「ではあなたはここではない異世界から来たと?」
「信じたくありませんがそうとしか。喰種の匂いも気配もしないなんて私のところではありえませんし」
どんなに綺麗な街並みや景観を保っていても、そのテクスチャの奥……路地や日当たりの悪い街灯のない場所にはよく血の匂いと喰種の匂いが染み付いているものだけど歩き回ってもそういうのは一切なかった。変わった匂いならするんだけど。
そんなの本当にその地区の喰種を排除して全部再開発の名目で除染作業でもしない限り無理だと思う。
鈴屋さんの班が13区を完塞したけど、まだ長年の匂いはそのままだったし。
「喰種、ねえ。こちらの世界では屍と書いてグールと読むやつらならいますが」
「組織ですか?それともさっきのような都市伝説の類?」
「まあ実際に見てもらった方が早いでしょうね。少々失礼いたしますよ」
その瞬間、頸に感じる痛みと伝う感触。
「っな、にを」
「悪魔を見るのであれば魔障を受けるのが一番の近道……いえそれ以外に方法はありませんから。窓を開けてごらんなさい。今のあなたであれば見えるはずだ」
言われた通りに窓を開けると―――空中に浮く黒い猫みたいなマスコット?
「そいつは腐の眷属『魍魎(コールタール)』です。細菌や塵に憑依する下級悪魔ですよ。さっきまでは見えなかったでしょう」
「……かわいい」
「か、かわいい?!そいつらが!?細菌ですよ!?」
「あ、そうなんでした」
「まったく……分かったらさっさと窓を閉めてください。絶対に室内に持ち込まないでくださいね。私、アレルギーなので」
「ああ、はい。すみません」
触っていたらきっと私も部屋に入れてくれなかっただろう部屋の主は座り心地の良さそうな椅子に座り直した。
「ということはあなたも悪魔、ということでいいんですか?」
「ええ、特に隠しているわけでもないので―――ああいえ、私が特に気にしていないだけで一応秘密ということで☆」
「……そうですか」
「さて!こちらの世界の大まかな説明はここまでです。お次はあなたの番ですよお嬢さん」
ニヤニヤと胡散臭い笑顔でこちらに眼差しを向ける悪魔に内心ため息を吐きたくなった。知識欲の塊かなにかなんだろうか。
「わかりました。まず私の世界には悪魔という存在はいません。というよりすべて創作上のものでした。いるのは人間と動植物と喰種だけ。人間や動植物は変わりありません。喰種は肉食の亜人です」
「ほう、ですが肉食でグールという名称―――ということは」
「察しの良い方なんですね。ええ、肉食というよりも彼らが口にするのは人肉です。人の食べ物で口にできるのはコーヒーと水だけになります」
「それは随分と物騒な話ですね」
「実際この世界よりもっと治安は悪かったですね。CCG―――私の所属する喰種対策局なんていう専門機関があったくらいでしたから。喰種は人肉を食べて生きる怪人。身体能力は極めて高く、数メートルを跳躍する脚力や素手で人体を貫く膂力を有し、個体差はありますが成体ではヒトの四~七倍の筋力があるとされています。程度の軽い擦過傷や切傷であれば一瞬、骨折でも一晩程度で治癒する回復能力を有し、また銃弾や刃物などの一般武器では傷一つ付かないほど耐久性にも優れている。感覚器官も非常に鋭く、遠方から近づく人物の体臭を嗅ぎ分けられ、雑踏の中から足音を聞き分けることもできる……喰種についての概要はこのくらいになりますね」
そして私はしまっていたクインケを取り出した。
「それ相手に戦うために開発された武器がこれになります。通称はクインケ。これでなければ基本的に通用しません。まあ稀に体を鍛えまくって素手で喰種を圧倒したり、頸の骨をへし折ったりする人もいますけど……ごく少数なので」
「私としてはそのごく少数に興味がありますがね」
「……とりあえず私の世界の概要はこのくらいでしょうか」
当り障りのない部分のみ話し終えたので切った。
「なるほど、なるほどなるほど!これは面白い客人だ!その武器!あなたのいた世界!喰種!!なんて巡り合わせでしょう!これだから物質界は面白い!!」
「……」
もう帰っていいだろうか。いや、帰るところなんてないけど。
「ところであなた、行く当ては?」
「ありませんが」
「見たところあなたはある程度戦えるようですし、悪魔も見えている。ならば―――」
緑が私を射貫く。
「祓魔師になりませんか?」
「は、い?」
エクソシスト……悪魔祓い、か?
「近年祓魔師は人手不足でしてね、是非ともあなたのような方に入っていただきたいのですよ☆」
「はあ」
「見返りは、この世界での居場所と給金と保障。というところで如何でしょうか?」
こいつ、断らせる気ないな。と内心毒づき―――
「いいでしょう。ちょうど、目的が欲しかったところでしたから」
「契約成立、ですね☆」
そういえばまだ名乗っていなかったな、と思い返して身をただした。
「CCG―――喰種対策局局員。上等捜査官・白代萼です。これからよろしくお願いいたします」
「私はメフィスト・フェレス。この正十字学園理事長にして正十字騎士團・名誉騎士です。こちらこそよろしくお願いします」
末永く、そう言った彼の秘書に任命されるのはそう遠くない未来の話である。