山の奥に進めば進むほど腐臭と瘴気が濃くなっていく。
息がし辛くなっていく中で私たちは黙々と進み続ける。小隊の祓魔師たちには本当なら今すぐに引き返してもらいたいくらいだけど、
「……」
途中で合流した雪男君との会話はない。おそらく話しかければ必要最低限の事務的な会話はしてくれそうだけど今それどころじゃないし。
結構近くにいたからきっと私と藤堂のやり取りを―――私のやり方を見ていたのだろう。燐のことを引き合いに出したのに普通の成人男性があの時間で歩いて到達できるような距離しか進んでいない様なところにいたのだ。藤堂のことが気になって引き返してきた、と本人は言っているし柔造さんたちもそれで納得していたが、匂いや音の感覚器官が発達しているためか私にはどうしても納得できなかった。疑り深いのも考えものだが、今回のこれは確信めいている。
「ねえ、雪男く「あの青い炎は…!!」
木の上から見える青白い強烈な光―――間違いない、この先に燐がいる!
「っ燐!」
「あ、ちょ、白代先生!?メガネ!?」
思わず私と雪男君は炎の下に駆けだした。
走って、走って、走って―――
駆け付けた時にはすべてが終わっていた。
「ふざけるな!」
雪男君が燐を殴った。でも私は止めない。燐にも言ったけど雪男君は燐を守ることに苦心しているから、それを無に帰すような燐の行動は頭にきて当然である。
「自分の状況が判ってるのか!?」
「判ってるよ」
「!」
静かな声で、燐は続ける。
「やっと判った」
「俺はやっぱり魔神の仔で、この炎から逃げる事はできない」
「ずっと向き合うのが…認めんのが怖かった」
「でもそれじゃダメだった…んだよな…」
言い切ったところで燐の身体が傾いた。
「兄さん!?」
「奥村…」
気絶して運ばれていく燐を、私は見ていることしかできなかった。
****
虎屋に着くと私は医工騎士でもあるためそれぞれの治療にあたる―――と思っていたのだが、どうやらその必要はなかったらしい。
「それもこれも燐が頑張って燃やしてくれたおかげだねえ」
当のヒーローは寝ている。普通に体力回復のための睡眠らしいので心配の必要もないか。
フェレス卿の下へ戻ろうと私が立ち上がろうとするとスーツのジャケットの裾を掴まれていた。
「……幼児か」
しかし気持ちよさそうに眠る燐に何か言う気も失せ、シュラさんに連絡し、そのままそこに待機することにした。足痺れないといいけど。
「クロ…」
あれから約一時間ほどして燐が目覚めた。
朦朧としながら燐はクロの無事を確認し一息吐く。そうだね、クロも大活躍だったからね。
「おはよう、燐」
「うてな……萼!?」
「あだ!?」
突然起き上がった燐の頭が私の顔にクリーンヒットした。
「っ~!!」
「わ、悪い。大丈夫か」
「……ちょっと待って。服掴まれて動けなかったのとこの仕打ちで色々込み上げてるから」
「え、あ!?」
今私のジャケットに気付いたのか更に慌てる。なんかかわいそうになってきた。
……いや、実際一番被害被ってるのは私だけど。
「まあ何はともあれお疲れ様、燐。燐やみんなのおかげで京都から不浄王の危機は無事に去りました!───ありがとう」
「お、俺の方こそ」
「?」
「火正三昧の時……実はちょっとヤバかったんだ。けど―――みんなのおかげで何とかなった」
「うん。みんな頑張ったからねえ」
「それで力に圧されそうになった時―――真っ先にお前が思い浮かんだ」
「―――」
「萼が、俺を引き戻したんだ」
「そ、う」
燐の真っ直ぐな言葉に、一瞬どう反応したらいいのか戸惑った。だって燐の精神の楔はてっきり雪男君だと思っていたから。
私は私が二人の事を「この世界での家族」だと一方的に大切に思っているだけであり、雪男君にはともかく燐にはそのことを伝えていなかったこともあって彼らは「兄」と「弟」だが私は「家族のようなもの」または「姉のようなもの」だと認識している。つまり大きな隔たりがあるはずなのだが。
藤堂への釘差しはともかく、これに関しては想定外である。
私は縁側やガラクタ部屋の時のように燐に顔を近づけて青い目と目を合わせる。
「燐が無事で、よかった」
「お、おう」
「これじゃあ本当に過保護になっちゃうけど……もう少しの間燐と雪男君の姉でいさせてね」
「!!!~~~~っ」
「それじゃあ私はもう行くけど、ゆっくり休むんだよ」
尻尾を縮れた様にさせながら固まる燐を尻目に私は部屋を出た。
歩きながら考える。
燐の事、雪男君の事、当面の事―――これ以上挙げればキリがなくなるが、考えずにはいられない。
藤堂の事にしたって自分の事をダシに揺さぶって一面に同調し肯定しただけだ。大した情報は聞き出せずに終わったし、スパイじみたことをさせられるほど取り入れたわけでもない。
「らしくない」
自嘲。任務に私情を持ち込むことなんて今までなかったというのに。
『うふふ、嬉しい……愛してるわ……吉、時』
―――本当に、情というのは恐ろしい。
思い出したくもない
───私は絶対にああはならない。
思わず唇を強く噛みしめてしまい、口の中に血の味が広がったので我に返る。一つ深呼吸をするとそのまま廊下を突き進んでいくのだった。