雨は気まぐれ。   作:pathfinder

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蛇足です


mellow

 

跳ねる。

彼女の身体が跳ねる。長い水色の髪が跳ねる。豊かな乳房が跳ねる。二人の汗が跳ねる。まるで宙を舞う蝶のように。まるで泳ぐ海月のように。俺はそれを見ていた。

やがてその行為に終わりが来る。彼女は背中を逸らし、一際高い声で鳴く。そして幸福感と虚脱感が身体を支配する。彼女も同じようで脱力してそのままゆっくりと俺の胸へと倒れ込む。ちょっとの衝撃。

 

「気持ちよかったぁ」

 

胸元からしみじみと彼女の声が聞こえた。彼女はまるで自分のモノだと所有権を示すように胸元で顔や髪を擦りつける。くすぐったい。

 

「そりゃよかった」

 

なんだか投げやりになってしまったその言葉に松原さんは少し不満そうに頬を膨らませる。

 

「キミだって気持ちよかった癖に」

 

それくらいわかるんだからね、と松原さんは言う。確かに気持ちよかった。欲望を解放できた時の快感は堪らなかった。素直に認めよう。

 

「でもまあ、疲れた」

 

投げやりになったのはそのせいだ。何回戦したのか、少し記憶があやふや。少しは慣れてきたがやはり連戦は辛い。

あの雨の夜、松原さんとこんな関係になってから、時間があれば時間の許す限り身体を重ねている。お互いの体力と気力が尽きるまで延々と。

あれから1週間ぐらい経ってもこの関係がどういうものなのか、上手く表すことができないでいた。友達以上恋人未満。一番近いのはセフレか。

ただセフレというには距離が近く、彼女は俺を恋人のように扱う。事あるごとに手を繋ぎたがったり、キスをせがんだり。それからあの日から松原さんは俺の家に押しかけ(よく迷子にならなかったものだ)、朝起こしてくれたり料理を作ったりと身の回りの世話をするようになった。嬉しくもあり心苦しさもあり、少し怖くもある。

それはきっと俺が中途半端だからだろう。松原さんは俺と恋人になりたいという。でも俺はそれに応えなかった。彼女が望むからと言い訳して身体の関係を結んだ。

答えを出さなきゃいけないんだ、俺は。松原さんのためにも自分自身のためにも。

 

「大丈夫?」

 

俺が黙り込んでいると彼女は心配そうに覗き込んできた。考え込みすぎた。大丈夫と返す。

 

「じゃあ、もう一回できるね」

 

松原さんの瞳は蠱惑的に輝いていた。もう一回とな。体力あるな、と思った。ドラマーだからか。

 

「キミもしたいよね」

 

そういいながら下半身を撫でまわす。なんだかもどかしい手付きで、だからこそ余計にそそられる。

 

「あっ……ふふっ、やっぱりしたいんだね」

 

あることに気付いて嬉しそうに微笑む松原さん。バレた。バレてしまった。思考は迷っていても身体は正直である。男って本当に馬鹿だ。

彼女は身体を起こして顔を近づけて唇と唇を重ねる。一瞬だけ繋がってすぐ離れる。唾液のアーチがかかる。それだけでどうしようもないぐらい気持ちいい。

 

「気持ちいいこと、しよっか」

 

その言葉を合図に俺と松原さんは再び一つに溶け合っていく。混じり合って、いつの間にか後ろめたさも消えていた。ただお互いにお互いを貪り合う。

今日もきっと夜が明けるまで、空が白くなるまで、二人の意識が途切れるまで、重ね合うのだろう。そうして夜深くへと潜った。

 

 

 

★☆★

 

 

 

息苦しさで目が覚める。どれくらい時間が経っただろうか。薄暗い部屋で時計を見る。時間は午前4時を少し過ぎたところだった。

身体に重みを感じてそちらを見ると松原さんがいた。俺の身体に乗っかって抱き着いて寝ていた。

 

「あ」

 

慌てて目線を天井に向ける。彼女は全裸だった。もう何度も見慣れてるとはいえ、なんだか直視できなかった。

どうやらあの後、二人して力尽きて眠ってしまったみたいだ。いつも通りのことだった。

このままもう一度寝る気も起きなかった。眠気はどこかへ消え去っていた。

なんだか喉が渇いてきた。松原さんを起こさないように、なるべく彼女の身体を見ないように、彼女を身体の上からゆっくりとどかしてベッドに寝かせた。彼女の身体に毛布をかけ、部屋を出た。

