雪男君がヴァチカンから帰って来てからというものの、悩む姿を多く見るようになった。元々悩みやすい気質だし、燐の事もあるから学園に入学してからその姿を見なかったわけじゃない。
でも、なんだか今まで以上に思い詰めている気がする。
「雪男君」
「萼さん」
「大丈夫?」
「ええ。何も変わりありませんよ」
やっぱり話さない、か。
前にも言ったのにね。「雪男君の『何も』はなんかある」って。
「そう……じゃあちょっと付き合って」
「え?」
「しえみちゃんとの約束までには間に合うようにするから」
「はあ……」
「それは肯定として取るからね―――燐ー、私と雪男君出掛けてくるからー!!」
「はあ!?」
燐の素っ頓狂な声が聞こえたけど気にしないことにする。
「じゃあ行きましょう」
「……分かりました」
そして着いたのは森林区域の奥の一角。木に囲まれ拓けたそこは瑞々しくちょうどいい芳香香る花畑。私の秘密の場所だ。
「あの鬱蒼とした森林区域に、こんなところがあったなんて」
「うふふ、意外でしょ?私も祓魔師になってすぐくらいに偶然見つけてね。こういう分かりにくいところにあるから人もほとんど寄り付かないし、気を抜くにはもってこいの場所なの」
とりあえず適当な場所に座り、戸惑う雪男君にも座るように促せば素直に座り込んだ。
「……聞かないんですか?」
「ヴァチカンのこと?」
「いえ……」
言いづらそうにする雪男君。あんまり寝れてないのか顔色もよくないんだよねー。自分で調合した薬とか生薬とかで必死にごまかそうとしてるみたいだけど。根本的に解決してないからすぐに元に戻るわけだし。
「エンジェル聖騎士とかに何か失礼なこと言われなかった?」
「別に至って普通でしたよ、堂々とした人だとは思いましたけど」
「そっか。あの人藤本さんのこと目の敵みたいにしてるところがあるからさ」
「僕は兄さんの双子の弟で神父さんの弟子ではありますけど、力があるわけでも似てるわけでもありませんから」
「?いや似てるよ、藤本さんに」
「え」
雪男君は驚愕に目を見開く。意識してやってるわけじゃなかったのか……
「仕草とか授業とか、あと見た目とか」
「そうですか?」
「うん」
雪男君は休んでいないこともあってかメガネをずらして眉間を揉み解す。
「ほらそういうところとか。任務とかで立て込んでて疲れてる時の藤本さんそっくりだよ」
「!そう、ですか」
ほんの少しだけ雪男君は顔を緩めた。
「えいや!」
「うわあ!?」
雪男君を思いっきり引っ張って膝の上に寝かせる。いつも見上げてるから新鮮だ。
「い、いきなり何を……」
「またうまく寝れてないんでしょ」
「……最近、夢見が悪くて」
雪男君はぽつぽつと話し始める。
「藤堂に言われたことが、頭から離れないんです」
「それに神父さんは結局僕たちに何も話さないまま死んでしまった」
「フェレス卿も神父さんが死んだのに、そんなのどうでもいいと言わんばかりに覚醒してしまった兄さんの事やこれからの事しか言わない」
「僕たちは、
追い詰めているとはなんとなく思ってたけど、ここまでとはね。
もうちょっと早く誘えばよかったのかもしれない。いや、一緒か。ガス抜きしたとしても雪男君のことだからすぐにまた悩みだすんだろう。
どうしようもない雪男君の頭を私はゆっくり撫でる。
「!」
「考えてもいいよ。『忘れろ』なんて無責任にほっぽりだすような言葉はあんまり私も好きじゃないし。でもそういうのは書き留めて忘れないようにでもしながら考える時間を減らしなさい」
「……いいんですか?てっきりあなたもフェレス卿みたいに躱して先を急がないように釘をさすのかと思っていたんですけど」
「いいんだよ。溜めずに忘れないって難しいし。自分一人で考えるのは疲れるから……身体も心もね。というわけで寝なよ。祓魔屋に行く時間になったら起こすから」
「……そうですね。なら少しだけ甘えさせてもらいます」
「うん」
「あと」
「ん?」
「もし、良ければなんですけど……あの時に歌った歌、歌ってもらってもいいですか?」
「あれは童謡だけど子守唄じゃないよ?いいの?」
「はい」
雪男君が何かを強請るのは珍しい。別にそんな風に言わなくても、リクエストされればいつだって歌うのになあ。
