夏終哀愁   作:三水レイシャ

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03 公園

 西の空が橙色に染まり始めていた。太陽は西に傾き、一日の終わりを世界は人々に告げている。こうして日々は過ぎていき、二度とは訪れぬ昨日が積み重なっていくのだ。そして、そんな昨日の集積体を人は過去と呼ぶ。

 かこーん、とであった。帰路に着くオティヌスは閑散とした住宅街で小石を虚しく蹴り飛ばす。あてどなく飛んでいった小石は道の端に転び、やがて排水溝の穴に落ちた。

「むー」

 なんとなくつまらない。それはオティヌスが何処にも落ち着かぬ根無し草だからか。それこそ、まるで転がる石のように。不安定で、先の見えない誰か。可能性の塊とは聞こえは良いが、その実高校二年生なんてただただ形の定まってない粘土細工だ。彼女はこれから自らの形を見つけていかなければならない。評価基準も価値基準もばらばらで、自分勝手な社会で生きていくための形をだ。転がる石ではいられない。巨岩にならなければ、排水溝に落ちるだけだ。

 自分は変わっているのだろうか。そう疑問するくらいにオティヌスは自身の変化を感じることが出来なかった。その実、周りの人間は変わっていき、オティヌスの変化なんて待たないし、待つ理由なんてない。彼女等には彼女等の世界があり、その世界で生きるのが人生なのだから。

「結局、人は一人、か」

 さて「孤独とは影である」とは誰の言葉だったか。度々実感する言葉であるが、今日は妙にそれが染みる。あぁ、そうだ。孤独は人に付き纏う。解けぬそれはただそこにあり、共にあることを模索しなければならないのだ。

 ぽーん、何処かで聞き覚えのあるチャイムが鳴った。懐かしくて、そして久しぶりに聞くチャイムだった。

「公園……」

 かつて、よく遊んだ公園だ。パラケルススと、そして中学に入る前に家庭の事情で離ればなれになってしまった――

「あれ、レーヴァテインじゃん」

 

 

「はい、これ。炭酸苦手だったよね」

「ん……」

 無炭酸のオレンジジュースをブランコに乗るレーヴァテインに投げ渡し、オティヌス自身もまたレーヴァテインの隣のブランコに座る。

 オティヌスはレ――ヴァテインの顔を覗き込みながら、こう言った。

「それで、どうしたの珍しく暗い顔なんかしちゃって」

「よく分かるわね。私の顔色」

「わかるよ。幼馴染だもん。いや、幼馴染だから、かな。もう小学三年生くらいからは、なんだか表情硬くなってたし」

「………悪かったわよ」

 唇を尖らせて、レーヴァテインは言った。そんな彼女にオティヌスは意外の感を得る。

 あの時代、あの世界。オティヌスとレーヴァテインは決定的に別離した。その原因はレーヴァテインにあり、かつての彼女がオティヌスの手を弾いたのだ。

 それに対する、初めての謝罪だった。それは拗ねたような言い方だったが、しかし謝罪は謝罪である。

「んふ」

「何よ、その気持ち悪い笑い」

「べっつにー」

「………………」

 不満げな顔でレーヴァテインはオティヌスを睨みつけるが、オティヌスは素知らぬ顔で無視を決め込んだ。それから更に笑みを深めて言ってやる。

「何か変わったね、レーヴァテイン」

「そう、かしらね」

「もしかして彼氏でも出来た?」

「………………」

「ちょっと待って、何その反応!?えっ、嘘でしょ?あの氷の女王がっ!?」

「……その渾名、高校からだと思ってたけど、小学生時代にもあったのね…」

 レーヴァテインは美人だ。それは小学生時代も同様で、男子に好意を寄せられる女子第1位。当然、散々告白された。しかし、そうなったのは彼女が拗らせ、周囲と孤立しはじめた小学3年生くらいからである。だから散々男子を振った。振りまくった。それこそ、悪党を切り捨てまくる時代劇のお侍さんの如く。振られた男子の血の涙が今もありありと思い出せた。

 きっとレーヴァテインはあの頃から何も変わっていなかったのだろう。そうして、中学時代と高校生活の一年半を過ごしてきたのだ。

 だから、少々気になった。レーヴァテインの彼氏となった少年のことが。

「へぇ…。レーヴァテインに彼氏…ねぇ、どんな人なの?」

「別に、普通の人よ。ただちょっと拗らせてるだけで」

「それは普通とは言わないんじゃあ…?」

「…………そうかもしれないわね。でも良い人よ。これは本当。お人良し過ぎて、ちょっと心配になるくらいには…」

「ふぅん?だったら、レーヴァテインをほっぽって、別の女の子の助けに入っちゃったり?」

「ぶっすぅ」

「えっ、何その顔。可愛い。写真撮って良い?」

「絶対止めて」

「あー、スマホ、投げようとしないでぇ~」

 思わず向けたスマートフォンを怒ったレーヴァテインがすかさず奪取。投げ捨てられそうだったので、オティヌスは急いでレーヴァテインに泣きついた。

「………はい、返す」

「にへへ、ありがと。そういう所は変わってないね」

「………………」

「あれ『うるさい』って言わないんだ」

「貴女に言われちゃ、しょうがないって思っただけ」

「そう思えるようになったんだね」

「思えるようにさせられたのよ、何処かの、お節介な誰かさんに」

 レーヴァテインが微笑む。柔らかく、優しく。かつては見せなかった、オティヌスの知らない恋する乙女の表情で。

 変わった。そう痛感する。正直を言えば、レーヴァテインが一番変わらないんじゃないかと思っていた。変わりようがないと、そう信じていた。

 かつん、と足元の小石を蹴り飛ばす。それは飛んで、夕闇の中に消えていった。飛んでいった先は見えず、小石は未来の中に消えた。一寸先は闇。なんとなくオティヌスの未来と重なって、気分が悪い。

「オティヌス?」

 今度はレーヴァテインがオティヌスの顔を覗き込む番だった。心配顔の彼女はちょっとレア感。こんな表情も出来るようになったんだ。

「顔色、悪いわよ」

「まぁねぇ、色々あってさ」

「そう、オティヌスも色々あるのね」

「あるよ、色々」

 呟いて、ふと考える。

 人は変わっていく。あの手のつけようがないと思ってたレーヴァテインでさえも変わっている。であれば、人が変わっていくのはどうしたって変えられない。変えられないし、変えてはいけない。所詮は他人。世界と世界が交わることはあれど、重なることは絶対にない。

 キーコ、とブランコを揺らす。揺らぐ、揺れる。凝り固まった思考を揺らし、解していく。

 ブランコが止まる。ブランコの揺れの弧の先端に来たからだ。瞬間オティヌスはブランコの踏み板を力強く蹴りとばす。

 そして跳んだ。

「よしっ」

 僅かな浮遊。その後、地面に足が着く。それから着地の反動を天に逃がして、気合を入れた。

 らしくないのは、ここまでだ。

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