水を取りに台所を目指す。しんとした空気が家の中を漂う。今が午前4時だからか。それだけではない。現在、我が家には俺と松原さんの二人だけ。じゃなきゃ彼女を連れ込んで抱くことなんてできない。

水をコップに入れ少し飲んでから、残りをそのまま部屋に持っていく。

 

「おはよ」

 

自室に戻ると松原さんが目を覚ましていた。寝惚け眼を擦りながらゆっくりと上半身を起こす。かけていた毛布が重力に従って落ちて、布で隠れていた上半身が露わになる。薄暗い部屋でそれははっきりと見えてしまった。俺は顔を少し横に逸らす。

 

「? どうしたのぉ」

 

眠気が抜けきれないような、ぼんやりとした口調で松原さんが言う。

 

「……見えてるぞ」

 

「……もぅ……いつも見てるのに」

 

松原さんの言う通りなんだけどさ。やっぱりまだ慣れないんだ。果たしてなれる日が来るんだろうか。

 

「ねぇ、そのお水ほしいなぁ」

 

俺が持っているコップに見つけて、おねだりしてくる。俺が飲みかけのコップを、だ。

 

「ダメ」

 

「なんで?」

 

「間接キスになるから」

 

「何度もしたのに……」

 

またも松原さんの言う通りだ。こっちもまだ慣れない。

 

「ちょーだい」

 

その声は心が蕩けそうなぐらい甘い響きがした。

 

「ああ、もう、わかったよ」

 

俺は結局松原さんにコップを渡してしまった。なるべく見ないようにして。なんだろうな、俺は松原さんのお願いを断れないでいる。

ごくごくと喉を鳴らす小さな音が聞こえる。俺は彼女に背を向けて、カーテンの隙間から外を見る。まだ暗い空にぼんやりと鉛色の雲が見えた。雨が降りそうだった。

 

「こっち見ても大丈夫だよ」

 

松原さんのその言葉で振り返る。彼女は毛布に包まっていた。片方の手でコップを持って、もう片方で布を押さえていた。

 

「お水、ありがとう」

 

松原さんからコップを受け取る。水はまだ残っていた。

さっきと違って口調はしっかりしていた。水を飲んだおかげなのかわからないが、目は覚めたみたいだ。

 

「ほら、こっち」

 

机にコップを置いた俺はそのまま机備えつきの椅子に座ろうとした。だけどベッドにいる松原さんに誘われる。蜜に吸い寄せられる蝶のように俺は松原さんの元へ向かった。

俺がベッドに座ると松原さんはすすっと距離を詰めてくる。身体が触れ合う距離まで近づいて、彼女は俺の肩に頭を預ける。

 

「近い」

 

「ダメかな?」

 

耳元で松原さんの囁きが聞こえてくすぐったい。

 

「キミとくっついていたい気分なの」

 

その言葉とともに松原さんは俺の腕を抱き寄せて、さらにくっついてきた。毛布越しの彼女の身体の柔らかさにちょっとどきっとする。

 

「……いいよ」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

松原さんは嬉しそうに微笑む。理由は聞かなくてもわかった。

遠くからバイクの音がする。薄暗い部屋も少しずつ光を取り戻す。時間は進んでいき、夜が明けて朝になろうとしている。

俺たちはそんな時間を、何をするでもなくぼんやりと過ごしている。言葉もあまり交わさない。ただ視線だけが何度も交わった。

その度に二人ともくすぐったそうに笑った。なんか恥ずかしい、と俺は思った。おそらく彼女も。それでも目と目を交じらわせたのは楽しかったからだ。こうして視線だけで触れ合うのが気持ちよかった。

きっと、多分、俺は松原さんのことが好きなんだと思う。彼女のことを目で追ってしまう自分がいつの間にかいて、彼女との触れ合いが楽しくて……彼女がいないと恋しくなった。確証なんてないし、依存だと言われればその通りかもしれない。

いつ頃好きになったのか自分ではわからないが、少なくとも初めてホテルで松原さんを抱いた後なのは確かだ。だから情が湧いたのかと言われればこれもまたその通りかもしれない。

片思いの少女を思い出す。俺はまだその少女のことが好きだった。でもそれは本当に恋なんだろうか、と最近思うようになってきた。憧れなんじゃないないのか、と。

俺の心ははっきりしないまま、また夜が明ける。このあやふやな恋をいつか明らかにできるのだろうか。

 

「好きだよ」

 

唐突に松原さんが呟く。

これは珍しいことではなかった。好きと松原さんはよく言う。だけど俺はその度言葉を返さなかった。何も答えなかった。

ああ、だけど何か言わなくちゃと思った。このままではいけないと考えていたからだろう。何を言おうか、自分でもわからないまま口を開く。

 

