02
オティヌスの目の前には彩豊な世界が広がっていた。
「良いよね、君たちは。無条件に涼しい場所に居れてさ」
隔絶された世界。現世とは切り離された
彼女は理想郷から追い出された罪人だ。少々不貞腐れ気味なのは、理想郷から追い出されたためである。
「あたしだって、そっちに行きたいよ」
羨ましい。心底羨ましい。
「だから、その冷たさ。分けてもらうよっ!」
透明な世界ベールを引きはがし、巨人のごとくオティヌスは理想郷の住人を掴み取る。
霜の張った青い姿のそれの名は。
「アイスキャンディーソーダ味ッ!」
*
オティヌスはパラケルススの手によって、旧化学準備室から追い出されていた。
ちょいと彼女の実験を――あくまで事故なのだが――邪魔してしまったのが原因だ。何もあそこまで怒らなくても、と言いたくなるくらいの怒り方だった。正直理不尽感じてる。でも、まぁ、仕方ないといえば仕方ないので、オティヌスは大人しくパラケルススの意志に従った。
というわけで、オティヌスは次なる逃げ込み先を求めて絶賛放浪中。しかし容赦なく照り付ける太陽の熱に耐えきれるはずもなく、彼女はコンビニにて一時の冷を得るためにアイスを買いに行っていた。
オティヌスは歩きながら、買ったばかりのアイスキャンディーにかぶりつく。
「ん~~~~~つぁっ」
冷たいものを食べた時特有の突き刺すような頭痛が来た。ぬおおぉ、などと地獄の亡者の唸り声のような声を上げて、歩道の隅に蹲る。
「うー。気が急いてたよ」
いつも注意して食べるのだけれど、暑さに当てられたか勢いよく頬張ってしまった。おかげさまでダメージも何倍にも膨れ上がっている。頭痛が引くには時間がかかりそうだった。
「おお、オティヌスじゃねえか。何してるんだ、そんな所で」
そんな彼女の頭上から聞き馴染みのある声が上から降って来る。
オティヌスは声の主を見上げた。
「あれ、方天画戟じゃん。久しぶり」
そこにいたのは中学生の頃、三年間同じクラスだった方天画戟だった。高校の友達だろうか。凛とした立ち姿の少女で真面目そうだ。正直を言えば、方天画戟と対極に立つタイプに見える。つるんだ経緯が全く以て予想がつかない。
「そっちの娘は?」
「俺のライバルだ!」
「へぇ……あの方天画戟がライバルと認めるなんて。それじゃあ、その娘も薙刀やってるの?」
「いいや、剣道」
「相変わらず競技は越境するんだね……」
方天画戟は最強を目指している。そして、その最強とは彼女が部活でやっている薙刀の中でのみの話ではなく、あらゆる武道の中での最強を目指しているらしい。どうせなら武道に限定せず、勉学においての最強を目指してくれ、と彼女の母親がぼやいているのにオティヌスは苦笑したことを覚えている。
「でも、そっか。ライバル、見つけられたんだね」
「中学の武道系部活の連中弱かったもんなぁ」
「方天画戟が強すぎるだけだって」
流石に薙刀の全国大会決勝進出者と比較して弱いと判断されるのは酷だろう。そりゃ、誰だって弱いと評価されるだろう。判断基準が間違っていた。
だが、そんな方天画戟がライバルと認めるくらいに強いということは隣にいる少女もまた方天画戟と同じ場所に立っているのだろう。
「コイツはかなり強いぜ。何せ96戦中43勝43敗と勝ち負けの回数が拮抗してるんだからな」
方天画戟は少女を人差し指で指しながら、そう言った。指差さされた少女は不快感を顔一杯で表しながら、
「人を指で指すのは失礼だと、前にも言わなかったか?」
「ったく、いちいち細かい奴だな。良いだろ。俺とお前の仲なんだから」
「親しき中にも礼儀ありだ」
「へいへい」
「真面目に聞け」
「いたたたっ!わかった、わかったから、手を放してくれ、マサムネっ」
凛とした少女――マサムネは不真面目な方天画戟の腕を捩じり掴み、組み伏せるような形で押さえつける。方天画戟は抜け出そうともがくが、マサムネは揺るがない。むしろより強く押さえつけているようにも見える。なるほど、確かに彼女っは方天画戟に並ぶ実力者らしい。少なくとも中学時代には、じゃじゃ馬娘の方天画戟を押さえつけられる人は男子にも女子にはいなかった。
(だけど、意外や意外。結構かみ合ってるね、この二人)
マサムネの第一印象からは方天画戟と噛み合うかどうか疑問したが、今ではその疑問が見当外れだとよくわかる。ただ、それでも二人が仲良くなった経緯が不可思議であるのは否めないが。中学時代、方天画戟はマサムネのような手合いは大嫌いで、結構反発などもしていたのだ。だというのに、今となってはかつてはあれほど反発していた委員長タイプのマサムネとつるんでいる。
これは、つまり。
「変わったってことかな」
「ん?何か言ったか?」
「いいや、なんにも言ってないよ」
「お、そうか?まぁ、良いか。それよりオティヌスが食べてるの見たら、俺も食べたくなってきた。なぁ、マサムネ、コンビニでアイス買ってかね?」
「何故拙者が一緒に。それに、買い食いは――」
「まぁまぁ、お前だってなんだかんだいって、いつもしてるんだし」
「なっ、それは―――ちょっ、押すな…!」
「んじゃな、オティヌス」
「うん、バイバイ」
手を振って、店内に入る騒がしい二人を見送った。二人の関係性を評価をするに、どうやらお互い殴り合うことでかみ合っているらしい。ライバル関係らしくて、良きかな良きかな。
と、ほっこりした所で、呑み込んだ最後のアイスの欠片と共に頭と心が冷えていく。
「方天画戟は大分変ったなぁ」
人は変わる。一年半も会わなければ、その分だけ思い出からは離れていく。きっと他の同級生だって、もうオティヌスが知る彼らではなくなっているのだろう。そして時が経つにつれ、オティヌスが知る彼らの方が少なくなっていってしまうのだ。
「…………ん」
ほんの少しナイーブになる。らしくない。そんなことは分かっている。
でも、それでも、浮かんでしまったものはそう簡単には沈まない。心の中でもやもやとした感情となって、浮かび続ける。
「よっと」
オティヌスアイスの包みを『プラスチック』のゴミ箱に投げ捨てた。
こんな風に浮かんだ考えも簡単に捨てれてしてまったら、良かったのに。