「―――からたちの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ」
「からたちのとげはいたいよ 青い青い針のとげだよ──」
「ゕ……さん」
歌っていると雪男君が何かを呟いた。気がした。
「せめて夢では癒されて―――おやすみ。雪男君」
一番長く運命に振り回されてきた君が、どうか解放される日が来ることを祈って。
****
今日も休塾ということで塾生の所属するクラスを回ってそのことを知らせに行く。
「えーっと特進は雪男君が言ってくれてるはずだから普通科か」
これが終わったら祓魔屋に聖水と弾丸もらいに行って……休塾でもやること多いなあ。
まずは一番近いA組から――
「塾が休塾、ですか」
「ええ。全体の講義だけなので担当講師さえいれば個人で専門の授業を受ける分には構いませんが」
「……分かりました」
神木さんはやや不機嫌そうにしながら渋々頷いた。まあそりゃあそうか。認定試験が迫っているのにあちこちてんやわんやで講師の人もほとんど出払ったりしてて、今日だけじゃないからね休塾するの。さすがに焦るか。
でも
「……どこか生き急いでる感じがするんだよねえ」
そんなことをぼやきつつ、次に行くことにした。
しえみちゃんのところも三輪君のところも志摩君のところも回ったので後は燐のクラスだけだ。
にしてもずっと思ってたけど人が多いな。しかもなんだか浮足立ってる感じがする。ちょうど教室から出てきた生徒に話しかけて燐に取り次いでもらった。
「萼!」
「燐」
すっごい嬉しそうに走ってくる。人間っていうより犬かな。うん。
「珍しいなお前がこっちまで来るなんて」
「うん。急で悪いんだけど、今日も塾は休塾になったから」
「え」
「私はそれを燐に伝えに来たの]
「そ、そっか」
少しだけ残念そうにする燐。でもそこまでじゃない。クラスで友達でもできたのかな?
というかなんかエネルギッシュな感じ。
「うふふ、何かいいことでもあった?」
「え?」
「それとも―――クラスで好きな子でもできた?」
「!?そ、それはねえ!!絶対ねえ!!」
「えー、残念」
そう言ってるうちに回りに人が集まってくる。
あ、そっか。私スーツだから学生服だらけのこの場所では異質か。
「じゃあ伝えることも伝えたし私はもう行くね」
「あ」
そして私はその場を後にした。
適当な扉を探して鍵を差し込み回す。行先は―――祓魔屋。
しかし今日は入ると強烈な甘い匂いがした。
「いらっしゃい。先生」
「こんにちは女将さん。聖水と聖銀の弾丸ありますか?」
「ああ、確か聖水3リットルと弾丸が4ケースだね」
「はい。ありがとうございます」
代金と引き換えに品物をもらう。
「毎度ありがとうございます」
「こちらこそ。なんだか今日はちょっと強い甘い匂いしますけど……」
「これかい?あれだよ、そろそろ学園祭だからねえ。所謂―――惚れ薬」
「―――ああ、そういえばそういう時期でしたか」
だから今日廊下とかでたむろしてたりすれ違う生徒が多く感じたのか。
「みーんなそういう
「祓魔屋でこの匂いがするってことはまた薬を買って倍の価格で生徒に売りつけるつもりなんですかね」
「それに関しては、客注だから材料こそ渡しても薬の製造はやめたんだよ。あの薬は必修とかでは教えない薬だからね。医工騎士がいても調合できるのなんてほんの一握りだろうよ。だいたい祓魔師は悪魔払うのが仕事だろう。幼気な子どもをカモにするなんてそれこそ悪魔だよ!」
ふん!と前の時の事を思い出したのか、女将さんはきっぱりというと煙管から唇を離し一息つくように煙を吹いてそっぽを向いた。まあ本当は材料も売りたくないんだろうけど、あれに使う薬草とか素材は普通の魔障治療にも使われるものが多いから販売禁止にもできなかったんだろう。
「まあ、人を助けるための祓魔師が人をカモにしてるっていうのはいただけませんよね」
私がこの世界にやってきて一年ほど経った頃にあった話だ。
