商店街を抜けた先にあるこじんまりとした喫茶店。そこに私はまた来ていた。
「今日は一日中晴天!まさに絶好の取材日和だね!」
「……」
「ヨハン君は『詳しくは白代先生に聞いてください☆』とか言ってたし、君相手になら何を聞いてもいいと取ってもいいのかねえ?」
「……」
「やれやれ、そろそろ反応が欲しいところなのだけれど。カネキ君だって世間話くらいは付き合ってくれたのに」
「そうですね。ではそろそろ帰ります」
「ええ!?ちょ、帰るの早くない?せっかく来たんだからもうちょっとくらいいいじゃあないか!ねえ」
「昨日の深夜からの任務明けで、他にも雑務やら書類やらで不眠不休で働いているさなか、いきなり上司経由で呼ばれた私の気持ちを述べよ」
「え、ええー。イライラ?」
「帰る」
「間違ってないだろ!?なんで帰ろうとする!?」
「……昨日の任務があまりにもグダグダだったもので」
「とんだ八つ当たり!!」
「うるさい」
「理不尽!!……詳しく聞いても?」
「どうせフェレス卿から聞いているでしょう」
「いや、ただあらすじを聞くより当事者に聞いた方が理解できることってあるじゃないか。お姉さんに話してごらんよ」
「……」
こんな時ばかり……とは思ったものの、話して困る内容でもなければただの馬鹿話とも取れる内容なので話すことにした。
事の始まりは昨日の深夜。フェレス卿からの学園七不思議の祓魔依頼が入り、私と雪男君引率で候補生たちと真夜中の学校に集まっていた。
まず最初のターゲットは「真夜中に学園を彷徨う白無垢」。
男子メンバーでパーティーを編成した。白無垢ということで全員年若い女性を思い浮かべていたのだが……対峙したのは「白無垢姿の男性」。―――所謂オカマであった。
昔は今みたいにトランスジェンダーや個性に対して理解のある世界じゃなかったからそれが未練として強く残った。性別に囚われて生き、死後しかその不満が発散できないのは哀れだと思う。でも―――
な ん で 私 が 追 わ れ て る !?
『逃がさないわよ!この泥棒猫!!』
「!!っと」
男子たちといた時とはまるで別人のような機動力で追っかけてくる。
―――これ本当に学校の七不思議レベル?中一級とか上級じゃなくて?
冗談ではなく割とガチでそう思っている。
そもそもなぜ私が追われることになったのか。それはおそらく私が彼女の見える位置にいたことが原因だろう。
『―――というわけでチューさせて頂戴♡♡♡』
と、彼女は燐に迫ったが―――
「いや悪ぃけど、初対面の死んだオカマとチューはムリだ。俺好きな奴いるし」
燐なんてバッサリとストレートに……
『キイイ!!ハッキリ言うじゃない…!!アタイ…アンタみたいな正直ボーイ好きよ…でもアタイは運命の相手を見つけるまで……絶対諦めないわ~!!』
そうして標的は燐だけでなく後ろで詠唱していた三人に移り、志摩君……いや尊い犠牲が出た。
しかしそれでも彼女の暴走は止まらない。むしろこちらの混乱もあって現場は混沌を極める。
私は万が一のために雪男君や女子より前に出ており、隅で待機していたのだが……
『あ、アンタ……』
「?」
『アンタね!ボーイたちがアタイに靡かない原因は!』
「は?」
『
「いや、私は講師で……」
『この悪女!!待っててボーイたち、今アタイがこのブスを倒して目を覚まさせてあげる!!』
そんな因縁を付けられて私はこうして女の戦い(?)を繰り広げている。
『さっきからちょこまかと、逃げてばっかりじゃないの!!アタイと正々堂々戦ったらどうなの!?』
いやでもこれ実習だし。私が殺っちゃったら評価付けられなくない?
