山に入って雪男君の匂いと気配を探ると―――一緒に藤堂上二級の気配を捕捉した。
「はてさて人間一人灰にするのにどの位かかるか」
「お前が消えろ!」
私が撃ったことにより藤堂は雪男君の首から手を離して距離を取った。
「萼さん!」
「戦闘中に悪魔落ちに誘うっていうのはいかがなものでしょうねえ、藤堂
「君は……ああそうだ白代萼上一級。フェレス卿の秘書だったか」
「ご名答☆流石ですね。てっきりあなたと反りの合わなかった藤本さんと一緒にいた私のことなど認識していないものとばかり思っていましたが」
「いいや?これでも優秀な人材の覚えはいい方でね」
「気を付けてください!藤堂は迦楼羅を喰っています」
「迦楼羅を喰った?」
だからこんなにも得体の知れない力を纏ってるのか。
「悪魔落ちしたうえで悪魔を喰ってるってことですか?祓魔師どころか人間までやめたんですか?」
「人間のままではあの方のお役に立てないからねえ」
「ふうん……」
となるとただ悪魔落ちしただけの場合とはケースが異なるから対処も違うわけだ。
特に迦楼羅を喰ったという話が本当なら(纏う力と見た目からしてほぼ間違いないが)迦楼羅の不死鳥たる由縁の驚異的な再生能力を有しているということになる。
なら失血死や撲殺は狙えない、というかならずに済む。ということは頭と心臓を狙わない限り死なないということだ。
「……雪男君、今からちょっとえぐいというか、人道に反するかもしれない事するかもしれないから先に行ってて」
「え、ですけど」
「いいから……恐らくこの先に燐が待ってるかもしれないからさ」
「……分かり、ました」
渋々、だが迅速に動いてくれる雪男君に感謝である。
彼は私が合図を出すとそのまま戦線を離脱した。
「逃げられてしまったか」
「さて!これで準備も出来ましたし、始めましょうかね」
「始める?いや終わるのさ、跡形もなく消えてね!」
「!!」
迦楼羅の炎が私に放射される。咄嗟に身構えたけど少なくとも全治三日の大火傷だろう。
―――しかし全く熱さを感じない。
「な!?」
「え……」
攻撃した藤堂も、受けたはずの私も驚きを隠せない。だって
「青い、炎」
青い炎が私を赤い炎から守っていた。
このあったかい炎は
「り、ん?」
「そんな、なぜ炎が?馬鹿な……」
混乱している藤堂の隙を突き、蹴り倒して両手足を高濃度の聖水で清めた聖銀製の杭で縫い留める。くぐもった悲鳴が聞こえるがスルーして地面に張りつけた。
「それでは喋っていただきましょうか」
「……喋る?それは何について?」
「惚けないでくださいよ。貴方の本命の組織についてです。私はあんまりこういう手を使いたくないんですけど、上司が「取り敢えず絞れるだけ絞っちゃってください☆」とか抜かしたので。ええ、まああなたはその尊い犠牲第一号になりますね」
「いくら迦楼羅の力で直ると言っても、痛いのは勘弁してもらいたいんだけどなあ」
「うふふ、そういう人は他人の身内に手を出してはいけま、せん!」
グギャ、バキン、ブチ……そんな破滅的な音が私の殴った藤堂のあばらから聞こえた。
「ぐが、ぁ、ご」
「あ、ちなみに私はどれだけあなたが苦しもうと精神的に摩耗しようとそれで手を緩めてしまえるような感情は一切ありませんのでご理解ください」
「それに……」
「雪男君のこと、殺そうとしていたでしょう?その分も加味してゆっくりじっくり壊していきますから、ね?大丈夫ですよ、迦楼羅を取り込んだあなたならたちまち直って死ぬことはないでしょうから」
私がそう言えば、藤堂は若干青白くなって余裕有り気な顔が心なしか引き攣っていた。