この季節は彼岸とかハロウィンであったり、暮れなどいろいろ忙しくなりやすい。なので私たちも大忙しで他人のことを見ている余裕がなかったりもする。しかし、たまにいる悪知恵と暇を持て余した輩が結託し、惚れ薬を発注・それを複製(もちろん効果の保証はない粗悪品)し、ダンスパーティーのご利益をなんとしてでもあやかりたかった学園の生徒たちに倍どころか三倍(人によってはそれ以上の言い値)で売りさばいていた。良家の子女はまんまと騙されてしまったわけである。
ちなみに顧客の中には貴族出身の面倒くさい祓魔師連中もいたらしく、ちょうどシュラさんが使われそうになっているのを見た。が、シュラさんは「せこい手使うぐらいなら仕事しろボケェ!!」と相手を背負い投げしていた(そういう連中が脳内お花畑で放り出した任務をシュラさんや私たちがカバーしていたので我慢の限界だったんだろう)。
見た目が16くらいの子どもであまり知られていなかった私は『世間知らずの落としやすそうな子』として狙われていたが論破したうえで言い返したら逆恨みされた。ので夜道を襲ってきたところをボコボコにして惚れ薬を押収。藤本さんに渡した。一瞬だけ表情が抜け落ちたあと、「もう大丈夫だからなー」といつものように去っていった藤本さんの変わり身の早さは今も覚えている。
犯人グループは逮捕。惚れ薬は即回収。私を襲ってきた変なのは過剰防衛と暴行・傷害を訴えるも棄却され、そのうえ『年端も行かない少女を薬を使って暴行しようとして返り討ちにあった』といろんな尾ひれや脚色でコッテコテになった噂が広まり変なのは日本支部から転属。今はどこかの辺境にいるらしい。
「まったくだ!」
「うふふ。健全な男女の青春に、私たちが水を差すのは無粋ですから」
とりあえず今年はそんなこともなさそうだ。
「じゃあお邪魔しました」
「またね―――それから、しえみの事よろしくね。先生」
「はい!」
祓魔屋を後にして私は校内へ戻った。
きっと今年も警備はスタッフ扮する私たち祓魔師なんだろうなあ……
なんかこの頃見かけるシュラさんも気が重そうだし……
気になることは尽きない。
「萼!俺と踊ってくれ!!」
……?
次の日の放課後、あまりにも突然の展開に一瞬固まった。
踊る?燐が?―――ああ!ダンスパーティーか!
多分燐の事だからしえみちゃんを誘おうと思ってたのか、それともバンドの生演奏やボーカル目当てだったのか、だろうなあ。
「いや、あのごめんね燐。私講師だけど祓魔塾の方だけだし、学園の生徒でもないからフェスには参加できないの」
「!!」
すっごいショック受けてる!「そういえばそうだった」みたいなのがひしひしと伝わってくる!!尻尾も元気なく床に垂れてる!!
「ご、ごめんね。えっとほら、でも練習に付き合うことはできるから!踊ろう?」
「れんしゅう」
「そう!燐が相手の事をリードできるように!ワルツが踊れるようになればいろんなところで役に立つよ」
一回コホンと咳払いして手を伸ばす。
「Shall we dance?」
「い、いえす!!」
手を取って燐を引き寄せた。
「うおお!?」
「ワルツは大きく分けてスローワルツとウィンナワルツがあるんだけど……みんながイメージするのはウィンナワルツの方かな?」
「う、うてっ」
「燐。もっとちゃんと腰をホールドして」
「ち、ちか!!」
「何言ってるの。タンゴはもっと相手に身体をゆだねるような感じで踊るのよ?」
「っ……まじか」
「マジマジ。うふふ。じゃあ始めようか」
そのあと幾度となく燐に足を踏まれながら猛特訓しました。
やっぱり燐は体感して会得するタイプらしい。夕暮れ時には完璧にマスターしていた。
「き、きっつ……」
「でも全部ちゃんと覚えた。えらいえらい。もう免許皆伝だよ」
「ほ、ほんとか!?」
「でもあくまでも相手に合わせて踊ること。これさえ守ればオッケーだよ。がんばったねえ燐」
「よっしゃー!でも相手いねーけど」
「ええ!?しえみちゃんはどうしたの!?」
「いや、あいつは雪男誘うってよ」
「雪男君は今回断固としてスタッフの方に回るって言ってたけど……大丈夫かな」
「まあ、それは俺らがあーだこーだ言ってもなあ……雪男の奴この頃ピリピリしてるし」
「ね」
とりあえずここで悩んでいても仕方ないことなので燐と一緒に帰ることにした。