ちらっと男子たちを見るとギャーギャーまだ阿鼻叫喚状態だし、志摩君に至っては気絶してるし……
あ、だめだ。体勢の立て直しなんて夢のまた夢だこれ。
「───いい加減にしなさい」
『い゛あ゛っ!?』
とりあえず一発入れてからみんなの方を向く。それまでにあった喧騒は一気に静まり返った。
「これはれっきとした任務です。いくらまだ正式な祓魔師の資格を持っていないとはいえ、貴方たちはもう既に祓魔権を得た戦うことのできる人間です。ある日突然魔障を受け、
燐がはっとする。後醍院君のことがあるからね。
「フェレス卿や私たち講師は貴方たちにはその素質や力があると思い、候補生昇格を認めました。武器や力を振り回すだけなら資格は要りません───分かりましたね?」
『ア、アンタよくもやってくれたわね!』
「うるさい」
『へぶう!!』
再び顔面に拳を叩き込んだ。悪魔……というか霊に痛覚があるのかは不明だが、顔面は痛覚の寄せ集めだし、なにより特殊素材でできた手袋(今回に至っては聖水で清めてある)での打撃なので相当効くだろう。
『か、顔を狙うなんて!あんた女の風上にもおけなオブ!!』
「貴方ねえ、さっきから女であることにこだわってるけど……成り切れてないのよ!!」
『え!?な、なによ偉そうに!!』
「顔が整ってるとかそんなの関係なしに!貴方よくみたらメイクはつけまつげとアイラインとルージュだけじゃない!」
『そ、それがどうしたって言うのよ!』
「普通メイクをするときは、化粧水やBBクリームにファンデーション、もしくは複合パウダーで肌から作っていくのよ!いくら白無垢に綿帽子だからって手を抜きすぎよ!!」
『!!で、でも何も塗ってないわけじゃないわ!』
「白粉をはたいているから?甘いわ!!その剃り残しみたいな口周りは何!?普通今どきのニューハーフはそれが見えなくなるまで埋め立てるものよ!!ルージュはリップとグロスと一緒に塗るものだし!」
『!!』
「服だってそうよ!せっかくの婚礼衣装なのに大股で着乱れ関係なしに動き回ってはしたない!裾が長くて蹴って歩くしかないウエディングドレスならまだしも、白無垢は内股で楚々と歩くのが日本古来からの常識でしょうが!」
『!!うっ』
「手だってそう!白無垢なのに赤のネイルなんて。しかもマニキュアを塗っただけでコートも何もかけてない!」
『ううっ』
「今どきのテレビで見る
『いや゛あああああ!!』
霊はよろよろと泣き崩れ落ちた。
『だ、だってアタイ生前は男として生きてたからそんなの知らないもの~』
「あなた年中学校徘徊してるんだから人の観察なんていくらでもできるでしょ。それでなくてもここは理事長が特殊だからいろんな人が来るんだし―――よって同情の余地なし」
『そ、そんなあ』
よよよ、と泣き続ける霊と私の間に一体の人形が入る。
『ミス白代。ボクの花嫁さんは繊細なんだ。どうか許してはくれないだろうか?』
「!」
『え?』
人形が霊の方に向き直った。
『ボクの花嫁さん!さあ、今すぐ結婚式を挙げよう!』
そういわれると霊は未練がなくなったのか消えていく。
ま……今回は宝君のお手柄だな。
そのあとは宝君の物言いに男子が切れたり収拾がつかなくなって雪男君が切れたり、ととにかくいろいろあったのだ。そういえば帰り道でもあったっけ。
燐があの後妙に私の顔をじっと見てくるのが気になって聞いてみた。
「何、奥村君。私の顔に何かある?」
「いやお前って化粧しててもしてなくてもそんな変わんねえなーって」
「あ゛?」
「ひ!」
「奥村君アカン!それ女の子には地雷や!!」
メイクに朝一手間かかる分、化粧映えしないって言われると腹が立つ。
そんなわけで帰りも無言のまま帰ったのだ(燐は後ろからとぼとぼついてきていた)。
「とまあこんな具合でして」
「う、うわあ。なんかごめん」
さすがの高槻先生も引いていた。
「それで?今回はどんな御用で?」
「ああーうん。『アサイラム』を知っているかい?」
「一般的には閉鎖病棟や孤児院を意味しますよね。あとは―――聖域、とか」
確か騎士團では今の祓魔塾の前身の名称が『アサイラム』であったと言われている。
「うん。でも私が聞きたいのはそっちじゃなくて君の塾のことさ」
「それに関しては私も調べましたけどプロテクトやファイアウォールならともかく、抹消されていましたから」
