ない。
だが一日の仕事を終えた後の酒とつまみ。この条件が揃えば、自分と同じような労働者ならばこの組み合わせが疲弊した肉体と心にとって最高の褒美であることは理解出来るだろう。ただただ、美味い。
「この一杯の為に、苦労している」
「ああ、もっともだ」
目の前の彼もグラスから手を離し、感嘆のため息をつきながらこの時間を堪能しているようだ。
今日の出来事を思い返しながら再び瓶に口をつけようとすると、彼がうって変わって少し暗い声でぽつりとこぼした。
「想像すらしなかったろうな」
彼のその突拍子のない言葉に私は戸惑った。
彼とはまだ若い頃に丁度、今自分達がいるような酒場で互いの夢を語り合って以来、共に同じ道を歩んできたが、彼がここまで物悲しく、悲痛さを相手に感じさせる表情をすることなかった。
もちろん、私達がこれまで歩んできた道も決して平坦ではなかった。辛い出来事もあれば、真の意味で死にかけたこともある。そしてそのような状況の中で、彼は、彼だけは、常に前向きであった。その白い歯を眩しい程にこちらに見せつけ、それ以上に明るく笑う彼の笑顔に、私は何度救われただろうか。隣に立てば不思議と気持ちが軽くなる。だからこそ、そんな底なしの魅力を持つ彼が今目の前にいる人間と同一だということが信じられなかった。
「お前、何だ、何があった」
突然のことに動揺し、率直に聞いてしまった自分に嫌気がさす。彼を深い悲しみに追いやる出来事など、よっぽど悲惨であるに違いない。だが彼は、そんな私の危惧を知ってか知らずか口を開き語り始めてくれた。
「いや何、お前には関係のないことなんだろうが...」
木目の天井を見上げて話す彼。
「やりたいことも沢山あっただろうになぁ...」
「...いまいち話の筋が見えないのだが」
いつの間にか酒の余韻は霧散していた。
「手紙が来ないんだ」
「手紙?」
「ああ、毎年この時期に甥から届くんだ。ここでは採れない野菜や果物を沢山添えてな」
その言葉を聞いて、私は肩に張っていた緊張を解した。
彼には私とは違い愛すべき家族がいることは聞いていたが、彼がそこまで家族思いであることは知らなかった。きっと心優しい彼のことだ。手紙が来ないことで心配しているのだろう。丁度ここでの仕事も一段落したところだ。ここいらでしばらくの間休暇をとってもいいかもしれない。彼の家族も会いたいと思っているだろう。
そう思い私は彼に、休みをとるから家族に会ってこい、と告げる。
すると彼は唐突におかしなことを言い出した。
「死んでまで見舞いに行く気にはならないよ」
私がその言葉の真意を理解出来ずにいると、彼は一つの事実を口にした。
「麓の村が壊滅した」
私の喉が奇妙な音を鳴らした。
変なところで終わってゴメンチャイ