白の祓魔師   作:紗代

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口の中いっぱいの幸福/再認識した日

林間合宿―――そしてフェレス卿の懲戒尋問。それらが終わったものの後を引くものは重過ぎる。かく言う私もフェレス卿の秘書であることから尋問されていて、今日今しがた解放されたところである。

尋問のためにヴァチカンで寝起きしていた(といってもたったの二日だが)ので旧男子寮に戻るのは久しぶりのような気分になっている。

 

「ただいまー」

 

しかし返事が返ってこない。当たり前か。まだお昼だし。

小腹が空いたので適当に作って食べることにした。

ぱくりと一口。

 

「……物足りない」

 

味気ない自分で作ったものを自分一人で完食する作業。前の世界では一人で作って食べるなんて当たり前だったのに、なんでここでいきなり美味しさを感じなくなるかな……

 

「慣れすぎた」

 

その一言に尽きる。奥村兄弟と過ごす食事の時間は割と私の中でウェイトを占めていたらしい。

早く帰ってこないかなあ―――まあ、帰ってきてくれたとしても何かしてあげられるわけでもないのだけれど。

 

「―――世知辛いよね、二人とも」

 

呟くように声にした私の言葉に反応するものは何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日。雪男君はほぼ旧男子寮に帰ることなく任務や業務に追われている。私も自分の味気無さを何とかするためにいろいろやりくりして夕飯の時は帰るようにしているけど、奥村くんは基本一人で寝ているかぼーっとしている。ご飯は一緒に食べているけど他愛ない会話さえ前よりあまり続かない。授業の時見てる限りだと他の塾生のみんなに避けられてるみたいだし、しえみちゃんはよく話してみたら奥村君への感情が空回りして悪化しちゃってるみたいだったし……要するに塾にも居づらい状態で近況を話せるほどの余裕がないのかもしれない。

 

今日も奥村君の作ってくれたご飯を美味しくいただきつつ……でも会話はほとんどない状態で食べきって私は再び仕事に戻ろうとスーツの上着に袖を通して玄関に向かう。

 

「……じゃあ私仕事に戻るから。何かあったら携帯にっ!?」

 

左手首が動かない。と思ったら奥村君の手がしっかりと私の手首を掴んでいた。

 

「お、奥村君?」

「わ、ワリい」

 

私が突然の事に驚いているように、奥村君自身もなぜ引き留めたのか分かっていないようだった。

でも手首が放される気配はない。

 

「―――つらいの?」

 

そう聞けば、ビクッと震えた。

 

「別、に」

「……つらいならつらいって言っていいんだよ。雪男君はいないししえみちゃんにも避けられてて吐き出せるところないでしょ……私は最初から奥村君が魔神の子だって知ったうえで一緒にいる。いわば奥村君と同じく皆に隠し事をしてる共犯者なわけ」

「で、でも」

「うん?」

「おまえ、怖くないのかよ」

「怖い?奥村君が?───全然!」

「!!」

「むしろ食事中に会話がない方が堪える。私、自惚れじゃないけど強いよ?とりあえず今の奥村君をどうにかできるくらいにはね。強者の特権だよ。それに───奥村君は奥村君じゃない?」

「あ……」

「不器用でよく寝てて、いつも美味しいご飯作ってくれて、優しいそんな素敵な男の子」

 

奥村君の顔が泣きそうになって歪む。

 

「萼」

「うん」

「……行かないでくれ」

「うん」

「一人は、もう嫌だ……っ」

「───うん」

 

ぼろぼろと泣く奥村君を撫でて手を繋ぎ直すと空いた手で携帯を取り出しフェレス卿に繋げる。

 

「白代です。申し訳ありません今日は――はい。ありがとうございます。はい、承知しております。では明後日―――失礼いたします」

 

フェレス卿も察したのか案外あっさりと有給休暇の許可をくれた。奥村君も自分のせいで私が仕事を休んだと思ったらしく何か言おうとしていたのを私が止めた。

 

「ね、今日のこれからと明日、私と一緒にいてくれる?」

「いいのか」

「うん。今日はこのまま一緒にゴロゴロして、明日は塾が休みだから一緒に食材の買い物に行こう!お金については今回特別に食費とは別に私が持ちましょう!!」

「―――おう!」

 