「でも抹消されている以上は何かある。そう思ったんじゃないか?」
「―――一応、人除けと防音の結界を張ります」
おそらくここからの話は部外者に聞かせてはまずいだろうと結界を張る。
高槻先生の言う通り、私はその『アサイラム』に何かあると踏んでいた。おそらく公にできないような、騎士團内部や上層部すべてにかかわる大ごとだったのだろう。
「アサイラム―――正式名称・祓魔師養成寄宿舎。身寄りの無い魔障を受けた子供や悪魔との血縁者を保護し、素質のある者を祓魔師として養育していた。藤本獅郎や現聖騎士アーサー・A・エンジェルを輩出したが「青い夜」の爆心地となり16年前に閉鎖され、祓魔塾として改修された。ここまでが表向きの情報だ」
「ええ」
「しかしその実、それはただの隠れ蓑さ。一応ちゃんとその体をなすためと人員確保のために教育部門はあったそうだが―――そこの本質はそれじゃあない」
「……」
やはり。と思う。沈黙を肯定と取ったのか高槻先生はそのまま話し続ける。
「アサイラムの本質はその地下施設―――13號セクションだ」
「13號、セクション……そんなのまるで」
「実験施設のようだって?―――まさしくその通りさ」
「!」
「君に理解しやすい例えとすると『白日庭』そのもの」
「騎士團に、『
「そう。人間と物質界を守る正義の組織が率先して非人道的行為を日々繰り返していたわけだ。とんだ笑い草だよ」
「まあ違いは君のところは
「……一つ、聞かせてください」
「なにかな?」
「アサイラムの―――13號セクションの目的はなんですか」
「最初は『八候王』用のクローン製造。しかしのちにその憑依体を延命するためのエリクサー創薬と八候王上位三人……ルシフェル、サマエル、アザゼルをもとにした強化人間の製造に切り替わったそうだ」
「―――そう、ですか」
結局、人間も悪魔も喰種もみんな一緒だということだ。
「しかも、その結果は散々なものでね。完全なエリクサーと劣化しない憑依体は遂に作られることはなかった。君のような奇跡の御子は誕生しなかったわけだ」
「……」
大げさに言う高槻先生はそのままコーヒーを啜った。
「ああでも脱走者はいたんだっけ?まあそんなことどうでもいいか―――まあ当時のヨハン君も余裕なかったんだろうねえ。八候王のルシフェルとの取引だったらしいし。サタンが起きる前の世界にとっての爆弾の爆発を無理やり先延ばしにしていたようなもんだから」
「ルシフェル―――光の王」
八候王の中での最高位。世界そのものであるサタンを除けば実質虚無界のナンバー1。
そんな化物と取引したのかあの上司。
―――ひょっとしてフェレス卿も八候王の一人だったりして。
それは後にするとして。
「ここまで私に話したのはなぜです?こんなのどう考えたって口伝いしかないような極秘どころか騎士團にとっても負の遺産に等しい。そんな重要な話をなぜ」
「うん?まあそうだねえ。私はこの世界にある程度愛着を持っていてね。そう簡単に壊れられては困るんだ。が、かといって騎士團を信用しているわけじゃない。この内容を最初に知った時もその気持ちがより強くなったものだ。―――だから」
「この話を聞いたからにはうまく踊ってみせろ、とでも?」
「強制はしないさ。でも、これは君の大事な『家族』にも関わることだからねえ」
「!―――卑怯ですね……いや、当たり前か」
「そーそー。悪魔と渡り合うにはこーいうのも必要なのよ」
「あ、そうだ」と高槻先生は思い出したようにカバンから何かを取り出す。それは―――本だった。
「私のまだ未発表の新作。あげるよ。サイン付き」
「ありがとうございます」
「ネタばれよくないからもうちょっとしてから読むとちょうどいいかもしれないけど―――まあいいか。それは個人の自由だし。じゃあね。突然呼び出して悪かった」
「はあ……」
爆弾を落とすだけ落としてそのまま高槻先生は去っていった。
本の題名は―――『王のビレイグ』。
私の前の世界の記憶にもないものなのでこの世界オリジナルの完全新作なのかもしれない。
私は、私の■■■世界を知らないから
頭が痛い。
痛い。
痛い。
よくわからない。だから蓋をしておこう。溢れても気にしない。
燐と雪男君さえよければ大丈夫。
―――きっと。