「俺は……」

 

「言わなくていいよ」

 

俺があやふやな心で何か言おうとすると松原さんが遮った。優しい声で遮ってくれた。

 

「私、待ってるから。キミの答えをずっと側にいて待ってるから」

 

松原さんのその言葉は不思議なぐらい心に溶け込んでいく。

 

「キミの側で待ってちゃダメ、かな?」

 

松原さんの腕を抱きしめる力が強くなった。真剣な表情に怯えが混ざっているのを見つけてしまう。

 

「……いいのかな」

 

松原さんを待たせてしまってもいいのか。どんな答えが出るかもわからないのに。そのことが答えるのを躊躇わさせる。

 

「いいよ」

 

彼女はすぐにそう答える。迷いなんて微塵もなかった。俺にはそう感じられた。

 

「だって私がそうしたいんだもん。キミの側にいたいの」

 

珍しくはっきりと松原さんは言う。そうしたい、側にいたい、その言葉に心が軽くなった。

 

「答えが出るまで待っててください」

 

だからその言葉はするりと口を出た。

 

「うん。もちろん」

 

彼女は微笑んで頷いた。

 

「ありがとう」

 

「ううん、私のほうこそありがとう」

 

二人してありがとうと言い合う。それがおかしくて二人して笑った。

何も解決していないが少し気が抜けて、マヌケなぐらい大きな欠伸が出てきた。それを見て、松原さんはまた笑った。

 

「また寝る?」

 

えっちのことじゃないよ、なんて付け足して。いやわかってるよ。

時計を見ると時刻はまだ4時半を回ったところ。少しぐらいなら眠れるだろうか。寝すぎてしまうかもしれない。遅刻は不味い。

 

「私が起こしてあげるから大丈夫だよ」

 

俺の心配を読んだのか、松原さんは安心させるように言う。

 

「……あっ、そうだ」

 

松原さんは抱きつくのを止めて、少し離れる。被さっていた毛布を捲り、太ももを曝け出した。もう少しで見えてしまいそうで、ドキッとする。もう何回も見てるけど。

 

「ほら、ここ」

 

松原さんはポンポンと片方の手で自分の太ももを軽く叩く。まるでここにおいでと誘うように。

 

「膝枕してあげるよ?」

 

想像通りの言葉を松原さんが言う。優しい顔で。

 

「…………頼む」

 

「うんっ」

 

松原さんは嬉しそうに頷いた。

羞恥心が湧き上がるが眠気が抗うことをさせなかった。彼女の優しさに従った。

仰向けで彼女の太ももに頭を乗せる。柔らかで弾力のある感触が心地いい。意識がどこまでも沈んでいきそうだった。

2つの豊かな膨らみが視界に入るがあまり興奮しない。それぐらい眠い。

松原さんが優しく俺の頭を撫でる。どうしてかな、ほっとして安心する。それも相まって眠気がさらに強くなる。

 

「おやすみなさい」

 

瞳を閉じる。すぐに意識が暗闇に落ちる。

最後に見た松原さんの表情がすごく印象的だった。慈しむような優しい顔がとても綺麗だった。

 

 

 

♪♪♪

 

 

 

私の太ももにはキミがいる。太ももに頭を乗せてキミが寝ている。

キミの重さで足が少し痛い。疲れるけどキミの健やかな寝顔を見れるから痛みも疲れもどこかへ吹き飛んでいく。

 

「あ」

 

キミの瞼がピクピクって動く。もうちょっとで起きるのかなぁ。可愛いなぁ。ふふって思わず笑ってしまう。

キミの寝顔を見ながらちょっと前のことを思い出す。キミの答えが出るまでだけどキミの側にいてもいいって言ってくれた。嬉しい。一歩前進できた、と思う。私を恋愛的な意味で好きになってもらう、第一歩が。

今度はずっと側にいてほしいって言ってもらいたいな。高望みしすぎかなぁ。でも言ってほしいなぁ。私に夢中になってほしい。

時計を見ると時刻は6時半を回っていた。そろそろ起こしてあげよう。学校に行く準備をしなきゃいけない。もうちょっとキミの寝顔を見ていたいけど、我慢。

私はゆさゆさとキミを揺らす。

 

「ねぇ起きて、朝だよぉ」

 

夜が明けたよ。目を開けて「おはよう」って言って。それでおはようのキスがしたい。そんな毎日をキミと送りたいの。

 

 

 

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