 

 

 

翌日。私と奥村君は商店街へと繰り出した。

 

「今日は奥村君の好きなすき焼きにしようか。野菜は冷蔵庫を見る限り大丈夫そうだったから――お肉どうする?」

「やっぱりそこは牛肉だろ!」

「ふふ、なら肉屋でとびっきりのを買おうか」

 

肉屋に入って肉を選んでいると隣の奥村君は惣菜を見ていた。

 

「何がいい?」

「コロッケとメンチカツ」

「じゃあ今日のおやつね───すみません、黒毛和牛500グラムとコロッケとメンチカツをそれぞれ2つずつください」

 

声をかけると三角巾を着けた女性がやってきて肉を包んでくれた。

 

「はいはい。まあ可愛らしいご夫婦だこと!」

「ふ!?」

「ふふ、ありがとうございます」

「500グラムだなんて随分食べるんだねえ、お祝いか何かなのかい?」

「そんなところです」

「そうかいそうかい。なら唐揚げもおまけしておこうかね」

「オバちゃんいいのか?」

「いいのいいの!オバサンのささやかなサービスだよ。今後ともご贔屓にね」

「スッゲーうれしい!ありがとな!」

「ありがとうございます」

 

肉屋を出ると小さな公園があった。

 

「お肉があるからそんなに長居はできないけど、ちょっと休憩しよう」

「おー」

 

手頃なベンチを見つけてそこに座る。肉屋の女将さんに肉とは別にしてもらった総菜の袋を開けた。

 

「奥村君はどれから食べる?」

「メンチカツがいい」

「えーっと、はい」

「サンキュー」

 

奥村君に渡すと大口を開けて豪快に一口。

 

「うまっ」

 

美味しそうに食べるなあ。久しく見なかった幸せそうな顔だ。

 

「どうしたんだ?萼は食べねーの?」

「ううん、いただきます」

 

私もメンチカツからいただくことにした。口の中で鳴るサクッとした音とジューシーな味付きの肉、甘いキャベツと玉ねぎがとっってつもなく合う。美味しい!

 

「~美味しいねえ」

「だろ!」

「あの肉屋、また行こうか」

「だな、そんでまた総菜も食う!」

「今度は海老カツもいいなあ」

「なら俺はカニクリームコロッケ」

「ふふふ、雪男君が喜びそう」

「―――なあ、思ってたんだけどさ、なんで雪男のことは名前で呼んで俺は“奥村君”なんだ?」

「え?」

「その、一緒に飯食ってて俺一人だけ意外感を感じる」

「惜しい!多分それは疎外感!!」

「う、うっせー!!」

 

すかさず入れた私の突っ込みに照れ隠しで怒る奥村君。にしても疎外感かあ。なるほど。

 

「……そうだねえ、確かに一緒にご飯食べてるときに片や名前で片や苗字じゃ違和感があるのかも。じゃあ今度からは―――燐君?」

「いや、苗字はともかく名前に君付けは慣れないから“燐”でいい」

「そっか―――じゃあもう帰ろう、燐。お肉が食べられなくなっちゃう」

 

私が名前を呼ぶと、一瞬呆気に取られてから酷く嬉しそうに満面の笑顔で彼は応えた。

 

「!、ああ!!」

 

その笑顔を見た瞬間。内心私はどちらかというと彼のことを悪魔寄りに考えていたのだと自覚した。藤本さんとの約束と、抑え込める自信があったからこの監視役の仕事も引き受けた。

でも、今はどうだろう。監視対象『魔神の落胤』としての意識が消えたわけではない。しかし『奥村燐』と一緒に行動して彼とその周りを理解していくことでそれが薄まりつつあるのは確かだ。

 

蓋を開けてみれば『魔神の落胤』だのなんだのと周りの勝手に貼ったレッテルと、その真っ直ぐさからうまく生きられない不器用で優しいただの男の子じゃないか。

 

分かっていながら私は手出しし(助け)なかった。

 

『もし俺に何かあったら、雪男ともう一人―――燐を、あの二人の事を頼んでもいいか』

 

藤本さん

 

「約束、ですからね」

 

ちゃんと守ります。だって彼らは───私の幸福ですから。

 

「萼ー?」

「なんでもない」

 

本当に敵わないなあ。

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