あれから何度か死ぬギリギリのラインで拷問による尋問をしているが、さすがというか発狂寸前を何度も繰り返しているというのになかなか口を割らない。見上げた忠誠心だ。和修ならすぐボロ雑巾になってポイされる系かもしれない。それほど彼の言う『あの方』に心酔しているということなのだろう。
ここで藤堂について振り返ってみる。
藤堂三郎太。日本支部最深部部長。元祓魔塾講師。上二級祓魔師。取得称号は手騎士・医工騎士・詠唱騎士。55歳。祓魔師の名門・藤堂家の三男として生を受け、青い夜にて父親と上の兄たちを亡くし実質藤堂家当主となる。勤務態度は勤勉かつ優秀。特にこれと言って問題という問題もない。表面的に見れば順風満帆で棚ぼたな人物に見えることだろう。しかし、少し調べるとその様相は一変する。
その実、藤堂は人に恵まれていなかった。祓魔師になったのも藤堂家という家のために過ぎず、幼少期から青年期にかけての彼は「呑み込みは早いが指示が無ければやらない」「良くも悪くも自分の無いタイプ」だったらしい。それゆえになのか父親や兄たちには疎まれており、また三男であったこともあって必ず彼らに伺いをたてる彼を周囲は悲観的な目で見ていたのだという。
青い夜で父親と兄たちがいなくなると、吹っ切れた様に穏やかで堅実な人物となり、元は兄の責であった日本支部最深部部長へと昇進し現在に至る。
勝手を許さないくせに言いなりになるようになると辛く当られるという矛盾したレールの上で生きる自分が嫌だと、そう思ったのだろうか。
「可哀想に」
思った言葉がそのまま出た。
「何、を……」
「訓練を受けた祓魔師が悪魔落ちするなんてよっぽどの事なのに、誰もあなたを理解しようとしない。貴方は貴方の人生を生きたかった。ただそれだけなのに。やっと心酔できるほどの人物に出会ったのに、貴方は雪男君を傷つけただけで私にこんな目に遭わされてる」
「……」
「このままいけば貴方は未曽有の厄災の主犯として歴史に名を残せるでしょう。かの青い炎に焼かれて死んでいった大多数の中に埋もれるように名簿に名前を刻まれた貴方の大嫌いなお父様やお兄様と違って。でもその代わり貴方はもう「あの方」の元に戻ることは叶わなくなる」
「!」
「『この世のすべての不利益は当人の能力不足。』とはよく言ったものだと思わない?」
「それは、僕が愚かだと言いたいのかい」
「いいえ、貴方は貴方なりに考えてその結論に至った。それは誇るべきこと。貴方は悪くないの。悪いのは理解しなかった貴方のご両親。そしてお兄さん。みんな貴方に自由を教えなかった。貴方を下にしようと矛盾で振り回した。貴方は抗えるような実力を持っていなかった、ただの被害者」
「……知ったように語るのはよしてくれないかな」
「可哀想に。復讐相手を失った貴方は未来永劫その呪縛から逃れることはできない」
そして私は藤堂の頬を撫でながら囁く。
「―――貴方の両親は、貴方を育てるのに失敗した」
「私たちの両親は、私たちの人生を先のない廃線に乗せて無責任にも放り出した」
「可哀想なご同類。救われず報われない哀れな落し児。それが、私たちの正体」
そう言えば藤堂は驚いたように僅かに目を見開いた。
「君も、なんだね」
「―――ええ、きっと奥村兄弟と出会わなければ今頃私は此処にいなかったでしょう。実の両親も異母兄も世界も何もかも投げ出したくて逃げ出したくてたまらなかった」
だから
「だからこそ私に『家族』をくれる奥村兄弟を奪おうとするのは許さない。私の聖域を穢すものは消す。貴方だってそうでしょう」
「―――違いない」
それからすぐに到着した柔造さんたちが来ると私は煮るなり焼くなり好きにしろと言わんばかりに藤堂の身柄を引き渡した。のだが、杭を引き抜いた瞬間に藤堂は逃げおおせてしまい、私たちはそのまま山の不浄王の下へ行くことになったのだ。