「そうですか、クロが暴走……」
「ええ、今から祓魔に向かいます」
私に頷いた雪男君はいつものコートに専用のホルスターを付けて聖水のボトルを収納する大きめのポーチを持っている。
「それは?」
「これは神父さんの遺したいざというときのクロ専用の毒です」
「毒……」
クロ用の毒。
契約の切れた悪魔は再び味方になる可能性は低い。そもそも契約が成立していたからこそ味方になっているのだ。猫又であるクロはどちらかというと人間と共存するタイプの悪魔ではあるが、野良でなければ大抵家族同然で過ごしていた絆によるところが大きい。
『うてな!』
藤本さんに連れられたクロを思い出す。
「私……」
言いかけてやめた。そもそもの発端は不用意に藤本さんの死に触れてしまいクロにそれが伝わってしまったことだ。でもいずれ言わなくてはならなかったであろうことを先延ばしにして甘えたがった私にそんなことを言う資格はない。クロからしてみれば裏切りとも取れるかもしれないのだ。
「ううん……やっぱりいい」
「そう、ですか……」
それを察したのか雪男君も俯いた。
「良ければこれ、一緒に持って行って」
「これは?」
「藤本さんとクロが酒盛りの時によく一緒に食べてた棗の実。……終わったら、あげて」
「……わかりました」
雪男君は袋に入った棗の実を受け取ると出て行った。
「クロ……」
ごめんね、雪男君。こんな役押し付けて。
ごめんね、クロ。
事が終息する夕方まで、私の気が晴れることはなかった。
「「ただいま/!」」
「にゃー」
日が沈みかけた頃、二人と一匹は部屋に帰ってきた。
「―――おかえり」
のを私は作り終えた料理を盛り付けながら応える。
「いい匂いですね」
「今日は萼が作ってくれたのか?」
「うん、まあ一人暮らしだったし。奥村君ほど美味しいものは作れないけどある程度はね」
「にゃー」
「……クロ」
呼ぶとクロはそのまま私の下に絡まるようにすり寄ってきた。気まずくなると思っていた私は想定外の事に見開く。
「萼さんがくれたあの棗の実、あれも別に祓魔用に清められたものじゃなくて普通に神父さんとクロの食べていたのと同じものだったんですよね」
「どうして……」
「クロが気づいたんだよ、ジジイのマタタビ酒と一緒にな」
「!」
そっか、結局考えることは一緒だったんですね、藤本さん。思えばあの人がクロを進んで殺そうとするはずがないか。
「にゃー、にゃにゃー」
「久しぶりだってよ。そんで暗い顔すんなって」
「伝えなかった私を、恨まないの?クロ」
「にゃー?にゃー!」
「なんでだ?うてなはおれのともだちだろ。だって」
「そっか、そっかぁ……」
ぎゅっとクロを抱きしめた。
「ありがとう―――おかえりクロ」
「にゃー!」
「……そんじゃ、クロの歓迎会も含めて夕飯にしよーぜ!」
「そうだね。じゃあ僕、クロ用の小皿取ってくるよ」
こうして今日も一日を終えていくのだ。
「にゃー」
「クロ、さっそくなんだけどね……モフモチさせてくれないかな?」
「にゃ!!」
「っ――ありがとう!」
「なんだ、あれ」
「萼さんはモフモフした小動物に弱いんだよ。だからああしてよくクロを抱っこして堪能してるんだ」
「へー……」
「何面白くなさそうにしてるのさ、兄さん」
「べ、別にそんなんじゃねーよ!!」
「そっちに目移りする前に提出する書類書いてよ。さっきも言ったけど一応クロは兄さんの使い魔として正式に登録し直すんだから」
「……へーい」